書物には綴られる物語がある――
それは男が辿ってきた道であり
行ってきた偉業であり
そして、後に伝えられるべき伝説でもあった――
書物には綴られる物語がある――
それは男が辿ってきた道であり
行ってきた偉業であり
そして、後に伝えられるべき伝説でもあった――
◇◆◇
ぜーはーっ、ぜー…!
くくくっ
どうした?
威勢よくかかって来たわりにはもうお終いなのか?
…というか我、
ほんとに一撃くらいしか、まだ相手にしてないぞ?
うるせえ!
ここまで来るのにちょっと体力使いすぎただけだ!
あああ…勇者…
たどり着くまでに何度も死んでましたからね…
魔王サマ頑張ってです~!
ふふっ、まあいい
せっかく現れた退屈しのぎの人形だ
捻り潰すのは簡単だが、失うには少し惜しい
お前にはまだ、我の遊び相手となってもらおう
我の呪いをくらうのだ!
魔王が呪文を唱えれば、その手から瘴気とは違う魔力を帯びた濃霧が放たれる
濃霧は魔王と勇者の決闘場所であるこの空間を囲むように蠢くと、逃げ場を無くした勇者へ一斉に襲い掛かった!
なに⁉なんだ、これは…!
うあああ!
濃霧は勇者の体を食いつぶし、その姿が見えなくなったと思えば、霧が晴れた次の瞬間には勇者はその場から消え失せていた
見ていた魔物の子は堂目し、辺りを見回して勇者の姿を探すが、塵一つ残っていない
勇者⁉一体どこに…⁉
なに、勇者はやられようと<ブックマーク>の力ですぐに復活して…!
…こない?
あれ、勇者?…勇者ー!
ふふふ…いくら呼ぼうが無駄だ
奴には呪いをかけたと言っただろう
<ブックマーク>の消滅の呪いだ
これで奴はもう<ブックマーク>を使えない
何度死んでも、ついでにいま飛ばしたどこかの森で目覚め、そこからやり直すことになる
そ、そんな…
呪いを解きたくば、何度でも我に挑むがいい
我を頼り、我に会いに来るがいい!
しかしその度に森に送り返し、何度でも遊んでやるがな
楽しい、楽しみだぞ!
ふふふふ‼
◇◆◇
…勇者
…おい勇者!聞いているのか!
……
魔王の手下である魔物の女に、ブックマーカーの少女を目の前で連れ去れてしまってから
残された勇者と魔獣の子と、その場に居合わせていた将校の三人は、これからどうすべきか話し合いを続けていた
言わずもがな、勇者は少女を救いに行くと将校に言って、魔王の城を目指しだした
しかし将校はその後ろから追いかけて、勇者を引きとめてきたのだった
お前のような間抜けが、そう簡単に魔王からブックマーカーを救えるか!
魔王にたどり着く前に死んでしまうのがオチだ!役立たずが!
そんなひどい!
確かに…確かに返す言葉はないけど、そんなに言わなくたっていいじゃないですか!
勇者だって、ブックマーカーのことが心配なんですからね!
将校の言葉に、魔獣の子が訴えていると
その横でずっと黙り込んでいた勇者が口を開く…
将校野郎…
確かにお前の言うとおりだ
簡単に死ぬ俺が、いつまた魔王にたどり着けるかわからない
だけどな、一度仲間にしたやつをピンチから救ってやらなくて何が勇者だ!
勇者…お前
――でぇえええやあっ‼
わあーっ⁉
その瞬間、将校が勇者の背後から斬りかかった
斬られた勇者の姿は瞬く間に消滅する
魔物の子は将校に駆け寄り、叩きながらひどく泣きわめく
なにするんですか!
なにするんですか!
なにしてんですかー‼
ふん
すると、洞窟があった道の向こうから、
復活した勇者が声を上げながら、こちらに向かって走ってきた
てめー!なにすんだ!
