―タニリタ城下・宿―
―タニリタ城下・宿―
盗賊の襲撃を退けたとはいえ、タニリタの城下町は手痛い被害を受けていた。
タニリタ国は『深緑の大地』特有の自然だけが取り柄と言っていい程、何も無い田舎の国である。
だが、それだけに綺麗な城下町は、類を見ない美しさを誇っていた。
しかし、度重なる盗賊の襲撃が、その景観を見るも無残に破壊していた。
田舎の国特有の、小さい城門は皮肉にも無事だった。
盗賊団もその数が多く、一気に攻め込むには苦労すると判断したのだろう。
結果として、側面の城壁が狙われたのだ。
その城壁は、あちらこちらが削られ今にも崩れ落ちそうである。
城壁の内側に立つ櫓はどれも火矢のせいで炭と化していた。
鐘楼も崩れ落ちた炭に紛れて寂れた金属の鐘が寂しく残っているだけだ。
盗賊の火矢は無慈悲にも城下町にも侵食しており、城壁に面した家屋も焦げていた。
急げ急げ!!
人が下敷きになってるぞ!
引っ張りだせ!!
城下町の中を、タニリタ国の兵が駆け回る。
負傷人の手当、救出活動、未だ燃える家屋の鎮火などを目的としている。
兵の数は決して多くは無い。
だのに、やらねばならないことは多い。
死んだ仲間の素性確認、痛んだ武器の手入れ。
次いつ来るかも分からない盗賊団相手に、タニリタの防衛力は限界を迎えていた。
兵の限界は、すぐに民に伝わる。
特に、城壁から近い街区に住んでいるものは、我先にと知り合いや親族の家に逃げ込む。
頼るツテの無いものは、城の中にある小さな避難所を頼りにした。
もちろん、武器屋も防具屋も営業停止。
馬車屋も宿屋も、大半の営業を止めていた。
だから城壁と離れたところにあり、それでいて宿泊客を止める、商根たくましい宿を探すのには苦労を要するかと思われたが、案外すんなりと見つけられた。
救助活動を手伝う気が無いわけではない。
純粋に体の疲れを癒したいし、いつ終わるか分からない作業に徹してしまい、宿が取れなくなる方が問題だと考えたからだ。
それに、もう一つ理由もある。
それこそ、宿が簡単に見つかった理由でもあった。
では、もうしばらくしたら国王軍の使いが来るのだな?
そういう手筈になってる。宿の場所も、そいつから教わったんだ
盗賊を屠るだけでなく、国王軍まで救う余裕があるとはな。
味方の返り血以外、その身を汚すことなく戦っていたのだから やはり、この剣闘士の実力は計り知れない――
俺の方は、切り傷が少々か……。
精進せねばな
救ったというよりは、拾ったっていう感じだけどな
そいつの話によると、やっぱここ最近、盗賊が増えてるんだと。
それで兵を割けない……ですかぁ
魔物の盗賊の次は人間の盗賊か……
馬車を買うつもりが、厄介なことになったな
いよいよ、世紀末ですねぇ……
全く、とんでもねぇことするもんだぜ
それをあなたが言いますか!!
おー……パッフ……。
血圧高めだな
誰のせいだと思ってるんですか!!
全く――
まあまあ。城壁の上はお前じゃなきゃ守れなかったし――
ほぅ。では我が身を投石車につがえられた大岩のように投げた理由もお教えいただきたいですね。
だいぶ弧を描いていたからな
滞空時間はキッチリ四秒でしたよぉ
外野はお黙り下さい!!
パッフが一番軽かったんだよ。
三人の中じゃあ、一番スリムな体型してるからな
胸も小さいですしぃ……
ブッ!!
いい加減にしてください!!
まあ、そう怒るな。
ヴァルキリーも、思うところあってお前を投げ飛ばしたんだろう
結果的に、パッフも無事、城壁の上の兵士も無事。
結果論ではあるが、最上の結果ではないか……?
そこを突かれると、そうなんですが……
何にせよ、この国が抱える問題を解決しなければ、馬車は買えない――。
宿に着く前に店を調べてみたが、再開していないようだしな
馬自体も軍馬にあてがわれてしまっているらしい
無理もありません。
それに、この国を見捨てるわけにも行きませんし……
盗賊団を壊滅しなければな
盗賊団の素性は、あらかた把握しているらしいぜ?
……
どうした、シュー?
