――長い長い、沈黙があった。


  不気味なくらい静かなそこで、

  僕らはゆっくりと目を開ける。


  そこには身体の一部から

  エフェクトを剥離させ、

  ところどころに

  黒いドット落ちのみられる

  ナヴィが佇んでいた。

――ナヴィ……


  そうだ。

  僕たちは知らなかった。

  攻撃をするということは、

  誰かを傷つけることだ。


  僕らが生き延びるということは

  そのまま誰かを

  屠ることに繋がる。


  消える為に生まれて、

  ついさっき「生きること」への

  欲求に目覚めた僕たちは、

  そんな大切なことさえ

  何ひとつ知らなかったんだ。

VeSta Anti-Virus、完全に動作を停止。
強制終了まであと60秒――


  ナヴィは静かに

  そう言い放つと、

  崩れ落ちるように

  その場へ腰を下ろした。

……どうしてそんなに、悲しそうな顔をしているんだい?


  ナヴィはそう言って、

  少し笑ったようだった。

何かに打ち勝つということは、それに見合う報酬を受け取るということさ。

君たちには僕から、ささやかな『贈り物』をあげよう


  ナヴィはそう言って、

  今度は左手を

  大きく振りかぶった。










  立ち上った

  光り輝く水泡に、

  僕たちは目を見開いた。

……触れてみて。

大丈夫。何も怖いことなんてないから


  ナヴィの言葉に促されて、

  僕は指先で

  その光に触れてみる。


  ぽわん。


  あたたかなそれは、

  まるで僕の内側に

  直接訴えかけているようだ。

――……君は心優しい冒険者A。

くじけそうになった人を、いつでもサポートしてくれる


  僕の背後で

  恐る恐る様子を伺っていた

  剣闘士が、おっかなびっくり

  その光に触れる。



…………




  ぽわん。


  

君は心優しい武器屋のおかみ。

主人公のことを、時に優しく、時に厳しく励ましてあげる。

…………

…………


  次いで、魔王とひーちゃんが、

  視線をかわしあってから、

  ゆっくりとまばゆい光に触れた。



  ぽわん。




家出した貴族の娘と、はぐれ者の闇の眷属は、深い森の中で静かに暮らしている。

もちろん、2人仲良く、ね


  勇者が、

  伺うように僕のことを見ている。

  僕はこくりと頷いて、

  微笑みながら彼を促した。

…………




  ぽわん。



君は好戦的な戦士A。
闘技場に入り浸って、いつも腕を磨いている


  ナヴィは僅かに

  その瞳を細めながら、

  いかにも感慨深そうに言った。

……まったく。
こんなに手を焼いたデータはこれが初めてだ。
時代とはかくも進歩するものだとは


  いたって冷静な様子のナヴィに、

  僕は恐る恐る尋ねた。

……君は……どうなるの?


  くつり、と笑って、

  まるで何でもないことのように

  ナヴィは答えた。

自動修復プログラムは既に起動している。間もなく僕は元の状態に戻るはずさ。

ただ、主に『役立たず』と見なされれば、アンインストールされる可能性もあるだろうね。

何せ僕は、ごみ箱行きのデータをきちんと削除できなかったんだから

――……すまない


  僕は思わずそう謝罪していた。


  しかしナヴィは、まるで

  『そんなこと何の

  問題にもならない』と

  いうように落ち着いている。

なぁに、気にしないで。

『データ同士の相互干渉によって変化しつつある』のは、何も君だけじゃないってことさ


  黄色い光がすっと

  ナヴィの手元に戻った。

つとめを果たして、君たちを消去しようとした時に気付いたんだ。

『この行動は、僕の意志に反している』って。
笑えるよね。ただのプログラムにしかすぎない僕に、『意志』なんてものがあるわけないのに




  ぽわん。



  黄色い光が

  少しずつ照度を増している。


  ナヴィは

  大きく左手を振りかぶって、

  僕たちを見つめた。

僕が『元に戻す』コマンドを実行したら、君たちは再び『リターナークエストⅡ』の住人となる。

ただし、さっき言ったみたいに、データを少しだけ書き換えておいたから、ふるまいに気をつけるんだよ


  こうこうと輝く光のかたまりに、

  僕たちは少しずつ

  呑みこまれていく。

――うまくやるんだよ。

大丈夫。君たちなら、必ずそれができるはずさ


  目がくらむような

  眩しさのせいで

  何も見えない。

ナヴィ!!


  最後の声が届いたのかどうか、

  僕にはわからない。



  ただ、最後にナヴィの

  真ん丸い瞳が、

  すぅっと少しだけ

  細められた気がした。











  










































  あたたかい日差しが降り注ぎ、

  突き抜けるような

  晴天に恵まれた今日。

  
  ひらけた街道では今日も

  噂話に花が咲いている。

聞いたか? 闘技場のアイツ、また百人抜きしたらしいぜ

それより俺は武器屋のおかみさんを、どうにかして食事に誘いたいんだがなぁ

ねぇねぇ知ってる?
スーズの森の奥には、魔族と人間のお姫様が、2人仲良く暮らしてるんだって!


  僕はふっと笑いながら、

  今日も自分の

  『持ち場』へと向かう。

  やってくるのは

  主人公である勇者。

  僕であり、僕らだったもの。

やぁ、初心者の館へようこそ!
君、もしかしてこのゲームは初めてかい?




  ナヴィ、僕たちは

  こうして今も生きているよ。

  それぞれの道を、

  それぞれの思うように。


  それもこれもみんな、

  君のおかげなんだ。




  説明を求める勇者に、

  僕は最上級の笑顔で答える。

  僕が僕として、

  この世界に存在する為に。


#8  トゥ・ビー・コンティニュード

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