我は再び身体に力をためはじめ、戦うための準備を行う。
我は再び身体に力をためはじめ、戦うための準備を行う。
あなたが、どうしてこんなことを始めたのかは……よくわかった
そうか……では、戦いを始めようではないか。物語の、終幕を
我がそう言い、力を解放しようとした、その時だった。
ああ……始めよう。だが、戦うのは、俺たちじゃない!
!?
……なに?
勇者の言葉の意味がわからず、問い返す。戦うのでなければ、逃げるというのか?
それとも、今までのことは芝居で、別部隊が控えているというのか?
気配を巡らし、だがどの考えにも確証が持てない我に、勇者は言った。
もう一度、『俺たちと一緒に』、世界と戦わないか?
……
想わず言葉を失い、言葉を出せたのは、少しの間が空いてからのことだった。
な……ん、だと?
勇者の言葉の意味が、我には理解できなかった。
いったい、なにと戦うというのか? 世界とは、いったいどういう意味だ?
俺達の旅の中で出会った人達は、もちろん、全員が全員悪いばかりではなかった。助けてくれた人も、もちろんいた
けれど、彼らは、周囲との関係に苦しんでいる人達も多かった。……亡くなられた方も、おられました
優しい人、みんな、いなくなる……それは、なぜ?
……
勇者達の言葉に、我は無反応を装う。だが、内心でうなずく我がいたのも事実だった。
ふりかえれば、魔族も全てが、我に同意的というわけではなかった。裏切りや策謀は、我の眼があったためか表だって行う者はいなかったと想えるが、軋轢(あつれき)はあったのだ。
――我が知らなかっただけなのかもしれないとも、今なら想えるが。
彼らに対して、我もやむをえず力をふるい、敵対した末に去っていった者達もいた。我はここでも、決断ができなかった。
代わりに、我と同じように人間を信じ、我とともに歩んでくれた者達もいた。今、我につき従ってくれている者達も、その一部だ。そう、一部だ
――それゆえにか、人間との争いなどで死んでしまうケースも、また多かった。
なら、そんな世界こそ……変えてみようと、想わないか?
真摯なまなざしで、勇者は語る。
夢物語だな
だからこそ、我は一蹴した。
世界を変える、だと? ならば、簡単な話だ。我を倒し、人間のみの世界を手に入れればよい
我らは決めたのだ。もう、信じることも、裏切られることも、お互いが別れていくことも、もうお終いにしようと。
だから、我は勇者の言葉に従うわけにはいかなかった。残った者達に対しても、今まで歩んできた者達に対しても。
……それが、本当にあなたの本心なのか?
……!
戯言を……!
死ぬことが誰かのためになると、本当に想っているのか!?
くっ……!
勇者の考えに我は動揺し、矛先を変えることにした。
巫女よ、お前はなぜここに来た?
わ、わたしですか?
お前の信じる神は、我を許容せぬはずだ。そのお前が、我と組み、人間と戦うことなどできるのか?