自分の身ほどを、身をもって知らしめてやっただけだ
なに…
理解できないといった様子の勇者に、
将校は脅すように言う
自分でもわかっているだろう
ただでさえお前は死にやすい欠点があるうえに<ブックマーク>が使えないオマケ付だ
ブックマーカーがいたから、お前はここまで来られたんだろう
それなのに、頼りのブックマーカーがいないこの現状をどうするつもりなんだ
将校が勇者に問う
意思を捉えようと二人は黙って目を合わせる
勇者は将校から視線を逸らさずにじっと耐えるようにいて
そして、しばらく沈黙が続いた後で口を開いた
将校…確かに俺は、今まで簡単に死に続けてきた
けどいまは、それももう終わりだ
俺は、もう死なない!
なに…っ
俺はブックマーカーが一緒にいたから安心して死ねたんだ!
あいつとも、一緒に冒険し、支えあうからこそ死ぬと約束したんだ!ブックマーカーもそんな俺のために<ブックマーク>をしてくれると言ってくれた…
だから、俺はブックマーカーを取り戻すまではもう死なない!
……!
勇者…!
言ってることはカッコ悪いですが、
死なないと決めたその意志は立派です!
勇者がみせた言動に、
いままでずっと勇者の傍に付いてきていた魔獣の子は、手を叩いて褒め称える
そして、問いかけた将校もまた、
勇者の姿を見てどこか納得したように言った
馬鹿にしかできないことも
あるということか…
ならば、私もお前についていってやろう
ええ!?
立派なことを言うだけじゃ、人間そんなすぐには変われないからな
勇者が死なないよう面倒見てやるだけだ
なに、他に手出しはしない
なんだ、そんなこと
まあ、勝手にすればいい
だけどな、
魔王を倒すのはブックマーカーも一緒にだ
行くぞ!魔王のもとに!
ブックマーカーを取り戻すまで死なないと誓った勇者
そして新しく将校を仲間に加え、
心を合わせた三人はブックマーカーの少女を救い出すため、魔王が待つ城へと急ぐのだった
彼らの意志が、やがて世界を救うことになるまで――
――そして一方で、
連れ去られたブックマーカーの少女は、
魔王の城の中、ひとり捕らわれの身として
いま魔王の前へと連れ出されていた
…………
ふふふ
お前が勇者が連れていたというブックマーカーか
なんだ…
さっきからずっと黙りっぱなしで
随分と退屈なやつなんだな…
鎖に繋がれたまま魔王の姿を目の前にしても、
怯えるどころか表情一つ変えずに、
ただ静かに瞑目してその場に座り続ける少女
まるで、あの神殿でひとり過ごし続けていたときと同じに――
噛み付くまではしなくても、何の反応もなければ魔王は退屈でしかなかった
ふむ…
しかしお前の話を聞けば、こいつは勇者の手助けをしながら順調にこの城に向かっていたんだろう?
放っておけば早くに我のもとに勇者が来たのだから、別に連れてこなくてもよかったのではないか?
ええ~!?
そりゃないですよ魔王サマ~!
……来ますよ
すると、魔物の女の喚き声に紛れて少女が言った
はじめて聞いたその声には動揺も無く、
開かれたその瞳には恐怖心も感じられない
ただ静かに、
『信じる』と強い意志がこもった眼差しは、まっすぐに魔王を見つめていた
私がいなくても、
勇者さんは今すぐにでもこの城に来ます
魔王を、倒しにです…!
…ふっ
ふははは!
それはいい!それこそ我の楽しみだ!
仲間を信じるということか…
ならば我も待っていてやろう!ブックマーカーよ!勇者よ!
魔王の高笑いが空気を震わし辺りに響き渡る
決して何ものにも屈しないと誓う少女は臆せず、
勇者たちが来るのを信じて待ち続けるのみだった
勇者さん、私は大丈夫です
勇者さんが来てくれて、魔王を倒す手伝いをするために
ブックマーカーの未来を守るためにも
私はここに居続けます
だから、
絶対にここまで来てくださいね…!