―ソーリヨイの街・某宿―

ソーリヨイの街に日が上る。

やわらかな熱を持った日差しが、街全体を覆う。

中央街区と北街区の中間にある宿も例外ではない。

小窓から日が差し込み、風がベッドを撫でる。

風に撫でられて、金糸のような髪が踊る。

流される髪は悪戯をするかのように顔に張り付いてくる。

睡眠を邪魔される形で、その髪の持ち主は目を覚ました。

パッフ

ん……。
朝ですか……?

元騎士・パッフ。

朝は決して弱くはない。

むしろ、幼少期からずっと勤てきた騎士団生活では日の出前に馬を駆っていたことを考えると、朝に強い方だと自負している。

それでも、上半身だけしか起こせず、寝ぼけまなこを擦すりもしない。

昨日の疲れもある。

何体と相手したか覚えてはいないが、魔物と生死のやり取りをしたのだ。

手の平には細かい傷があるし、足には打撲の跡もある。

決して、一回の就寝で癒える疲労ではなかった。

だが、目の下にクマが出来ている理由はそれだけではなかった。

パッフ

本当に、あの勇者殿と一緒に行くつもりですか……?

呟くように確認したのは、昨日自分を助けてくれた勇者のこと。

命を助けてくれたし、何より、世界の救世主となる可能性を秘めた勇者である。

自らが侍り、世界を魔の手から救う手助けを行うに当たって、これほど適した人はいないと思っていた。

しかし――。

パッフ

ハーレムを望む変態だったなんて……

ゼリィ

不服かい?

パッフ

まぁ……。
歓迎すべき相手ではないと思っていますが……

先に起きて、宿の主から提供された麦パンを頬張っているのは、旅の仲間である女戦士だ。

仲間になって日は浅い。

だが、彼女が相当の実力者であることと、素性こそ不明であるものの、信用に足る相手であることは知っている。

ベッドから起き、顔を洗ったところで、彼女からパンを一つもらう。

食べながら話す内容は一つしかない。

パッフ

本当にあの御仁でよろしいので?

ゼリィ

なんだ?
胸触られたこと気にしてんのか?

パッフ

き、きにしてません!?

パッフ

私が言っていることは、あの人の野望です!!

パッフ

世界を魔の手から救う勇者が、一言目には自らの私利私欲ですよ!?

パッフ

どんなに言葉を見繕っていても、おおよそ勇者であるとは考えられません!!

ゼリィ

まぁ言いたいことはわかるがよ

ゼリィ

次いつこの街に勇者が来るかわかったもんじゃねぇ

ゼリィ

知らないわけないだろ?
この大陸の勇者の数

パッフ

そ、それは……

聖六角大陸『ヘキサポリス』

今、自分がいる大陸は最も南に位置する通称『深緑の大地』

六つの大陸の中では、魔物の活動が穏やかである。

昨夜の魔物による襲撃が『深緑の大地』全土に多少の衝撃を与えるくらいには、平和に慣れている大陸であるのだ。

他の大陸であれば、割と日常的なことである。

だからこの場を拠点としている勇者は少ない。

この大陸で活動するよりも、他大陸を拠点とした方が理に適っているのである。

事実、自分がこのソーリヨイの街に意味も無く五日間も滞在したのもそれが理由である。

ゼリィ

この街の自警団も、昨日はほぼ機能していなかったし、国軍か連合軍にも声を掛けなきゃならん。

ゼリィ

今頃自警団が、救助活動なんかしてるらしいな。
エルエット大教会もそろそろ到着するだろ

パッフ

では、シューさんが見られないのは……?

ゼリィ

怪我人に有料で、魔法治療。

ゼリィ

同業者がいないから最低料金で済ませられるって喜んでたぜ?

ゼリィ

それでも無償にしないところが、シューの大人なところだぜ

パッフ

まぁ、余程のことが無いかぎり、代価を頂戴するのは悪いことではありません

パッフ

瓦礫の撤去くらいは出来るでしょうし、私も行きます。

ゼリィ

あんまし無茶はすんなよ?
もう宿には明日出発するって話付けちゃったからよ

パッフ

……

パッフ

やはり、あの方と行くしかないのですか?

ゼリィ

人通りの多いこの街ですら五日間も棒に振ったんだぜ?

ゼリィ

何より、お前さん自身が一番出発したがってただろう?

パッフ

それはそうですが……

ゼリィ

あんまし重く考えずによ?
駄目だったらそん時考えればいい

ゼリィ

今は気分転換に外にでも出な。
魔物の返り血は流せても、魔物相手に抱いた殺意はまだ燻ってんだろ?