巫女は我の言葉を受けて、指を口元でふさぎ、考え込む表情となった。
勇者はなにか言い掛けたが、彼女の様子を見て口を閉じ、押し黙った。
……わたしは、神の教えとともに生きてきました
少しして、言葉を探るようにしながら、彼女は口を開いた。
満ち、欠け、染み、乾き、覚え、忘れ、生まれ、消え、それでも続いていく人間の社会――
それを維持するために、神という存在があるのだと――
わたしは、理解しました。
だから、大巫女様を含めた巫女の一人として、神教の教えを広めることに違和感はありませんでした
敬虔な信徒の言葉として、巫女は神への信仰を告げた。
神は、わたしたちの社会に、必要な存在なのです
そう語る巫女の瞳に、とまどいはなかった。
他の二人と比較して、彼女には、我を討つ理由がまだ残っているように感じられた。
では、神の教えのままに――我と戦うがいい
……
だが、巫女はそこで初めて表情にためらいを見せた。
……けれど、わたしは……同時に、矛盾も感じていました
次いで口に出した言葉も、震えをともなうものだった。
それは、本来許されないこと。神の教えと、救い……その教えと理想に映し出される、現実との矛盾
巫女は、自身の胸元を、ぎゅっとつかんだ。震えを抑えるかのように、なにかから耐えるかのように。
わたしは、そのタブーを、破ってしまったのでしょう
――まるで、罪を告白するかのような巫女の様子に、勇者達の表情も陰る。だが、止めることはしなかった。……できない、のかもしれないが。
救う者と、救える者、救われぬ者――けれど、あえて救わぬ者であると定められた魔族や、汚れたと示された人々……わたしには、なぜその区別があるのか、理解はできても納得はできませんでした
巫女の言葉のなかに、人間のなかでも我らと同じように排除されている者達の存在があることに、想い当たる。
わたしは悩み、周囲の者達に告白したのです――はたして、選ばれた人間のみが存在する大地が、本当に正しいのでしょうか、と
彼女は、異形の存在も、同じでありながら排除されている存在も、なぜ区別できるのか……そう、周囲に問いかけてしまったようだ。
その結果が、今か
……少しして、わたしはこの二人とともに、魔王を倒す使命を受けました。拒否は、認められていませんでした
巫女は、我の言葉を肯定した。
そして、お前はどう考えた――神が否定する魔族を討つことと、神が愛する人間に拒絶されること、どちらが苦痛だったのだ?
我は、言ってから自己嫌悪する。辛辣な自身の言葉に顔をゆがめる巫女の気持ちを考え、嫌気を感じていた。
だが、これで巫女が口火を切るのであれば――なし崩しになる。
そう、想ってもいたのだが。
神は――世界のために、見捨てるものを決めている。そう、教えられました。けれど……見捨てられる立場を望む者は、いないはずなのです
だが、お前は我らの仲間を討つことを選んだ……違うのか?
彼女の言葉は、今の彼女が考える言葉だ。ここに来るまでに、彼女はなにを成してきたのか。
……否定は、できません
悲しい顔をする巫女に、我は言う。
ならば、我を討つが良い。それこそが、お前達の神が望む、答えに他ならない
――それこそが、彼女が討った我の仲間をふりきるための、方法になるのだから。我がしくんだ罪から彼女を解放するための、唯一の方法なのだから。
確かに、神が望んだ答えはそうかもしれません……ですが
巫女は、いったん言葉を切って、強い口調で我に告げた。
ですが、それは――わたしの答えでは、ありません
……巫女であるお前が、神に背くというのか
だからこそ、神を信じるために――答えを得たいのです。わたしが、神を心に抱きたいと想える、わたしだけの答えを
だが、それはもう……貴様の神ではあるまい
ならば、わたしは、神に問いたい。あなたを信じるために、わたしはあなたと対面する、と
巫女は自身のうちにある神と向き合いながら、その視線を我に向け、言った。
お前の神は、生やさしくはない。わかっているだろう
……あなたは、わたしを討たないのですか?
これは、我が望んだ戦いだと――そう、言ったはずだ
人間達が、望んだから……ですよね?
……
あなたが、本当にわたし達の創造主というなら――あなたの存在が、わたしの神にとってどんな意味があるのか、それも知りたいと考えています
巫女の言葉は、神に仕える者の言葉とは言えなかった。
わたしが信じるべき神は、胸の内か、故郷か、あなたなのか――だから今は、わたしが手にかけてしまった者達が信じたあなたを、討とうとは想えないのです
だが、ある意味で神と向き合おうとする、聖職者らしい真摯さだとも感じられた。
ゆえに、彼女は疎まれたのかもしれない。真実と現実は、時々の狭間をの中で、妥協を強いられてくるものだからだ。
わたしの考えは、以上です。あなたと協力するのは――わたしが、わたし自身としての神と人間を、もっと知りたいと願うからです
……人間らしいな
ある意味、悩み苦しんで、己の答えを探そうとする巫女の態度は、我の知る人間らしい貪欲(どんよく)さに近しいものだと言えるのかもしれない。そう、感じられた。
まっすぐに我を見つめる、巫女の視線。紳士で真面目だからこそ、疑いや矛盾などの、うすら黒い部分が許せないのだろう。
(あやういな……)
そう感じながらも、彼女もまた我を討つ気はないようだった。
道士よ、貴様は我を討つのが目的だったのだろう?