ちょっと気掛かりがぁ、ありまして〜
タニリタ国はぁ、連日の盗賊団の襲撃に手いっぱいってことですよねぇ〜
だからソーリヨイの街にぃ、兵を割けないんですよねぇ……
確かに先程の襲撃などが何日も続けば、国の疲労はピークに達しているだろう
でもぉ、それで兵を割けないという理由にはならない気がしますぅ
そうなのですか?
だってぇ、盗賊団ですよぅ?
謀反とかぁ、お家騒動ならともかくですがぁ――。
困ったら、周辺諸国に使いを出せばいいと思いませんか〜?
自分たちの国だけでなんとかするってぇ、理にかなわないんじゃないかな〜と
一理あるな。
言われてみりゃ気になるな……
まぁ、それも含めてぇ、国王軍に聞いてみると良いですよぉ
お願いしますねぇパッフさん
え?
私ですか?
私はぁ、城とか厳かな場所はぁ、聖堂で十分ですからぁ……
オレも城はパス。
粗相を働かせる自信がある。
では、俺とパッフで行くとしよう
頼むわ
でも、ゼリィ殿のツテで詳細を聞きに行けるのではないのですか?
聞きに行くってか、招かれてる感じだからなぁ。あの場で戦ってたのはオレだけじゃないし、誰が行っても嫌な顔はされねぇだろ?
ですねぇ
感謝の言葉もあるかもしれませんよぉ?
それもそうですね……
勇者殿……?
くれぐれも城内で軽率な行動は避けて下さいよ?
作法くらいは知っている。
安心しろ
城にはハイレベルな美少女メイドさんが多々いるぜ?
ならば侍らす!!
い・け・ま・せ・ん!!
失礼いたします!
こちらにゼリィ殿はいらっしゃいますか?
あーオレ
お迎えに上がりました。
兵士長がお呼びです。
おお!
天空騎士様もいらっしゃるではないですか!?
天空騎士?
……多分、私のことかと
なにぶん、空から落ちつつ登場してしまいましたから……
良かったじゃねぇか、大層な通り名貰えて
――
まぁ、悪かったって
そちらの男性も、魔法使い殿も、防衛に大きく貢献していただいたと、報告がございます
なるほど、やはり皆様 旅のお仲間でしたか
俺と天空騎士が伺おう
あの、パッフという名があるんですが……?
かしこまりました。それでは案内いたしましょう
頼んだぜ〜
ですぅ〜
―タニリタ城―
今兵士長が、来られるかと
こちらで待てばよろしいのですね
男だらけだな。
美少女がおらぬ。
詰所ですから当然です
?
何か?
いえ、何でもありません
さようでしたか
あの……一つお願いがありまして
なんでしょう?
是非とも、天空騎士様のサインを頂けたらなと!!
は?
サイン?
早速、兵の中で噂になっております!
貴方様の雄姿が!!
勇猛果敢な青年の剣士殿。
斧の達人である剣闘士殿。
精霊を従えた魔法使い殿。
そして、翼を持たずとも天を駆ける貴方様!!
私だけ強さじゃなくて、登場時のインパクトだけじゃないですか……
明日には、民衆たちにも噂されるでしょう。
その渦中の人物にこうして会えたのです。
子供たちに土産を持って帰りたいのです。
まぁ、そういう事でしたら……
国の救世主に何をさせている?
へ、兵士長!?
私が、タニリタ国軍の兵士長を務めております
ご丁寧な挨拶、痛み入ります
部下が礼を失しましたな
君も我が国の状況を考えたまえ
あ、いえ私は気にしておりませんので……
はは、さすが天空騎士様、心も天広くございますな
はあ……
反応しづらい……
我が防衛にご助力頂いたこと、感謝いたします
後ほど、ささやかながら謝礼をご用意いたしましょう
あ、いえ結構です
一国の一大事を救援することを、我らは商いとしておりませんので
なんと、慈善の心で我が国をお救い下さったのですか!?
しかし、それでは我らの顔が立ちようもございません……
であれば、情報を頂きたい。
見たところ、この国を攻めていたのはただの盗賊。どうして他国に助力を求めないのですか?
む、それは……
お教えいただけませんか?
ソーリヨイの街に兵を置けないのも無関係ではないでしょう……?
