耳障りな音と共に
何度も鋼がぶつかり
時に火花を散らす。
待って……!
僕の声は
彼の耳に届いても
彼の心には
触れることすら
かなわないようだ。
うるさいっ!!
声を荒げながら
大きく踏み込む。
強い一撃によって
バランスを崩した僕は
みっともなく
尻もちをついてしまった。
――終わりだな
彼はそう言って
ニヒルに笑うと、
頭上に大きく
剣を振りかぶった。
――その時。
炎の玉が彼の剣を
勢いよく弾く。
あわてて視線を
めぐらせると、
そこにはハァハァと
肩で息をする
魔王の姿があった。
――勇者くんを、いじめないでっ……!
目じりに涙をためながら、
彼女はけんめいに訴える。
――こいつを泣かせた罪は重いぞ
私だって、許さないんだから!
それぞれ声をあげながら
武器を手に取る。
少し前に
彼女たちを支配していた
恐れのような感情は
もう存在していない。
みんな……!
僕は不覚にも少し
涙ぐみながら、
三人と順々に視線をかわす。
そこには優しい光があった。
見ているだけで、
思わず胸が
あたたかくなるような、
そんな不思議な光だった。
――……んで……
目の前の彼が、
憎々しげに呟く。
何でお前は、俺が持っていないものを持っている?!
俺ができないことをやってのける?!
俺に『できそこない』の烙印を押すことが、そんなにも楽しいのかよっ……!
ガクリ、と膝から崩れ落ちた
彼の目尻には、
涙のようなものが浮かんでいた。
僕は手の中の剣を落とすと、
一歩ずつ彼に歩み寄る。
――僕も……
そうして彼の前で
膝をついた。
目線の高さを合わせながら、
ゆっくりと、
一言一言を噛みしめるように
告げる。
――僕も、何も持っていなかったよ。
ううん、今も持っていないと思う
微笑みながら、
意外と細くてたよりない
『勇者』の肩を
そっと叩く。
でも、僕には……僕たちには『仲間』がいる。
たとえ僕たちには束の間の命しか与えられていないとしても、その短い期間でわかりあえるんだ。
だって、同じ宿命のもと生まれてきたんだから。
……っ!
彼の瞳に宿っている
むきだしの敵意。
でも本当に
牙をむいているのは
僕に対してじゃない。
『自分の存在を
誰かに認めて欲しい』
そうやって
孤独に吠えていたのだ。
そんな寂しい気持ちを、
僕は少しだけ、
本当に少しだけだけど、
分かちあうことができる。
できるはずだと、そう信じてる。
……ありがとう
僕はそう言って、
精一杯の明るい顔で
笑って見せた。
君がいなかったら、僕は生まれることすらかなわなかった。
例え束の間の命でも、僕は今ここでこうして、嬉しいって、楽しいって、そう感じることができたんだ。
だから、ありがとう
……っ!
ついに、彼の瞳から
ぽろりと一粒の涙が
こぼれ落ちた。
――なんでっ、お前は……っ!!
彼はもう、
嗚咽を隠そうとはしなかった。
子供みたいに
泣きじゃくりながら、
僕にむかって声を荒げる。
ショックだっただろう?!
『お前はもういらないんだ』って言われて!
このまま何も残さず消えてしまうなんて、嫌だと思わないのか?!
どうしてそんな風に笑っていられる?!
彼の血を吐くような叫びに、
僕は少しだけ考えて、答えた。
――きっと、一人じゃないから……かな
押された『不要物』の烙印を
前にしても、
僕らが今こうして、
悲しんだり、喜んだり、
涙を流したりしているという
事実は決して揺るがない。
少なくとも僕は、今の自分を
『幸せだ』と思うよ。
例えそう遠くない未来に、
消えてしまうのが
運命だとしても。
……っ、くっ……!
泣き止まない彼の肩を、
あやすように
ぽんぽんと叩く。
背中側では、
武器をおさめたみんなが、
穏やかに笑っている気配がした。
不意に響いたのは、
拍手の音だった。
――素晴らしい心がけだ、コード3E02
ナヴィはそう言って手を叩きながら、
ゆっくりと僕たちに歩み寄ってくる。
その丸い瞳に宿る光には、
何か底知れぬ恐ろしさを感じる。
僕はごくりと唾を飲みこんで、
ナヴィの言葉の続きを待った。