―魔王城・玉座の間、屋外―

魔界『テトラロブリ』の中枢にして、魔王軍の本拠地である魔王城。

高くそびえる城の二十階。

階の面積の大半を占める場所がある。

玉座の間だ。

魔界の王がいるべき空間は広く高い。

竜族や巨人族の類が謁見に来ても良いように、だ。


悪魔を象った禍々しい像が左右対称に並び、その前に近衛兵たちが侵入者を拒まんと立っている。

暗黒の兜の隙間から覗く眼光が不気味に光っている。

近衛兵はどれも同じ装備である。

魔王が直々に魔力を込めた鎧が支給されるからだ。

個性に欠けるが実力は魔界きっての連中だ。

個性を一切排したからこそ統率力の高い厳かな兵が出来たとも言えよう。



魔王

うむ。良き眺めよ

そんな彼らが命を賭して守るべき主君。


――魔王。

漆黒の翼を背に抱く魔界の王は今、玉座の近くにいない。


玉座の間へと下の階を繋ぐ階段の奥。

壁を排除し小さな ひさしだけがあるテラスがある。

魔界の全てを望めると言われているそのテラスに、魔王はいた。

無論、魔界全土を見渡せるわけではない。


しかし、魔界の中枢にある魔王城から見渡せる、黒一色でありながらも、雄大な大地を見下ろせるのは確かだ。


この場に立つ者を、魔界の全てを掌握せている気持ちにさせる。

魔王

すでに魔界は統治しているのだがな

草木よりも、砂や岩が煩雑に敷き詰められた魔界。

それを統治しているのは自分だ。


外に面したテラスにいれば魔界の風が吹き付けてくる。

魔王

魔力を孕んだ風の、なんと優しきことか

弱き人間ではその濃い魔力から呼吸もままなら弱い。

弱い魔獣や魔物ですら毒に感じるこの風も、魔王にとってはそよ風のように心地よい。

魔王

揃っているようだな……

今、魔王城の周辺は異様な光景を作っていた。


この世の終わり。人間が見たらそう言うだろう。


十万、いや、百万に近い魔族が集っているのである。

――魔王軍。

魔王が引き連れる魔界唯一にして最強の軍団であった。

近衛兵とは違い、装備はそれぞれ異なるものを着込み、軍勢というには少し不格好でもある。

しかし、多種多様の魔物を混合して出来ているのだから仕方ない。


中には、巨大な図体だけが頼りの魔獣や、野生の魔獣並の知能しかないトロルのような魔物もいる。

それらが隊列を崩さず、歪ながらも列を作っている。

彼らにとって統率者たる魔王がいかに絶対的な指導者であることを物語っていた。

魔王

よくぞ、ここまで集まるものよ

百万を超える大軍は、皆全て魔王直属の兵である。

魔将四天王の兵はここにはいない。

それぞれ人間世界に侵入するための空間の歪み付近の拠点にいるからだ。

つまり、この魔王城周辺を覆い尽くす魔物は、魔王軍の戦力の一部分でしかないのである。

魔物の呻き声がひっきりなしに鳴り響く。

内に眠る残虐性が抑えられず、猛き咆哮となって漏れ出ているからだ。

故に、魔王城は魔物の共鳴に包まれていた。

魔王

……

魔王の右手がゆっくりと払うように掲げられる。

かざされる右腕。

細くあまりにも綺麗な腕だが、強大な魔力を持つ腕だ。

挙動としては小さいが、魔王の動きを漏らさず見ている忠臣たちは、自ずと静粛する。

魔王の動きが見えなかった者も、上司が姿勢を正せば口を閉じる。

それらが伝播していき、やがて静寂が訪れた。

魔王

自己強化魔法……『拡声』

魔王

あー、あー

魔王

これで、聞こえるだろう?
勇敢なる魔族の将兵どもよ

魔王

今日は、定例集会であるわけだが――

自らの音声を拡大する魔法を使って、魔王軍全体に声を掛ける魔王。

定例集会は、ヘキサポリス侵攻の進捗具合などを報告する場となっている。

本来であれば、全軍を集めて言う必要は無く直属の配下の何人かに言えば良いことなのだが、何せ兵は魔物だ。

直接声を掛けて鼓舞しなければ、己が欲望のままに動いてしまうような連中が多い。

それを御することが出来るのは、魔界を統べた自分だけであると考えている。

だから、魔将四天王が率いる兵よりも、単純な思考回路を持つ兵がここに集まっている。


しかし、それは失敗かもしれない。

と、最近思うのであった。

何故なら――

魔王

貴様らが静かになるまで五分も要したぞ?

