るーるるるるー♪


 プルルカが操るはたきが宙を舞い、照明をつけるくぼみに溜まった埃を落としてゆく。
 床にゆっくりと降りた埃を、もう一人が箒で集めていった。いくつかの虫の死骸を巻き込みながら。
 

迷宮のお掃除って三年がかりになるかなあって思ってたんですけど、意外とすぐ終わりそうですねえ

まあ……造りは単純だから


 迷宮、と銘打ってはいるものの、この施設自体はさほど広くも複雑でもなかった。
 授業で使う際には幻術をかけ、広大な迷路のように仕立て上げて使っているらしい。
 

迷子になったらどうしようって
思ってましたー

その時は壁に片手を付きながらひたすら進めばいい。
どこからでも入り口に戻れる構造になってたはず

なーるほど!

……誰?


 不意に近づいてくる足音に振り向くと、元来た曲がり角から光が射しているのが見えた。
 

リクですね

またうるさくなるぞ、これ


 彼が光り輝くのは、何らかの理由で昂っているときである。放課後に何度か集ううちに、部員たちは会長のその特性を理解しつつあった。
 これくらい光っているときは相当うるさい、といったように程度を読むこともできる。
 

あっいたいた!
遅くなってすまない、家に忘れたこれを取りにいっていたんだ!

???
なんです、それ

ふふ……聞いて驚くといい

宝の地図さ!!








 五人の男子たちは机に置かれた紙切れを覗き込んでいた。黄ばんだ紙に地図と暗号のようなもの、そして
 

男の中の男たちへ


 という一言が書き込まれたものだ。
 

こんなんどっから見つけてきたんだ?

貰ったのさ!
研究会を再興できたことをOBの先輩に手紙で伝えたらね、返信にこれを同封してくれたんだよ

宝、か


 迷宮に眠る財宝。心をくすぐられずにはいられない話ではある……が、
 

これ、古い紙じゃない。
ビンテージ加工が施されている比較的新しい奴だ

そうだね、筆跡も思いっきり先輩のものだし

思いっきり自家製じゃねえか


 解析するほどその物珍しさが消えてゆく。
 しかし何人かはそれでも目を輝かせ続けた。
 

つまり、リクの先輩が未だ見ぬ後輩たちのために残してくれたものってことですよね!

そうだね……
これは彼からの挑戦状ってことさ!

だからこんな回りくどい書き方を


 地図、と銘打ってはいるが、紙の面積の半分は暗号に費やされている。ただ記されている場所に向かうだけでは目的を果たせないタイプのものらしい。
 

とりあえず地図の場所を見に行ってみるか。
暗号の取っ掛かりが見つかるかもしれねえ

おれも行く

私も!

ワクワクしますねー!

……僕も行くのこれ


 五人はぞろぞろと地図が示す場所へと歩いてゆく。質感の異なる足音が重なった。
 

こんなに手の込んだ謎解きに挑むなんて初めてですー!
ちゃんと解けるかなあ

学生が作ったんだから学生に解ける程度のものだと思う

ですよね、よーしやっちゃいますよぉ!









で、この狭間って何を意味してるんだろう

あと一押しっぽいんだけどなあ

その一押しがわかんないと先に進めないですー


 塗装の剥げた大きな置時計が小刻みに音をたてる。学校のごみ置き場で拾ってきたそれは、下校時刻が迫っていることを示していた。

 外に出ればもう西日が射していることだろう。なおも学校に残るには教員による活動許可が必要だった。
 ただ気まぐれに掃除とトレーニングを行うだけの迷研にその許可は下りそうにないし、必要もなかった。
 今日を除いては。
 

明日に持ち越しでしょうか

ま、そうなるわな

図書館組も帰ってこないしねえ……
五人いないと寂しいよ……

寂しがるの早すぎねえ?


 地図に示された場所には、何かの目印のようなものが刻まれた煉瓦がいくつかあった……が、それだけだった。

 合流してから各々の知恵を出し合い、暗号のほとんどを解いていくつかのキーワードを導き出したまでは良いものの、その使い方を示しているであろう一文の手がかりが掴めない。

 何か思い当たる節があったらしいダグラスが、アルチェザーレを連れて図書館へと向かい、未だ戻っていない。
 

すぐ帰れるように片付けしちゃいましょう

そうだなー


 三人が机上の整頓を始めた時、迷宮の壁越しでも伝わるほどに重たい足音が聞こえてきた。
 

謎が解けた!
行くぞ!!

