僕とシーラはシャポリの町に戻り、
裏通りにある『凪』という
古道具屋を探していた。
バラッタさんにだいたいの位置を
教えてもらってはいるけど、
道が迷路のように入り組んでいて
未だ見つからない。



それにしても、
賑やかで活気のある表通りに対して、
この裏通りは地元住民や小さな商店が多くて
生活感があるなぁ。

昨晩にサムさんと出会った酒場も
裏通りにあったけど、
あそこは港のすぐ近くだったせいか、
道幅が広くて人通りも多かった。

でも、
ここは細い路地が上下左右へ複雑に広がり、
静かで人の姿も少ない。
 

…………。

…………。

アレス

…………。

 
……なんというか、
あまり治安も良さそうじゃない。


道ばたに座り込んでいるお兄さんたちは
目つきが鋭いし、
たまにこっちを睨んでいるような気もする。

さらにゴミなんかもあちこちに散乱していて臭う。


できればあまり長居はしたくない場所だ。
 

シーラ

アレス様、あの店ではないですか?
看板に『凪』って書いてあります。

アレス

えっ?

アレス

……あっ、そうみたいだね。

 
シーラの指差した先には、
古ぼけた看板の出ている店があった。
擦れた文字だけど、確かに『凪』と読み取れる。

そこへ近寄ってみると、
店内の窓ぎわにはガラス細工の置物や
古い懐中時計、
可愛らしいアクセサリーなどが並べられていた。


うん、どうやらここで間違いなさそうだ!

良かった、ようやく見つかったよ……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


カランカラン♪
 

 
ドアを開けるとベルの軽やかな音が鳴り響いた。

僕たちは店内に入り、
陳列されている品物を眺めながら店員さんを探す。
 

――もう少し高く
買い取りなさいよ!

ですから、
その値段が
ギリギリなんですよ……。

 
店の奥から話し声が聞こえてくる。

声の感じからすると、
刺々しい声を発しているのは女性っぽい。

もう1人は年配の男性かな?
 

シーラ

誰かお客さんがいるみたいですね?

アレス

うん、行ってみよう。

 
声のする方へ歩いていくと、
そこでは2人の人物がやり取りをしていた。
 

古道具屋の主人

これだけの高値で買い取るところ、
ほかにはありませんよ?

レイン

なんとか、もう一声!

古道具屋の主人

ダメです。もう無理です。

 
カウンターの向こう側にいるのは、
中年の店員さん。
そして手前で眉をつり上げているのは、
魔法使いの格好をした女の子。


――えっ?

この子、もしかしてシアの近くの西方街道で
熊に追いかけられていた子じゃないの?
 

古道具屋の主人

あっ、いらっしゃいませ!
何かお探しですか?

僕たちに気がついた店員さんは
僕に声をかけてきた。

一方、
魔法使いの女の子は僕を見て
キョトンとしている。

やっぱりあの時の女の子に
間違いないだろうな……。
 

レイン

ねぇ、少年。
あたしとどこかで会ったことない?

アレス

西方街道で会いましたよね?

レイン

あぁっ! 思い出した!
熊を追い払った少年かぁ!

レイン

でもさ、
あの時に一緒にいた女の子と
今いる女の子が違うような……。

アレス

ミューリエは
別の用事に行ってるんだ。
僕はアレス。この子はシーラ。

レイン

そういえば、
お互いに名乗ってなかったわね。
あの時、
名前を聞き忘れちゃったなって
思ってたのよ。
あたしはレインよ。

シーラ

レイン様、
私たちはあとで構いません。
先に用事をお済ませください。

レイン

ふーん、
この子はあの女剣士と違って
素直そうね。

レイン

――あっ、おじさん。
仕方ないからその価格で
妥協してあげる。

古道具屋の主人

分かりました。
では、
買い取り金をご用意いたします。
しばらくお待ちを。

 
店員さんはどこかホッとしたような
表情を浮かべ、
店の奥に引っ込んだ。
 

レイン

で、あんたたちは何をしてるワケ?

アレス

僕たちは品物を探しに来たんだ。
レインさんは、なぜこのお店に?

レイン

あたしの作った魔法道具を
売りに来たのよ。
――あんたたち、知ってる?
今、隣の大陸行きの
定期船への乗船が
何か月も先まで順番待ちだってこと。

アレス

うん、海に凶暴なモンスターが
出没するんだってね。

レイン

あたしは向こうの大陸に
行きたいんだけどさ、
順番が回ってくるまで
滞在せざるを得なくなってるのよ。

アレス

そっか、
それでおカネを稼ぐために
魔法道具を作って
売りに来たんですね?

