突然喋り出した謎の声。
自らをゲームマスターと名乗るそれは、彼らに不安と恐怖の種を植え付ける。
ここに至るまでの理由と、経緯の説明をいきいきと語る。
デスゲームに参加させられると聞かされ、案の定、怒号が飛び交った。
怒鳴らなかったとしても、次第に焦りや怯えを見せる参加者とされた私達。
今、参加者の中では四つの流れがあると私は考える。
理屈的に不可能な全体の協調性を重視して、敵と味方を作ってしまう流れ。
一人で生き残る為に全てを敵に回し孤立する流れ。
ただ怯えるだけで、犠牲になるのは時間の問題な流れ。
如何に現実的に、この場から脱出できるかを考える流れ。
私は孤立をする流れだ。
私には脱出を必要ない。
然し生き残る態度は見せないといけないなら孤立する分、リスクは高まるがこれ以外にはない。
仮に、放っておいて誰かに殺されたとしてもそれならそれでもいい。
元々、私はゲーム内で死ぬ。それが望みだ。
だが、誰かの希望のために死ぬつもりも毛頭ない。
私の生命の行く末は私が決める。
私は私の望みの為に人を殺すと決めた。
この生命は私のものだ。
私が誰かの贄になることはない。
私の為に他人の生命を贄に私がしたとしても。
で、元からこの性格に協調性はない。
通院の関係で、ぼっちだった私が人と接するのはあくまで病院関係のみだったから交友関係は極めて狭く、しかも浅い。
……家族とだって仲の悪かった私だ。
命懸けのこの状況、誰と共闘するなどありえない。

ゲームマスター

それじゃ、ここでの生活ルールを説明するよ

ゲームマスターは全部こっちの訴えを放置して続ける。
この中で行われる事は、全て外の世界に漏らされることはない。
ゲームをしている最中は、あくまでゲームのルールに従い行うこと。
あらゆる暴力行為を禁じる。
ゲームの投票以外で人を殺すことを禁じる。
その他、倫理に反することは禁止する。
ゲームマスターに歯向かったりゲームの進行を妨げると違反で粛清する。
違反した場合、ゲーム外唯一の死を受けることになるだろう。
言外に、きっと誰もが嫌でも理解した。
生殺与奪は奴に奪われていると。
その他細かいことをいくつも言い、雁字搦めにしていくゲームマスター。
どの口がそんなことを言うのか思うが。

ゲームマスター

だからね、18番のキミ

ゲームマスターは仲間のくせに、私の番号を態とらしく呼んだ。

ゲームマスター

さっきのはルールを説明する前だから多目にみるけど……次はないよ

念を押すように言う。要するに、形だけの脅しだ。
どうせ、盛り上げをしたから内心喜んでるくせに、バレないように装いをしないといけない。互いに面倒な立場だ。
私は極めて冷静を装い、言い返す。

真澄

分かっているわよ

周りは、私が目を付けられたのをざまあみろという顔で見ている。
その通りだ。目を付けられたのはデメリットでしかない。
……普通なら、だけれど。
生憎と私は奴と共犯している。
だから、デメリットもない。意味の無い言葉。

ゲームマスター

ルールはこんなところかな?さて、次はゲームのルールを説明しようか

ゲームマスターが、そうしてゲームの内容を切り出した。
ゲームは人狼ゲーム。
ルールは基本的に同じで、村人陣営と狼陣営に分かれて争う。
勝敗は言うまでもなく、狼か村人の全滅。
ただ、ここからが特別ルールだった。
特殊勝利として、村人陣営の『探偵』という役職が全滅しても、狼陣営の勝利だという。
これは村人陣営の唯一の攻撃の役職で、これを失うとほぼ勝ち目がないので、全滅次第でゲームは終了だという。
それ以上続けると、ゲームとしては成り立たず、ただの殺し合いで面白くないと笑いながらゲームマスターは言う。
更に、陣営関係なく最後まで生き残っていた場合は、無条件で勝利となり解放される。
つまりチームプレイでありながら、時には仲間を裏切り生き残る努力をすれば、それはそれでルールとして認められる。
……明らかな内部の裏切りを前提とした勝利条件。
暗に、自分が助かりたければ仲間を売れと言っているのだ。

