―ソーリヨイ〜タニリタ城下―
―ソーリヨイ〜タニリタ城下―
両の目を癒さんと、緑が華やいでいるな。
ヘキサポリス最南の地、深緑の大地。
その名の通り、大地一面に草が張り巡らされ、草木が生い茂る大陸である。
清い森を通り抜けた風も澄んでいる。
のどかで、時間の流れもゆったりした緑の地は、実に平和である。
野盗の襲撃があったソーリヨイの街から一日弱しか歩いていないのに、目の前には大自然が広がっている。
魔物の侵略が激しい他大陸では考えられないだろう。
深緑の大地に出てくる魔物は人の生活を脅かし、自然を貪るほどの脅威では無いからだ。
出てくる魔物は、刃物一本あれば撃退出来ることが多い。
わー。
魔物だー。
このままではー。
まずいですー。
真面目にやってください!!
とは言っても、この程度ですか……。
空間の歪みに、迷い込んでしまったのでしょう
魔物がヘキサポリスに侵入してくるのは空間の歪みを利用する必要がある。
人間がそれを阻止することは出来ない。
しかし、魔物側も空間の歪みの扱いには苦労しているらしい。
意図的に空間の歪みを作り出す手段は困難に近く、方法も限られているというのだ。
また自然が多い故に、魔力が希少なこの大陸自ら強力な魔物を拒んでいた。
例外はあるだろうが、魔物は強さに比例する量の魔力を体内に宿している。
それが外気に含まれる魔力と共鳴する時、力は増量する。
逆に魔力が微量、もしくは皆無な地では力が半減する。
よっと
すまねぇな、弱くても ほったらかしには出来ねぇのよ
ゆえに、『深緑の大地』に来る魔物は。
偶発的に来た弱き魔物が大多数を占めるのである。
なるほど。だから弱い魔物しか現れないのか
ですぅ
野盗はそれなりの実力者であったと言うわけか
正確には理知的でないものは魔獣に分類されるんですけどねぇ
なんにしても恐れるほどの相手は出てこないと思いますよ〜
なるほど。
この程度の魔物であれば、俺のハーレムの脅威にはならんのだな。
ですが、油断は大敵です
安易な考えと、野蛮な野望を持ったまま死にたくなければ注意することです
肝に銘じておこう
でも、コンパスとドーナツ間違えた奴が言うか?
ですぅ
なっ!?
なぜそれを!?
あ、やっぱり間違えてたんだな。
これではっきりしたぜ
しまった!?
カマを掛けられました!?
どうして間違えたんですか〜?
焦ってたんですかぁ?
この際、掘った墓穴を広げましょう〜
ドーナツ?
な、何でもありません!!
それより、どんな魔物が出るか分からないのです!!
用心に越したことはありません!!
誤魔化すにしても下手だな
ま、なんにしても、オレたちなら平気だろ
しかし、ソートクが勇者偏差値45とはな
駆け出し勇者の中では間違いなくトップクラスですよー
対比する相手がいて初めての数値化だ。
勇者の俺が一人の この場では大した意味を持たん。
謙遜するねぇ
それに美少女ハーレムの強い助けになるわけでもなし……
……
しかしぃ、高くて困るものでもないですよぉ?
勇者偏差値45は誇るべきですぅ
ねえ?
パッフさん?
え、ええ
確かに……。
目も当てられない野心に気を取られがちですが……
私を助ける際、左腕が機能しないのにも関わらず、披露したあの戦闘力……
相当の実力者なんですよね……。
私以上に強い可能性もあります……
勇者殿が持たれている野望が偏差値に関与していないことには納得できませんが……
まあまあ
しかし、驕らないスタンスは保っておいた方が良いかもな
どういうことだ?
どれだけ活躍してもぉー。
ここが『深緑の大地』だと言うことですぅ
そんなに強ぇ魔物が出てこないのは平和でいいんだけどよ
だからこそ、『深緑の大地』出身の勇者は、同業者から誹りの対象になっちまうんだ
くだらん。
他者と競う職ではないだろうに
ハーレムを目指す職でもありませんからね?
肝に銘じておく
まぁ、あくまで目安程度に考えておきましょ〜
はなから そのつもりだ
それより、今日中にはタニリタの城下に辿り着きたいが、可能か?
夕方前には着くんじゃねぇか。
馬車を買うんだろ?
長い旅路になりそうですからねぇ
お前らが馬車を持っていなかったことに驚きだ
旅慣れているものと思っていたが……
買おうと進言していました……
だって、三人の時は本腰入れる旅になるとは思わなかったからな
それにぃ、ソーリヨイの街は、馬車の修理屋は多かったですけど、馬車屋自体はショボかったですしぃ
キャラバンが扱ってないんですよぉ
キャラバン……?
たしか、大型の馬車だったか?
御身のおっしゃる通りです。
馬車には バギー、キャラバン、コーチと大きく分けて三つのサイズがあります。
バギーは馬一頭で一人乗り用。
キャラバンは馬一頭で幌付き。
コーチは四頭の馬が必要です。
四人旅でしたらキャラバンで十分でしょう。
どうせならチャリオットが欲しいんだけど……
戦闘用馬車買ってどうするんですか?
どうせなら斧コーティングしてよ。
アックスチャリオット!!