……
お前は、理由があったはずだ。人間のなかで生きるために――我を討つが良い
道士の少女へも、答えを求め。
そして、我の言葉に道士も口を開く。
……ありがとう
だが、少女の顔には微笑みが浮かび、我へと返ってきた答えは予想外のものであり。
ここに来て、よかった
それは、どういう意味だ?
道士の少女が語る言葉の意味が、我には唐突すぎて理解できなかった。
わたしのことを、心配してくれたこと……
……ふざけているのか
ふざけていない。……嬉しかった。ただ、わたし――ううん、わたし達みたいな存在を、気にかけてくれていることに
少女の物思いにふける雰囲気は、最初に見た時から変わっていない。だが、どこか重く沈んでいた悲壮さは、少し薄れたように見えた。
その理由を、彼女は我のおかげだと言った。我が過去に成した行動を聞いたから、だと言っているのだ。
――だが、彼女の苦しみは、我が全てを管理できぬことから発生していることだ。恨まれこそすれ、感謝されることは、絶対にないはずなのだ。
我が、人間を生み出したことが――お前の、辛さを生み出したのだぞ
……でも、生まれてくる場所を、選ぶことはできない。だからわたしは、答えを求めてここへ来たの
図っていたのか、いないのか。
巫女の疑問をすくい上げるような答えで、彼女は我に答えた。
……そして、ここで得た答えは、あなたを倒すことじゃなかった。それがわかったことが、一つの始まりになる。そう、わたしには想える
ばかな……我を倒さねば、お前の居場所はなくなるのだぞ
ふふ……そんな心配をするなんて、魔王らしくない
道士の少女の微笑みに、我はいらだつ。
たかが言葉だけのことだ。我がかけたのは、我が成したちっぽけな、後悔の記憶の話だ。
――我は、彼女と同じ存在を、救うことはできなかったのだ。
なのに、彼女は微笑みを向けてくる。
かつて居場所を造ってやれなかった、記憶のなかの混血者達と同じ笑顔を。
わたしには、あなたと戦う理由は……もうない
掲げていた道術用の杖からは、もう五行の流れを感じられない。それはつまり、もう我に力を向ける必要を感じていないということだ。
……くっ
我は二人に矛を収められたことで、もう一人に視線を投げかけるしかなくなってしまった。
勇者、貴様はどうだ? 血筋、命令、富、権力、名声、解放……貴様がここに来た理由、なにかあるだろう!?
……?
勇者は、戸惑っていた。
なぜか、表情には疑問の様子が浮かんでいるように想える。
今までの受け答えが正確だったぶん、我は少し心配になってしまう。
ちょ、ちょっと待ってくれ
次いで、勇者は手元からメモ帳らしきものを取り出し、ぱらぱらとめくって視線を走らせる。
貴様、なにをしている……?
我の言葉を聞いているのかいないのか、勇者の反応は変わらず。
もう一度呼びかけようとしたとき、勇者は軽いため息を一つして、我に向き直った。
すまない、そういった理由は載っていなかった。もしあったらと、不安になったんだが
……?
ああ、まだ言ってなかったな
勇者は、自分の頭を人差し指で叩きながら、明るい声で我に告げた。
俺は……記憶が、ないんだ
なに……?
