―ソーリヨイの街・中央街区―
―ソーリヨイの街・中央街区―
怖じ気付け!魔物ども!
恐怖で冷えた血は、斧の錆にならねぇからよ!!
戦場。それは命のやり取りをする場所。
命を取るか取られるか。
生き物にとってこれほど単純な争いは無いだろう。
これほど、文明と遠い原始的な場所も無いだろう。
普段はひっきりなしに人が行き交い、歓談や商いが行われる中央街区の中央広場。
今そこは血と悲鳴が混じり合う戦場に成り果てていた。
しかし――。
弱えなぁ……。
不服に思わずにはいられねぇ
手斧で事足りる。
たまには大斧使わせろってぇの
二人にとって、百近くの魔物が蠢く中央街区の広場は、戦場になりえなかった。
何故なら死ぬはずは無いと分かっているからだ。
ここにいる魔物は正規の魔王軍ではない。
そんなことは確認するまでも無くわかる。
魔王軍の弱兵の足元にも及ばないであろう野盗に、後れを取るわけがない。
だから、ここは戦場ではない。
自らの命が危ぶまれることは無いのだから。
では、ここは何だ……?
ふと考える。
手斧で、魔物の頭を砕きながら考える。
しっくりくるのは「狩り場」であろうか。
だが、直後にもっと相応しい言葉あることを思い出した。
舞台だ。
風任せに足を捌き、流れる斧で一刀のもとに断つ。
身体を主軸に、屠りながら旋回運動を行えば――。
それは舞であり、舞が映える場所こそ舞台だ。
手斧の装飾である雷燕の羽飾りが、野蛮で武骨な斧刃の軌跡を彩る。
剣や扇の代わりに斧を持ち――。
拍手や歓声の代わりに返り血を浴びる――。
ガラじゃねぇのはわかっちゃいるが――
己に巣食う穢れを排し、無心になれるこの戦い方を――
舞と呼ばずして何と呼ぶ!!
己の武に酔いしれていることは理解できる。
相当な自惚れ屋だとも分かっているつもりだ。
だが、自分の心を惹きつける武をここまで磨くのは相当の時間と生傷を費やした。
それぐらいの贅沢ぐらいはしてもバチは当たらないだろう。
そして、鍛え上げられた武が、野盗の連中に止められようはずも無いのだ。
斧の咆哮を――。
征伐の演舞を誰も止められないのだ。
パッフ!?
だが止まった。
ふと目にした仲間の顔面が爆発したのだ。
もちろん比喩的な表現であるが、真っ先に「燃えている」という言葉が出る程に真っ赤であった。
あの真面目な元騎士は、仲間になって日は浅い。
だが、赤面の理由はわかる。
短い付き合いながらも、あの様相に陥るのはこれが初めてではないからだ。
まーた思考回路が過熱暴走したか……
生来の真面目さが災いして、パッフはああなる時がある。
直面したすべての問題を解決しようとするきらいがあるからだ。
悪いことではないのだが、あの生き方は疲労が溜まって仕方がないと思う。
だが、直せとは言わない。
何故なら――
見てるこっちは超楽しい!!
だから、舞もそこそこにする。
踊りを辞め、行動をただ敵を屠る作業に切り替えた。
元騎士と勇者と名乗る風変わりな男に注視する。
くぁwせdrftgyふじこlp!!
む?
危ないではないか
あ〜あ……。
また斬りかかっちまったよアイツ……
ほんと、面白い騎士さんだよなぁ
にしても、混乱してるとはいえ、パッフの剣をあっさりと避けてやがるぜ、あの勇者
胸を触られてましたしぃ、頭一杯いっぱいになっちゃったんでしょうねぇ……
ホントに愛くるしいですよぅ、パッフさんは〜
我を忘れてるパッフさんの攻撃を避けてますねぇ。身のこなしは優秀ですぅ
ちなみに「くぁwせ」ってなんだ?
