廃墟島の2日目《 後編 》
廃墟島の2日目《 後編 》
俺たちは学校に着くと、
校舎を感慨深く見つめていた。
わあー、懐かしい!
5年前と全然変わってないね
5年くらいじゃ外観は
そんなに変わらないよ
でも、中はホコリやクモの巣が
一杯だろうな。
マンションは掃除されてたから
問題なかったけど
とりあえず中に入って荷物を置こうぜ。
重くてしょうがねえ
そうだな
玄関に入ると、靴箱の前で千雪が止まった。
大変です……
どうした?
ボク、
学校の上靴を持って来ていません……
ははは。
上靴に履き替えなくったっていいんだよ。
もうこの学校は使われてないんだからさ
そうなんですか……?
千雪が恐る恐る、
校内へぴょこんと足を下ろす。
俺たちもそれに続いて廊下を歩き始めた。
確かに土足で校内に入るのって、
ちょっと変な感じだね。
ねえ、わかちゃん?
あ、うん……
若葉、疲れたのか?
少し休むか?
ううん、そういうのじゃないの。
この学校に姫乃ちゃんと通ってたこと、
思い出しちゃって
そうか……
じゃあさ、泊まるのは
俺たちの教室にしようぜ。
姫乃の思い出も詰まってるし
悪くねえ案だけどよ、
床が硬くねえか?
じゃあ保健室は?
ベッドが有るよ
保健室のベッドは2つしか無えからなあ
宿直室はどうですか?
畳の部屋だから、
寝ても痛くないと思いますよ
なるほど。
それで行くか
みんなで寝袋やバッグを抱えて、
宿直室へ向かう。
その途中で亜百合が、俺に耳打ちをした。
ねえねえ、お兄ちゃん。
夜になったらこっそり抜け出して、
二人で保健室に行かない?
い、いや。
そりゃまずいだろ
どうして?
私ってそんなに魅力ないかなあ?
逆だろ。
魅力があるから歯止めが利かなさそうで、
困るっていうか……その……
嬉しい!
大好きお兄ちゃん!
亜百合が、俺の耳たぶにキスをした。
な、何やってんだお前はっっ
あれ?
喜ぶかと思ったのに
みんなの前でやるこっちゃ無いだろ!
コラーッ。
そこ、不純異性交遊は禁止だぞー
玲也が俺の耳に息を吹きかけた。
うぉわあああーっ!!
何しやがる玲也!!
大慌てしてたから、
美崎は耳が弱いのかと思って
試してみたんだ
試さなくたっていいだろ!
全身に鳥肌が立ったぞ!
おい、お前ら。
念のために言っておくが、
不純“同性”交友も禁止だぞ
なんで共犯扱いなんだ……。
セクハラされたのは俺なのに
ねえねえ!
そんなことより温泉に行こうよ!
早くお風呂に入りたーいっ
宿直室に荷物を置いた俺たちは、
温泉に来ていた。
温泉、出てません……
男湯も女湯も全滅だね
姫乃は温泉に入れるって
言ってたのになあ
ひょっとすると、
露天風呂は使えるのかもしれないよ
そっか、露天風呂が有ったな。
行ってみようぜ
やった☆
温泉湧いてるね♪
これでお風呂に入れます……
(温泉に入れば、
若葉も少しは元気になるかな)
露天風呂は一つしかないね。
女子と男子、どっちが先に入る?
女子を先にしてやろうぜ
なるほど、レディファーストか。
女性陣が入っている間、
僕らはどうしようか?
近くに待機して、
例の犯人が来ないか見張るぞ
女子の入浴シーンを
覗く気じゃねえだろうな、耀?
そうなの?
それだったら私が一人で
入ってる時にしてくれればいいのに
美崎……。
そんな下心があったなんて
ガッカリだよ
お前らアホか!
状況を考えろ状況を!
ははっ、悪い悪い。
お前の言う通り、
丸腰で襲われたら大変だ。
ボディガードは必要だな
わ、わかればいいんだよ。
わかれば
早くお風呂に入りましょう……
そうだね。
亜百合ちゃん、お風呂道具
持って来ようよ
はーい
若葉たちが入浴している間、
俺と兄貴と玲也は
塀を隔てて露天風呂の裏側で待機していた。
わあ、わかちゃんの身体って綺麗!
そ、そんなことないよぉ。
私なんて亜百合ちゃんに
比べたら……
ボクも二人みたいに
なりたいです……
大丈夫。
ちゆちゃんは将来性あるから
か、会話が丸聞こえじゃねえか
この塀、薄すぎるよね。
あ、この隙間から
向こうが見えそうじゃない?
おい!
覗くなよ!!
はは、まさか。
僕は美崎だけを見ている
って言っただろ?
