マタンゴの!
胞子出すとこ見てみたい!

あそーれ! 胞子! 胞子!

ふぇぇぇぇ……


 キノコに手足と顔をつけたような姿の少年・プルルカは困り果てていた。
 学校生活が始まって早々、浮かれた品のない同級生に絡まれてしまったのだ。
 人間の幼児ほどしか背丈のないプルルカにとって、壁に手をついて彼を閉じ込める同級生たちはひどく巨大に見えた。

そうやって獲物捕まえるんだろ?

そっそれはそれはディンゼル樹海のマタンゴ族のみなさんの話でぼくはちが

えー似たようなもんじゃねえの

ふぇぇぇ


 このセレストラ魔法学校には様々な地域から様々な種族が集まる。その半分以上はいわゆる人間であり、他に獣人や翼人、魔の眷属、とにかく様々な者が同じ学徒として勉学に励むことになるのだ。

 門戸が異世界を跨いで広く開かれているため、一見して学内はかなり混沌としているように見える。巨大なキノコが廊下をひょこひょこと歩いていても騒ぎにならない程度に。しかしその実、学問を修めようとする者を皆対等に扱う秩序があった。

 キノコ姿の少年をからかう二人は、その秩序をいまいち理解できていないらしい。

あわわわわわ


 困り果てる少年の姿に気づき、廊下を行き交ってきた生徒たちがちらほらと足を止めはじめる。
 声をかけるべきかと逡巡している者がいる中、キノコ姿の少年に負けず劣らず人目を引く二人の男子が堂々とした足取りで歩み出た。そして青い肌と一対の触角を持つ少年が、
 

お二人とも勉強熱心だねぇ!


 タコやイカに似た、長く柔らかく、それでいて吸盤のない脚を、不躾な生徒たちの足に引っ掛けた。
 

ってめ……何しやがる!

珍しい生き物が獲物捕まえるとこを見たいんだろ?
ちょっと実演サービスしようと思ってさ

お呼びじゃねえよタコ野郎!
黙って海に戻……


 声を荒らげた生徒に大きな影が被さる。その主の姿を認めるや否や、彼は目を見開いて竦み上がった。
 

……お前ら


 唸るような低い声をかけた男子生徒は、とにかく大きかった。先ほどまで粋がっていた少年も背が高いことを自負していたが、目の前の生徒はそれと比べ物にならないほど大きい。ゆうに1.5倍はあるだろう。軽く跳ねれば廊下の天上と頭が触れてしまいそうだ。

 彼は四本の腕のうち二本をおもむろに伸ばすと、気圧されている二人を無視して青肌の少年とキノコ姿の少年を軽々と抱え上げた。
 

次の授業遅れるぞ

あー悪ぃ悪ぃ

ほわわわわわわ


 四本腕の巨人は何事もなかったかのように歩み去ってゆく。
 

ポケーーー

ブルブルブル


 その後姿を、呆気にとられた二人がただ見つめ――
 

…………!!


 中庭を挟んだ向かい側の廊下で、今にも窓から飛び出さんばかりに身を乗り出した少年も見つめていた。
 









さっきは本当にありがとうございました!

頭なんか下げなくていいって、移動のついでだよついで


 放課後、三人はそれぞれ地図を片手に廊下を歩いていた。
 四つに折りたたまれていた地図はどれも手書きで、同じ場所を目的地として記している。西校舎の地下にあるらしいその部屋までの道のりはやや長かった。
 

ぼく、プルルカって言います。
故郷の友達からはプーって呼ばれてました

プーか、よし覚えた!

俺はユェヅィオ。
地元から出たら名前が発音しづらいってすげえ言われててさ、なんかユズオでもエジオでも好きなように呼んでくれていいぜ

はい、わかりましたエゼ……エヅっ
エジオさん!

さんは要らんって!
あ、それで後ろのデカいのが

ダグラスだ。よろしく

はい、こちらこそ!


