―タニリタ城―
―タニリタ城―
タニリタ国は四方に草原や森に置いたのどかな国である。
その静かな自然が物語るように、国民性は穏やかで国単位の争いとは無縁であった。
国政は民を第一にしているということもあり、タニリタ国全体を通して見ても、緩やかな時間が流れている国である。
だからこそ、盗賊団から受けた被害が際立ってしまうのかもしれない。
だが、盗賊団の攻撃が届かないこともあって、城自体は無傷だ。
豪勢な佇まいは不変である。
城が豪勢ならば、その中枢とも言える玉座の間もまた、豪勢であった。
目の前には王が座る玉座がある。
赤を基調とした、一人用にしては大きい椅子は空席となっている。
唯一人座ることを許された人間がいないからだ。
しかし、後光の指す王の椅子は、主がいなくてもその威厳を保っていた。
例え国が苦境に立たされていてもその荘厳さだけは失っていなかった。
国王謁見に際しての礼の一つに、王を迎えるときは頭を下げてなければいけないというものがある。
その理由はもちろん王を敬うことにあるが、これだけ厳粛さが満ち足りている空間にいると、自然と頭が下がってくるものだ。
……
……
一応礼儀を知っているのですね……
金の髪を垂らしてパッフは王を待つ。
勇者もまた同じ姿勢だ。
勝手にメイドを口説いていた辺り、王を相手に礼儀をわきまえられるか心配だったが、問題はなさそうだ。
玉座の間に敷き詰められた絨毯を見つめていると声が聞こえた。
国王陛下のおなりである!!
ふむ――
面を上げよ
はっ
はっ
その者らの働き、この耳にも入ってきておる
誠に大義であった
ありがたき幸せ
よかった……マトモです
おお、渦中の天空騎士もいるではないか。
お主の逸話も、聞いておるわ
恐縮です……
あまり盛られてない逸話だと良いですけど……
して、兵士長の話が本当であれば、お主は勇者であることだが、これに相違ないか?
はっ。我が名はソートク。
エルエット大教会が認可する勇者でございます
認定証もこちらに
うむ。認定証は偽装できるものではない。
確かにお前は勇者であるようだ。
これは喜ばしい事ぞ
穏和な性格であらせられるみたいですね……
国王様、下座より申し上げます。
聞けばこのタニリタ国、未曽有の脅威にさらされているとのこと
それを救うべく、こちらにおります勇者ソートクが剣を振るいます
俺が言うべきことじゃないか(ヒソ)
御身が口を開くとややこしくなりそうなので(ヒソ)
旅の者に任せられるかと思っていたが、勇者一考であれば話は別だ
我らの力となってくれい……
盗賊団と侮っていたが、数も多く士気も高く苦戦しておるのが現状だ……
そして何より……援軍が望めぬのでな
その話を詳しくお聞かせ願いたい
敵はただの盗賊。
一体何がおありで?
それが……
姫が誘拐されたと見受けますが……
む?
ゆ、勇者殿!!
(ヒソ)
なんと驚いた……
その通りである……。
魔法を使えるのかお主は?
え!?
いえ、国王様の心中を察したまで……
なんと……。
兵士長がお主を城に招いた時点で、隠し事ができるはずも無かったか
いえ、私は高水準のメイドを頂戴しようと城を巡っていただけに過ぎませぬ
冗談も心得ているか
いえ、本気でございま――
そ、そんな事より!!
おい、何故邪魔をする?
「よろしい、ならば好きなメイド一人くれてやる」みたいな流れが出来上がりつつあったのに……(ヒソ)
いいから黙ってください!!
(ヒソ)
国王様、今のお話は!?
事実だ。
我が娘、すなわちこの国の皇女がさらわれたのだ
城下に遊びに行ったときにな……。
丁度最初の襲撃があった日のことよ……
あのバカ娘が……
国王様……
さようでございましたか……
勇者ソートク、天空騎士……どうか我が娘を、そして我が国を救ってくれ
御意!!
命を賭して!!
ときに国王様……
どうした?
皇女殿下は国王様に似ておいでか、それとも妃殿下に似ておいでか?
