私は、ゲームマスターと名乗る謎の声から概要というか、なぜここに至ったのかまでの話の内容を聞いた。
複雑な経緯を省いてわかりやすく言うと、私含めここにいる全ての学生たちは要するに見世物小屋の中に放り込まれた見世物。
私達は誘拐され、裏社会の娯楽として利用されるのだという。
事前に拉致る相手の情報を把握して、チャンスを伺い連れてくる。
そうして、集められた私達は殺し合いをしなければいけないらしい。
現実離れしすぎだ。
そう感じるのは普通だろう。
殺し合いをするなんてどう考えても理不尽で、まだ意識の回復しない彼らは嫌がるはずだ。
だがやがて気付くのだ。私達に拒否権はないと。
私は諦めて妥協した。言うことを聞くことにしたのだ。
最初から、無駄なことはしない。それが私の信条だ。
諦めることも、希望を捨てることも、慣れている。
そのほうがまだ生きていられると思うし。
まあ私は、いつ死んでもいいんだけど。
むしろ楽に自殺出来るこの環境はありがたい。
死ぬなら楽なのがいいし、一瞬で消えてしまえればそれも良い。
ここにいる限り、私達は見世物でなければならない。
その分、見世物としての間は何不自由ない物資の供給があると言う。
スポンサーの都合がどうたらこうたらと奴は言っていたが、知ったことじゃない。
現に私の薬を持った黒ずくめの屈強な男が数名現れ、丁寧におじぎをして渡して去っていったあたり、それも嘘ではあるまい。
そしてここでこれから行われる見世物は人狼ゲーム。
聞いたことがある。
昔からあるパーティゲームだ。
命懸けのゲームにこれを選ぶとは、このゲームマスターといあ言う奴はかなりえげつない奴なのだろう。

ゲームマスター

――以上が、ここにくるまでの理由と説明かな。
ええと、キミの名前は確か吉住真澄さんであってる?

真澄

あってる
けどまぁ……半分予想はできていたけど、殆どその通りか……

何か大事に巻き込まれたのは自覚していたが、まさか命懸けのゲームとは……。
ここで何が行われても表沙汰にはならないだろうし、というかゲームマスターがそういったので信じる以外に道はない。

ゲームマスター

ふぅむ……予想、か……
キミ、もしかしてこういう状況初めてじゃないでしょ?
やけに落ち着いているし、態度が不自然すぎる

ゲームマスターは事前に私のことを調べていると告げた。
ならば大体のことはしっていてもおかしくないのに、そんなことを聞いてくる。

真澄

ご生憎様だけど初めてよ
落ち着いてるのは性分で、態度がアレなのは元々死ぬのに慣れてるから
今更焦ったところで、時間の無駄なのは理解した
どうせそっちには私は殺せないんでしょ?
今はまだ

私がそういうと、ゲームマスターは暫し黙り、こう言った。

ゲームマスター

キミはどうやら、この状況に最も相応しくない参加者のようだね
何もかも、こちらの期待を裏切っている
これじゃあ、お客様も興醒めがいいところだ……

真澄

でしょうね?
あんたの失態よ。ったく、連れてくる相手間違えるから……
知ってるんでしょ。
私は先天性の心疾患を患ってそう先は長くないし、そもそもが生きることも諦めているような人間なのに、生命を賭けるゲームに連れてくるほうがおかしいのよ
そんなの、裏切るも何も予想できるでしょ? あんた馬鹿なの?

ゲームマスター

僕の予想じゃ、逆に必死になって生きることに執着すると思っていたんだけどね
生命の危機を常に感じているキミなら、死を最も恐怖するのではないかと思っていた
現実は見事に真逆だったが……まるでこれじゃあ自殺志願者だ

