―ソーリヨイの街・中央街区―
―ソーリヨイの街・中央街区―
ソーリヨイの街の人々は逞しい。
否、生きる人は皆強いとソートクは実感していた。
野盗の襲撃から二度目の朝を迎える頃には、人々の活気は十分戻っているのである。
西街区の被害は大きい。
しかし、前に進まなければならないことを知っている人々は、昨日一日をフルに使って瓦礫を撤去していた。
もちろん自分も手伝いには応じた。
自警団や諸々の軍の力を借りて、復興に尽くしていた。
復興作業に尽力している姿を美少女に見せようとしたのだがな……
瓦礫の撤去作業は屈強な男の仕事であったな
力仕事に自信がある美少女がいれば、その筋肉美を堪能するのもまた一興だと思ったのだがな
瓦礫の撤去作業に、積極的に参加する女性は残念ながらいない。
炊き出し班として参加していたのかもしれないが、撤去作業に精を尽くしていたせいで探せなかった。
だが、帰り道に美少女と出会えたのは僥倖であった。
あっ!
女たらしの勇者だニャ!!
ああ、酒場のネコ娘か
無事で何よりだ
家は、西街区じゃなかったからニャ……
店主は無事だったけど――
お店は焼かれちゃってたニャ
……
命があるだけ良かったと言うのは、慰めにならんか……
行くところが無ければ、俺と共に来ないか?
お前の顔には、太鼓判を押しているのだ
ニャ、ニャア……
けれど、断るニャ……
出稼ぎにこの街に来てもう十年近くニャ……
一度故郷に戻って家族や仲間たちに顔を見せたいのニャ
そうか。
遠くの家族を憂い、無事を伝え顔を見せる。
これを孝行と言わずして何と言うか。
家族を想う獣人をどうして止められる
そ、そんな大げさニャ……
でも……里帰りが済んだら考えておくにゃ
そうか。
お前の言った通り、俺は少し変わっているらしい。騎士にも言われてしまった
少し?
だがそれ故に、噂には事欠かん。もし俺に侍る気があるのなら噂を頼りにすると良い
わかったニャ!!
それじゃ、またニャ!!
昨日、日没まで行った撤去作業の労も、あの獣人と出会えたことで報われたと思うのだ。
最後に獣人の名前だけ聞いたが、いつかまた彼女の名を呼びたいと思い別れた。
惜しい人材であるが、事情が事情だ。
あの場での無理強いは、自分の美学に反する。
それに、今の俺には……
思い出すのは、一昨日。
野盗の魔物どもを共に蹴散らした三人の美少女だ。
騎士然の美少女に、剣闘士の美少女に、魔法使いの美少女。
彼女たちのパーティは理想的な編成であった。
編成も何もない一騎当千ぶりだったがな……
剣闘士は、その職名に冠されているのに、腰に携えた剣を使わなかった。
背中に背負った大斧も使わず、片手に持った少し大きめの手斧(戦斧とも呼ぶ)を振り回していたところを見るに、まだ本気ではないのだろう。
魔法使いも、後方から無尽蔵に魔法を繰り出していた。
魔法自体はどれも初級レベルのものしか使っていない。
しかし、並の魔法使いでは話す事すら出来ないと言われている、守護精霊を使役している魔法使いだ。弱いわけがない。
治療された左腕も完治していないと聞いていたが、左腕が支障をきたすことは微塵も無かったということは、一昨日の時点で快復していたのだろう。
騎士然の女性が直に戦う姿は見ていない。だが、女性でありながら百の魔物を相手に怯むどころか、立派な啖呵を切っていた。
不屈の闘志が見て取れる。あの場は剣しか持っていなかったが、槍術にも長けていると言っていた。
ああいった強さの中に気品を忍ばせる人間は、自分の実力に嘘はつかない。期待していいだろう。
やはりあの三人は(多少騎士は劣るものの)、相当な実力者であることが伺える
だが、そんなことは二の次よ……
普通、同行する旅の仲間の判断基準は、その実力の強弱が何よりも優先される。
そう考えると、あの三人は規格外の強さを持っていると言ってもいい。
しかし、ソートクにとっては あの三人がどれほど強かろうと、仲間にする判断材料にはならなかった。
早い話が、あの三人が、理性の無いスライム相手に勝てないくらい弱くてもいいのだ。
村人A的存在であってもいいのだ。
ソートクが提示する条件は強弱ではない。
美少女であればいい!!
