廃墟島の2日目 《 前編 》
先生(さきお)さんって、
メガネが似合わないわよね
ぶしつけに何だよ。
インテリメガネの俺様に向かって
失礼なやつだな
先生さんがインテリ?
ふふっ……ふふふふっ!
ジョークだっての。
笑いすぎ
先生さんはメガネ外した方が
カッコイイと思うけどなぁ~?
メガネ外したら何も見えねえだろ。
俺の近視を舐めるなよ
本土に行ったら
レーシックの手術したら?
ネットでいい病院見つけたの
ゲッ。
レーシックって眼球えぐるんだろ?
想像するだけで身震いするぜ
眼球えぐるって……。
もう、大げさなんだから。
じゃあコンタクトレンズはどう?
どうしてそこまでして俺から
メガネを外したがるんだあ?
だって先生さんのメガネを外した顔、
大好きなんだもん
廃墟島の2日目 《 前編 》
(みさきの言葉がずっと耳に残っていて
本土に引っ越してから
コンタクトレンズにしたけど……)
(みさきが見てくれないんじゃ、
意味ねえよなあ)
兄貴……。
まさか、あれからずっと起きてたのか?
ん?
ああ……眠れなくてな
体力温存しとけって
言ったのは誰だよ
はは、俺だな
ジジイなんだから、
あんまり無理すんなよ?
ピッチピチの35歳に向かって
シジイとはなんだこのクソガキ!
イテテッ!
やめろバカ!!
ヘッドロックはマジで苦しい!
朝から元気だね、二人とも
おう、起きたか玲也。
俺はな、こうやって毎日
このもやしっ子を鍛えてやってんだ
ゲホッ、ウゲホッ!
なあ、玲也……。
これって家庭内暴力じゃないか?
さあ……。
僕は民事には詳しくないから、
何とも言えないな
逃げ方がうぜえ
それはそうと、
先生(さきお)先生。
女性陣はどこへ?
そういえば、
若葉も亜百合も千雪もいないな
あの三人なら、
姫乃に供える花を摘みに行ったぞ
ということは
千雪に教えたのか?
姫乃が死んだってこと……
ああ……。
俺から話そうかと思っていたが、
若葉と亜百合が上手に話してくれた
小学生にはかなり重い話ですよね。
ショックを受けて
いませんでしたか?
いや、千雪はあの歳の割には
しっかりしてるからな。
落ち着いて聞いてたよ
そうか……
僕たちも、
宮ノ内さんに手を合わせに
行こうか?
そうだな。
兄貴も行くか?
俺は夜中に合掌した。
若葉たちが戻ってくるだろうし、
俺はここで待ってるよ
はあ?
夜中に一人で行ったのか?
単独行動するなって言ったの兄貴だろ!
バーカ、俺は大人だから
いいんだよ。
ガキのお前らと違って
適切な判断ができるからな
めちゃくちゃ言うなよ……
とりあえず、
宮ノ内さんの所に行こうよ
はあ……。
そうするか
(こんなこと思っちゃ
いけねえのかもしんねえけど……。
やっぱり死体と対面するのは
緊張するな)
どうした、美崎?
入らないの?
あ、ああ
ドアノブをひねり、ゆっくりと開ける。
あっ、耀くんと玲也くん
部屋の中央に横たわっている姫乃を
囲むように、
亜百合と千雪、そして若葉が座り込んでいた。
今ね、ひめちゃんの周りに
島に咲いてるお花を
お供えしてたの。
ちゆちゃんのアイディアなんだよ
姫乃おねぇを綺麗に飾ってあげます……
兄貴が姫乃の顔に被せた
ハンカチは横に置かれており、
口元や喉元から噴き出していた血が
嘘のように消えていた。
姫乃の顔に血の跡が無い……?
それに、壁に飛び散っていた血も
綺麗になってるな
千雪ちゃんに見せる前に、
私と亜百合ちゃんで拭いたの……。
千雪ちゃんにはちょっと
ショックなんじゃないかと思って
それはご苦労様だったな。
姫乃もきっと喜んでるよ
(だけど、服に付いた血はそのままだ。
なんだか痛々しいな)
うーん……
どうした?
いや、何でもない。
弔いのムードを壊すのも悪いから、
余計な事を言うのはやめるよ
は?
変な奴……
姫乃ちゃん、綺麗だね
もともと美人さんだったからね
希島(のぞみじま)に咲いている
花々に囲まれた姫乃は、
真っ白な顔をして、
怖いくらいに綺麗だった。
傷から想像するに、
とても痛くて辛かっただろうね。
それなのに綺麗な表情をしている。
笑っているようにすら見えるよ
姫乃はさ……。
死ぬ直前に、
俺を見て笑ったんだよ。
すごく優しい顔で
そうだったね……。
その前には、何かを伝えようとして
必死に口を動かしてた
犯人の名前を
言おうとしていたのかもしれないね
それもあると思うけど……。
それだけかな?
