レインさんは僕を呼び止めた。
何か言いたそうにしているみたいだけど……。
レインさんは僕を呼び止めた。
何か言いたそうにしているみたいだけど……。
探し物なら
あたしに任せなさいよ。
失せもの探しの魔法、
得意なんだから。
えっ? それ、ホント?
その代わり、
もし導きの羅針盤が見つかったら
あたしも船に乗せてよ。
もちろんだよっ!
あの……。
その時、シーラが僕の服を引っ張りながら、
遠慮がちに声をかけてきた。
……どうしたのかな?
アレス様、
勝手に決めてしまって
良いのですか?
……ダメかな?
いえっ! 私は異存ありません!
ただ、
皆さんに声をかけておいた方が
後々問題が起きずに
済むかなと……。
あっ!?
……そっか、そうだよね。
僕だけの問題じゃないもんね。
シーラがいてくれて良かったよ。
そうやって言ってくれなかったら、
僕は気付かなかったもん。
とんでもないですっ!
私こそ、
差し出がましいことを言って
申し訳ありません。
レインさん、
みんなに許可をとりたい。
お願いするのはあとでもいいかな?
……なんかさ、
あんたたちって夫婦みたいよね。
案外、お似合いだと思うわよ?
えっ?
えぇっ!?
あはははっ!
いいよ、すぐに探してあげる。
西方街道での借りもあるしさっ♪
結果的に船に
乗せてもらえなくても、
それはあたしの
自己責任ということでいいわ。
おじさん、
カウンターの上を貸してくれる?
あぁ、構わないが……。
レインさんはカウンターの上を片付けると
椅子に座り、
帽子の中からカードの束を取り出した。
表には色々な絵が描かれているようだ。
アレス、あたしの正面に座って。
うん。
じゃ、
探し物のことを思い浮かべながら、
あたしと一緒にカードを混ぜて。
でも、導きの羅針盤が
どういうものなのか、
僕は知らないんだけど。
それなら『導きの羅針盤』
という言葉を強く念じて。
それでも大丈夫だから。
分かった。
彼女はカードの山を崩すと、
両手で時計回りに混ぜていった。
僕もそれに合わせ、
導きの羅針盤のことを念じながら混ぜていく。
それからしばらくして――
はい、もういいわ。
そう言われ、僕は混ぜるのをやめた。
するとレインさんはカードを1つにまとめ、
それを3等分の山にしてから、
再び1つに揃える。
そのあと、何かの法則に従って
カードを魔方陣の形に並べていく。
何枚かは表向きで、
絵柄は上下ごちゃ混ぜだった。
えーっと、どれどれ……。
レインさんは思案するような顔で
カードを眺めた。
そして何度か小さく頷いたり、
考え込んだりする。
僕やシーラ、店員さんは固唾を呑み、
黙ってその様子を見守っていた。
……分かったわ。
ホント?
探し物はここから
北西の方角にあり。
持ち主はおそらく女性ね。
えっ?
買ったのは男の船員だったが?
きっとプレゼントとして
渡したんでしょう。
なるほど……。
ここから北西というと、
港の方だな。
でも港ではないわ。
もっと手前、街の中ね。
それとアレスが通ったこと、
あるいは行ったことのある場所。
ということは、
船舶会社や漁船のオーナーさんの
ところか。
今のところ、
分かるのはそれくらいね。
まだ候補は多いですが、
いくらか絞られましたね。
うん。そうだね。
しらみつぶしに当たってみよう。
……それとね、1ついいかな?
ん?
僕たちが意気揚々としていると、
レインさんは神妙な面持ちで
割って入ってきた。
その瞳はなぜか、
どことなく悲しげな感じがする。
これは探し物とは別なんだけど、
見えちゃったことがあるのよ。
なんですか、それは?
この探し物、
アレスにとって
良くないことが起きる前兆みたい
なのよね。
良くないこと?