それが、ソートクにとって唯一の、そして絶対の条件であった。
あの三人は相当な美貌を持っている。
それでいて、身体つきもいい。
総じて申し分ない美少女だ。
俺の序章を飾る華にしては、いささか過剰だ。
贅沢である。
美少女のハーレムがこれで完遂している可能性もある。
だが、まだだ。
ソートクの目指す先は二、三人の美少女を侍らすことではない。
俺は、百単位の美少女を手中に収める!!
それこそが、ソートクの揺るぎない野望であり、生き様であった。
その第一歩として、あの三人は実に優秀である。
自分には間違いなく、手に余る逸材であろう。
それが大した労も無く、仲間となってくれるのだから、幸先のよいスタートを切ったと言えよう。
無論、魔物の討伐も行うがな
ソートクとて、この世を憂えている一人だ。
美少女ハーレムなど、勇者でなくとも出来る。
だが、自分は勇者だ。
魔物を討伐することで、世界に平和が訪れるというのであればやらない理由は無いのだ。
それぐらいの使命感も持っている。
あの騎士は、どうもそこを勘違いしているように思えた。
あくまで優先順位の問題であった。
美少女ハーレム>世界平和なだけだ。
さて……待ち合わせはこの辺りだったかな
日差しが丁度真上から照らされる頃。
中央街区と北街区の半ばにある宿が連なった通り。
ソーリヨイの街が栄えているのを象徴するかのように、宿泊客が多くいる。
宿の主人と値段交渉をしている声――
宿泊客に歩み寄り、商品を売りつけようとする商人の声――
宿に備え付けられている厩舎からは頻繁に馬の嘶き――。
中々に賑わっており、待ち合わせ場所には不向きであった。
とある宿の前であの美少女三人は待っているとのことだったのだが――
宿の目印を聞いておけばよかったか……?
意外にも多く連なっている宿。
彼女たちから宿泊先の目印も聞いていなかったのを思い出す。
これでは探すのに時間が掛かるかと思っていた。
しかし、目的の人物は直ぐに見つかった。
おや……
だろ、そーだろ!!
このご時世に斧を敢えて選んでるんだよオレはよ!!
斧使うやつぁ少なくなっちまったからなぁ。
にしてもでかいなぁ……
だろぉ?
重さはデーモンコング三匹分はあるんだぜ?
はっはっは。
そんなの持てるわけねぇだろ、からかうんじゃねぇよ
なら試しに持ってみるか?
急性腰椎捻挫は避けられねぇぜ?
あと刃には触んなよ?
上物の皮革の布でカバーしてっけど刺さるぜ
ヌゥ……ワレヲ……ミツメルナ!!
すげぇな!!
本物の妖精じゃねぇか!!
正確には精霊さんですよぉ
主……ワレ……ハズカシイ!!
もう少しぃ、人に慣れなさい〜
しばらく。
と言っても一昨日会ったか
おう、ソートク!
はえーじゃねぇか
今日から宜しくお願いしますねぇ〜
既に準備を終えている人間が何を言うか。
待たせてしまったのは俺だ。
しかし……
あん?
宿の目印は建物に無く、宿泊客にあり――。
だな。
美少女が宿泊しているだけで名物になりそうだな
お、おう……
相変わらずストレートですねぇ
どんなに言葉を垂れ流しても美少女の良さは語り尽くせないのだ。
褒め言葉とは、そんなやるせない男の精一杯の抵抗だ。
無論、人を選んで言うぞ?
もう一人は抵抗を強く示しているようだからな。
パッフさんですかぁ?
アイツは真面目だからな。
浮ついたセリフにゃあ慣れてないんだよ
浮ついたセリフでは無い。
地に足付く確かな事実だ。
それでも、あんたの野望には、最後まで渋っていたぜ?
……
だから姿が見えないのか……?
どうでしょうねぇ……
仲間ではありますがぁ、最後の決断はぁ、個々の自由に任せておりますのでぇ
意外にドライなのだな……
このご時世だからなぁ
それに仲間っていっても一週間程度の関係なんだなコレが
そうか……
意外に短い付き合いだったのだな
出会いと別れが毎日のように繰り返される世の中だからな。別段不思議じゃねぇよ
むしろぉ、勇者不在のメンバーではぁ、一週間の付き合いは長い方かもしれませんねぇ
『深緑の地』であればぁ、キャラバンでも歩けますしぃ……。野盗は例外ですけどねぇ
なるほど……
で、あればあの騎士はここでお別れか……
『元』騎士です
おおっ、びっくりした
確かに短い付き合いだけどよ……
この程度で違える仲ではありませんよぉ〜?