え?
女の子が死ぬ時に心残りなのって、
やっぱり好きな人のことだと思う。
だから、姫乃ちゃんは……
好きな人?
…………
ううん、なんでもない
なんなんだよ
お兄ちゃんは、
人を好きになったことないの?
あ、あるよそれくらい。
お前らも知ってるだろ?
俺の初恋はみさき先生だって
へえ、それは初耳だな。
美崎は年上が好みなんだ?
ゲッ!
あの時、教室に玲也は
いなかったっけ……。
言うんじゃなかった
答えてよ。
美崎は年上が好みなんだろ?
なんでそこに
食い下がってくるんだお前は
れいくん。
一つしか違わないくせに、
年上ぶっても駄目だからね?
わかってないなあ雲母さんは。
高校2年生と3年生の間には、
厚い壁が存在するんだよ?
はあ……。
お前らと付き合ってると
俺までアホになりそうだ
ひどい!
私もアホ扱いなの!?
みんな、静かにして……
どうした?
ぐすっ……ううぅ……。
ううっ、ひっく……。
姫乃おねぇ……
千雪は今までこらえていたものが
あふれ出したかのように、
姫乃の顔を見て泣いていた。
その背中を、若葉が優しく撫でている。
(島に着いてから日が落ちるまでは、
あんなに楽しい気分だったのに……。
どうしてこんな事になったんだ?)
おーい、お前ら。
戻って来ねえと思ったら、
こっちに集まってたのか
先生先生、千雪ちゃんが……
ぐすんぐすん……
なんだ?
泣いてんのか千雪ぃ!
兄貴は千雪を抱き上げて、
その大きな手で背中をポンポンと叩いた。
姫乃がいなくなって俺も悲しいよ。
こういう時は我慢すんじゃねーぞ。
いっぱい泣け、なっ?
ふえっ……ううっ……!
うわああーん!!
兄貴の胸板に顔をうずめて
泣き叫ぶ千雪を見ている内に、
俺たちも瞳を潤ませていた。
あれ?
おかしいな……。
今頃になって涙が……
わかちゃんっ……
亜百合が若葉を抱きしめると、
二人はただただ涙を流した。
俺と玲也は男だから、
涙を隠すように顔をそむけることしか出来なかった。
生まれた時から10年以上、同じ島で、
そして同じ学校で育った仲間が、
変わり果てた姿になったんだ。
昨日は事態が飲み込めなくて
誰もが混乱するばかりだったが、
朝になって正気に戻った頃に
悲しみが込み上げてきたっておかしくない。
俺たちは昨日流せなかった分まで、
涙を流し続けたのだった……。
散々泣きはらした頃には、昼になっていた。
昨晩から何も食べていなかった事を
思い出した俺たちは、
示しを合わせたように急に空腹感が湧いた。
昨日の晩メシと、
そして今日の朝メシの分を取り戻すかのように、
缶詰などのレトルト食品を
食べあさっているのだった。
おい、うまいぞこのカニ缶。
食べてみろよ
俺、カニ嫌いなんだよ。
いつも言ってんだろ
バカだなあ耀はっ。
こんな高級食材を、もったいない……!
カニ嫌いは義務教育と同時に
卒業しろって言っただろ?!
カニと義務教育の関連性が
見つけられないのは俺だけか?
私、まだ義務教育中だからわかんない☆
ボクも義務教育中です……
そういう事を聞いてるんじゃないっ
みんな、ちょっといいかな?
何?
このマンションには、
宮ノ内さんを殺した犯人が
潜んでいるかもしれないんだよね?
まあ、そうだな
だったら丘の下のマンションに
移動した方がいいんじゃないかな?
そんなっ……!
ひめちゃんを置き去りにするの?
置き去りだなんてひどいな。
いつかは宮ノ内さんを埋葬しなきゃ
いけないんだよ?
一生側にいるのは不可能な話だ
だけど……
それに、現場保全の観点から考えても、
宮ノ内さんの遺体からは
遠ざかったほうが良いよ
玲也、それは……
先生先生だって、そう思いましたよね?
後で警察が現場を調べるにあたって、
犯人の手がかりを消してはまずい
でも、宮ノ内さんの血は綺麗に
拭き取られてしまった。
あの分だと指紋も一緒に
拭き取られたんじゃないかな
それに、
遺体の周囲を花で飾るというのも
本当はあまり良くないよね
私、いけない事をしちゃったの?
ボクもお花を飾ってしまいました……
ううん、二人は悪くない。
私が余計な提案したんだもん……
なあ、玲也
なんだい?
