今は廃れた<ブックマーク>の神殿である洞窟の迷路から、ようやく脱出した勇者たち
途中、魔物に遭遇したりで勇者が二、三度と死んでしまうも、何とか日の光を浴びることができたことに、皆がほっと息をついていた

いやー、みんな無事で何よりだ

怖かったですよう
うううう…

あれ…?ちょっと待ってください
あそこにいる、あの方は…

すると洞窟の入り口付近にいた一行は、そこで、偶然にもある人物と再開を果たす――…

むっ、お前たちは…!

げっ、将校野郎

げっ、とはなんだ!
人を不味いものみたく!

勇者たちも辿って来た道のりを、同じように辿って来て出会ったのは、いつぞやかブックマーカーの少女を無理やりに連れ出そうとしていた、王国兵士の一人だった

勇者と将校は顔を合わすなり互いに睨みあう

けど、何でお前一人でいるんだよ?
あんなに連れてた兵士はどうした?

うっ…それはだ…

部下の兵士を多勢まとめていた将校が一人で、
それもこのような王都から離れた所にいることに、一行が不思議に思えば、狼狽えていた将校は、言いにくそうに訳を話しだす

まあ、その…なんだ
王は、私を暇に出されたんだ

暇?お前、暇なのか?

今の王国の状況で…
将校さんは呑気なんですね

ちょっ、違いますよ二人とも

つまり…その、
この人、王様に兵士をクビにされちゃってことですよね

うぐっ

貴様…人が言いにくいことをずけずけと…
馬鹿には勘違いさせておけばいいものを!

わわわ!ごめんなさい!
お願い斬らないで!

何かと思えば、将校はブックマーカーの少女を連れてこられなかった失態で、王様に兵士をクビにされていたのだった
一人、行く当てもなくこんな所で途方に暮れていたのも納得がいった

私のためにクビにされただなんて…
ちょっと不憫ですね

同情などいらん!

…まあ、私にも責任というものがあるからな
ブックマーカーが気にすることではない

女の子ひとり連れてこられないだけでクビだなんて、ダセーんだな将校ってのも

なんだと!
お前は少しは気を使え!

やはり、一度死なせたくらいじゃその性格は直らないみたいだな…!

わわわ!落ち着いてって!

再び将校が勇者に向かって剣を抜き、危うく斬り合いが始まろうとしたところで、慌てて魔獣の子が止めに入る

将校も勇者を目の前にすると、冷静さを失うのか、引き抜いた剣をそそくさとおさめた

でも…あんなに王国を救うために魔王を倒すと言っていた将校さんが、クビにされたくらいで、一人でフラフラしてるなんて…

違う!
私は断じてフラフラしているわけではない

こうして、
魔王の城へ向かおうとしているんだ

一人きりで⁉
そんな、危険ですよ!

いくら危険だろうが、私は行かなければならないのだ

クビにされても、私は今でも国に忠誠を誓っている
その忠誠を誓った国に危険が及んだなら、黙ってみているわけにはいかない

将校さん…

一体、王国に何があったんですか

きっと、ただならぬ問題を抱えているであろう様子の将校を見て、少女が尋ねる
将校は暫く黙り込んでいたが、意を決すると、その重い口をゆっくり開いた

私を慕ってくれていた部下の一人が、教えてくれたことだ
私が城を出てから、すぐに魔王の手下が国に侵入してきて…

王が…拐われてしまったんだ!

王様がかよ!

そこは普通姫とかのが雰囲気が…
ああ、まあ、いいや

つうか、王様が拐われたり、魔王の手下の侵入を許したり
王国兵士ってのも案外使えないんだな…

まったくだ
私がいないと奴らはほんと何も出来ないんだからな

勇者が言えたことじゃないけど…
でもこの二人、同じ匂いがするなあ

私のことはいいだろう
それより、お前らこそ神殿で私に偉そうな口を叩いていたわりには、こんなところで何をしている

あ、それは…

む、そういえばここは…

将校は何かに気がつくと、目の前にある洞窟と、少女の顔を何度か見比べた

そうか、お前たち
ここを目にしてしまったのだな

はい…

将校さんは、何か知っているんですか?