声にならない悲鳴の意味を持つ異国の言葉ですよ〜
どこの国の言葉かは知らねぇが便利な言葉だな
……
……
認めません、
認めません!
認めません!!
何がハーレムですか!?
人の胸まで揉んでおきながらぁ!!
揉むほど無いんじゃなかったか?
パッフの胸は
「揉めるほど大きいんです!!」って言いたいのですよ〜きっと
少し落ち着いたらどうだ?
美少女といっても、度が過ぎる興奮は避けるべきだと思うが?
そうですよぉパッフさん。
勇者様にぃ、命を救われたんですからぁ
それはそれ!!
これはこれです!!
どれがどれだよ?
問答は不必要!!
御身を野に放っておくことは、世界中の女性の危機です!!
激する前に、俺の話を聞いてはもらえないか?
だーめだこりゃ。
パッフの理性が戻りそうもねぇ
興味あんだよなぁ、あの勇者
少し引き出してみるか
……
シューも気になってるようだしな
勇者さんよ。どうせなら語るだけ語ってみろよ。
パッフに聞く耳が無くても、心に届く言葉があるかも知れねぇだろ?
そうか
ではお言葉に甘えよう
戦いながらも、こちらの言葉を聞きたくてたまらない連中もいるようだからな
へっ、バレてら
……
天下の美少女よ!!
すべからく俺に侍るべし!!
張りのあるいい声だ。人を惹きつけさせるぜ
内容は人を引かせるけどな
人が真に至強輝くとき、そこには絶世の美女が あてがわれている!!
美少女が英傑を助力している……ですかぁ
理にかなっているといえば、かなっているんですよねぇ
龍の牙が最も研ぎ澄まされる時は、牝龍を守る時だと言われていますし……
龍の道理を人に当てはめるのはぁ、いずれ天を翔ける龍をも超える人物になろうとしているからですかねぇ?
もう一度、明言する!!
天下の美少女よ!!
臥竜たる美の化身たちよ!!
俺について来い!!
言い終えたな……。
声を伝って熱が届くぜ
馬鹿げたことを言うが、その理由が馬鹿だからとは限らねぇ……
シュー!!
あいつの評価!!
よっと!!
んー……
百を超える勇者もいればぁ、こういう勇者も出てきますかぁって感じですぅ
『深緑の地』の大収穫かもしれませんよぉさ
イテツケ……!!
オレ達が侍る価値は?
そうですねぇ
現段階でぇ、武力、ビジュアルともに中の中――
モラルは地の底〜
カリスマは天井知らずですかねー
カリスマは受け手によって大きく左右されますが〜
総じてぇ、仲間になってもぉ、利は ほとんどないと思いますぅ
ただぁ――
退屈はしませんよねぇ?
……
そりゃあいいな!!
退屈しないってのは何にも勝るぜ!!
シューの気持ちもほぼオレと一緒か
するってぇと、明日明後日には、また冒険が始まるわけか
コイツは胸が躍る、血が騒ぐ!!
なぁ?
魔物ども!!
な、なんなんだコイツら……!!
に、逃げろ!!
命がいくつあっても足りねぇ!!
魔物さん〜?
それはいくらなんでも虫が良すぎますよぉ?
そうだそうだ
無益な殺生して楽しんでたんだろ?
なら、せめて――
殺した数だけ死んでいけ!!!
ギャヤアア!!
ぐわあああ!!
不倶戴天……。
おめぇらを生かして返す道理も無ねぇ
あっちもそろそろ終わりみたいですよぉ?
美・少・女・三・人!!
この邂逅を以ってこの俺の道が決まった!
ともに来い!!
そんな馬鹿げて卑下た醜悪な野望!!
首から上だけで見てなさい!!
ゼリィ殿!?
どうして止めるのです!?
パッフ、まぁ落ち着け
こ、これが落ち着いていられますか!!
まあまあ、ですぅ
シュ、シュー殿まで……
なんだ?
もう魔物は片付いたのか?
