それでは、迷宮研究会略して迷研の復活を祝って!

かんぱーーーーーーい!!

乾杯!

乾杯ですー!

うっす

……乾杯

ぷっはー!!


 研究会を結成してから二日後、休日を目前に控えた放課後。

 五人は部室である学内第三迷宮に集まり、固めて配置した机を囲んでいた。乾杯に使ったのは瓶入りの炭酸飲料だ。魔術によって作り出された光の球が宙に浮かび、色つきのガラス瓶をきらきらと煌かせている。

 四人は椅子に、ダグラスは地べたに座り込んでいた。彼の体重に耐えられる椅子がなく、座ったら座ったで机が低くなりすぎるため、彼にとってはこれが最適解だった。
 

ダグラス君、本当にそこで大丈夫かい?
お尻痛くないかい?

平気だ、これでちょうどいい

大きすぎるのも大変なんですねー


 念動力で瓶を浮かせて乾杯したプルルカは、少し伸ばした両手(拍手できる程度の伸縮が効くらしい)で器用に瓶を挟みジュースを飲んでいた。
 指のない短い手足はひどく不便そうに見えるが、他の種族の者たちが危惧する困難のほとんどは持ち前の念動力で回避できるようだ。
 

とにかく、ダグラス君とユェヅィオ君も本入部してくれたし、おかげで学校への申請書も出せたし……

この調子だと夏休み前にはさっそく見学旅行にだって行けそうだ!

経費で!

経費って名目の掃除手当じゃないの

何だっていいだろ、行こうぜ遺跡

お前ほんとそういうの好きだなー

おう、建築科舐めんな


 紙袋入りのポップコーンをつまみに話が弾む。
 袋いっぱいに詰まっていたポップコーンがあっという間に半分になった頃、リクシエルがぽんと手を叩いて皆の注目を集めた。
 

それじゃあ、正式に面子が決まった訳だし、改めて自己紹介でもしようじゃないか!
私もまだ皆のことを全然知らないんだ

あいよ、じゃあ言いだしっぺからな

任せてくれたまえ!


 待ってましたとばかりに輝きながら机に身を乗り出す。言われなくとも自分から話すつもりだったらしい。
 

僕は生活科のリクシエル、形而上界の第四層・ウィーロン物質学校の出身さ!
趣味は街の探検!よろしく!

……どこ?

聞いたことないです

おれも

だよねーーー


 早速説明を諦めたリクシエルの隣で、アルチェザーレが持ち込んでいた本を素早く捲る。
 そしてとある記述を見つけ出すと、そのページを開いて四人の前に差し出した。
 

これ


 プルルカが本を一瞬だけ浮かせ、表紙に記されたタイトルを覗き込む。
 

わー、わざわざ異界事典の最新版を借りてきてくれたんですか!
気が利きますねー!

たまたま読んでたんだよ

で、どんなところかね……っと


 三人が本を覗き込み、
 

うん


 だとか
 

ふむ


 だとか唸った後に顔を見合わせる。
 

わからん……

ぼくもです……

説明見てもよくわかんねぇ……

私もだ……

お前はわかれよ!!


 様々な世界から入学者が集うこの学校では、クラスメイト誰一人として出身地を知らないことも珍しくなく、学校あるあるの1つとして数えられている。
 

ははははは、
まあとにかく次に行こうか!君!

あ、俺?


 話を振られ、ユェヅィオが立ち上がった。触手のような脚を一本持ち上げて揺らしながら。
 

改めまして、薬学科の
ユェヅィオ・ルーループプだ

オリゾレスタの南らへんに住んでる、
ヅェヅェカの森の民……って学校の名前とか言っても通じないよなたぶん

でしょうねー

じゃあ何か別の話でも……そうだ、
よく間違われるけど俺タコとかイカとかじゃないんだよ

へええーーーそうだったんですか!

泳げないしな。
海に連れてくと浮き具で完全武装してて面白いぞ

なんか悪いかよ

悪くないぴょん

この野郎


 ダグラスの胸倉を掴んで揺するユェヅィオの隣で、アルチェザーレが再び本を捲り該当箇所を指し示す。
 それを覗き込んだプルルカが、今度は内容を理解した素振りで、上半身を振って頷いた。
 

げふ、じゃあ次、おれが


 ようやく揺さぶりから開放されて立ち上がる。
 小柄な女子二人分に迫るほどの長身が、迷宮の壁に巨大な影を作った。
 

ダグラス・ソーンだ。建築科。
ここから機関車で半日ぐらいの、アシュウィッチって街から来た

ふむふむ、その街にはダグラスみたいにすごく大きくて腕が四本ある人がいっぱいいるのかい?

