森の傍にある<ブックマーク>の神殿を出た勇者たち一行は、王国のはずれにあるという魔王の城を目指して冒険を続けていた


仲間に迎えたブックマーカーの少女を連れた勇者と魔獣の子は、外の世界にはしゃぐ少女を追いかけながら、真っ直ぐに続く道を行く――

わあ!見てください勇者さん!
あそこに水が流れてますよ!

まって、まって!
そんなに走ると転んじゃうよ!

二人より先に少女がどんどんと進んでしまうので
魔獣の子は走って追いかけるだけで精一杯になりながらも、見失わないようについていく



――辿りついたのは、綺麗な水が流れる川のほとりだった
透き通った水に、手を浸そうと少女が手を伸ばしているとことに、ようやく勇者と魔獣の子が追いついた

あ、勇者さん!見てください!
こんなに綺麗な水の中に魚が泳いでますよ!

何かと思ったら魚か…
ブックマーカーは魚が珍しいのか?

あ、その…

…すみません
私、あまり神殿から外に出たことがなくて
だから、つい…

幼いころからブックマーカーとして、神殿に籠って修行をしてきた少女にとって、外の世界は珍しいのだと恥ずかしそうにいう

王国の兵士が用意する食事で、食べるために施された魚こそ見たことはあるが、実際に生きている魚を見るのは初めてだと彼女は語った

なるほどな
けどさ、そんなんでよく外に出て来ようと思ったよな

もちろん、ブックマーカーは長く神殿を空けてはいけないと言われてますし
それに、ちょっとは外の世界に怖い思いもありましたけど…

でも、勇者さんと一緒なら大丈夫だろうって私思いますから、いいんです!

そう言って少女は冷たい水の中を泳ぐ魚を見つけると、指をさして、もう一度はしゃぎだす

あ!ほら、また魚がいましたよ!

どれどれ…おおっ⁉

あああ、でもそんなに川に近づくと危な…

…落ちちゃった

…勇者さんが

足を滑らせて頭から川に落ちた勇者を、慌てて少女と獣の子が探そうとすると、
背後からずぶ濡れになった勇者が頭を押さえながら現れる

いてててて…おー冷てえっ

川から上がってこなかった…
ということはいまので死んでたんだ…

私の<ブックマーク>が間に合ってよかったですね

でも、ブックマーカーだって落ちちゃうところだったんですから!
落ちたら危ないんですからね!

ええ
川に入ると死んでしまうくらい危険だということがよくわかりました

それなのに悠然と川を泳ぐお魚さん
…すごいです!

いや、川に入ったくらいで死ぬのは勇者くらいだと思うけど…

…いやさ、別にいいんだけど
俺寒さむいから、どっかで服乾かすか拭くかして休みたいんだけど

まあ、大変!
このままじゃ勇者さんが風邪を引いちゃいます

風邪なんかで死なれちゃ大変だあ!

あ、あそこに洞窟みたいな所がある!
そこに勇者を連れて行きましょう!!

道脇に並ぶ木々の奥の方に、丁度よく古い洞窟を見つけると、ずぶ濡れで震える勇者を急いで連れて行った

木々の枝と伸びたツタが絡まって、入り口が半分に狭まった洞窟の前まで来ると、
少女が何かに気づいたように突然、ピタリと足を止める

あれ…ここって

どうしたの急に立ち止まって

あ、いえ…その

ハーックション‼

うう…死ぬ…

わああ!勇者が死んじゃう!
とにかく早く中に入ろう!

洞窟を目の前にして少女は何か気になる様子だったが
勇者が死んで消滅してしまう前に、三人は洞窟の中へと入っていった

洞窟の中は広くなっていて、
すぐに服を乾かし、身体を拭いたおかげで風邪を防ぐことができると、勇者は一命を取りとめる


しかし、ふと
少女の姿が見えなくなっていたことに気がついた

一体どこへ行ってしまったのだろうか?
勇者と魔獣の子はいなくなった少女を探しに、薄暗い洞窟の中を探索し始めた…

おおーい
どこ行ったー?

あ、勇者あそこ
あそこにいましたよ

……

魔獣の子が指さすとおり、少女は洞窟に張り巡らされた細い道の先で、一人ポツンと佇んでいた

洞窟内にこだまする呼びかけが聞こえていないのか、心ここにあらずの表情で、少女は空中をじっと見つめている

どうしたんだ?
一人で魔物に襲われでもしたら危ないだろ

勇者さん…
すみません、勝手に行動して

でも私、ここを知っているような気がして…
いえ、ここは私がいた神殿と
僅かにですが同じ力を感じるんです

少女は洞窟内を満たす湿った空気の中から探り当てるように、<ブックマーク>の力の気配のことを話した

きっとここは、<ブックマーク>の神殿だった所です

なんだって…?

でも❝だった❞って、どういうこと?

少女の突然の言葉に、勇者と魔獣の子は目を丸くする

洞窟は入り口を見てわかるように荒れていて、
少女がいた神殿と比べても
ブックマーカーのような生身の人間が住んでいるとは到底思えない

何故だかわかりません…

でも、ここには<ブックマーク>の力の気配は残っているんですが、ブックマーカーはいないようなんです…

この洞窟が本当に<ブックマーク>の神殿だったとすれば、いまのこの力を失った有様をみれば、力の源であるブックマーカーがいないことは勇者でもわかった

少女は不安そうな顔で勇者を見ている

やっぱりこれも、目覚めた魔王の影響なんでしょうか

私がいた神殿も…私も…
いつかここみたく消えてしまうのでしょうか

お魚が泳いでいたあの綺麗な川も、瘴気のせいで、このまま消えてなくなってしまうのでしょうか…

ブックマーカー…

実際に目にする世界の異変と危機に、少女が怯えているのは目に見えてわかった

魔獣の子が寄り添って慰めようとすると、勇者もまた怯える少女に歩み寄って声をかけた

心配しなくても大丈夫だ
そんなことにならないように、俺が魔王を倒しに行くんだからな

ブックマーカーは、その俺の手伝いをしに来てくれたわけだろう
だから神殿を守るためにも、一緒に頑張るんだ

勇者さん…

その言葉に、不安だった少女はみるみる表情に明るさを取り戻していく

はい!その通りです!
私はブックマーカーの未来のために、一緒に頑張りますね!


だから勇者さんも安心して
何回でもいくらでも死んじゃって
魔王を倒してくださいね!

ああ!安心して任せて、死んでやるさ!

…いや、 死んじゃだめでしょう

うふふふふ

こうして、勇者とブックマーカーの少女はお互いの目的を胸に、固く絆を結びあう

目指す魔王の城はすぐそこにあり、
平和と平穏を取り戻すためにも、助け合って魔王を倒さなければならない

こんなところで死んでいられないと、急いで冒険を続けるのだった

ところで、随分奥まで来たが…この洞窟からどうやって外に出るんだ?

え…

……

しかし実際はまだ先の長い、前途多難な道のりであり
そして、ブックマーカーの少女が感じ取った通り、魔王の瘴気が引き起こす世界の危機は
三人の冒険に影響を及ぼそうと、すぐそこまで来ているのだった――

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