レイン

そういうこと。

古道具屋の主人

――お待たせしました。

 
その時、
店員さんがおカネを用意して戻ってきた。

カウンターの上には金貨が置かれ、
それをあらためて数え直しながら並べていく。
 
 

古道具屋の主人

どうぞ、ご確認ください。

レイン

えーっと、うん。
ちょうどあるみたいね。

 
レインさんは金貨を手に取ると、
帽子を脱いでその中に入れていった。
でもそれをひっくり返して被る時には
落ちてこない。

つまりその帽子は、
収納系の魔法道具にもなっているのだろう。
 

古道具屋の主人

お待たせしました。
そちらのお客さま、
何かお探しでしょうか?
それとも買い取りで?

アレス

えっと、品物を探しに来たんです。
ここに導きの羅針盤という道具が
あると思うんですが……。

シーラ

元々の持ち主だったバラッタ様から
この店に売ったと聞きまして。

古道具屋の主人

導きの羅針盤?
あぁ、あれかっ!

 
店員さんはポンと手を打つと、
窓際の棚のところへ行って
上から順に眺め始めた。

でもしばらくしてから
『あっ!』と大きな声を上げる。


……なんか嫌な予感がする。
 

古道具屋の主人

申し訳ない。
少し前にあれは
売れてしまったんだった。

アレス

えぇっ?
そ、それじゃ
代わりになるようなものは
ありませんか?

古道具屋の主人

導きの羅針盤というのは、
失われし技術
(ロストテクノロジー)で
作られた魔法道具の1つだからね。
数がないわけじゃないが、
新たに作り出せるものでも
ないんだ。

古道具屋の主人

つまりそこそこの希少性がある
品物というわけさ。
流通してくるかどうかは
完全に運次第ってことだね。

レイン

アレス、
普通のコンパスじゃダメなの?
埃を被ってそこらに
いっぱいあるじゃない。

 
 
 

 
 
確かに店内には色々なコンパスが並べられていた。

これでも大丈夫なのかなぁ?
 

古道具屋の主人

お客さん、
なぜ導きの羅針盤が必要なんです?

アレス

航海には導きの羅針盤が必要だと
言われたんです。

 
僕は経緯を簡単に説明した。
もちろん、
勇者の試練に関してのことは伏せておいたけど。

すると店員さんとレインさんは目を丸くする。
 

古道具屋の主人

あんた、この時期に
フェイ島に行こうだなんて、
何を考えてるんだ?
バラッタさんも
外洋へ船を出すとか、
息子のバリトンさんが聞いたら
ひっくり返るぞ!

アレス

バリトンさん?

古道具屋の主人

ソレイユ大陸との定期船を
運航している船舶会社の社長さ。
バラッタさんは、
そこの元社長兼船長。
知らなかったのか?

アレス

えぇっ?
そうだったんですかっ!?

 
まさかバラッタさんが
そんなお偉いさんだったとは!

なんとなく貫禄が漂っていたのは、
そういうことだったのか……。
 

古道具屋の主人

でもそれなら
導きの羅針盤じゃないとダメだな。
あの航路は
磁気が不安定な場所を通る。
それに左右されず、
位置を正しく示す道具でないと
漂流してお陀仏だ。

アレス

あのっ、
ではどなたに売ったかは
覚えてませんか?

古道具屋の主人

若い船員だったような
気はするが……。
見かけない顔だから、
交易でここにやってきた
船員かもしれん。

シーラ

もしそうだとすると、
もうこの町にはいないかもしれない
ということですよね?

古道具屋の主人

そうなるな……。

古道具屋の主人

でも望みがないとも限らんぞ?

アレス

どういうことです?

古道具屋の主人

売れたのはつい最近だ。
それ以降に出航した
交易船はないから、
もし船員だとすれば
まだどこかにいる可能性もあるぞ。

アレス

本当ですか?

古道具屋の主人

あぁ、もし見かけたら
声をかけておいてやろう。

アレス

お願いします。

古道具屋の主人

船舶会社やほかの古道具屋も
見て回ったらどうだ?
導きの羅針盤が
あるかもしれないぞ?

アレス

そうですね。
よし、シーラ。行こう!

シーラ

はいっ!

レイン

ちょい待ちっ!

 
店を出ようとした時、
レインさんが僕を呼び止めた。
彼女は得意気な顔をしてこちらを眺めている。

どうしたというのだろう?
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第36幕 導きの羅針盤を求めて

facebook twitter
pagetop