魔王

我が前に出たら、もっと早く黙れ

うるさいからだ。

しかし、それ以上注意することはしない。

とりあえず矢継ぎ早に口を動かすしかない。

魔王

こいつら 再び騒ぎ出すまで一分も掛からない可能性があるからな。

魔王

我が軍の勢いは留まる事を知らぬ。
このまま行けば、ヘキサポリスを手中に収めることも至難ではない!!

魔王

耳を澄ませよ――。
遠い地にいる人間どもの悲鳴が聞こえてくるであろう?

魔王

まさに阿鼻叫喚!!
我らこそ、地上のすべてを支配するに相応しい――!!

魔王

我がまお――ピィィー!!
そして次の――ピィィィ!!
キイイィッ――であり、

従者

ま、魔王様 声抑えてください!
ハウリング、ハウリング!?

魔王

む?
そうか

魔王

我が魔王軍の快進撃は留まる事を知らん!!

魔王

だが、今日は貴様らに釘を刺さねばならん

魔王

貴様らが決して忘れてはならないことがある

魔王

それは、我が軍が誇り高き魔王軍であるということだ!!

魔王

誇り高き軍が、その刃を向ける先は、武人でなければならない!!

魔王

抵抗も出来ない女子供を屠る牙を、我々は持たない!!
我が軍は野盗や賊ではない!!

魔王

矜持を忘れるな!!
我らが魔王軍は、恐怖を与えこそすれ、欲望のままに暴威をふるう 獣ではない!!

魔王

あと最近、戦線では妙に火計が流行っていると聞くが――

魔王

火は良くない!!
人間世界の花や木を根本から奪い去る巨悪な熱は、人間たちに精神的外傷を植えかねない!!
大地の生命力を完全に削ぎ、後には炭と荒れ果てた荒野しか残らない!!
どんなに有益であっても、凶暴たる炎を攻め手に使うことは――

従者

ま、魔王様 それ以上は……!?
『フレイム』達がアイデンティティを全否定されて、ショックを受けてます!!

↑↑フレイム  

魔王

む?
そうか

魔王

火を使うなとは言わん!!
ただ、必要最低限にしておけ!!

魔王

つまり我が言いたいのは、無用な殺生をするなということだ!!
攻め方も派手にする必要は無い!!

魔王

残酷で絢爛な噂は、勝手に後世が造る。
侵略は粛々と行え!!

魔王

以上をもって、定例集会を終える

魔王

分かったのなら、その内に秘めた戦意を声にして放て!!

魔王

……よし。私は部屋で休むぞ。
ついて来い

従者

は、はいっ

こうして、定例集会は終わった。

魔王はテラスから離れると、漆黒の翼を小さく広げ自信に浮力を与えた。

飛翔しながら向かう先は玉座ではない。

玉座の間の上、二十一階にある寝室を兼ねた自室だ。

玉座を挟むようにして、左右対称に置かれた階段を、飛んだまま上がっていく魔王。

この階段を上ることを、一人の従者以外に許していない。

小さいながらも厳かな装飾が設けられた扉も同様に、ドアノブを握るものを極端に制限している。

その扉を開けると、もう一つ扉がある。

最初の扉に比べると、質素な木の造りのドアだ。

そのドアの向こうに、魔王の自室がある。

それは、可愛らしい部屋であった。

いたるところに、豪華な調度品が並べられ――

いたるところに、眩い花が添えられている――

人間の姫が暮す部屋と言われても違和感が無い。

それもそのはずだ。

人間の姫が暮す部屋を目指して従者と共に作った部屋だからだ。

人 三人分の大きなベッドに身を投げ出す。

翼を広げるにはこのくらいが丁度いい。

魔王

あー、気怠かった……。
四天王会議と定例集会が被るなんて予想してなかったしな……

従者

お、お疲れ様です……

魔王

我は寝るぞ。
もう寝る、すぐ寝る、ここぞと寝る

従者

も、申し上げにくいのですが……

魔王

どうした?

