―魔王城・円卓の間―
―魔王城・円卓の間―
魔王城。
魔族や魔物にとっては純然たる正義の象徴。
人間にとっては恐怖と絶望の象徴である。
暗雲広がる天を貫かんとするように高く伸びた魔王城にはいくつもの部屋がある。
暗黒の神々を召喚する間。
魔物の身体強化を施す間。
捕えた人間を隔離する間。
様々な部屋があり、一様に低い魔族の唸り声が随時響き魔王城を包んでいた。
そんな中、円卓を中央に置いた大きな部屋があった。
魔王軍の行軍先などを決める会議が行われる円卓の間。
集まっているのは魔将四天王と呼ばれる、魔王軍最強格の戦士たちだ。
彼らがここに集い、知恵を寄せることにより魔王軍の進路は決まる。
この会議で、人間が住む世界である聖六角大陸『ヘキサポリス』を手中に収める侵攻作戦の大まかな流れを決めることも出来るのだ。
あの書記には帰ってもらった
↑↑あの書記
まあ、妥当だろ
アイツ不気味だったし……。
あの見た目で敬語だからより怖い
腰の低さと本人の怖さは反比例するからな
伝言頼まれただけの近衛兵である私がいる意味は……?
それでは、今後我らの活動を決めていこう
知っての通り 我が軍の勢いは正に破竹!!
人間共に大打撃を与える好機は今ぞ。
特に、人間どもの最北の大陸『灼赤の火口』は我らの手に落ちたも同然!!
ヘキサポリス最北の地をこの機に貰う!!
であるからして、貴様らの軍勢を少しばかし拝借する。
短絡的であるぞ死霊将軍。
未だ『灼赤の火口』には人間の巨大軍事国家『バッキンメッセ国』がある。
堅牢な守りを敷いている国に攻め込むのは無謀と言えよう
いたずらに 兵を失すると分かっている作戦に兵は割けぬ。
鉄鋼将軍ともあろう者がなんと引け腰か。
やはり鋼の鎧に身を包んでいるのは、臆病の身を守る為か?
勝ち目の無い戦に兵を送れないと言っているだけだ。
我が臆病なことなど関係はあるまい。
お前の人間に対する過大な評価が、兵の活力を削いでいるのだ。
兵を私に預けなければ、落とせる城も落とせまい
死霊将軍は あの国を軽んじているのだ。
脆弱な人間といえど、強固に守っていれば、攻め手にも欠く。
もっと兵が充実するまで待つべきである
ふん。腰抜けでありながら、のろ臭くもあるか。鉄鋼将軍の鎧は、やはり足を引っ張る枷でしかないのぅ
……ほぅ
この鎧は、魔王様よりの御下賜品である。それを愚弄することの意味、死霊将軍とて理解していよう
噂の通り、魔将四天王は仲が悪い……
一触即発の空気が作られる。
どんなに将軍として囃し立てられても、結局は一個人の魔族の戦士だ。
会議に熱が入ればこうもなる。
別に珍しいことではない。
この二人は生来の性格的な違いもあるのだろう。
普段であれば、この争いを止めようとするものはいない。
自分がとばっちりを受けてしまうからだ。
激しやすい性格とはいえ、二人とも魔将四天王だ。
互いにぶつかり合えば無事では済まない。
そんな危険地帯に足を突っ込む行為などしても意味がない。
だが、今日の会議は異例な参加者が多い。
そのため、二人の間に声が入ってきた。
あ、自分発言いいスカ?
なんだ若造?
下らん発言は遺言になるぞ?
いやイヤ、思うところあるんスよ
お前は黒影将軍の代理人だな。
お前の言葉は黒影の言葉と同義と捉えるが?
いいッスよ。
ウチの頭、そういうところ緩いんすわ
ふん。鼻垂れ小僧である黒影の代理か。
貴様らの言葉など聞く価値も無い。
だが、無碍に断ることもあるまい。
戦前に据える眼の視野は広いに越したことはない――
まあいい。話してみよ。
期待はしておらん
ウス。俺、野盗上がりなんスよ。
魔族でも名売れの賊やってて、人間界に結構な被害与えてたところを頭に認められたんス
品行が悪いのはそのためか……
それでですね、まだ、野盗連中と連絡取り合ったりしてるんスけど……
みなさん、『深緑の大地』は知ってるッスよね?
どこかと思えば、そんな辺境の地か……
最南の地であったな
空間の歪みを故意に作るのも難儀する場所だ。
それに、いつでも潰せるような国しかない。
今日明日、攻め込む道理もなし。
確かに自然災害も起こしにくいし、わざわざ空間の歪みを作ってまで攻めるには向かないッス。
けど、『深緑の大地』に住んでる人間共は、危機管理能力に欠けてるッス
この前、ソーリヨイの街っつーところ攻めた、超弱小の野盗集団がいたんス。
俺は呆れたッスよ
二百しかいない魔物の野盗なんて、ただの野生の魔獣の群れと変わらないっすよね?
そんな奴らが、一つの街を襲うなんて、と
結局、人間を皆殺しには出来なかったんすけど、興味本位で物見放ってて正解っすわ
なんと、人間の軍の到着がなかったらしいんスよ
何?
一つの街が襲われたというのにか
そうッス!