毎度のことだが
冗談なんだよな?
うん、冗談だよ
(目がマジなんだが……)
ふうーっ
兄貴がこっちに向かって、
タバコの煙を吹きかけた。
ゲホッ! ゲホッ!
何すんだ兄貴!
すまんすまん。
いやあ、それにしても
女の風呂って長いよなあ
上がる前に、
もう一回温泉に入ろうか?
うん。
身体を温めてから出ないと、
湯冷めしちゃうもんね
そろそろ出てくるみたいだ
(若葉、少し元気になったみたいだな)
おっと、タバコが切れちまった。
ちょっと学校まで取りに
行ってくるわ
えっ?
もう少ししたら、
日良さんたちと交替ですよ
おう。
先に入っててくれ
兄貴は俺たちに背を向けると、
ヒラリと手をあげて学校へ歩いて行った。
ったく、兄貴は自由すぎるよな
お兄ちゃーん!
今あがるから、
待っててねー!
はいはい
若葉たちと入れ替わりで、
俺と玲也は温泉に入っていた。
こうして美崎と二人きりで、
温泉に入れるなんて夢みたいだよ
早く戻って来てくれ兄貴!!
安心してよ、
美崎が嫌がることはしないから。
お互いに気持ち良くならないと
僕もつまらないし
そのセリフがすでに安心できない
そういえば先生(さきお)先生、
戻って来るの遅いね
道草食ってんのかな
俺は若葉たちが待機しているはずの、
塀の裏側に向かって叫んだ。
おーい、若葉ーっ!
兄貴は来たか?
さっき戻って来たんだけど、
亜百合ちゃんと
どこかへ行っちゃった……
亜百合と? なんで?
わからないけど、
何か話があったみたい
話ってなんだろう?
うーん、わからん。
芸能界の悩みでも
相談したんだろうか
日良さんは本当に何も
聞いていないのかい?
うん……
そう……。
元宮さんは何か知ってる?
ボクは何も知りませんが、
大事な話があると言ってました……
(なんだろう。
ものすごく嫌な予感がする)
先に上がってるからな!
慌ててどうしたんだい?
なんかすげー嫌な
予感がするんだよ!
兄貴と亜百合を探してくる!
俺が脱衣所へ向かおうとしたとき……。
おいおい、
血相変えてどうしたんだよ
兄……貴……?
せっかくこれから風呂に入ろうと
思ってたのに、
もうあがっちまうのか?
あ、えっと……。
亜百合は?
若葉たちの所にいるぞ。
どうかしたのか?
いや……。
兄貴と二人で居なくなった
って聞いたから
何の話をしてたのかと思って……
あん?
ああ、なるほどな……
なんだよニヤニヤして
安心しろ。
恋の相談に乗ってやってたんだよ。
もちろん恋のお相手は
俺じゃねえぜ?
は?
つまり、ヤキモチなんか
妬くこたぁねえってこった
ち、ちげえよ!
そんなんじゃねえって!!
ハッハッハッ!
青春してるなあ耀!
そう言って兄貴は温泉に入った。
(チクショー。
心配して損した)
そして俺も兄貴に続き、
再び温泉に入ったのだった。
そしてその晩、俺は知ることになる。
今までに味わった事が無いほどの、絶望を。
先生先生……?
どうして……?
…………!
深夜に目が覚めた時には、
兄貴がいなくなっていた。
どうせトイレにでも行ったのだろう
と思ったが、
いつまで経っても兄貴は戻ってこなかった。
だから俺はみんなを起こして、
必死に島中を探し回った。
兄貴が怪我でもして動けないんじゃないかと、
心配して。
しかし俺たちが発見したのは、
あまりにも残酷で
悲惨で
受け入れ難い事実だった。
そんな、まさか……。
みさき先生が転落死した岩場で、
先生先生まで……
兄貴はたった一人で、
みさきさんの思い出に
浸りにでも来たのだろうか。
みさきさんの死に場所となった
崖の下の岩場で、
頭から大量の血を流して倒れていたのだ。
兄貴! 兄貴!
おい、大丈夫か兄貴!!
…………
俺は必死に兄貴に声をかけた。
ただ気を失っているだけかもしれないのだから。
叫ぶ俺の横に、玲也がひざまずいた。
そして、玲也は兄貴の手を取る。
駄目だ……。
もう脈が無い
嘘だろ?
何……言ってんだよ……?
…………
玲也は黙ってうつむき、
兄貴の手をそっと下ろした。
兄貴……。
なあ、起きろよ!
起きろってば!!
俺は兄貴を抱え起こし、
激しく前後に揺さぶった。
──しかし兄貴は
ガクンガクンと頭を揺らすだけで、
一向に目を開く様子は無い。
うっ……
俺は頭が真っ白になり、
叫び声をあげようとした。
──その時。
背後から、爆音の様な泣き声が弾け飛んだ。
ちゆちゃん!