従者

そろそろ、献血していただかないと……

従者

新たな魔物が作れません……

魔王

この前採ったばっかりであろう?
何CC採られたと思ってるんだ?

従者

あの血は魔獣の強化に あてがいました

従者

今度は、暗黒巨像用です……

魔王

石像タイプの魔物だったか?

従者

はい。お言葉ですが――

従者

早く、魔王様の血を浴びせて魔族にしないと、延々と巨像だけが彫られていきますよ?

従者

かるーく、彫刻美術館みたいになってますよ? 魔王城の四階……

従者

しかも、死霊将軍に援軍として送るからって 追加発注しましたよね工房に……?

魔王

し、仕方なかろう。そうでもしなければ あの老いぼれは黙らんからな。

従者

で、あれば献血の程、前向きにご検討ください

魔王

……

従者

献血する時、針が怖いからって自己強化魔法『硬化』を使わないで下さいよ?

魔王

ば、バカ者、今度は使わんぞ?

従者

『今度は』って……

魔王

ま、まあ良い!
つ、次の定例集会は何時だ?

従者

十四日後です……

魔王

そうか……

魔王

十四日後か……

従者

魔王様?

魔王

いやなに……

魔王

それまでの間、人間たちは我らの侵攻に怯えていなければならんのかと思ってな……

従者

魔王様……

魔王

まぁ、あれだけ言えば、火計を使おうなんて馬鹿なことはしないと思うが……

従者

死霊将軍は使いたがると思います……

魔王

そこが問題よ……

魔王

あの老いぼれは火の恐ろしさを知らんのだ。

魔王

人が か弱いということも……

従者

……

魔王

魔物に意思はあろうと、放たれた火に意思は無い。

魔王

誰彼かまわず焼こうとするのだ。
これがもし、耐熱の鎧を持たぬ子供や女性に飛び火したらなんとする……?

魔王

皮膚は爛れ、肉が焦げ、骨が溶ける……、自分で言って恐怖しそうだ。

魔王

火だけではない。
水攻めも避けなければならん。

魔王

水とは元来人間と密着な関係にあるもの。水が無ければ人は死ぬ、だと言うのにその水を武器に変えて人を襲わせる……

従者

……

魔王

己が力だけで済めば、それに越したことは無い。魔王軍とはそういう軍でありたい

魔王

四天王はそういう考えではないのだろう

従者

その四天王ですが、天獣将軍からご報告が

魔王

なんだ?

従者

マホコーンの城を落としたと……

魔王

そうか。ご苦労だったと褒めてやらねばな……

魔王

被害は?

従者

ど、どちらの……?

魔王

人間だ。
国王軍や連合軍の兵士以外でな

従者

民間人……およそ二百かと……

魔王

……決して少なくないな。
聞き分けのよい天獣だからその数で抑えられたのだろう

魔王

死霊のように皆殺しでないだけ良かったと思うしかない。

魔王

……

魔王

我は間違っているか……?

魔王

命懸けで城を落とした味方の魔族よりも、敵である人の被害を憂う魔王は――

魔王

人を慕い、人に恋焦がれている魔王は――。
間違っているのだろうか……

従者

……

魔王

戦乱の世を終えるには、魔族は増えすぎた。
我だけでは抑えられんところまで来ている。

魔王

勇者とやらに人が期待しているように――

魔王

魔王が勇者を求めているとはな……

従者

魔王様……

悪の象徴、魔物。

魔物の王、魔王。

誰よりも非情――。

誰よりも冷酷――。

そう評される、テトラロブリの統治者。

幼いころより、自らに侍り続けた従者以外に決して見せない顔がある。

それは、外聞と違えた顔。

人を愛する顔であった。

従者

心中お察しします……

従者

ですが、献血は受けて貰いますよ?

魔王

え?

それは、外聞と違えた顔。

注射針を恐れる顔であった。

――……

16、 魔王 人を愛して注射針を怖がる

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