お前の言ってる事は
正しいかもしんねえけどさ、
少しは若葉たちの気持ちも考えてやれよ
みんなの気持ちを尊重するなら、
それこそ真犯人を
見つけるべきだろ?
僕らが警察の邪魔をして
どうするんだ
あのなあ、お前……
ごめんなさい……
若葉は謝らなくていい!
そうだ、若葉は謝らなくてもいい
やっぱり兄貴も
玲也がおかしいって思うよな!?
いや、玲也の言ってる事は
間違っちゃいない。
悪いのは俺だ
は?
何言ってんだよ
亜百合たちが花を取りに行くと
言った時、
俺も玲也と同じ事を考えた。
現場をそのままにした方がいいってな
だが、つい『姫乃を想っての事なんだ』
っつう甘い考えが浮かんでさ。
花を供えるのを許しちまったんだよ
玲也も兄貴も馬鹿じゃないのか?
なんで若葉たちを追い詰めるようなこと
言うんだよ!!
言わせてもらうよ。
馬鹿なのは美崎、キミの方だ
俺が?
美崎は日良さんと過ごす時間が
長かったせいか、
日良さんが少しでも責められると
過剰に反応する傾向があるね
なっ……!
人間が一人、殺されているんだよ?
それなのにどうして美崎は
感情論で動こうとするんだ?
若葉は関係ねえ!
お前が人の気持ちを
踏みにじってるから怒ってんだ!
言い方ってもんがあるだろ!
ケンカはやめて下さい……
そうだよ、やめなよ。
れいくん、おかしいよ?
わざとお兄ちゃんを怒らせるようなコト
ばっかり言ってる
雲母さんも、僕が悪いと思うのかい?
当たり前だよ!
れいくんが余計な事を言わなきゃ
ケンカにならなかったんだから!
亜百合、それは違う
でもっ!
この話は一旦やめよう。
お互いに意見は出し合った。
話の続きは少し時間を置いて、
冷静になってからにしようぜ
お互いに意見は出し合った
って……。
それで片付ける気なのか、兄貴?
だったらどうやって結論を出す?
殴り合うか?
力の強さで正邪を決めるのか?
な、殴るなんて言ってないだろ
昨日のお前の様子なら
やりかねなかったぞ
…………
みんな、ごめんね。
私が姫乃ちゃんや壁の血を拭こう
って言ったから、
こうなったんだよね
若葉……。
俺が言ったことって、
余計なお世話だったのか?
ううん、そんなことないよ。
だって嬉しかったもん。
ありがとう、耀くん
…………
じゃあ、さっきの話に戻すぞ。
玲也が言っていた
丘の下のマンションに
移動するという件、
俺も賛成だ
ボクも賛成です……
ちょっと待って。
それよりも学校に移動した方が
いいんじゃないかな?
どうして?
だって学校のほうが温泉が近いでしょ?
なるほど。
そりゃそうだな
そういえば昨日は色々あって、
お風呂に入るの忘れてたよね
学校に荷物を置いたら
入りに行くか?
うん!
お兄ちゃんと私で混浴だね?
ち、違う!
男同士で入るんだよね、美崎?
そうだけど、
お前が言うと別の意味に聞こえる
よーしっ!
みんな、学校へ移動すっぞ。
その後は風呂だ風呂!
はい、です……
はーい!
みんなで寝袋などの荷物をまとめ始める。
温泉に入るという目的ができて、
みんなの表情はいくらか
明るくなったように見えた
……が。
どうした若葉?
浮かない顔してんな
うん……。
学校に行っても犯人が
ついて来るんじゃないかと思って……
その可能性はあるけどさ、
ここよりはマシじゃねえか?
犯人がここを根城にしてる
っていうなら、
凶器も蓄えてるかもしんねーしさ
そうだね……
(あんなに明るくて
脳天気だった若葉が、
人が変わったみたいに
臆病で暗くなっちまった)
(早く元気にしてやりてえな。
温泉に入ったら少しは
リラックスするといいんだが……)
おーい、お前ら。
準備は終わったか?
忘れ物がないか、
周りは確認したか?
準備は終わりました……。
周りも確認しました……
それじゃあ、
最後に姫乃に挨拶をしてから行くぞ
わかった……
俺達はもう一度隣りの部屋へ行き、
姫乃の死体に向かって静かに手を合わせた。
…………
(若葉……)
それから学校へ着くまでの間、
ずっと沈痛な面持ちでいた若葉が心配になった。
でも……。
その反面で、こう思ってもいた。
本当は、若葉の反応が正常なんじゃないか?
みんなと笑顔で話している俺の方が、
異常なんじゃないか……と。
俺はたぶん、
昼間の明るさに安心していたのかもしれない。
頭のどこかで、犯人が動き出すのは夜だと
思い込んでいたのかもしれない……。