ふむ…

<ブックマーク>の神殿であったこの洞窟が何故、廃れてしまったのか
この洞窟にいたはずのブックマーカーは何処へ消えてしまったのか

知りたいと、不安げな面持ちで尋ねた少女の言葉に、将校は知っていることをすべて語りだした

――将校の話は、初めて出会ったあの<ブックマーク>の神殿で、少女を連れ出そうとしたときから、数日とさかのぼる

魔王が目覚めて、訪れた危険は、放たれた瘴気だけではなかった

その後、魔王は何故か各地にある<ブックマーク>の神殿を狙い始め、守るブックマーカーたちを次々に拐っていったのだ

ブックマーカーを失いやがて<ブックマーク>の力が枯れた神殿は廃れるしかない
目の前にある洞窟もそうであり、また事実を物語っている

あの日、少女を訪ねて来たのも、魔王を倒すために頼れるブックマーカーが、もう少女しかいなかったからだったのだ

そんな、
そんなことになっていただなんて…

いま考えれば、ブックマーカーを保護するつもりで話をつけに行けばよかったと思っている

将校さん…
でも私、やっぱり勇者さんについて来てよかったと思っています

だって、私はいまこうして無事に勇者さんと魔王を倒す冒険を続けているんですから
私はきっと大丈夫です!

ふん…
そんなこと、わざわざ言わなくても見ればわかる

少女の笑顔に頷く将校もまた、どこか安心して微笑んでいるように見えた

けど、なんで魔王はわざわざ神殿を襲ってブックマーカーを拐わせたりしてんだろうな…?

ふとした疑問を勇者が口にした
その時だった

突如、辺りの空気が一変し、この場にそぐわない何者かが一行の前に現れた…!

ジャジャ~ン‼
その疑問にはアチシが答えてあげましょ~!

あ!お前は…⁉
魔王と一緒にいた変な女!

あわわわ…勇者

勇者さん…

一度、魔王を倒しにかかった勇者には見覚えのある人物だった
魔王の手下である魔物の女だった

空間を捻じ曲げて現れた魔物の女に勇者が声を上げ、皆一斉に距離をとると、少女と魔獣の子は背後に、勇者と将校は剣を構える

気をつけろ
コイツがさっき話した魔王の手下だ!

いきなり剣なんか突きつけてきて危ないな~

こっちは兵士じゃなくて
勇者に用があるんです~!

俺に…だと?

そうそう~

困惑する勇者を相手に、魔物の女は意気揚々と答える

さっき話していた神殿を襲ってブックマーカーを拐っていたのは、もちろんアチシの仕業だよ~

魔王サマの呪いを受けた勇者が<ブックマーク>の力を他にあてにしないようにね~

なんだと⁉
どういう意味だ!

そんなの
勇者が呪いを解こうと必死になって早く会いに来て欲しいから、他に頼れるものを無くそうとした魔王サマのお気持ちでしょ~

な、何だか意味がわからないが…

大体!勇者は魔王を倒しに行くっていうのに
会いに行くだなんてふざけた理由があるとでも!

魔獣の子が勇者の背後から顔を出してキイキイと騒ぎたてる
将校は、魔物の女のペースに乗せられないよう、依然と構えた剣を下ろさないでいる

王を拐ったのも貴様の仕業か
だとすればその目的はなんだ

だって~
いくらブックマーカーを拐っても勇者は全然来ないし
拐ってくるものもなくなっちゃって~…

それで、ちょっと様子を見に来たら、何で勇者がブックマーカーを連れているのかな~って!

でもまあ~
ないと思っていたものがこんなところにあったわけだしっ
にゃはは~♪

うお⁉

えいっと開かれた魔物の女の手のひらから瘴気が放たれた

触れてはならないと咄嗟に避けた瘴気は、辺りの植物を包んで一気に灰色に染めて枯れさせていく

目を疑う光景に視線を奪われていると、離れたところで高い悲鳴が上がった

勇者!あそこだ!

わわわ!ブックマーカーが!

きゃああ!勇者さん!

将校が指さす先には、魔物の女に捕らわれたブックマーカーの少女の姿があった

皆が油断したところで少女を拐った魔物の女は、現れたときと同じように、少女を連れて異空間へと消えようとしていた

にゃはは~!
それじゃ最後のブックマーカーは連れていくよ~

魔王サマもお待ちかねだから、早く会いに来てあげてね~

待て!こいつ…!

追いかけようとしたが、既のところで逃げられてしまう
少女を連れた魔物の女の姿はもうどこにもなく、辺りは洞窟の前の景色に戻っていた

消えた…

ブックマーカーがあ…
勇者どうしましょうううう

……!

魔王を倒す鍵となるブックマーカーの少女が連れ去られてしまい
泣きながら魔獣の子が縋りつく中で、勇者は魔物の女が消えていった景色をいつまでも見続けていたのだった……。

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