足元のもやを

  不思議そうに眺める

  『友人』を横目に

  僕はなおも歩を進める。

私達はどこへ行くの?

どこにも。
あるいはどこにでも


  おきまりの質問に

  ナヴィは相も変わらず

  不可解な言葉で答えた。


  首を傾げている彼女に

  僕は助け舟を出す。

気にしないで。
どうやらいつもこうみたいだから


  それでも

  納得いかないらしい彼女は

  しばらく顔を

  しかめていたけれど、

  すぐにそんなことをしている

  余裕はなくなった。





  どこか遠いところから、

  か細い誰かの泣き声が

  聞こえてきたからだ。





  僕たちは足を速めて

  声のする方へと向かった。

うぇ……ひっく……

うるせぇんだよ!
びぃびぃびぃびぃ泣きやがって!!


  うずくまって泣いている

  角の生えた女性を、

  青い髪をした連れ合いが

  叱咤している。

なにもそんな風に言うことないじゃないか


  思わず口を出した僕を、

  青い髪の女性が睨む。

るせぇな!
部外者はすっこんでろ!


  とてもきれいな

  顔立ちをしているのに、

  言葉遣いはとても乱暴だ。

部外者なんてことはないよ、コード1J12。
彼らも君たちと同じ、なりそこないさ


  ナヴィのその言葉に、

  角の生えた女性は

  よりいっそう大きな声をあげて

  泣きだす。

やっぱり……やっぱりそうなんだ……。
私はいらない子で……消えちゃう運命なんだ……!!


  ぽろぽろと涙をこぼす

  彼女を見て、

  青い髪のひとは頭を抱えた。

だぁ~っ!!
余計に泣かせてどうすんだよ!!


  美しいドレスの裾を翻しながら

  地団太を踏む彼女も、

  角をはやして

  いかにも邪悪に

  爪を伸ばしている彼女も

  僕たちと同じように、

  『ただ消えるのを

   待つ存在』なんだ。

……本当に?


  思わず疑問が口をついた。

……本当に君は、いらない子なの?

……?


  涙で潤んだ褐色の瞳が

  じっと僕のことを見つめる。

僕は、君に会えて嬉しかった。
だって僕たちは『同じ』だから。
『仲間』だから。

だから君は、必要な子だよ。
少なくとも、僕……ううん、僕たちにとってはね。


  僕はそう言って微笑みながら、

  隣で佇む赤髪の彼女を見つめた。

私もさっきまで、泣いてばかりだったわ。
でも気付いたの。
それは『お前は泣き虫だ』って無理やり決めつけられていたからだって。


  彼女の言葉に

  深く頷いてから

  僕は言った。

きっと……多分だけど、僕らは自分で自分を『定義づける』ことができる。

君がいらない子なのか、そうじゃないのか、決めるのは他でもない君自身だ


  そう言って僕は、

  泣き腫らした目をした

  彼女に右手を差しのべた。

自分で……自分を、定義づける……


  彼女はその長い爪で

  僕に傷を

  つけないようにしながら、

  恐る恐る手を伸ばした。

――私は……『必要』


  その頬をぽろりと伝った滴が、

  最後の涙となったようだった。

  固い蕾がふっとほころんだような

  彼女の笑みはとても魅力的で、

  その顔が見られただけで、

  僕は「あぁ、良かった」と

  心から思うことができる。

……ふふ


  思わず小さな笑みがこぼれた。

  角の生えた彼女も、

  同じように笑っていた。

……んだよ……っ!!


  しかし穏やかな時間が

  続いたのは、

  青い髪の女性がそうやって

  声を荒げるまでの間だけだった。

んなの……!
今まで必死こいてた私が馬鹿みたいじゃねぇか……っ!!


  彼女はそう言って、

  僕たちがいるのとは

  反対方向に走って行った。

ひーちゃん!!


  角の生えた女性の

  悲痛な呼び声が響く中、

  大きく揺れる青い人影は、

  どこへともなく消えていった。



  角の生えた彼女は、

  なにかとんでもなく重大な

  過ちをおかしてしまった

  というような顔で

  呆然としている。

…………

  困り果てて

  呆然と視線をさまよわせる

  僕たちをよそに、

  ナヴィだけが

  ひどく興味深げに、

  青い髪の彼女が消えた方向を

  眺めていた。




#3  アイ・ニード・ユー

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