機動力を犠牲に、破壊力向上を図ってますねぇ
本末転倒です
幌(ほろ)付きの馬車であればいい。
それに今は四人旅だが、いずれ三ケタを超える美少女をだな――
――
そう凄むな。
そう睨むな。
なんにしろ、タニリタの城下町なら買えるでしょう
同時に、旅支度もしっかり整えたいですねぇ
じゃ、オレ酒場めぐる〜
ついでに、情報収集。
ソーリヨイの街に国王軍が遅れたのも気になる……
領土の街が襲われたのに、翌日救助隊と復興用の兵しか よこさなかったのは何故だ?
では馬車は俺が選ぶとしよう。
御身一人に任しきれません。
私も随伴いたします
お、おう……
持ちが良い物を選ばなければなりません。
決して安い買い物ではないのですからね。
ふむ……。
物によっては家と同等の値段を取られることもあると聞く。
勇者の権威で少々勉強してもらいたいものだな
あららぁ……職権乱用ですよぉ
タダで勇者になったんだから、それくらいは目を瞑れよソートク
いや、別にタダで勇者になったわけではない
勇者になるために、血と汗を流したとでもいうのですか?
流すか。
言葉通りの意味だ
え?
どういうこっちゃ?
勇者になるのに多少なりとも金を費やしたと言っている
ええ!!
まさか御身は、勇者の権利を金で買ったと言うのですか!?
袖の下か!?
いくら包んだ??
裏口入学〜♪
違う。
ヘキサポリス勇者学校に通っていたのだ
……
……
……
入学金と学費が高くてな。
完全寮制度のおかげで、金がかさむ――
それでいて勇者になれる確率が上がるわけでも無い学校だからな――
って、聞いているのか?
うっそ、お前 勇者学校通ってたのかよ!?
その通りだが……?
合格率一ケタ。
進級率ですら40%きるって聞きますけどぉ……?
それこそ裏口入学を邪推してしまいますぅ……
邪推には応えられん。
正式に入学し、正式に卒業したぞ?
エリート中のエリート……。
卒業すれば、どこの騎士団からも引っ張りダコと言われる……
そして私が落ちた学校……
確かに同窓生は、就職先を持て余していたな
ついでに、ソートクさん……。
今、おいくつですかぁ……?
ご入学時の年齢も聞いても〜?
たしか、18だったか……?
入学したのは13だと思ったが
てことは、現役生で入学!?
そして最短で卒業!?
「なんで村人Cの僕が勇者に!?」の宣伝で有名な『勇者塾・三谷学院』に通っていた私が落ちた学校……
お前、英才教育だったんだなぁ……
親御さんが厳しかったんですか〜?
いや、行こうと思ったのは俺の意思だ
あの不死身の聖剣使い、ハロルド騎士団長の御出身……憧れた私が落ちた学校……
人は見かけによらないんだなぁ
でもぉ、ソートクさんなら何となくぅ、納得できますね〜
強靭な肉体に、不屈の精神……。卒業したものは次世代を担う英雄……
卒業校が美少女ハーレム達成の手助けになってくれれば良いと思ったのだがな――
私の中で勇者学校のイメージが崩れていく……
出身で男を判断するような美少女は美少女にあらず。
それに気付くのが入学前であれば、別の学校を選んでいた
あくまで選択肢の一つだったのか……
私は落ちたのに……
パッフさん〜。
木と談笑するのもほどほどにぃ〜。
そろそろタニリタ城下町に付くんですからぁ。
この際、聞かなかったことにしましょう……
でないと、頭が爆ぜかねません……
そ、そうですか
もうそろそろで見えてくる頃と思いますよぉ
む……?
どうしたのですか勇者殿?
勇者学校出身というのは尊敬に値しますが、それと御身の野望は――
煙か
は?
この時期のタニリタ国は、意図的に何かを燃やす行事などを催していたか?
知らねぇけど……あっても不思議じゃねぇが――。
不穏だと考えた方が良さそうか?
この距離から見えるんですかぁ……
今は、自己強化魔法「遠見」「透視」を使っている……。
魔法の心得もあったのかよ
才覚は無に近い上、ほとんど役に立たないがな
これで三日は魔法が使えん。
精霊さん――
ワレ……見エル……火!!
火事……チガウ……誰カガ……燃ヤシタ
祭リ……チガウ……人……逃ゲテル!!
ま、魔物の襲来ですか!?
おいおい、魔物が『深緑の大地』の真っ昼間に来るかよ
魔物……チガウ……ニオイ……シナイ!!
まさか、人の賊ですか!?
勇者殿――!!
分かっている!
行くぞ!!
ただ事ではない!!
だな、誰が相手でもカンケーねぇ!!
駆けます!!
皆様に強化魔法「俊足」を!!
ついでにぃ、「韋駄天」の重ね掛けですよぉ
こ、これはシュー殿……。
下位魔法しか出来ずお恥ずかしい……
いえいえ〜。
一人では重ね掛けは出来ませんからねぇ、助かりますぅ
精霊さん〜。
追い風頼みますぅ
ガッテン!!
風ヨ……主タチ……運ベ!!
凄いな……。
身が軽くなったと紛うぞ
良いもんだろ?
あの二人の補助魔法
オレは武働きで応えてやるぜソートク!!
頼りにしてるぞヴァルキリー
聞えてくるのは、馬の蹄が激しく大地を穿つ音。
助けを求む声、仇なす相手に浴びせる罵詈雑言――
そして、美少女の叫び声!!
強化された聴覚が捉えるのは、美少女の懇願。
それを、それだけを頼りにソートクは前進した。
――……