僕にはウェンディさんの言っている意味が
分からなかった。
これはいったい、どういうことなのだろう?

だって勇者の証は洞窟の中にある宝箱にあって、
僕はそれを探しに行っていたはず。
でも勇者の証はウェンディさんが持っていた、
この指輪だという。


僕が考え込んでいると、
ウェンディさんは小さく笑った。
 

ウェンディ

審判者が勇者の証を授けるのは、
勇者だと認めた者にだけ。
勇者の証そのものを
宝箱に置いておき、
それを見つければいいという
単純なことでは
試練にはなりません。

アレス

えっ?

ウェンディ

もし余程の強運の持ち主なら、
1つ目に見つけてしまうことも
あり得ます。
運の良さも能力のうちですが、
勇者に必ずしも必要なものでは
ないと私は考えます。

アレス

では、何か意図があって
このようなことを
させたわけですね?

ウェンディ

はい。
私が見させていただいたのは、
何があっても
『決して諦めない心』です。

アレス

っ!?

ウェンディ

無数の宝箱の中から
1つの何かを探す。
普通ならその途方もない試練に
くじけたくなるもの。
それでもあなたは最初から最後まで
諦めずに洞窟を探索し続けた。
私はその姿を
見させていただいていたわけです。

ウェンディ

まさか全ての宝箱を開けるとは、
思いませんでしたがね。
通常ならもう少し早い段階で、
結果をお知らせするのですが……。

アレス

ははは……。

 
僕は思わず苦笑いをしてしまった。

ガラクタばかりだったから
どれもハズレだと思って、
一度もウェンディさんの審判を
受けてなかったもんなぁ。

見つける度に見せていれば良かったのか……。
 

アレス

それじゃ、最初から勇者の証は
宝箱の中にはなかったと?

ウェンディ

いえ、あえて申し上げれば、
勇者の証は宝箱を開ける
勇者様自身の心の中に
あったということです。

アレス

なるほど、
そういうことだったんですか……。

 
思い返してみれば、
デリンとの戦いでは諦めなかったから
助かったのかもしれない。
例え無様な姿でも、なんとかしようと足掻いた。

無意識のうちにやっていたことだけどね……。


もしすぐに諦めていたら、
ミューリエたちが助けに来た時には
すでに殺されていたかも。


そういえばブレイブ峠で
ジフテルさんたちに殺されそうになった時、
僕は簡単に諦めていた。
これが運命なんだなって。
ブラックドラゴンと出会った時も同じだ。

ジフテルさんたちが僕を蔑んだのは、
単にバカにしたというだけじゃなくて、
そういう冒険者として未熟な
僕の姿勢に落胆したという意味合いも
込められていたのかもしれない。

それを考えれば、
僕も少しは勇者として成長しているのかな?


戦う力は相変わらず低いままだけど……。
 

ウェンディ

勇者の往く道には、
困難なこともあるでしょう。
越えられそうにもない高い壁が
何度も立ちはだかるかも
しれません。
ですが、
そんな時に必要となるのが
『諦めない心』です。
どうか全ての試練を乗り越え、
真の勇者となって
世界をお導きくださいませ。

アレス

はいっ!

ウェンディ

さぁ、今日はお疲れでしょう。
ゆっくりとお休みになってから
旅立たれると良いでしょう。

 
こうして僕は
ウェンディさんから勇者として認められ、
指輪を受け取った。
これで2つ目の試練も乗り越えられた。


明日はいよいよここを出発して、
第3の試練の洞窟へ向かう。
案内は引き続き、タックがしてくれるそうだ。



でもその前に、
僕にはやっておきたいことがある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
夕食を終えてからずっと、
僕は洞窟で見つけた実やキノコ、
付近に生えていた薬草などを調合していた。
 
焚き火があるから、明るさには問題がない。
 

ミューリエ

アレス、何をしている?
明日は朝が早いのだぞ。
そろそろ眠らないと辛くなるぞ?