 背丈が三倍近くあるダグラスの顔を見るために、えびぞりに近い体勢になって元気よく答えた。

 そして少しのあいだ会話が途切れたタイミングで、プルルカは地図と共に持っていた一通の手紙を開いた。指のない手で触れるだけで自然と紙が開き、内容を自らさらけ出してくれる。
 

赤い笠がすてきなあなたへ 放課後、この場所で待っています。あなたを必要とする者・リクシエルより

何のための呼び出しなんでしょうね、
この人……


 手紙は地図と共に上質な封筒に詰められていたものだ。名前代わりにそれぞれの特徴が記された手紙が、いつの間にか三人の鞄の上に乗せられていた。
 文面も差出人の名も同じだ。

誰かこいつ知ってる?
俺は知らない

ぼくも聞いたことないです……。
少なくとも福祉科の生徒ではないです、たぶん

おれも

果たし状だったりしてな。
でも校内で派手にドンパチして反省文、みたいなのは勘弁だぞ俺

愛の告白だったらどうしましょう、ぼくはこの学校の皆さんとお友達になりたいけど恋愛対象としてはちょっと……

種族がどうのより
三人に手紙出してるのが問題だろ

そうですよね、移り気な人はダメです!

移り気……ビッチがビッチビチ……うっ

エジオさん?
顔がなんか黒くなっているけど一体何が

そっとしておいてやってくれ、
こいつトラウマがあるんだ


 質感の異なる三つの足音が階段を下りてゆく。
 地図の示す通りに進んだ結果、彼らは西校舎の地下二階へと辿りついた。

ここ……だな

わわわ、なんだか
凄そうなところに来ちゃいました


 扉の横には『第三迷宮』と書かれたプレートが貼り付けられている。
 

迷宮……?

戦闘技術科の上級生が訓練に使うところだな。
俺は薬学科だしダグは建築科だからたぶん卒業まで入れない……と思ってたんだが

総合戦技Ⅲまで履修したら参加できるとか聞いたぞ

マジ!?
俺受けよっかな!!

履修の話はあとにして先に手紙の差出人を確かめましょうよー!


 プルルカが短い手でぺちぺちとユェヅィオの脚を叩く。
 そうだな、と返して扉の取っ手に手を掛けた。が、
 

俺が開ける


 ダグラスがユェヅィオの手を払い、後退するよう二人に手振りで促した。
 ダグラスのよく鍛え上げられた頑健な身体はさながら歩く砦だ。
 


 鍵はかけられていなかった。慎重に扉を引くダグラスの後ろで、ユェヅィオが首を傾げる。
 

そういやここ勝手に入っていいのか?
前通ったときは立ち入り禁止の看板立ててあったと思うんだが

開けてる最中に言うな……あ


 扉が開くと同時に、眩い光の奔流が三人を包んだ。
 

うお!?

わーーー!!

っ!!


 据え付けの照明ではない。もっと何か、力強い光源が入り口の真向かいに存在しているらしい。
 三人は何が出てきても対応できるよう身構えながら、目を細めて迷宮内を凝視した。
 


 エントランスらしき広間の中央で、光り輝く何かがふよふよと浮遊している。それは四枚の翼を持った、人型で、男子の制服を着た――
 

よく来てくれたね同胞たちよ!

私の名はリクシエル、君たちと同じ高等部一年生の生徒だ!

君たちなら応えてくれると思ったよ!
何せ私は知っているからさ、君たちが信頼するに足る勇気と優しさを持っていることを……

そう、今日の昼過ぎ、廊下で君たちが見せてくれた正義を私は確かに

ふんぎゃあああああーーーーーーーー!!!!!!


 呆気に取られる三人の目の前で、中世的な顔立ちの男子生徒が勢い良く地に落ちた。頭の上に虫か何かが落ちてきたらしい。
 

背中!!
背中に入ったああああああ!!


 光り輝くのをやめて悶絶するリクシエルの元に、エントランスの隅にいたらしいもう一人の生徒が歩み寄る。
 

…………


 そして心底面倒くさいとでも言いたげな顔で、リクシエルの服の中に手を突っ込んでムカデを引っ張り出した。顔に大きな縫い痕のある少年は、ムカデを捨てると黙って壁際へと戻ってゆく。

はぁ、はぁっ……助かったよありがとう……

そういうわけで、ええと

君たち!
事情はわかってくれたかい!

全っ然わかんねーよ!!

 つづく!

#01 迷宮に集う(前編)

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