平静を装っている彼の様子からは、記憶喪失という暗さは感じとれなかった。
過去の記憶……断片的にはあるようなんだが、困ったことに忘れやすい体質でもあるみたいでね。だからこうして、メモ帳を持ち歩いているんだ
ぽんぽんと、手元のメモ帳を叩いて勇者は説明を続ける。
それに、記憶もないが、記録もない。俺がどこの誰なのか――誰も知らない
あっけらかんと、勇者は自身の出自をそう語った。我が語った、勇者が望んでいるであろうもの――それを彼は、なに一つとして持っていることはなかった。
なるほどな……
我はうなずき、理解した。記憶喪失であり、素性がしれない。ならば――と、想い浮かんだ考えが一つ。
そういうこと。俺が選ばれた理由は、二つ
勇者は我へと見えるように、右手の指を二本立てた。
一つは、消えても問題がない。素性も記憶も金もなかった俺は、もし魔族に殺されても、悲しむ者はいない
説明を終え、勇者は一つの指を折りたたむ。次いで、口を開く。
二つ……俺が、あなたを倒せるかもしれない力を、持っていそうだったから
勇者が語るには、記憶がなくなり物忘れが激しい彼に、なにをさせるべきか周囲も戸惑ったとのこと。
だが、欠けた記憶に由来するものなのか、身のこなしと周囲からの気配を感じる能力が、ずばぬけていることがわかっていったという。
勇者という肩書きは、みなを納得させるためのフェイクさ
フェイク、か……
勇者が必要だ――というのは、我らが流した噂から。
もちろん、魔族を倒した過去の者達も、そう呼ばれてはいたようだが。
我を討つ機運をあげるよう、人間の街などに出没したり、噂を流したりしていたが、そして選ばれた者が彼のような者だったのか。
だが、解せぬ
我は、しかし彼の言葉に納得がいかない部分があった。
お前が勇者として、選ばれた理由はわかる
捨て石だがね
……だが、お前はなぜそれを受け入れる? なぜ、人間達のために、我との戦いに旅だった?
――責任を、背負わされている。そのことに、彼も気づいているはずなのだが。
やはり、欠けたものを取り戻すためか。人間社会で過ごすための、名声や地位などの全てを
いや。もっと、単純な話さ
勇者の答えは、あっさりとした否定だった。
手元のメモ帳を掲げながら、勇者は我に、彼が勇者になった理由を告げた。
最初に持っていたメモ帳の最初のページに、魔王テラー……あなたの名前があったからだ
なに……?
勇者の言葉に、我は記憶を掘り起こす。
ここまでこれた彼らの力、かつて我を追っていた人間達のなかに姿があれば、覚えていても不思議ではなかった。
衰えたとはいえ、我の嗅覚や感覚は、並の魔族や人間とは比較になるものではなかったからだ。
だがふりかえっても、彼と過去に出会った記憶はなかった。容姿、性格、声、特徴、体臭、五行の流れ、癖――
そのどれもが、我の記憶に蘇ってはこない。
覚えていないようなら、その程度の存在だったのかもしれないな
勇者は笑いながら、我の無反応をそう理解したようだ。
だが、俺は、俺の過去を知りたい……そのために、勇者の肩書きをつけて、ここに来た
自分のことを、優先させるためにか?
ああ。だから、あなたに死なれては困るんだ。とりあえずの、一番の手がかりだからな
勇者が、魔王の存在を、欲するというのか
……本当は、聞きたいことを聞いたら倒す気だったけれど、そういうわけにもいかなくなったからな
勇者は大地に刺した剣に両手をかけながら、巫女と道士の少女へ視線を送る。
二人は、勇者の視線を受けて、少しうなずく。
それを見た勇者は、申し訳なさそうな様子で、我に口を開いた。
二人と同じさ。あなたは、倒そうと想うには――ちょっと親しみが、わきすぎる
……我は、魔王なのだ
それでは、あべこべだ。我は、自身の存在を彼に消してもらうために、ここへ呼び寄せたというのに。
それに、今ここであなたを倒したら――あなたのために戦っていた者達に対して、申し訳が立たなくなると想っている
もちろん、すでにわたしたちが成してしまったことが、許されるとは想っていませんが……
……水をくれたオークさん、救ってあげたかった
勇者は、真剣な表情を我に向ける。
俺は俺の、あなたにはあなたの……求めている答えが、あるはずだ。なら、その答えを探せる世界に……旅立たないか?