街自体に、正規の兵の駐屯地すらないとか
なんと……深緑の大地の人間はそこまで平和ボケしておるか
なんスよ
だから、黒影の頭の軍を使って深緑の大地を侵略するッス
どうせならお二人の軍も動かせばいいんスよ!
深緑の大地は俺らには劣悪な環境っすけど、人間を肥えさせてるッス。
住まう人の肉は油がノり、骨は歯ごたえがたまらんっス。
それに、奴隷も千単位で造れるっスよ?
ほぅ、悪い話ではない……
ッスよね!?
一個ヘキサポリスに拠点作っちまえば、絶対便利っすよ?
それに、今魔界にあるいくつかの野盗が、一斉に深緑の大地に侵攻するって話もあるんス!!
野盗が……?
それは、深緑の大地は混乱するであろうな
一気に攻めるチャンスもあるんスよ。
空間の歪みの問題も解決済みっす
どうっスか?
鉄鋼将軍様も!?
……
駐屯兵もおらず、軍が間に合わなかったのにも関わらず、侵略に失敗しているとはどういうことだ?
そしてこの、黒影将軍の代理がそれを隠していることも気掛かりだ……
へへっ。良い作戦だと思うんスけどねぇ
それに、あの方がお許しになるとは思えないが……
――その時であった。
円卓を囲う、黒壁に掛けられた燭台にともされた火が一斉に消えたのだ。
明かりを失った円卓の間には闇が訪れる。
同時に、冷気が忍び寄るように、四人の体を撫でる。
闇も、恐怖に似た冷気も、魔将四天王(と、その代理)が恐れるものではない。
闇も冷気も、魔族であるならば、常日頃から身に纏っているものである。
だが、この場にいる誰もが、その超常たる気配に、震える身体を抑えられなかった。
魔将四天王さえも、恐れるほどの者が来たことを示していた。
それは、魔界『テトラロブリ』全土を統べる者――。
それは、恐怖の殺戮の王と謳われている者――。
魔族にとって絶対的な王者であり、
人間にとって残酷な破壊者である。
……
魔王 降臨
燭台に炎が灯され、辺りに明るさが戻る。
しかし先程と違い、炎の色は青だ。
無動作に青き炎を灯し、広げた漆黒の翼を折りながら、魔王は円卓の上座に立つ。
そこに椅子は無い。
しかし、魔王は構わず身を下す。
するとどうだろうか。
魔王の影が、意思を持ったように椅子の形を作り出し浮き上がっていくではないか。
形を立派な椅子へと変えた魔王の影。
実体はない。
しかし、魔王はそこに腰かけた。
魔王の無尽蔵に湧きあがる魔力が成せる戯れである。
これは魔王様。
どうしたのですかな?
ふん、大したことではない
『会議は踊る、されど進まず』
ならば鎮座の会議は進んでいると思っただけのこと
さようでしたか。
いや、これは好都合
ぜひ献策したい作戦がございましてな
貴様のことだ。
また灼赤の火口を攻めたいと言うのだろう?
まだ時期尚早である。
しばし待て
いえ、此度は深緑の大地を攻め入ってはいかがかと
何?
深緑の大地だと?
理由を申せ
それは俺から説明するッス
貴様は黒影の代理か
手短であれば献策を許可する
ウス。
今、深緑の大地は、魔物の野盗の侵入すら許すほど、弱体してるッス。
それに続々と野盗が、深緑の大地を襲うらしいッス
今こそ、深緑の大地を手に入れる絶好の機会っす!
去ね
は……?
ギャアアア
!?
……
ま、魔王様……?
我が魔王軍は、魔王軍以外の力を必要としない唯一絶対の強者の軍
野盗の流れに乗って兵を動かせとは、あまりにも愚作。
愚作を献じた罪は屍でなければ償えん
死霊、まさかとは思うが このような愚作を我に聞かせたかったのか?
い、いえ……
であれば、下らぬ会議を終えよ。
灼赤の火口の侵攻援助は 暗黒巨像の兵を送ってやる
ぎょ、御意……
フン、行ったか。あの老いぼれめ
あ、あのー……
お前も持ち場である玉座の間左列に戻れ、近衛兵その13番。
はっ!!
よろしいので?
何がだ、鉄鋼よ?
部下を斬り捨てたとあれば、黒影とて黙ってはいますまい
あの黒影が、斬られて困るような部下を送るわけがあるまい。
全部承知の上だろうよ
なるほど……。
やはり不遜な輩よ 黒影は
死霊の老いぼれにも参る。
何百年と生きているのに慎重を期すると言うことを知らん。
先代と比べているのでしょう
まったく……
我儘な魔将四天王だ。いっそ半分に減らしてみるか?
御冗談を。
人間に付け入る隙を見せるだけですぞ?
おい、鉄鋼
は?
冗談に聞こえたか?
!?
我は使えぬと思ったら、誰であろうと殺すぞ?
貴様も例外では無い
肝に銘じておきます……
安心しろ……
貴様は無論、魔将四天王は良き駒だ。
まだ殺す目処は立っていないわ
理解したのなら行け
は、はっ!!
――フッ
人間はもとい、魔族からも恐れられる魔王。
その真意をはかれる者はいない。
魔王が、絶対的に強者たる所以でもある。
誰よりも非情――。
誰よりも冷酷――。
それが、テトラロブリを制する魔王の評価であり、恐れられる理由であった。
――……