アレス

うん、分かってるけど
どうしてもこれだけは
やっておきたくて。

ミューリエ

っ?
それは何かの薬の調合か?

アレス

うん、魔法薬。

タック

もしかして、
リパトの町で作ってたやつか~?

アレス

いや、あれとは別の種類だよ。

タック

そうなのか?
それ、どうするんだ?

アレス

んー、まぁ、ちょっとねっ♪

ミューリエ

それはいいが、
適度なところでやめて眠るのだぞ?
旅の途中で倒れてしまったら
大変だからな。

アレス

うん、分かってる。
心配してくれてありがと。

タック

じゃ、アレス。
オイラは先に寝るぞ~☆

ミューリエ

お休み、アレス。

アレス

2人とも、お休み!

 
そのあとも僕は魔法薬の調合をして、
それが完成してから眠りについたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
翌日の朝、
僕たちは小屋の前で
ウェンディさんとシーラに別れの挨拶をした。
 

アレス

ウェンディさん、シーラ。
お世話になりました。
ありがとうございました。

ウェンディ

こちらこそお気遣いいただき、
ありがとうございました。
どうか良き旅をお続けください。

シーラ

ありがとう……ございました……。

アレス

っ?

 
シーラは今にも号泣しそうな顔をしている。
短い間だったとはいえ、
気の置けない仲になったからなぁ。

僕としては笑顔でお別れしたいんだけど、
仕方ないか……。
 

ウェンディ

タック、
これからも勇者様のことを
頼んだぞ。

タック

おうっ!
ばっちゃんも達者でなっ♪

ウェンディ

それからミューリエ殿。
勇者様のピンチを助けていただき、
感謝いたします。

ミューリエ

っ!?

ミューリエ

ふっ、当然のことしたまでだ。
私はアレスの仲間なのだから。

ウェンディ

おぬしは……

 
ウェンディさんは悲しげな瞳になり、
そこまで口にしたところでフッと頬を緩めた。
 

ウェンディ

……いや、何も言うまい。
おぬし自身にその覚悟があって、
その結果が今なのだろうからな。
聞くだけ野暮というもの。
私も少しはおぬしを認めよう。

ミューリエ

……感謝する。

アレス

っ?

 
僕にはミューリエとウェンディさんが
何の話をしているのかが分からなかった。
でも当の本人たちは、
しっかりと意味が分かっているみたいだ。


僕が洞窟に行っている間、
何かがあったのかな?
 

タック

よしっ!
アレス、そろそろ出発しようぜ~♪

アレス

あっ、ちょっと待って。
――ウェンディさん、
これを受け取ってください。
お世話になったお礼です。

 
僕は前日の夜に作った魔法薬を手渡した。
 

ウェンディ

この小瓶は?

アレス

僕のオリジナルの魔法薬です。
以前にお渡ししたものより効果は
少し強めなんですが、
製法に工夫を加えてあるので
身体にかかる負担は
従来の品よりも小さいはずです。
時間がなかったので、
少ししか作れませんでしたけど。

ウェンディ

あぁ……。
なんとお優しい……うぅ……。

 
ウェンディさんは涙をこぼしながら
喜んでくれた。
 
 
へへっ♪
あんなに喜んでくれると僕も嬉しいし、
なんだか貰い泣きしちゃいそうだな。
 

タック

そっかぁ、
昨日の夜に作っていたのは
それだったのかぁ~!
さっすがアレス!

アレス

……それと、
シーラにはこれをあげる。

シーラ

えっ?

 
僕は別の魔法薬を取り出し、シーラに手渡した。

彼女は目を丸くして僕を見つめている。
 

アレス

ここって標高が高い場所にあって、
日焼けしやすいし
肌も荒れやすいでしょ?

シーラ

はい、確かに……。

アレス

僕の住んでいた村も
そうだったから、
そうじゃないかと思ったんだ。
だからそれは肌にいい魔法薬。

シーラ

っ!?