ゼリィ

殺意が不要なストレスになる前に、風に流させちまえ

パッフ

無論そのつもりです。

パッフ

日没までには戻ります

パッフ

……

パッフ

風が心地よいですね……

―ソーリヨイの街・西街区―


ソーリヨイの街は内陸部に位置しているただの平地にある街である。

そのため港は無く、交易を目的とした客や商人は少ない。

だが、緩急激しい山々が比較的多い南の大陸の中で、平地であることは何にもまして便利だった。

だから魔物の襲撃があろうとなかろうと、人はひっきりなしにやってくる。

昨日の魔物の野盗の襲撃に遭ったことを知らない人間が西門の惨状を見て驚いている。

更には、救助活動に来た国軍や連合軍の騎士団も来ており、大掛かりな人混みが出来ていた。

パッフも救助活動や瓦礫の撤去をするために、人混みを退けつつ進む。

だが、考え事ばかりしているものだから、何度か足を取られてしまった。

パッフ

シュー殿は見当たりませんね……。
別なところにいるのかもしれませんが

パッフ

しかし――

パッフ

あの勇者、ですか

パッフ

あの二人は……一度決めたら、意思を曲げそうにありませんし。

パッフ

そもそも決めたことをすぐ覆すほど、浅はかな人たちではない筈ですあの二人は……

パッフ

で、ですよね?

パッフ

何にしても、文句を言っているのが私一人ですし……

パッフ

これって私が我儘を言ってるだけ……?

パッフ

だとしたら私、空気読めていないのではないのでしょうか!?

パッフ

でも、信頼してしまっても良いのでしょうか、美少女ハーレムを己が野望に掲げている人に……

パッフ

うー……

キャッ!!

パッフ

あ、これは申し訳ございませんっ

う、ううん、私の方こそごめんなさい

パッフ

いえ、周りを見ていませんでした。平にご容赦を

パッフ

どこかお怪我は!?

へ、平気……

くすっ。
真面目な人

騎士の鑑みたいな人ね

パッフ

元、ですけれどね。
お怪我が無くて何よりです。

パッフ

御身はどうされたのですか?

パッフ

!?

パッフ

ま、まさかご両親や、身内の方が……

そんなんじゃないよ……

私の家は北街区だから

パッフ

そ、そうでしたか

パッフ

それは何よりです。

パッフ

っと、西街区の犠牲を考えればそんなことを言ってはいけませんね……

ま、真面目ね……

パッフ

で、あれば何故ここに?
ここは瓦礫や家屋の残骸があって危険ですよ?

それが……。
私、たまたま昨日このあたりにいたの……

パッフ

な、なんと!?

パッフ

ご、ご無事でし――

無事だってば

ホントに真面目ね

パッフ

いえ……そんなことは

昨日ね……私のことを助けてくれた人がいたの

魔物をバッタバッタと薙ぎ倒していったわ

とっても強くて素敵な人だった……

パッフ

そうだったのですか……

パッフ

どなたでしょう?
昨夜、豪傑たる殿方など いましたか?

ソートク

ハーレム!!

パッフ

ま、まさか!?

劇団の役者か、旅芸人なお方なの……

パッフ

なら違いますね

囮となって私を逃がしてくれた

お礼の言葉も言えなかったわ……

叶うことならもう一度お会いしたくて……

パッフ

それで探すために、ここにいらっしゃったのですね

パッフ

もしよろしければ、ご一緒にお探ししましょうか?

ありがとう

パッフ

では、早速その御仁の特徴を……

ううん、気持ちだけで嬉しいってこと

私一人で探すわ

パッフ

そ、そうですか……

あの人は、旅芸人だったのかもしれないけれど――

私にとっては素敵な伝説の勇者様だった……

伝説の勇者っていうのは、自分で見つけて初めて寄り添うことが許されるの

パッフ

は、はぁ

あなたにもそういう人がいる?

パッフ

勇者様……ですか?

ソートク

ハーレム!!

パッフ

いる……のでしょうか?

私に聞かれても……

パッフ

あれは勇者様なのでしょうか……?

パッフ

私には私利私欲の権化にしか見えません……

す、すごい難しい顔してるけど、大丈夫?

パッフ

あ、いえ……

パッフ

御身を救った殿方のように――

パッフ

旅芸人でありながら、勇者然たる殿方もいるのですね

そうね。私は絶対会ってみせるわ

そして……

……キャッ♪

パッフ

私も応援しております

ありがとう

私、行くわね。
今度は南街区を探してみる!!

あなたにも素敵な勇者様が見つかると良いわね

パッフ

そ、そうですね……

パッフ

兎にも角にも、周囲は未だ瓦礫が多く、足元も不安定です。焼けた木片は踏んではいけませんよ

パッフ

怪我の無いように、お気をつけてください。

……

あなたの場合、すごく真面目だから勇者様を見つけるのに時間が掛かるかもね

もう少し肩の力を抜いたほうがいいんじゃないかしら?

パッフ

は、はぁ……

私は頑張るけど、あなたは少し頑張らない方がいいかもね

また!!

パッフ

あっ……

パッフ

行ってしまった……

パッフ

肩の力を抜く……ですか

彼女の何の気なしな一言。

だが、パッフはその言葉に何か隠されているのではないかと考えてしまう。

そこに深い意味は無いのに、だ。

瓦礫の撤去作業中にも、そんなことを考えながら作業していた。

結果として、作業中に「肩の力を抜く」ことを実行した彼女は――。

パッフ

痛っっっ!!

瓦礫を自分の足に落っことした

――……

11、 騎士 思い悩み、少女に出会う

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