ゲームマスター

それじゃ、次は役職について説明するよ

往々と説明されみな、流石に口を挟まず静粛に聞いている。
役職は全部で10種類。
随分と多い気がするが、特殊な人狼ゲームだというし、それはツッコミを入れないでおこう。
村人には『探偵』、『狩人』、『警備兵』という三つが。
狼には『殺人犯』、『テロリスト』、『内通者』の三つ。
そしてどちらにも加勢しない第三に『村長』と『ストーカー』があるという。
……かなり内部は複雑になるだろう。
役職が多い分、動きも複雑化して、読み合いが困難になる。
疑心暗鬼が渦巻くのを加速させる。
村人は言うまでもなく、何もできない。特殊な能力がなく、ただ誰を信じ、誰を見限るかだけを考えればいい、ある種一番楽な役職だ。
狼はその逆、誰を殺すかを念入りに考えないといけないし、昼間は潜伏するのに神経を使う。
夜に一人、投票で集まった人間を殺せる。
投票がばらけた場合は失敗し、襲撃ができなくなる。
特殊な役職も説明される。
『探偵』はいうなれば占い師。
夜に一度、他の人の役職を調査することができる。
調査された相手は分からず、内通者とストーカーを省いた全ての役職を見抜くことができる。
その情報は仲間の相棒と共通できる、村人の唯一の攻撃手段。
ただし殺されると攻撃手段を村人は失い負けが決定するので、注意が必要。
『狩人』は夜に、狼の襲撃から選んだ相手を守ることができる。
自分を選択することは不可能。自分が襲撃された場合は死ぬ。
狩人が無効化出来るのは狼の襲撃のみ。
殺人犯とテロリストとストーカーの攻撃は無効化出来ない。
更に狩人が守護していた相手がいるとき殺しにかかった場合のみ、守護対象と共倒れすることができる。
その時守られた相手は有無を言わさず共に死ぬことになるのだ。
『警備兵』はその逆で、夜に一人だけ、他者を狼以外の襲撃から防ぐことができる。
自身は狼に狙われても死なないで弾き返す鉄壁っぷり。
殺人犯やテロリストには自分が狙われた場合は死ぬ。
狩人よりは若干打たれ強いようだ。
倒れるときに、守った相手がいたら共倒れするのは狩人と変わらない。

真澄

つまりは、村人には中立の護りが二つに攻撃が一つ
それぞれが狼と他をわけて護るということね……

村人の護りは通常の人狼ゲームの単純に倍加。
二つもあるだけに、かなり狼側には不利になる。
しかも共倒れのリスクもあるとくれば、及び腰になるのも納得出来る。
迂闊に攻撃して、もしもそれが自分を護衛していれば自分ごと死ぬのだから。護りでありながら死と引き換えに攻撃もできる。
中々に厄介だ。

次に説明されたのは、狼陣営の役職。
『殺人犯』は、夜に一度選んだ人を殺せる。
狼は全員一致で殺せるのに対し、殺人犯は単独で動ける。
無論、殺す相手は全てがグレー。間違って狼を殺す場合もありえる。
殺人犯に狙われた場合、相手の陣営関係なく防御なしでは死ぬ。
一部を除いて。
言うまでもなく、狼の場合も然り。
狼に狙われた殺人犯は守らないと問答無用に死ぬ。
殺人犯は探偵に調査されると狼陣営だとバレて、翌朝バラされる。
調査を回避することは不可能。その分、単独の殺しが可能である。
『テロリスト』も効果は全く同じ。
夜に一度人を殺せる。グレーの状態で。
ただしテロリストの場合、相手が狼陣営とストーカーだったら諸共死に、巻き添えで自爆して自分も死ぬ。
その場合も、相手の共倒れは回避できない。
テロリストも調査された場合は黒と判定される。
『内通者』は少々特殊。
昼間に内通者は一人だけ、自分以外を調べることができる。
大雑把だが白か黒かを判別し、黒なら狼、白なら村人陣営と判断でき、詳しいことは分からない。
そして、任意のタイミングで自動的に狼陣営に、その情報を送る。
送られる相手は、テロリスト、殺人犯、狼。
なおこれは何度でも、生きている限り可能。
探偵の調査を唯一回避出来、村人と判定される。