そのこともご存知でしたか……
もしや、ソーリヨイの街をお救いしたのも……
我々です
なんと……タニリタの領地を二度も救って下さるとは。
なんとしても礼をしなければなりませんな……
しかしながら、このたびの盗賊の襲撃に関しましては、外部の者には漏らすなと王が……
緘口令……ですか
仕方ありません
本当に、仕方ありませんが……
兵士長殿
何か?
我々は金銭目的で、人を助けるのでなければ、魔物を討伐し報酬を得るギルドでもありません。
我々の集いは四人と少ないながらも、統率を勇者に任しているのです
な、なんと――勇者御一行だと仰るか!?
さようでございます。
無論、大教会の認定証もございます。
長年兵士長を務められる方が、認定証の偽装が出来ないことを知らないことは無いでしょう?
い、いや疑いようもございません。
むしろ、あの強さに納得がいきました
なるほど、勇者御一行でしたか……
さて、ここでどう出ますか……
民の信頼は厚くても、エルエット大教会及び勇者の存在に難色を示す国もあります……
この国は、果たして……
であれば、私の口からはお教えできませんな
失敗か……?
王から直接聞かれよ
は?
タニリタ国は、エルエット大教会の認定した勇者を歓迎します。
それに、あなた方は、我が国を命を賭して守られた。
拒む理由はございません。
それはありがたい――
成功、ですね
但し――
……
この国が抱えている問題は、我が国の未来を担う問題。
耳にした以上、そして勇者である以上、なんとしてもやり遂げて頂きたい
よろしいですかな?
……
ご安心ください
この国に平和をもたらした英傑として、我らの勇者の名は後世に語り継がれるでしょう
おお!
信頼しておりますぞ!
お任せ下さい――
……
あー言ってしまった……。
こういう大言壮語を吐いていい勇者じゃないのに、我らの勇者殿は……
まあ、野望はさておいて、人を助けることに消極的でない分マシではありますか……
本当に頼みますよ、勇者殿……
あれ?
ときに、天空騎士殿……。
勇者殿は来ておられぬのかな?
うむ……素晴らしい建物よ
タニリタ城に足を踏み入れたソートクの感想は、それに尽きた。
いくら『深緑の大地』が、ヘキサポリス全土の中の片田舎とはいえ。
れっきとした国であり、城である。
いや、魔物の襲撃から最も遠い国だけに、という面も強いのかもしれない。
城内は豪華絢爛であった。
機能性よりも、気品や対面上の美しさを重視している城だ。
柱や階段など、建築物上無くてはならないものは勿論、壺や風景画など、無くても良い物までが光輝いて見える。
国を象徴する建物なのだから当然と言えば当然なのだがな……
だが、そんなことは二の次よ
俺が、城という建造物に気圧される要因、それは――
あの、どうされました?
城内にいる美少女の数の多さよ!!
は?
そこな従者よ!!
俺と共に――
やめなさい!!
む、あぶない
何をするか。
納刀状態といえ、当たれば痛いぞ?
御身の場合、痛覚に訴えかけなければ止まらないと判断しただけです
それより、どこをほっつき歩いてるんです!?
無論、美少女を探しにな
作法は知ってるって言ってたじゃないですか……
軽率な行動は控えてくださいと言ったでしょう!!
美少女を旅に誘う行為は、慎重に慎重を重ねた大事であってだな――
――
そう睨むな。
そう凄むな。
全く……、これから王に会いに行くと言うのに
王?
兵士長とかではないのか?
あーもう!
説明しなければならないじゃないですか!!
あ、あの、あなたたちは……?
案ずることは無い。
この方々は、城壁の防衛に貢献して頂いた勇者御一行だ
まあ勇者様で!?
言ったのか?
まあそうでもしないと、この国の救助は難しいと感じましたので
別に隠す必要もありませんし……
それもそうだな
それに、この国を救えば馬車屋が再開する。そうすれば、美少女と共に寝られるのだ。
それを差し引いても、救わない理由は無いがな
ですから、美少女云々は控えてください
別に外聞がどうなろうと俺は構わんのだがな……
首と胴が離れても同じことが言えますか?
……
それでは、玉座の間に案内いたします
なにぶん、状況が状況ですので、城内は緊張に殺気立っております。何卒、私の後を離れませぬよう……
留意しておこう
本当に頼みますからね
こうして、この国が抱える問題を直接王の口から聞くためにソートクは兵士長の背中を追う。
どんな問題であろうと関係ない。
ただ救うだけだ。
そして、馬車を買うだけだ。
――……