ナヴィはそう言って
僕を、僕たちを
真っ直ぐに見つめる。
今、僕の中にあった一つの『仮説』がにわかに現実味を帯びてきた
ナヴィはそう言って
僕を、僕たちを
真っ直ぐに見つめる。
君たちは、データ同士の相互干渉によって『変化』しつつある。
……信じがたい話だけれどね
ナヴィはそう言って
一度だけ小さく
かぶりを振った。
君たちは本来、『ひとりぼっちの勇者』であり、『気弱な剣闘士』であり、『粗暴な姫君』であり、『泣き虫な魔王』だった。
そう定義づけられたからここにやってきたんだ
淡々とした口調が
何とも不気味だった。
僕は、背後で息を詰める
仲間たちの様子を
気にしながら押し黙る。
今の君たちはその定義を逸脱しつつある。
この不可思議な事態に、『ごみ箱』の守護者である僕は可及的速やかに対処しなくてはならない
ナヴィはそう言って、
右腕をすっと
横に払った。
そこに生まれたのは、
何もかもを呑みこむような、
昏い、昏い黒だった。
VeSta Anti-Virus作動。
これより未確認データを消去する
行け。
まるでそう言うかのように
ナヴィが指先で
僕らを指し示すと、
黒い塊がこちらに向かって
飛んできた。
触れてはいけない。
直感でそう判断した僕は、
とびずさることで
『それ』から逃れる。
……っ!
しかし、すぐに黒い塊は
方向転換すると、
素早く僕の鼻先まで
迫ってきた。
僕の鼻先と
『それ』の間を縫うように、
一本の矢が空を裂いた。
――借りっぱなしはシャクなんでな
そう言った勇者が
戦線に参加する。
……あの黒いのに触れると、ああなっちまうってわけか
彼の視線の先には、
『矢であったもの』が
無残な姿で転がっていた。
テクスチャはすでにぼろぼろで、
剥離した場所から少しずつ
砂のように崩れ始めている。
…………
危機を前にして、
僕の中には
さっきまでの潔さが
嘘みたいな、
みじめったらしい感情が
芽生えていた。
――消えたくない。
――このままみんなと、
ずっとずっと一緒にいたい。
そしてその思いは、
どうやらみんなの中にも
同じように
存在しているらしかった。
――……私が、やる
きゅっと唇を噛みしめながら、
魔王が一歩前に出た。
馬鹿っ!
ヘタレは大人しくすっこんでろよ!
あぶねぇんだぞ!!
ひーちゃんがそう言って
声を荒げるけれど、
魔王の決意は揺るがない。
……わかってるの。
魔法が使える私にしか、できないことだって。
私にしかできないことが、あるんだよ?
そんなの、まるで夢みたい
魔王はきゅっと視線を引き絞って
前を見た。
やっと、やっと大切なものと巡り会えたのに……私はこのまま消えちゃうなんて嫌だ……。
その為になら、悪あがきだってなんだってするよ……!
魔王の手の中に、
ぽうっと小さな火の玉が現れた。
僕はすうっと息をのんで、
いまいち感情の読めない瞳で
こちらを見据えている
彼に話しかける。
……ナヴィ
何だい?
彼の声からは怒りも悲しみも
そして動揺すら感じられない。
――僕たちは困ったことに、消えるのが嫌になってしまったみたいなんだ。
そういう未来に僕らを『ナビゲート』してもらうことは可能だろうか?
僕はつとめて冷静に尋ねる。
………さぁね
ナヴィはそう言って、
再び右手を大きく振りかぶった。
――未来は自分で決めるものだ。
違うかい? コード3E02
その瞬間、
どうしてだか彼の丸い瞳が、
すぅっと笑みの形に
細められたような気がした。
来るよっ!!
剣闘士の声に、
魔王がこくりと頷く。
滑る漆黒。
弾ける火炎。
まばゆい閃光に、
僕らは思わず目を閉じた。
次に瞼を開いた時に、
どんな光景が
待っているのかも知らずに――。