落ち着いて!
大丈夫だから!
亜百合が千雪を強く抱きしめているのを見て、
泣き声の主が千雪であることがわかった。
ふぎゃああああ!!
サキオセンセエエエエ!!
耳をつんざくような金切り声だった。
いつもの俺なら、亜百合と一緒に
千雪をなだめていたと思う。
だがこの時の俺にとって、
千雪の泣き声はパニックを
助長させるものでしかなかった。
ウオオオオオォッ!
ふざけんなあ!!
誰が兄貴を殺したんだよ!
冷静になるんだ美崎!
これは殺人と
決まったわけじゃない。
事故かもしれないだろう?
みさきさんが死んでから、
崖に柵が作られただろ!
事故で柵を乗り越えるわけねえだろ!!
その時、亜百合がポツリと呟いた。
じゃあ、自殺?
………………は?
もしかすると先生先生は
前から決めてたのかもしれない。
再びこの島に来ることがあれば、
みさき先生を追って同じ場所で死ぬって
俺は衝動的に、亜百合の胸倉を掴み上げていた。
きゃっ!
兄貴が……。
俺や、妹みたいに思ってた若葉を
見捨てて
死んじまったっていうのか!?
兄貴はそんな無責任なやつじゃねえよ!
みさきさんのことだって
もう立ち直ってたんだよ!
美崎、やめろ!
雲母さんから手を離すんだ!
玲也が俺の腕をひん掴み、
強引に亜百合から離した。
ハア、ハア……
俺が息を整えながらも、
亜百合をにらみつけていると……。
亜百合が奇妙な薄ら笑いを浮かべた。
それはどうかな?
どうして先生先生が
立ち直ったって、
お兄ちゃんにわかるの?
どういう意味だよ?
俺は生まれた時から
兄貴と一緒だったんだ。
それくらいわかって当然だろ
前も聞いたよね。
お兄ちゃんは、
人を好きになったことないの?
……って
好きっていう感情は、
お兄ちゃんが考えてるほど
幼稚で浅はかな
ものじゃないんだよ
割り切れなくて、
すがりつきたくて、
ドロドロとしたものなんだから
それなのにどうして先生先生が
アッサリ立ち直れたと思うの?
先生先生とちゃんと
向き合ったことある?
雲母さん、
今はそんなことを
話している場合じゃ……
じゃあ何かよ!?
お前は
兄貴と向き合ったって言うのかよ!
うん。
今日の昼、いっぱい話したからね
お兄ちゃんが知らない先生先生を、
私は知ってるの
ふざけんな!!
兄貴はなあ、兄貴は……!
その時、ふと冷静な考えが頭をよぎった。
(どうして今まで
俺の味方だった亜百合が
こんな攻撃的な態度をとるんだ?)
(まさか、亜百合が……?)
もう、お家に帰りましょう……。
ボク、こんなの嫌です……
大丈夫だよ。
明日になったら
お迎えの船がくるって
ひめちゃんが言ってたから
亜百合……。
お前、兄貴に自殺を
うながしただろ?
え……?
美崎……。
憶測による論理展開は、
互いの猜疑心(さいぎしん)を
生むだけだ。
不毛だよ
ゴチャゴチャうるせえ。
俺と玲也が風呂に入ってる間、
兄貴に言ったんだろ?
みさきさんと同じ場所で死ねって
私はそんなこと言ってない。
第一、私に何か言われたくらいで
死ぬような人だと思う?
先生先生が
今でもみさき先生を
愛していたから、
自殺じゃないかと思っただけだよ
じゃあ言えよ!
二人で何を話してたんだよ!
そうだね、それは僕も聞きたい。
雲母さん、キミはあまりにも
先生先生の自殺を断定しすぎている
先生先生と何を話したのか
教えてくれないと、
雲母さんが疑われても
仕方ないよね?
何を話してたかは……
言いたくない
ふざけたことぬかすな。
俺の言ってることが当たってるから
言えないんだろ?
兄貴を自殺に追いやったのは……
いや、
兄貴を殺したのは
お前なんだよ!!
…………!
亜百合に言い放った瞬間、
頬に強い衝撃が走った。
えっ……?
いい加減にしなよ、耀くん
今まで一言も発しなかった若葉が、
俺の頬を平手打ちしたのだ。
お前、兄貴がこんな言い方されて
悔しくないのかよ?
悔しくなんかない。
私は……情けないと思ってる
情けない?