……
我は、一笑して、全てをふりはらおうとした。
夢物語、最初に受けたその感触は、まるで変わっていない。
彼らが語る世界は、しょせん空想のなかのものでしかない。
人間達によって管理された、小さな世界。
五行の力なくしては、水も木も土も巡らないというのに、人間達はそれを全て自分達のシステムに取り込んでいる。
造り上げた王国を神の教えとして正当化し、また拘束した五行の力を自分達の都合のよい力へと変換し続けている。
そして、自分達と異なる容姿と生態を持つ魔族を、ガス抜きのように排除し続ける。
――世界はそう成り立つような流れで動いてしまっている。
全ては、我が最初の人間を生み出した過ちから、始まってしまっているというのに。
……夢物語に、すぎん……
だが、勇者の語るその夢物語は――久しく感じていなかった、奇妙な高揚感を感じさせた。
正気か、勇者よ
あいにくと、ここにいる時間の方がまともな気がしてきている
被害が、多く出るぞ。勇者などと呼ばれることは、二度とあるまい
確かに。だが、今のまま憎み合う世界が、正しいとも想えない
……必要悪である、我がいるのだぞ?
今、この場であなたを倒しても――勇者なんてことにはならないと、わかってる
勇者の言葉は、どうやら本気のようだった。
だが、我は信じきることができなかった。
いや、信じることが――怖かった。
ふ……しょせん、人間の詭弁。もしかすると、我を騙して本当の『魔王』になろうとして、そんなことを言っているのではないか?
富、権力、名声――我を利用し、それらをつかもうと考えている。そう、疑うこともできる。
俺達の考えは、変わらない。あとは、あなたが俺達を信じるかどうかだ
ふむ……
我は少し考えた後、彼らを試すこととした。
彼らが、本当に人間相手に戦えるのか――それを確かめないことには、我もうなずくことができなかった。
そして我は、彼らを試す絶好の方法を、その身に持っていることを知っていた。
……では、我の本当の姿を見ても……そんなことが言えるか?
なに?
本当の、姿……?
……!
見せてやろう、この魔王の――非力な我の、真の姿をな!
彼らが疑いの視線を向ける中、我は今までまとっていた力を一気に放出する。
我の本体を覆っていた外装部、全身から張り出した角や触手の類が一気に粉となって崩れ落ちていく。
姿見を粉へと帰る時、砕けた力が光となって周囲にちらばり、視界を白く満たしていく。
――っ!?
勇者達が視界をふさぐのが見える。我の瞳は、周囲が白く光で満たされるなかでも、かろうじて彼らの姿を視界に収める。
次第に、光が少しずつ収まっていった時――ゆっくり、我の視界も暗がりへと慣れていく。
勇者達も、光が収まったことを感じたのだろう。顔を覆っていた両手を下げ、おそるおそる瞳を開く姿が見てとれた。
そして、開かれた彼らの視界のなかには――我の本当の姿が、あるのだった。
彼らの表情が変わり始めるタイミングを見て、我は、今までとは異なる高く柔らかい声で、ゆっくりと言葉を告げた。
この姿こそ、我の本体だ
……!
……!?