真澄

成程
狼陣営の基盤は、内通者の齎す情報……
情報戦では明らかに不利ね……

狼陣営の攻撃は全てグレー……相手はどっちなのか分からない。
殺してから判別しているのでは既に手遅れ。
狼はどうやら互いを認識できるので自爆はないようだが、ほかの三つを攻撃すれば、それだけで三つもある攻撃チャンスを自ら潰す。
唯一のアドバンテージである一つ分の攻撃を潰せば、護りきられてバレ、吊るされて即刻負ける。
このゲーム、一見すると狼の方が有利に見えるが、実は村人の方が若干有利だ。
勝利条件は確かに狼の方が多い。
だが、その分情報戦では圧倒的に不利に立たされ、攻撃するチャンスは多いけれどそれも不確かなリスキーな状態でしか攻撃できない。
村人はゆっくりとだが確実に仕留めていく方法が取れる。
確実性でいえば村人が有利で、判別してから吊るせば一人ずつ葬っていける。
堅実な村人と、博打な狼。
……一筋縄ではいかなそうだ。

最後に、ゲームマスターは第三の役職を明かす。
これを聞いたとき、私も耳を疑った。
その二つは、明らかにゲームバランスを無視している役職だったのだ。
『村長』は自分だけ生き残るのが目的の役職。
実にチートな自分への昼間の投票を無制限で無効化できる小癪な能力を持つ。
ただしこれを使うとすぐにバレるリスクもある。
更に夜、敵陣営に襲われた場合、他のグレーに対象をすり替え犠牲にしてまで自分が生き残ることも可能。
尤も、狩人と警備兵に守られた相手は出来ず、しかもやった場合はその二つに敵として反撃され殺される。
失敗すると自滅の可能性がある。
ただ、陣営を選ばないのでうまくいけば攻撃転化も可能。
守られているのが自分の場合は、その二つを盾にするので二つに巻き込まれて死ぬ。
『ストーカー』が何気に一番厄介かもしれない。
最初に、相手を一人選ぶ。
次の夜にもう一人選ぶ。
生きている場合は一人を護衛できる役職を複合した万能な護りをできる。
ただし一度決めたら相手の変更はできない。
死んだ場合、選んだ二人のうち、片方を直ぐ様殺して、もう一人を死してなお自動的に最後まで守護するという凄まじい能力を持つ。
自らの死をトリガーに、そいつに自動ガードが付くということになる。
ストーカーに守護された相手は、狼陣営が襲ってきても有無を言わさず逆襲して追い払い、守護しようものならそれも追い払い、すり替えをされたらそれは殺し、昼間の投票も自動で無効化するという神懸かりのような補正を受ける。
まさにチート。
こいつに守られれば、自動的にゲームは勝ちになる。
……ただし、ストーカーが死に守護されれば、だが……。

真澄

そんなバカな……!?
中立の役職はゲームに関係ないじゃないっ!

ストーカーも村長もきっと、ゲームを混乱させて分裂を急がせるための役職に過ぎない。
リスクが高い割に、狼陣営にも村人陣営にも殺しても殆ど意味の無い村長。
生かしても殺しても厄介なストーカー。
この役職を引いた人間は、生き残る可能性がかなり高いだろう。
両陣営は、こいつらを忌避するだろうから。手を出したくないのだ。
吊るすにしろ、襲うにしろ、メリットが全くないうえにむしろそうすると不利になる可能性が高い。

ここで私は初めて、ゲームマスターを含めて全ての観客に対して嫌悪感を抱いた。

真澄

ゲスな真似を……

奴らは性根が腐っている。
そこまでして私達参加者に殺し合いをさせたいらしい。
いくら生きることを諦めている私だとしても、死ぬために人を殺すつもりでいても、流石に人が生の殺し合いをしていて笑って見ていられるほど異常なつもりはない。
余程観客は娯楽に飢えているようだ。
……まあ嫌悪感を抱いても、一瞬で終わる。
共犯者になるのは自分で言い出したことだし、見ている連中は他人に過ぎない。
他のバカがどう思おうが、私には関係ない。

