いつも通りの放課後、いつもの面子で、いつもの帰り道……。
全部いつも通りだった。
たった一つを除いて。

潤野朔夜

あ? 放送の開始音?

黒桂伊吹

そういえば、今日国から重大発表がある、って
学園が言ってたね

本日これより、『嗜好症』を所持する者、
並びにそれを支持するものは厳正に処分します。
直ちに、降伏してください。
繰り返します、直ちにーー。

潤野朔夜

……は?

石神井凪

しょ、処分だって……!?

黒桂伊吹

ど、どういうこと……?

そう、いつも通りの放課後、いつもの面子、いつもの帰り道。
たった一つ違うのは、

見ろ! あの制服、『嗜好症』持ちだ!

殺せ!!

僕らの帰る場所が、いや、居場所そのものが、
一瞬で、どこにもなくなった。

見慣れた街の人たち。その顔はまるで般若のようで、僕らを見る目には確固たる『殺意』が浮かんでいた。
各々が包丁やナイフ、果てはフライパンを握り締めながら、にじり寄ってくる。

石神井凪

お、おい! まずいぞ……!
『嗜好症』狩りだ!

黒桂伊吹

ちょ、ちょっと待ってよ……! 『嗜好症』狩りは犯罪だよ……!?

今の放送を聞いたろ? もうお前らを迫害しようと、罪にゃ問われない!
……それに、お前達を殺せば、国から多額の金が降りることになった。
それはもう、一生遊んで暮らせるほどな

我が物顔でのさばりやがって!
目障りなんだよ!!

潤野朔夜

な、なんだよそれ! お金って……!
それに俺たちはなにもしてないだろ!?

石神井凪

落ち着け! ともかく逃げるんだ!

黒桂伊吹

で、でも……!

凪が朔夜の腕を引きながら、ゆっくりと後退する。
戸惑いを隠せない僕らを尻目に、凪は噛み締めるように囁いた。

石神井凪

……分かるだろ?
囲まれでもしたら、やらなきゃならない。
……可能なら、それは避けたい

潤野朔夜

それは、そうだけど……

石神井凪

僕らが手を出せば、それこそ悪者扱いじゃ済まない。
……逃げてやり過ごすんだ

黒桂伊吹

そう……だね。
烈達も心配だし……

潤野朔夜

……わかったよ

石神井凪

よし、一二の三で走るぞ。
いち……にの……

石神井 凪

三!
走れ!!

逃げたぞ!! 追え!!

潤野朔夜

くそッ……! なんだってんだ!

僕らに比べてやはり老いている「大人」達を
捲くことは簡単だった。
逃げること自体は簡単だ。
でも行く先々で、僕らは襲われる羽目になった。
――『嗜好症』狩りに。

街中には逃げ場がない。
それこそ路地裏であろうと襲われる。
多額の金に目がくらんだホームレスや、
元々僕らが疎ましかった役人。
よくしてくれていた、馴染みの菓子屋さえ、
僕らの敵だった。

逃げることしかできない僕らは、
走り続けているうちに街の外れまで来ていたようだ。
そこには大きな廃工場があり、
立ち入り禁止区域となっていた。

見渡した限りでは、人はいない。
僕らしかいない。

街の端から端まで全力疾走し、
疲弊しきっていた僕らは、
一瞬顔を見合わせ廃工場へと入った。

黒桂伊吹

と、とりあえず安全……かな?

石神井凪

つ、疲れたな……

潤野朔夜

一生分走ったんじゃねえの……?

重く錆び切った扉を閉めた直後、
糸が切れたよう人形のように勢いよく、
僕らは座り込んだ。

息を整えながら、考える暇もなかったこの状況を、
うまく機能しない頭で整理する。
なにがあったのか、烈達は無事か。
ぐるぐると思考が巡る中、僕の頭が一番知りたがったのは、

黒桂伊吹

どうして……こんなことになったんだ……?

至極単純な問いの、答えだった。

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