アレス

やっぱり女の子だから、
そういうの気にすると思って。
故郷にいる時、
村のお姉さんたちに頼まれて
よく作ってたんだ。

アレス

でもそれは特別製。
肌にいいだけじゃなくて、
一定時間は日焼けも防いでくれる。
作るのに手間がかかるから、
村のみんなには作れることを
内緒にしてるんだけどね。

アレス

シーラには
すごくお世話になったから、
これをプレゼントしたかったんだ。

シーラ

ぁ……ぅ……。

シーラ

アレス様ぁっ!

 
シーラは突然、僕に抱きついてきた。
その手には強い力が入っている。

なんだか……
体温が伝わってきてすごく温かい……。
 

シーラ

うぁああああああぁんっ!
ひぐっ……ひっく……
うぅうううううぅ……。

アレス

ちょっ、シーラっ?

 
シーラはひたすら号泣していた。
いつまでも離してくれず、
僕の服に顔を押しつけたまま
しゃくり上げている。

あう……。
どうしたらいいんだ、これは……?
 

タック

あーあ、
泣かせちゃったぁ~♪

ミューリエ

年頃の娘を泣かせるとは、
アレスもひどい男だなっ?
ふふふっ!

アレス

そんな……僕は……。

 
困った僕を見て、
ミューリエとタック、ウェンディさんまで
満面に笑みを浮かべていた。
 

シーラ

お別れ……ひくっ……
したくないっ!
お別れしたくないよぉっ!
アレス様ぁあああぁっ!
わぁああああぁんっ!

アレス

シーラ……。

ウェンディ

勇者様、
どうかシーラを一緒に旅へ
お連れいただけませんか?

アレス

えっ?

シーラ

ウェンディ様っ!?

 
シーラは顔を上げ、
ウェンディさんへ視線を向けた。

ただ、相変わらず両手は
僕の服から離してくれないけど……。
 

ウェンディ

ご迷惑かもしれませんが、
シーラに世界を
見せてやってください。

シーラ

で、でもそれでは
ウェンディ様がっ!

ウェンディ

私は大丈夫。
それにお前の集落の者もおるしな。

ウェンディ

勇者様、お願いいたします。

アレス

え、えぇ、僕は構わないですけど。
いえ、
回復魔法が使えるシーラが
いてくれると
むしろ助かりますし。

タック

オイラも賛成~☆

ミューリエ

異存はない。
むしろ代わりにタックを
ここに残していきたいくらいだ。

タック

むぅっ?
なんだと~?

 
頬を膨らませて睨み合うミューリエとタック。

てはは……。
2人は相変わらずだなぁ。

でもなんか和やかな感じで、
ちょっと安心するなぁ。
 

アレス

――えっと、
シーラはどうしたい?

シーラ

わ、私は……。

 
シーラは項垂れて考え込んだ。

それからしばらくして顔を上げ――
 

シーラ

私はアレス様と
一緒にいたいですっ!
いつまでも、どこまででもっ!!

アレス

シーラ……。

 
凛とした声で叫んだシーラは、
今までで見た中で一番の笑顔になっていた。

それを見ていると、
僕まで嬉しい気分になってくる。
っていうか、ちょっと照れくさいな。
 

アレス

よろしくね、シーラ!

シーラ

はいっ、こちらこそっ!
アレス様っ!

アレス

えっと、アレス様はやめてよ。
呼び捨てでいいよ。

シーラ

ダメですっ!
アレス様はアレス様ですからっ!

シーラ

タック様、ミューリエ様、
どうかよろしくお願いいたします!

タック

あぁ、よろしくな~♪

ミューリエ

私の方こそ、よろしく頼むぞ!


こうして僕の旅には
新たに心強い仲間が加わった。


なんか僕だけが何もできなくて、
ちょっと情けないような気もしてくるけど……。

だからこそ、
僕ももっと努力しないといけないなぁと
強く思った。
 

 
 
 
次回へ続く!
 

第31幕 勇者の証と新たな旅立ち

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