……どうしよう……ひーちゃんが……


  角の生えた彼女が

  繰り返すその名前。



  確認の為に、僕は尋ねる。

ひーちゃんっていうのは、さっきの青い髪の女のひとのこと?


  彼女はこくりと頷いて

  言葉を続けた。

……ひーちゃんは、私がこの場所に来てくれた時から、ずっと傍にいてくれた。

私がなにものなのか、どんな存在なのかも教えてくれた……


  ひっくひっくとしゃくりあげて

  大粒の涙をこぼす

  彼女を支配している感情は

  恐らく『後悔』。

言葉は乱暴だけど、ひーちゃんはすごく優しいの……。
私がメソメソ泣いていても、ずっと傍にいてくれた……


  彼女の言葉によって、

  僕は一つの結論に行きつく。

――大切な……ひとなんだね


  彼女はこくりと一度だけ、

  けれど深々と頷いた。

私、どうして気が付かなかったんだろう……。


  切々と、訴えるように

  彼女は言う。

ひーちゃんは言葉にはしなくても、私のことをすごく大切にしてくれていた。

それなのにずっとメソメソ泣いてばかりで……きっと私のこと、嫌いになっちゃったよね……


  僕は顎に手をやって

  少し考えてみた。

  けれどどうやったって

  彼女の推測が

  当たっているとは思えない。

――きっと、反対だよ


  僕はにこりと微笑んで、

  もう一度彼女に

  手をさしのべた。

あの子が憤っていたのは、きっと君のことがすごくすごく大切だからさ

……?


  首を傾げる彼女の

  背中を押すように、

  僕は精一杯の

  笑顔で彼女を促す。

迎えに行こう。
君の、大切なひとを





  そして僕たちは歩き出した。

  あてどなく、

  けれど確かな足取りで。















  幸い、青い髪の彼女は

  すぐに見つかった。

…………


  膝を抱えてうずくまっている姿は、

  さっきまでの勇ましい彼女とは

  まるで別人みたいだ。

……ひーちゃん!


  角を生やした彼女が

  声をあげて駆け寄っても、

  青く澄んだ瞳は

  ずっと物憂げに

  伏せられていた。

  

――何だよ


  ぶっきらぼうに

  そう言い放ってから

  ぷいっとそっぽを向く。

お前はどうせ、そいつらといるのがいいんだろ

……っ!


  苦しげにひゅっと息を呑む

  彼女の赤い瞳が

  涙で潤んでいる。



  『泣かないで』

  『だいじょうぶ、だから』



  僕はたまらなくなって、

  彼女の背中をトン、と押した。






  おこった白いもやの上に

  膝をついて、

  角の生えた彼女は

  長くつややかな

  青い髪に顔をうずめた。

なっ……!?


  急に触れてきた感触に、

  『抱き締められているのだ』と

  理解するのが遅れたのだろう。


  数拍おいて青髪の彼女が

  かぁっと頬を赤らめた。

……ごめんね


  こみあげてくる嗚咽を

  こらえながら、

  泣き虫の彼女が

  一生懸命口を開く。

ひーちゃんは、ずっと私のそばにいてくれた。
私のこと心配して……そしてきっと、必要としてくれてたんだよね。

言葉じゃなくて態度で、伝えてくれていたんだ。
私は『いらない子』なんかじゃないって……。


  ぎゅっと抱きしめる腕に

  力を込めながら

  彼女は言った。

――お前が『いらない子』だったら、私だってそういうことになるだろ。

……だから、そんなのは、嫌だから……


  言い訳がましい言葉も、

  耳まで真っ赤にしながら

  言っていたらまるで意味が無い。

……うん


  角の生えたその子は、

  もう泣いてなどいなかった。



  青髪の彼女から身体を離して

  とびきりの笑顔を浮かべると、

  とても明るい口調で言い放つ。

……ひーちゃんは、私の大切な大切なお姫さまだよ

だぁーっ!!
クサいこと言うんじゃねぇ!!





  言い合いながら

  笑ったり怒ったりしている

  二人を見ていると、

  なぜだか僕まで

  幸せな気持ちになる。

……ふふ

よかった!


  剣闘士の彼女と

  そう言って笑いあう。






――デバッグされたデータが、自我を持ち始めている……?
まさか、ね……






  そんな僕たちが、

  ナヴィのこぼした呟きに

  気付くことはなかった。



#4  ドント・リーヴ・ミー

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