いや、おれと親父ぐらいしかいない……
けど、まあ快適に暮らしてるぞ。平和な街だ

ほわわ、良いところなんですねー

まあな


 と返したところで話す内容に詰まり、座り込んだ。

 次は、と呟きながら辺りを見回すと、継ぎ接ぎ顔の少年と目が合う。
 彼は静かに立ち上がり、仏頂面のまま口を開く。
 

総合魔術科のアルチェザーレ・イゥリプカ。
いわゆるゾンビって奴だけど、人を食べたりはしない

……よろしく


 そしていたく簡潔な自己紹介だけを告げて、再び黙り込んでしまった。
 

これ、深く訊かないほうがいいやつだろうか

ああ、なんか重い話が
ドンドコ出てきそうな気がする


 小声で話す二人のやりとりを、
 

うんうん、君はちょっとシャイなんだね!
その気持ちほんの少しわかるよ!
それじゃあ次、プルルカ君いってみようか!


 男子にしては高い、能天気な声がかき消してくれる。
 そしてリクシエルの大げさな動作に乗せられて、プルルカが椅子の上に立ち上がった。
 

えっと、プルルカ・ポン・ポンポ・ロローロです、プーって呼んでください!

シュルツェンカの西の都から来ました、ファンガ族の生き残りです!

生き残り

三年前の内戦で国が疲弊しきって、街が怪我人や傷痍軍人でいっぱいになってしまったので、何か力になりたいと思って
留学して福祉科に入りました!

天国の兄弟たちのぶんまで頑張ります!

予想外の方向から!!

激重いの来た!!

ううっ……君は……君ってやつは……!


 コメントに困る二人をよそに、リクシエルが涙ぐみながらプルルカの手を握り激励の言葉をかけ続けている。
 

こんな所で暇潰してていいの?
立派な目標があるのに

大丈夫です、ミーティングとお掃除以外の時間は自習室としてばっちり活用しちゃいます!
図書館も結構近いですし!

お前さんなかなかしたたかだよな

空気がひんやりしっとりしていて
快適ですしー

僕も

やっぱりそういうの好きなんだ

……ところでこれ、口つけてないんだけど誰か飲む?

あ、おれ貰うわ


 ユェヅィオの目の前でジュース入りの瓶が受け渡される。
 不意に近づいたアルチェザーレの身体に腐臭はなく、やや甘いインセンスの香りだけが感じ取れた。
 

それじゃあ自己紹介も終わったところで!
今後の活動方針を考えようか!


 意気揚々と振るった指先に小さな光が生まれ、宙に光の文字が描かれる。
 適度な発光によって精緻に記された文書は、彼の技術の高さを雄弁に語っていた。
 

1.第三迷宮の清掃          

2.ダンジョン探索の技術を学ぶ(座学)

3.安全な迷宮跡の見学        

4.                 

……この続きをどうしようかなあ、って思ってだね

新入部員の勧誘はしないんですか?

そうだそうだ、女子ほしいよな

六人以上になると遠足の旅費が一部自己負担になる、って先生が

勧誘はやめよう

さっくり言い切ったね!?

それより体力作りをしたらどうだ?
将来危険地域に挑むなら確実に必要になるだろ

いいですね、何事も体が資本です!

僕はやらない……

わかった、じゃあ君にはなんかあれ、あの、笛をピーピー吹く役をお願いするよ!


 活動内容の一覧に『トレーニング』が書き加えられる。
 ミッションと訓練。若い男たちにとっては魅力的な響きだった。発案者であるダグラスが得意げに何度も頷いた。
 

……ところでみんな


 ふと思いついたといった様子で、ユェヅィオがぽろりと零した。
 

この中でさ、卒業後ガチでダンジョンに挑む奴ってどれくらいいるんだ?

はーい!


 素朴な、それでいて非常に重要な問いに応えたのは、手と一緒に翼まで挙げたリクシエルのみだった。

 他の四人の視線が、彼の無垢な瞳に集まる。
 

大丈夫でしょうか、この研究会

まあ何とかなるだろ……
俺は見学旅行に行ければそれでいい

俺はなんかこう、面白けりゃそれで

細かいことはいいじゃないか、
さあ続き続き!

いいのかな~


 最も大切な部分をさらりと流されたままミーティングは進んでゆく。
 迷宮研究会、略して迷研のスタートはこうしてのんびりと切られたのだった。
 

つづく!

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