は?
つまるところ、皇女殿下は美少女かと聞い――
だあああああ何でもありません!!
―タニリタ城・廊下―
おい……天空騎士とは人の後頭部を片手で掴み、地に叩き付ける者のこと言うのか?
お望みであれば、もう一度して差し上げましょうか?
あの……よろしいか?
は、はい
今夜軍議を行いますので、その時間に兵士の詰所に来ていただけますかな?
時間が空くな……
城下の救助活動が難航しましてな。まだ、主だった分隊長たちが戻ってきておりません故
始まりの刻限になりましたら、また使いを出します。
今は宿に戻られたらいかがでしょう?
そうさせていただきましょう。
軍議には勇者御一行来ていただけますかな
なんだ?
兵士長殿も、美少女は多いに越したことは無いタイプの人間か?
は?
それはどういう……
な、なんでもありません!!
わ、分かり申した。
それでは私はこれで失礼いたします。
さて、宿に戻るか……
……
勇者殿……
どうした?
どうして、皇女殿下が誘拐されていたと分かったのです?
なんだそんな事か……
彼女たちを見て、なんとなくな
彼女たち……?
あの美少女たちだ
メイド……?
彼女たちから聞いたのですか?
国の一大事をペラペラ話すような連中に見えるのかお前は?
見えないから、聞いてるんです
この城の良き所は、無数にいるうら若きメイドの数の多さだ
だが、彼女らが城内の至るところにいるのが腑に落ちなくてな
しかし、城内にメイドがいるのは当たり前では?
若いメイドというのは大抵は皇族の専属だ。そうでなくても不自然な場所にい過ぎである
メイドとは、仕えるべき者の部屋から離れるべきではない職。
いくら城内が慌ただしく人の手が足りてないと言ってもな
箒の肉刺を持った、近辺の世話しかできない若いメイドであればなおさらのこと――
だから、本来彼女たちが仕えるべき相手がこの城にいないとふんだだけだ
メイドの年齢的に、妃である可能性は低いだろうしな。
王子だったらもっと城はパニックになっていただろう
なるほど……
この勇者殿……やはり只者ではない?
しかし分からぬこともある
なんです?
何故、姫を攫われたら援軍を呼べないのだ?
え?
それが分からぬ
姫を助けるために、援軍を呼んだとあっては外聞的にマズいというのがあるからですが……
自分の娘を助けるよりも、人にどう見られるかの方が大事なのか?
国王とはそういうものですから……
それに、援軍を出した国には大きな恩が出来てしまいます。
それを返すために、皇女を嫁がせた後、血のつながりが出来てしまったばっかりに国が乗っ取られるなんてことはよく聞きます。
魔族を前に一致団結しているように見えても、水面下では――
――どういうことだ?
ですから、人間同士の争いも決して過去のことではないと……
違う、援軍を出した国への恩返しに何をすると?
皇女を嫁がせると……
それでは政略結婚ではないか……
女を政治の品と見るのか!!
お、落ち着いてください
そ、そういう国もあるということです……
分からないな……
俺が国を動かす暮らしとは無縁で良かったことだけはわかるがな。
この人は、鋭い洞察力を持っていながら、何故ごく当たり前の政策にこうも腹を立たせるのですか……?
!!
そうか!!
この人にとっては、皇女も一人の女性なのですね……
美少女であれば身分の差を問わず侍らすという野望があればこそ出てくるあり得ない考えですが……
人道的には納得できる――
まあ、ハーレム自体が非人道的でしょうけど
で、あればだ。
おいパッフ……
はい?
援軍もよこさせん。
盗賊団にくれてやりもせん
俺たちの手で救いだすぞ!!
……
もちろんです――
言動は理解不能を極めており――
剥き出しの野心、野望に忠実――
勇者として仰ぎ見る人間としてこれほど相応しくない青年はそうはいない。
勇者とは何たるかを知るために同行したが、後悔することも多いしこれからも後悔するだろう。
しかし、この勇者が皇女を助けるにあたって見せた気概は、まさしく勇者の気概である。
そう思いながらパッフは力強く答えたのだ。
――……