―ソートクの夢・神託―

三人の美少女と共に出発して最初に迎えた夜。



周りを囲むは白い壁。

否、モヤというべきか。

不定形の霧が辺りを包んでいる。


ここは、一人の男の夢の中だ。

――ソートク。

夢の中でも眠り続けている男は、ある職に就いていた。

勇者だ。

『エルエット大教会』に選ばれた、魔を払い世界に平和をもたらすとされる栄えある職。

民衆から支持を得られ、羨望の眼差しで見られる、誰もが憧れる職だ。

そんな勇者に選ばれるにはいくつかの条件がある。

しかし、教会側が提示している「若い男である」という条件以外は一切明かされていない。

故に勇者といっても多様な人間がおり、性格や、外見を見てみても、共通点は見つかってこない。


勇者とはどういう人間がなれるか。

それは、エルエット大教会しか知らない。

いや、神の意思を代弁しているだけのエルエット大教会側も、知らないのではといわれている。

勇者の選出は明かされることのない謎が秘められている。

その秘密性と神秘性が、勇者という職業を超常的な職業と思わせる要因になっていた。


勇者が選ばれる際に共通点はない。

しかし、勇者に選ばれし者はある夢を見る。

――神託。

エルエット大教会に所属し神に仕える神官が出てきて、お告げをするという夢だ。

厳密には夢ではない。エルエット大教会の総本山である聖地に溢れる清き魔力が成せる巨大な連絡魔法であり、事実だ。

だから、神託は勇者にとって絶対的な力も持っている。

そして、夢の中でも眠る男ソートクもまた、神託を受けていた。

白いモヤがその証だ。

神官

ソートク……ソートク。
私の声が聞こえますね?

ソートク

zzz

神官

……

神官

神官

あれ?
また音声入ってない……?

神官

ちょっと通信班?
また音声届いてないんですけど……

ソートク

zz……ふごっ

ソートク

何事か?

ソートク

うん?
ここはどこだ?

ソートク

俺は、簡易テントで寝ていたはずだが……?

ソートク

あれか?
神託か……?

神官

また音声届いてないみたいなんですよ……

ソートク

また姿が見えん。
声は聞こえているぞ

神官

だから、嫌なんですよ……。
もう神官辞めようかな……

神官

毎日の雑巾掛けも結構 腰にきますし……

ソートク

おい、神官。聞こえている。
お前が腰痛に苛まれていることまでな

神官

あっ、繋がってます!?
良かったぁ

神官

音声届いてました!
神託続けまフっ!!

神官

つ、続けます……

ソートク

噛んだな……

神官

えっと……

神官

ソートク……ソートク。
私の声が聞こえますね?

ソートク

それはもういい……

神官

あ、でも流れみたいなのがありまして……

ソートク

……まぁいい

ソートク

というよりも、つい最近神託を受けたばっかりだが……

神官

ええ、ちょっと間隔が短くなっちゃいましたけど、それなりの理由がございまして……

ソートク

ソートク

まさか、お前も俺の野望に消極的な考えを?

神官

野望……?

神官

あ、勇者様ですから世界平和のことですね。
当たり前すぎて逆に失念してしまいました

神官

世界平和に大してそんなに力強い心意気を持ってる人は初めてです

ソートク

いや、俺は世界平和を第二にだな――。
第一には、美少女――

神官

はっ!?
それよりもソートクさん、聞いて下さい!!

ソートク

な、なんだ?

神官

今回の神託の前に報告すべきことがあるんですよ!?

ソートク

報告?

神官

はい、聞いて驚かないでくださいね……

神官

なんと――!!

神官

ソートクさんの『勇者偏差値』が急上昇しました!!

ソートク

そうか

神官

え、反応薄いですね……

神官

せっかく、演出班とうまく連携出来たのに……

ソートク

先刻驚くなと言ったのは、お前ではないか

神官

いやそれは、いわゆる「フリ」というやつでして……

ソートク

フリ?

神官

い、いえ 何でもありません……

ソートク

それより勇者偏差値とは何だ?

神官

え?
勇者偏差値をご存知ない……?

神官

大体の勇者様は知っているのですけど……

神官

勇者偏差値とは、その名の通り、勇者の実力を総合的に数値化したものです

神官

細かいことはお教えできませんが、外聞や、倒した魔物の数、報告書の提出などで、算出されます

神官

勇者の実働を数値化、規格化したほうが意欲の促進につながりますので、やらさせていただいてます

ソートク

なるほど

神官

高い方は100に近いんですよ?
相応の実力の勇者であると言えます

神官

ソートクさんのように駆け出しの勇者の偏差値は20台前半なんですけどね

ソートク

20?
偏差値における標準偏差は50と相場が決まっているのではないか?

ソートク

100の勇者がいて、20の勇者がいては、偏差値として機能しないのではないか?

神官

い、意外に物知りなんですね……さすが勇者様

神官

仰るとおりでして、最初は50になるようにしていたんです。
しかしどんどん強い勇者が現れてしまった時期がありまして、算出方法がおざなりになってしまったんです……

神官

要するに、高ければ高いほど良いって形です。
レベルや、戦闘力と言った方がしっくりする方もいらっしゃるみたいですよ?

ソートク

大丈夫か?
エルエット大教会は……

ソートク

それで、俺の勇者偏差値はどのくらいだ?