待って服ずれてるから直したい

後だ、時間がない


 アルチェザーレを小脇に抱えたダグラスが、早歩きでホールを通り過ぎて迷宮へと突入してゆく。歩幅の大きさゆえに尋常ならざるスピードで。
 残された三人は一瞬呆けていたが、
 

えっマジで

わ、わわっ

きたぁぁぁーーーー!!


 順に我に帰りダグラスの後を追いかけていった。
 








「赤い帽子のレーベルク」は赤い屋根のあるレーベルク式建築の建物。
つまりうちの学校の時計台だ。
印のついている煉瓦が学内の七大名所だと考えると、この一番上のやつが時計台と言うことになる

残りのキーワードは古代セレストラ魔導語で水と糧。
これを池と食堂とみなし、対応する印の中間を割り出す。
そして時計台を起点にさっきの点を通過して直進した先に何かがある……と思う

わぁーーー!!

すっげーーー!!


 ダグラスとアルチェザーレの解説に、他の部員たちはただただ感嘆の声をあげ続けた。
 

すごい、すごいよ!
本当によく解いたねえ!

おれがわかったのは学校を指していることまでだ。
あとはこいつが意味わからん速さで色んな辞書漁って調べてくれた

大したことじゃない……
それにしてもこの出題者、一年生に解かせる気が更々無いよ

古代魔導語習えるのって
二年からだもんなあ確か

とっとにかく!
鐘が鳴る前に調べちゃいましょう!

おう


 二人が導き出した答えが合っているかを確かめるべく、男子たちは煉瓦の並びを頼りに指で直線を描く。緩やかに下降してゆく道を辿ると、かなり離れた位置に、小さく印が描かれた煉瓦を発見した。
 暗くて見え辛い位置にあったためはじめは気付かなかったが、床に接したそこと両隣の煉瓦は接着されていない。
 

これ……抜き取れるのかな?

どれどれ


 ユェヅィオがしゃがみ込み、床に顔を近づける。多肉植物のような触角がぴこぴこと揺れる。
 

ここだけ微妙に空気の流れが違うな……
空洞があるぞ

ちょっと動かしてみましょうー


 プルルカが足元を見つめると、三つの煉瓦がひとりでに動いて壁から抜けだした。
 いつの間にかジャケットを脱いでいたリクシエルが、その隙間に躊躇なく手を差し込む。そして
 

ひっ


 と声をあげた。
 

虫か何かの死骸っぽい感触が!

真っ先に手を入れたのはリクです!
頑張ってください!

ううっ失敗し……

……何かあった!!


 引き出されたリクシエルの手は、四角く平べったいものを掴んでいた。
 灯かりの元に晒してみると、それが古ぼけた缶だとわかる。元は菓子を入れていたもののようだ。
 

それじゃあ、開けるよ

ああ

…………


 皆が固唾を呑んで見守る中、錆びた缶がぐいとこじ開けられた。
 五人の目に飛び込んできたのは、赤みを帯びたクリーム色――人間の肌の色。
 

こっ……これは!

あれか!

あれだな!


 食いついた三人が競うように缶を漁り、中身を引っ張り出す。
 収められていたのはどれも鮮やかな写真や絵が印刷された雑誌だった。
 

ほえー、きれいな色ですねー

この辺りで刷られたものじゃないな……
異世界からの輸入品だ


 冷静なプルルカとアルチェザーレの目の前で、他の男たちは一心不乱に頁を捲り続けている。
 

 こんなお姉さんや、
 

 こんなお姉さん、
 

 こんなお姉さんも、
 


 頁を捲ってゆくととにかく凄いことになる。
 

 この街では流通量が少ないうえに、規制されているため未成年の手元には滅多に渡らない、貴重な種類の本が七冊。
 それも高度な印刷技術により製作されたものとなれば、手にした若い男たちが感極まるのは当然の流れだった。
 

俺……こんなリアルなエロ本はじめて見た……

おれもだ……

この黒いゴミみたいなの浄化術で消えないかな!

あー全然できない!
うー!


 未知との邂逅が思考を焼き、知能が著しく低下してゆく。
 入っていた本のうち、二冊ずつをそれぞれがキープし、残りの所有権を掛けてコイントスが行われた。

 プルルカとアルチェザーレだけが、その様子を冷ややかに見守っていた。
 

エジオって脚も肌も違う女の子でもいけるんですねー

……プルルカは見ないの

ぼく、笠のない女の子はちょっと……
アルこそ本要らないんです?

興味ない

そうですかあ

疲れた、帰る

いい時間ですしねー


 下校を促す鐘が遠巻きに聞こえる。
 本を読む猿となった仲間たちを置いて、キノコとゾンビは足早に第三迷宮を後にしたのだった。
 


つづく!

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