具体的には分からない。
ただ、この探し物自体が
好ましくないというか……。
このカードを見て。
レインさんは並べられているカードの1つを
指し示した。
そこには崩れかけた塔の絵柄が描かれている。
その天辺には雷も落ちている。
あまり雰囲気のいいカードではないな……。
このカードは『塔』っていってね、
正位置でも逆位置でも
良くないのよ。
で、これは正位置。
崩壊とか悲劇とかを表すの。
導きの羅針盤が
見つかる見つからない以前に、
どちらのケースであっても
待っているのは
悲しみってこと……。
えぇっ? そ、そんな……。
僕は一気に頭が真っ白になった。
悲しみが待っているって、
どういうことなんだ?
つまり航海に出たら、転覆とか遭難とかに
遭うかもしれないってことなのか?
もし導きの羅針盤が
見つからなかったとしても、
その時はここで足止めを食って
世界はもっと酷い状況に
なってしまうということなのか?
で、でもっ、
それは必ずそうなると
決まったわけではないんですよね?
確かにね。
でもあたしのは
単なる占いじゃなくて魔法なの。
予知に近いものなの。
それなりに覚悟はしておくことね。
レインさんは静かに言い放った。
僕は何も言えなくなってしまった。
シーラも口を噤んだまま、
心配そうな顔をして僕を見つめている。
……その場には重苦しい空気が漂い始める。
――少し言わせてもらっても
いいかね?
そんな中、店員さんがおもむろに口を開いた。
その表情は穏やかで、
僕が視線を合わせるとニッコリと微笑む。
世の中、いいことばかりじゃない。
悪いことだってある。
でもね、ハッキリしているのは、
いずれの場合も
ずっと続くわけじゃない
ってことさ。
えっ?
良いことと悪いことは
バランスをとって
存在しているんだ。
例えば、
美味しいものを食べるとしよう。
その時は幸せだろう?
はい。
でももしそれが
食べられなくなったら
不幸に感じる。
その分、再び食べられた時は
また幸せを感じる。
そういうものだと思う。
…………。
先に待っているのが
悲しみだとしても、
さらにその先には
喜びもきっとある。
喜びは悲しみのタネであり、
悲しみは喜びのタネなのだよ。
あ……。
立ち止まらず、
思うように進みなさい。
――なんて、
これはキミよりも
ちょっと長く生きてるだけの
オッサンの独り言だがね。
店員さんは照れくさそうに笑った。
――でも店員さんの言う通りかもしれない。
僕が今、ここにいる理由。
この先に待っている何か。
全てを受け入れる覚悟がなければ、
勇者失格になってしまう。
生きていれば嫌なことや悲しいことがあって
当たり前じゃないか。
今回の旅でも、そういうことはあった。
それを乗り越えて、僕はここにいる。
そして同じくらい、
嬉しいことや楽しいこともあった。
そうだ、命が尽きるその時まで、
僕は勇者の道の歩みを
止めるわけにはいかないんだ!
店員さん、ありがとうございます。
僕、少し吹っ切れたような
気がします。
何が待ち受けていようとも、
進むつもりです。
ははは、そうかね。
少しでもキミの役に立ったのなら
嬉しいよ。
アレス様、
私でよければ
どこまでもお供いたします!
シーラ、ありがとうっ!
……やれやれ。
こんなにポジティブなヤツ、
久々に見たわよ。
まっ、嫌いじゃないけどねっ♪
分かった。
これも乗りかかった船よ、
あたしも協力してあげる。
まさに『乗りかかった船』に
関係していることですもんね?
こらっ!
真面目に話してるのに茶化すなっ!
あははははっ!
僕が大笑いをすると、
シーラやレインさん、店員さんまでもが
釣られて大笑いをした。
少し前までの重苦しい空気は
完全に消え去っている。
うん、僕は何があっても受け止め、
乗り越えてみせる。
――この時、そう誓ったのだった。
次回へ続く!