まあな。
それより面白いことになってんなぁ
何をとっても、面白いことはありません!!
お放し下さいゼリィ殿!!
そうはいかんのよ
ほれ
ひやん!!
ホラやっぱり、ギリ掴めねぇ
ななな、何を……!?
パッフ、もうちょっと静かに騒げ
明日を決められねぇからよ?
聞きてーことがあるんでな
こ、この御仁からこれ以上聞くことなど……
でもぉ、傾ける耳を持たないのはぁ〜、パッフさんだけですよぉ?
シュー殿まで……
勇者殿
まずは、パッフを助けて頂いたことを感謝する
ありがとな
構わぬ。
むしろ、俺も助けられた側だ
そして俺の名は、ソートクだ。
勇者よりそちらで呼んでほしいのだが……
ま、謙遜すんな
それにアンタをどう呼ぶかは、これから決めさせてもらう
……
わかった
で、だ。
オレ達を仲間にするって話なんだが……
オレは構わねぇ
シューもですよぅ
おお、それは喜ばしい――!!
な!!
本気なのですか!?
こんな馬鹿げたことを言う勇者ですよ!?
オレ達が評するのは、言葉の内容じゃねぇ
馬鹿げたことを、堂々とわめく度量だ
馬鹿げた内容とは思っていないが……
どのツラ下げて言ってるんですか!?
でもぉ、その下げているツラに一点の曇りもありませんよぉ?
ぐっ……
んで、もうちょっとだけアンタの考えを訊かせて欲しい
アンタが美少女を求めるのに、一応理由があることはわかった。
ま、オレが美少女かどうかは別問題だがな
けれど、そこにいるパッフがそうであるように――
決して褒められた野望じゃねぇ
そもそも、勇者とは野望と最も遠い存在であるという考えが人々に根付いている
つまり……
アンタが進もうとしている道は、賞賛、名誉、喝采から最も遠い道だ!!
それでも美少女ハーレムを築こうってんだな!?
そうだ!!
賞賛、名誉、喝采!!
かなぐり捨ててでも、まずは美少女!!
どんな罵詈雑言が浴びせられようとも――
俺の野望が淀みかすむことは無い!!
外聞、評判、名目――
この俺がそれらを気に掛けることは未来永劫無い!!
俺が憂うのは、そのどれでもなく――
美少女が抱える不安だけである!!
これぞ、勇者ソートクの道である!!
……
……
……
は!?
何を気圧されているのですか私は!?
こんなの暴論です!!
非道を正当化しようとしているだけにすぎません!!
で、ですが――
ですが――!!
どうして私は、この方の暴論に耳を貸しているのです……
あまつさえ、その言葉の勢いに飲まれてしまっている……
まるで老いてなお 盛んな名君を前にしているように――
身構えを正して、次の言葉を待っているのは何故ですか……!?
……
シュー
はいですぅー
パッフ
は、はい!!
明後日には宿を出るぞ?
なっ!?
はいですぅー
!!
ソートク!!
シューの回復魔法を貰い、快復に三日掛かった奴はいない!!
明日はゆっくりと休んでくれ!!
そして明後日には出発したいのだが!?
認める!!
明後日、オレ達の旅は始まり、伝説の幕開けとする!!
おう!!
分かりましたぁ〜
ガッテン……!!
な、な……
なななななな……
な・ん・で・す・と・お――!?
ソーリヨイの街から完全に魔物の気配が消えた。
そして、それと時と場所を同じくして女性の声が響き渡る。
その大きさは中央街区は もちろん、ソーリヨイの街全体に響き渡った。
だからかは分からないが。
ソーリヨイの住人はその声を――。
魔物を退け、街を全滅から救った強大な魔法の詠唱と勘違いした。
後にソーリヨイを訪れる旅人は「そんなわけあるか」と こぞって笑おうとしたが、住人の真剣な眼差しに拒まれた。
それほどまでに「なんですとお」という一言は、住人にとって特別な言葉なのであった。
――……