……
我が堂々とした態度で語る中、しかし彼ら三人の表情は、驚きと困惑に彩られていた。
その驚きは、なにに対してのものか。
異形の象徴としてのオーラを発していた姿が、人間そっくりの非力な少女に変化したものか。
それとも、姿に合わせて変化させていたどす黒く重い声が、巫女や道士の少女達と変わらぬような細い声に変化したことか。
それとも――魔王として感じさせていた、なけなしの威圧感がなくなってしまったことに対してか。
――彼らは、どう答えるだろうか。
これでも、お前達は……
こちらの言葉が言い終わるより早く、彼らは口を開いた。
は、裸!? しかも、女の子!?
あなたは見ちゃだめです! 着るもの、早く!
と、とりあえずわたしのローブを着て……
彼らの慌ただしくも初々しい反応を見て、我はふと想いだす。
(あぁ、そういえば、そういう反応になるのだったなぁ……)
何百年ぶりにこの姿になったから、すっかり忘れていた。周りの魔族に気を使って、ずっとあの肩が凝る姿だったからなぁ。
そう、人間というのは、自然から遠ざかった虚飾が好きなのだった。勇者達が着ている衣服にも、少しばかりながら文様などが織り込まれているのが見てとれる。
もちろん、社会を形成する上でそうした文化があることは理解できるが――暑いのだよ、服。
とはいえ、彼らの反応を見るに、やむをえない。
とりあえず、道士から渡されたローブをまとうことにする。
すまぬな
……いえ
感謝の気持ちで彼女に軽く微笑むと、彼女は少し顔を赤らめた。なぜだろうか。
ローブの予備なのか、黒い衣をまといながら、我は皮肉気に勇者達に問いかけた。
さあ、どうする勇者よ。この……人間とほとんど変わらぬ我とともに、人間達と戦う気があるのか?
実際のところ、我の力は、先ほどの魔王スタイルの時と大きくは変わらない。
だが、先ほどのような威圧感も、力の放出も、もう彼らには感じられないだろう。
言ってしまえば、こう想っているかもしれない。
――自分達と同じような姿の、同じような力の、人間みたいだと。
こんな、非力な我とでも……組むと言えるか?
――非力な人間の、オリジナルモデル。
我の本当の姿を見ながら出した、勇者の答え。
ああ。俺たちの気持ちは……変わらないよ
――この姿を見せれば、不安になるかとも想ったが。
勇者を含めた三人は、同様に頷き、微笑んだ。
そして、その反応を見て。
ふっ……
想わず、口元から軽い苦笑がもれてしまい。
我を信じたこと……後悔するなよ
――我も、希望を決めたのだった。
こちらこそ、後悔させないようにする
ふ……まさしく貴様は、『勇者』だったか。いや、『魔王』かな?
どちらでも同じだろう?
確かに、あえて茨(いばら)の道を歩もうとする者に、名など無意味か
いや、違うな。これからは……あんたも『勇者』になるんだ
勇者の言葉に高揚してしまう、この感覚。ここ数百年ほど、失われていた感触だ。
戦うのは……新たな世界のため
本当に一つになるための、な
そうして我と勇者は、うなずきあい、握手を交わした。
ところで、ええと……なんて呼べばいいかな?
呼び方?
さすがに、魔王とも、テラー殿と呼ぶわけにもいかないだろう
外見の変化を気にしているのか、勇者の雰囲気がどこか柔らかい。
我の中身はなにも変わっていないと言うのに、人間というのはとかく外見を気にするものなのだな。
ふむ。好きに呼べ、と言いたいところだが……
魔王としてふるまっていた名では、『勇者』にはふさわしくないか。それに、人間達のなかで気づかれる可能性もある。
では……と考え、我は、新たな名を彼らに告げた。
テラス――そう、呼んでくれ
わかった、テラス……これから、よろしく
三人がうなずく姿に、らしくもなく、我は自分の相好が崩れるのを感じた。
――こうして、我々はある者達に『勇者』と呼ばれ、ある者達に『魔王』と呼ばれることになるのだが……それは、また別の話だ。