もう一回最初から説明してくれよ。
そんな一気に喋られたって良くわかんねえって

すまない、ちょっと気がはやってしまって


 こほん、と咳払いをひとつして、リクシエルはまたぼんやりと輝きだした。
 

そのめっちゃ光ってんのどうにかならんの?

我慢できなくはないけど今だけは!
今だけは許しておくれ!

きれいですね~

いやそこ感動するところじゃねえと思う


 自然と前に歩み出ていたユェヅィオとプルルカ。その後ろで、エントランスの天井の高さに気づいたダグラスが思いきり背伸びをしていた。

広いな……

 古びた石造りの壁、壁に据えられた弱々しい魔術灯、奥に見える複数の通路……学校内の設備ゆえに安全性の確保はされているはずだが、それでも危険と冒険の予感が香る施設であることには変わりがなかった。
 

なかなか良いところだろう?


 リクシエルは手と翼を広げ、踊るようにくるくると回ってみせる。
 

お話に出てくるダンジョンみたいですてきです!

でも勝手に入って大丈夫なんですか?

勝手にじゃあないさ、許可を取ってあるんだ。ほら!

ほら……

ない


 高らかに告げ、ブレザーのポケットを漁る。が、目的のものが見つからないらしい。
 あれ?とすべてのポケットをひっくり返すリクシエルに、沈黙を守っていたもう一人の生徒が歩み寄り、一枚の紙を押し付けた。
 

自分で机に入れたじゃん

ああ……そうだったよ、ありがとう!
本当に君にはお世話になってばかりだ!

部長志望ならもっとしっかりして


 そっけなく言い放ち、部屋の隅へと戻る。そこにはこの迷宮に不似合いなものが積まれていた。授業を受ける際にも使う木製の机と椅子だ。秘密基地、という言葉がユェヅィオの脳裏をよぎった。
 

ほら、これを見ておくれよ

施設使用許可証

 迷宮研究会の活動において第三迷宮を使用することを許可する。
 教員が移動を命じた場合は速やかに指定された施設へと移るものとする。


 彼が自慢げに見せ付けてきた書面には、教員のものと思しきサインが確かに記されていた。中等部からこの学校に通っていたユェヅィオとダグラスにとっては見覚えのある名前だった。彼の授業を受けたこともある。
 

迷宮研究会?

そう、それ!
そのために君たちを招いたんだ

率直に言おう、迷宮研究会に入ってほしい!
君たちの力が必要なんだ!

あーわかった、とりあえず話は聞くからその意味わかんないぐらい光るのやめろ

すまない、ついうっかり

うっかり光っちゃうものなんですね

それで……だ

私はこの学校に入学する前、旧知の仲でありこの学校の卒業生でもある人から『迷宮研究会』の存在を聞いた

彼の代で一度潰れてしまったとは聞いたものの、それでも私は心躍ったさ!
学内でこんな何かのアジトのような場所を作ってたむろ……
もとい、活動することができるなんて!

それは面白そうですよねえ

同感だ

当研究会の活動は、いずれ何らかの迷宮に挑むことを見据えての学習会

そして今使われていない学内迷宮のメンテナンスと……

加えて近場の安全な迷宮跡への見学にも行けるんだ!

経費で!

近場……近場ってどれくらいだ、ガゼロ遺跡は行けるのか

ああ、その辺りまでなら見学旅行に行けると聞いたよ!

経費で!!

経費で


 ダグラスの声がにわかに躍り始める。少なからず心を揺さぶられているようだった。
 

あっ、あの、質問なんですけど

なんだい?
私にわかることならなんだって答えるよ

冒険家になりたい、って人は学校に少なからずいると思うんです。
だからこの部活もきっと需要があると思う……

のに、どうして一度廃部になってしまったんでしょうか

……それはだね、この研究会は未知の迷宮の探索を目標としているんだけれど

在学中は危険地帯への立ち入りは禁止だもんなあ

今稼働している迷宮も授業でしか使えないはずだ

うん、だから実戦ができなくて……
人気が出なかったって聞いたんだ……


 紙を手にしたままうなだれるリクシエル。おかしな勧誘をしてみせたものの、研究会の再立ち上げへの熱意は確からしい。

 その様子を真摯に見つめていたプルルカは、ぺたぺたと歩み寄りリクシエルの手を取った。短い手を文字通り少し伸ばして。
 

あの……ぼくで良ければ力になりたいです!
お手伝いさせてくれませんか?

…………!!

ありがとう、本当にありがとう……!


 リクシエルは感極まり、プルルカの茎に力いっぱい抱きついた。苦しいですよう、と抗議の声が上がるもどこか楽しそうだ。
 

ところでさ、なんで俺たち誘ったんだ?
昼に廊下でワーワーやってたの見てたのか

エジオとダグラスが呼ばれるのはわかります、でもどうしてあんなカッコ悪いところを見せてたぼくまで

ふふ、彼らの心の輝かしさは言わずもがな……

それに君はシュルツェンカのファンガ族だろう?
その気になれば念動力で不埒者を壁に張り付けるぐらいはできたんじゃないかい

あえてそれをしなかった優しさに私は惚れ込んだんだ

え、そんなことできんの

ふぇぇ、別に情けをかけてたわけじゃないんです

あんなに下品なことをわれたのは初めてだったんで頭が真っ白になっちゃって

あれそんなにやばい煽りだったのか

えっちなお話でもあんな酷いこと出てきません……

お前かわいい顔して意外とエロ本とか嗜んでんのか

ぴゃーーー!!

っとその話は置いといて、ここって毎日行かなくても大丈夫?
俺バイト始める予定なんだけど

構わないさ、空いた時間で活動してくれれば十分!

自習室代わりに使うことは

可能さ!


 ユェヅィオとダグラスが顔を見合わせる。そして同時に頷いた後、再びリクシエルに向き直った。
 

俺仮入部してみるわ!
こんな妙ちきりんな集まり、見逃したらもったいないよな

おれも

君たち……!!


 春の花のような笑顔を見せたリクシエルは、感極まった様子で二人の手を順に握った。

そして存在を忘れられかけていた、壁際の男子生徒に向かって声高らかに告げる。
 

ほら、四人集まったよ!

……本気か


 生気のない、継ぎ接ぎだらけの肌を持った少年が、いまいち乗り気でないといった顔のまま歩み寄ってくる。そして新入り三人の顔を順に見ると、
 

よろしく


 とだけ簡潔に告げた。
 

彼はアルチェザーレ君。
この許可証を出してくれた先生の紹介で来てくれたんだ。

彼の頭脳は必ず君たちの助けになるだろうって!

ああ、うん、頭脳っつーか、しっかりしてる奴がついてたほうが良さそうだよな……

あの、それは頼もしいんですが、なんだか顔の色が凄く悪いです……
立っていて大丈夫ですか?

元々死んでるだけだから気にしなくていい

不死者か

死体と肩を並べるのが嫌ならすぐに出て行くけど

いやそういう意味で言ったんじゃなくて、不死者って日光がやばい奴とか塩がやばい奴とか色々いるって聞いたからさ。

何かダメなもんあったらすぐに言ってくれよ

…………

ええと、とにかくそういう訳で


 リクシエルがぱんぱんと手を叩き、四人の注目を集めた。
 青い瞳が溢れんばかりの期待を湛えて輝いている。
 

迷宮研究会、結成!











あのさ、掃除してて思ったんだが

なんだ

先生がこんなアジトみたいなところ貸してくれたのってさ

今使ってない迷宮の掃除要員が欲しかったんじゃね?

!!!!!


つづく!

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