神官

はい、最初は駆け出し勇者の例にもれず22だったんですけど――

神官

現在45です!!

ソートク

この歓声、くどくないか?

神官

え?
私、わりと気に言ってるんですが……

神官

勇者偏差値45というのは、中堅どころの勇者に多く見られる数字です。

神官

四日足らずでこんなに上昇するなんて、かなり異例なことですよ!!

神官

期待のルーキーですね

ソートク

そんなに上がるものなのか?
あまり身に覚えが……

神官

上がりますよー。
エルエット大教会はちゃんと把握してますからね

神官

たくさん魔物倒したみたいじゃないですか

神官

浄化される魔物の魂から割り出せるんですけど、討伐記録が凄いことになってますよ

ソートク

ソーリヨイのあれか

ソートク

勇者が成して当然のことを やっただけであるのだがな

ソートク

では今日の神託はその、勇者偏差値とやらがあがったことの報告か?

神官

いえ、違います。
今日は進路の打ち合わせをと思いまして

ソートク

指針?

神官

ええ

神官

昨今、勇者になったのは良いけど 何をしたら良いかわからないって方が増えてるんですよ

神官

……それで、各地で起こる問題、クエストみたいなものをこちらで取り上げ、勇者様に解決してもらっているんです

ソートク

……

ソートク

それは、ギルドと何が違うんだ?

神官

……

神官

……

神官

大体、勇者様には三つのクエストを提示させていただいてます

ソートク

スルーか。下手に誤魔化さない辺り、逆に小気味よい

神官

どうします?
クエスト受注します?

ソートク

助けを求める声に応えるのが勇者である……しかし

ソートク

旅を円滑にすすめるため、やるべきことがあるのだが……それを優先しても?

神官

ええ、構いません。むしろ、率先して行動できる勇者は最近少ないですからね、喜ばしいことです

神官

一体なにを?

ソートク

馬車を購入したいのだ

神官

馬車……ですか?

ソートク

ああ。
それというのも、俺の旅は天運に恵まれてな

ソートク

一度に三人も旅の仲間を得ることができたのだ。これがなかなかの美少――

神官

それは喜ばしいですね!!

ソートク

お、おう

神官

なるほど。確かに四人もいれば馬車も必要というもの――

神官

エルエット大教会が拒む理由はなく、我らの神も祝福してくださるでしょう

ソートク

そうか

神官

進路がある程度決められているとなると、今日の神託は以上になりますね。

神官

『勇者ソートク、急上昇の偏差値に偽りなく、有望』と報告しておきます!

ソートク

過剰の期待は刃を鈍らせる。
ありのままを報告してくれ

神官

は、はい

神官

では、コホン――

神官

もうそろそろ、貴方もこの眠りから目覚めることでしょう

神官

私はエルエット大教会の神官。
私には全てが見えています

神官

さぁ旅立つのです!! 勇者ソートクよ!!

ソートク

それはやはりやるのか……

そしてソートクは目覚めた。

ソートク

……

周りは白いモヤから、茶色の布へと変わっていた。

一人、簡易テントで起きたのだ。

勇者偏差値といった新情報もあったが。

一夜明かして思うことは一つだ。

ソートク

馬車を買わねばな

ソートク

褒められた寝心地ではない

起き上がると体が軋む音が聞えた。

テント越しでは、地面に横になっていたのとあまり変わりはない。


これがもし、馬車の中であれば?

柔らかい布を馬車内に敷けばベッドが出来上がる。

ソートク

荷物も多いな……

大きめの皮製の鞄を背負い、両手も塞がる。

武器、防具はもちろん、替えの着替えや、エルエット大教会からもらった認定証などもあるからだ。


これをもし、馬車に入れられれば?

必要最低限の荷物だけ携え、どんな時でも即座に戦えるようになる。


馬車の利点を上げればキリがない。

ソートク

だが、そんなことは二の次よ

ソートクは、それらの不便を嘆いているのではない。


馬車を望む理由はたった一つだ……。

ゼリィ

うん。やっぱりパッフの胸は揉めないな

シュー

ですねぇ

パッフ

な!?
お二人とも 夜に何かしましたね!?

ゼリィ

いーや、何もしてないぞ?

シュー

そうですよぅ。拝見してただけですよ〜

パッフ

何をです!?

ゼリィ

朝っぱらから騒ぐなよ

ゼリィ

おっ。
よぉ、ソートク。

シュー

あららぁ……早いんですねぇ〜

パッフ

おはようございます……

ソートク

……うむ

ゼリィ

悪いな。
そっちのテント、小さいし汚いだろ?

パッフ

仕方ありません。
男性は勇者様一人だけなのですから

シュー

宿に着ければいいんですけどね〜

ソートク

……

ゼリィ

どうした、ソートク?

ソートク

いや何、考え事をしていた。

ソートク

やはり馬車は必要だ

ソートク

美少女と共に一夜を過ごせる場所が!!

ソートクが馬車を求めるただ一つの理由。

それは馬車の中で、美少女と一緒に寝たいからである。

利便性や値段などは一切考えない。

ただ、美少女の横で眠りにつきたいという一心で馬車の購入を真剣に検討していた。

――……

17、 神官 勇者偏差値を提示する

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