私以外の参加者たちは当然一斉に抗議するが、ゲームマスターの一喝で黙らざるを得なかった。

ゲームマスター

いいかい、キミ達は僕に命を握られているんだ
そのことを踏まえた上で文句を言うのならいい
そいつは、とっとと死んでもらうだけさ
僕はキミ達を殺そうが生かそうが勝手なんだ
死にたくなければ言うことを聞きたまえ
このゲームは甘いほうだよ?
なにせルールを破らない限りは僕はキミたらを殺さないからね
破れば殺すけど

その言葉に口を閉ざす参加者たち。
嫌悪を浮かべたり、悔しそうに歯噛みしたり、地団駄を踏んだり、拳を握ったり、様々な反感の想いが漏れている。
そんな中、私はまたも一人で動く。

真澄

……そうね
あんたの言うとおりにすれば、少なくても……無駄な死のリスクを軽減されるのなら……私はそのゲーム、やってあげるよ

私は19の参加者を残して、参加を表明した。
ここで私の役目は、一番最初に参加を言い出し流れを作ること。
誰かがやると言い出せば、他の人間も流れを乗せやすくなる。
他の連中が私を見る。信じられないような目。そうだ、それでいい。
私はその視線を睨みつけて、言う。

真澄

悪いけどね、私はこんなとこで死にたくないの!
こいつら殺して出られるって言うなら、殺して出てやろうじゃない!
どうせここでやったこと、外に漏れないんでしょ!?
だったら人でも何でも殺してやるわよっ!
殺されるよりも殺したほうがマシ!
私はあんたらを殺してでも外に出るッ!!
死にたくないんだったら、そうするしかないでしょう!?

ここで免罪符を私は口にした。
――死にたくないなら人を殺すしかない。
――ここで行われることは外には出ない。
この二つは、殺人ゲームを正当化するには十分だ。
黙っていれば、表に出ても生きていける。
死にたくないから、他人を犠牲にしても仕方ない。
殺さなければ、生きていけないゲームだということは十分理解できているハズだ。
勝たなければ、生き残らなければ、意味がない。

真澄

必要なら何人でも殺してやるっ!
殺してこっから絶対に私は外に出るんだっ!
こんなとこで、死んでたまるかっ!!

喚き散らすように叫び、同時に演技でゲホゲホと咳き込む。
我ながら、病院で見てきた経験が活かされた。
こういう風に多少わざとらしくても、それを裏付ける何かがあれば、人間は呆気なく信じるものだ。
口元を手で覆い、嗚咽を堪えるように、胸も押さえる。
私の行動を理解したのか、ゲームマスターがフォローした。

ゲームマスター

ああ、そういえば18番のキミ……確か、難病を患っているってね?
もうそんなに先が長くないって言うけど……そこまで死にたくないのかい?

真澄

はぁ……はぁ……っ!
そうよ……私は……もうすぐほっといても死ぬよ……っ!
だからって、こんなところで……死んでいい理由になんか……なってたまるか……っ!

苦しそうに、左胸を押さえた私は、噛み付くように叫ぶ。

真澄

私はいつ死んだっておかしくはないけど……だから死にたくないんだよっ!
みっともなくても、カッコ悪くても、間違っていても、人を蹴落しても、そうしてでも、私は生きたい!
死にたくないんだっ!! 
理不尽な理由は……もうたくさんなのっ!!

ゲームマスターももっていた偏見、先入観を周りに印象づける。
病気を持つ人間は、みっともなくも生に縋る。
そういう思い込みを、刷り込みをさせておけば良い。
いつも死に近いから、死の恐怖を知っているから、形振り構わずしがみつく。
本当はその逆。知っているから、早く楽になりたい。
全てを終わらせたい。そういう終末な考え方もいる。
私は、そういう考え方だ。生きたくない。
でも興醒めさせないために、私は嘘をつく。

真澄

私以外が、死ねばいいんだ……っ!
誰かを殺してでも、私は生き残るっ!

涙を流しながら必死さをアピールしておけば、もう私が多少非道な事を言っても、納得は出来るだろう。
こんな時、すぐ嘘泣きができるというしょうもない特技が活かされた。
人生、持っていて損なものはあまりない。
周りの印象は『死にたくないから手段を選ばない女』になるはずだ。
全部死にたくないから何でもする。
それが、見た感じの私。
本性は死にたいから何でもする、の間違いだけれど。

こうして、ゲームは始まった。
私という『共犯者』がいる、人狼ゲームが。

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