何がだよ
亜百合ちゃんの顔、見て
おにい、ちゃん……
月明かりに照らされた亜百合は、
瞳に涙を浮かべて
とても悲しげな表情をしていた。
小さな動物のように、しきりに肩を震わせて。
亜百合……
私は亜百合ちゃんと先生先生が、
何を話してたか知ってる。
私が相談するように勧めたの
それなら、
日良さんから説明してくれるかい?
二人の話の内容を
説明なんかしないよ!
耀くんとれいくんは無神経すぎる!
男の子に知られたくないことだって
あるんだよ!!
でも、兄貴には話したんだろ?
先生先生は私たちにとって
教師だし、
お兄さんみたいなものだし、
大人だから解決の方法を知ってると
思ったからだよ
最初に亜百合ちゃんから
相談を受けたのは私だけど、
私じゃ解決の方法が
わからなかったから。
だから、先生に相談しなよって言ったの
ううっ……
亜百合は自分の口元を押さえ、
声を殺して泣き続けている。
先生先生の前で、
こんな言い争いするのはおかしいよ
まあ、雲母さんが美崎の神経を
逆なでするようなことを
言い続けたから、
こうなったわけだけど
玲也くん……
玲也おにぃは
ちょっと黙っててください……
はいはい
ううっ……!
ごめんね、みんな!!
亜百合は涙を流したまま、
全速力で走り出した。
亜百合!?
亜百合ちゃん!
走り去ろうとする亜百合を、
俺と若葉は必死に追いかけた。
だが……。
亜百合はあっという間に夜の闇に溶け込み、
その姿を追い切ることはできなかった……。
(くそっ、どこに行ったんだ?)
ハアッ、ハアッ……!
亜百合ちゃんは?
駄目だ、見失っちまった。
どっかに隠れてるのかもしれねえ
どうしよう……。
亜百合ちゃんが一人になったら、
犯人に襲われちゃう……
そうか……。
島に潜んでる犯人の存在なんて、
すっかり忘れてたよ
耀くん?
そいつが兄貴を
突き落としたのかもしれないのに、
俺ってやつは亜百合を
疑うなんて……
自分の馬鹿さ加減が嫌になる
耀くん……
うなだれていると、
若葉にふわりと抱きしめられた。
若葉……?
大丈夫だよ、耀くん。
ちゃんと謝れば、
亜百合ちゃんも許してくれるよ
若葉はまるで子供をあやすように、
俺の背中を撫でている。
そ、そうかな。
そうだといいんだけど……
こんな状況だというのに
抱きしめられたことで頭が一杯になってしまい、
胸の鼓動が早くなる。
自分にほとほと呆れてしまった俺は、
鼓動が伝わらないように若葉を離した。
とりあえず亜百合を探そうぜ!
うんっ
懐中電灯で道を照らしながら、
玲也と千雪がやって来た。
雲母さんは……。
その様子じゃ、
見つかってないみたいだね
亜百合おねぇは、
どこに行っちゃいましたか……?
わかんねえ。
こうなったら、
徹夜で探すしかねえな
一人にしておくわけに
いかないもんね
そうして俺たちは、
ひたすら亜百合を探し続けた。
夜が明けるまでに、きっと亜百合は見つかる。
誰もがそう信じて闇を突き進んだ。
闇が明ける頃には、
更なる悲劇の幕をも開くとは知らずに。
更新お疲れ様です!まさか、先生お兄さんが二人目の犠牲者になるなんて…。兄弟で本土に戻ると思ってただけにショックです><,次の犠牲者が誰なのか…誰でも辛い…。
お話が更新される度に確実に物語が動くのと、程よいスピード感で展開されていて、毎回とても楽しませて頂いております!^^
表情(眼鏡)の追加をリクエストした矢先に死なせてしまって、すみません;;これから回想でバンバン出しますね!展開については毎回「これでよいだろうか?」と迷っている節があるので、そのように言っていただけるととても安心します。嬉しいお言葉を沢山ありがとうございます!
に、兄さんが……
先生……いいキャラだった……;;
廃墟島は本当にキャラが皆個性的で、こういう場面で書くのもおかしいですが活き活きしていて、凄いです。
玲也、なんか好きだなー。主人公の不安定な揺れも、こういうシチュエーションの不安定さを感じます!
ありがとうございます。いいキャラと言っていただけて、さきおも男冥利に尽きると思います(ノД`)
キャラの個性を褒めていただけると照れますね!でも、ここに男子会の兄が来たら耀は確実に影が薄くなりますねw兄が廃墟島に参戦して死亡フラグを折るという妄想をするのが最近のブーム(キモイ)
う、うそだろ……?
まさか、さきお先生がこんなにもあっさりと?
どちらにしろ、二人目の犠牲者が出たことで猜疑心も緊張感も最高潮になった。
あかるくんがきちんと反省しているのは好印象。