と、言うわけです。
御身には命を助けて頂いた礼もあります。
パッフ〜?
それは胸触らせてチャラにしたろ?
俺もそれで、帳尻を合わせたのだと思ったが?
触らせたわけではありません!!
ならぁ、恩返しで仲間になるのは違いますよねぇ?
……
私は、御身の野望を認めません
……
勇者がハーレムを作りたいなど言語道断です
勇者が世界平和を二の次に、己の欲求を満たそうとするなど……!!
……
そう考えてましたし、その考えは変わりません。
変わらないのか
変わんねぇのか
変わらないんですねぇ
ですが、ある女性に「肩の力を抜け」と言われました
「肩の力を抜く」。
言葉の意味は解ります。
しかし、具体的にどうすればいいのか、悩みました。
そういうことを考えないのがぁ、肩の力を抜くことなんですけどねぇ
とりあえず、無心になって御身について考えました……
考えてんなら無心じゃねぇよな……?
その過程で、私は一つのことに気づきました。
私は散々、御身が勇者であること認めないと言っていましたが……
その実、勇者とは なんなのかを知らないと
流言、他聞に任せて目の前の勇者を知ろうともしなかったのではないか、と。
……
この人と魔が争う混迷たる世を救えるのは誰か。
腕に名のある武人か――。
博識たる魔法使いか――。
豪傑の集まる強国か――。
それらを凌駕するエルエット大教会か――。
あるいは勇者なのか――。
そもそも勇者とは一体なんなのか
勇者も一人の人間であるなら、そもそも勇者とはいなくても良いのではないか。
『元』騎士である私は知りたい――
今まで仕えてきた国家では成し得なかったことを、成し得る勇者という存在を――
私は知りたいのです
そのために……
御身に同行いたします
……
パッフ、お前……
パッフさん……
そして私は勇者であるこの方に――
なげぇよ!!
ですぅ……
は、はい?
聞く身にもなれよ。
ただただ、なげぇよ!!
なげぇの一言に尽きるぜ!!
で、ですがっ。一日考えたんですよっ!?
動機や道理を判明させないと、今後の旅に支障が――
すでに支障が出てますよぉ……
それにぃ、話の長い人ってぇ、大抵 大した話をしてないんですよぉ?
え?
そういう形で全否定されちゃいます私!?
まぁ、二人とも。
確かに話は長いが、言いたいことは理解できた。
なんとなく……
何となくでは困るのです!!
だぁ!!
まどろっこしいなぁ!!
パッフ!!
行くのか、行かないのか!?
一秒で!!
え? 一秒……
い、行きます行きます!!
なら、話は決まった!!
ソートク、決めてくれ!!
良し!!
『ならば契りむすばん』
それって、『竜滅乙女戦記』のアレですか?
懐かしいですねぇ、子供の頃よく読んでましたぁ
でもアレ、女児向けの幻想譚だよな?
呼んでいたとも――
美少女が出ていたからな!!
あー(納得)
あー(合点)
あー(理解)
ま、お前さんらしいか
ですねぇ
了承とは ほど遠いですがね……
行くぞ――
勇者、ソートク!!
剣闘士、パッフ!!
魔法使い、シュー。
も、元騎士、パッフ!!
所詮、この世は一期一会!!
明日に離れ、その道 違えることがあっても――
例え、恨み傷付けあうことがあっても、ともに過ごす時は――
互いを父のように頼り、母のように甘え〜
血は通わずとも、不滅の絆で結ばれん!!
でしたっけ……? で、この後、どうするんでしたっけ?
利き腕を突き出すんだよ!!
突き出された利き腕は、右腕が四本。
本来武器を持つ利き手
それを惜しげなく見せ、ぶつかり合わす。
そして、己の武を分かち、託す。
一蓮托生の意がそこに込められるのだ。
今ここに、永久の誼を誓わん!!
衝突した拳同士の鈍いながらも、良く響く快音と。
これまた良く響く勇者の高らかな声。
この二つの音が重なり。
ソートクの旅の始まりを祝福する鐘となる。
心地よいとは言い難い恩恵の音色。
だが、ソートクの顔は晴れ晴れとしていた
……――