ゲームマスターのその言葉に、私は心底呆れた。
私は生まれつき、心臓に疾患がある。
それは現代でも稀に見る奇病というやつで、突然心臓の活動が停止し、一時的に私自身が死ぬという病状だった。
原因不明、治療法不明、出来ることは発作と私が呼ぶ停止しないように薬を飲むことと、過負荷により弱る心臓をながらえるようにする延命処置のみ。
医者もお手上げのこの奇病のおかげで、私はろくな人生を歩めてきていない。
あったのは同情と憐憫の日々。惨めな気分をずっと味わってきた。
この人生において、唯一の救いと言えたのが、私は18までは生きられないという医者の宣告だった。
その時、私の中で初めて希望の光が照らしたのを、今でも覚えている。
――私にも終わりがあるんだ。
そう知れただけで、私の中では希望になった。
死ねる。このダラダラと続く下らない身体から解放される。
それが、どれだけ救いになったことか。
普通の人間には、きっと理解できない。

真澄

思慮が浅い
末期の患者が誰しも生きたいと思っているのは先入観と偏見よ
とっとと死んで楽になりたいって思う人間だっているよ

事実、私にとってこの状況は恐怖でもなんでもない。
これは、私にとっては救済であり、解放であり、終焉であり、求めていたものだ。
生命? そんなものはいらない。
誰かが悪意で私に死をくれるなら、是非頂きたいと心底思う。
感謝して死ぬと思う。

ゲームマスター

はぁ……
まだゲームは始まっていないけれど、キミはどの道死ぬことだけが望みか……やれやれ、この時点でもう興醒めだよ……

真澄

命懸けなら、結局死んでもいいんでしょ?
私まっ先に死にたいんだけど、いいえ今すぐ

ゲームマスター

今は却下
ゲームが終わったら勝手にどうぞ
好きにするといい
その命はキミのモノだ、自由に扱ってくれていいさ
ただ、ゲームは今更延期も中止もできないからそれはダメだ

辟易したかのように私に言うゲームマスター。
ふとここで、私は今この状況が私に風が吹いていることに気付く。
そうか、私が今イニシアチブを握っている。少しの無理なら、弱り果てているこいつを出し抜くこともできるのはないか?
私は生命なんていらない。
生命をかけても利にはなっても害にはならない。
でもこいつは命懸けの攻防が見たいし、客とやらに見せなければいけない。
でも私はその条件を、恐らくではあるが例外的に抜け出している。
そうだ。どうせほっといても死ぬし、死を何度も経験している私は今更死ぬことを怖がるはずもなければ怯える理由もない。
……つまり、こいつに強く出られるのは私だけ。
私は、彼に話を持ちかけた。

真澄

ねえ、ゲームマスター
私と、取り引きしない?

ゲームマスター

取り引き?

真澄

ええ
私はあんたの求めることは一切答えることはできないよ、今は
でもあんたが、私の求めることを満たしてくれるなら、私はあんたが望む風に振舞ってあげてもいいよ?
興ざめしない程度には、まあ大根役者だろうけど

そう切り出すと、彼は直ぐ様鋭い声で言い返す。

ゲームマスター

僕を脅迫するつもりか?

真澄

はぁ?
何で私があんたを脅迫なんてするわけ? 
ここから生きて帰ることを望んでいない私がそんなことする理由がないわ
ギブアンドテイクに決まってるじゃない

ゲームマスター

……いいだろう、聞こうか

どうもこの人物は詰めが甘いというか、頭が悪い気がしてならない。
私は自分の為に、こいつも自分の為に互いを利用すればいい。
そう、いうなれば私が持ちかけたのは共犯者になることだ。
私は内部で、こいつは支配者としてゲームを盛り上げるために共に歩む仲間同士。
私は今この瞬間、ゲームの参加者でありながらゲームマスターの仲間になった自覚がある。
他の参加者を裏切ったと同義だ。
だが、最初から、根本から私は彼らとは違う。
死と生を望む人間は、分かりやすい対極であるのだから。
葛藤? 罪の意識? そんなもの、毛頭ない。
私は人を殺すことに決めた。
殺人の感触など残らないなら簡単だろう。
ここで起きたことはどうせ裁かれることのないのだ。
ここは底辺の闇世界の泥の中。光は届かず、法は機能しない。
免罪符はあるんだ。使わせてもらおう。
彼らは死にたくないから人を殺す。
私は死にたいから人を殺す。
私はなんだってやってやる。
自分が死ぬためなら舞台を存分に利用して、死んでやるよ。

真澄

私はあんたの言う興ざめをしないように動くよ
死にたくない死にたくないと言いながら不格好に無様に踊ってあげる
その代わりあんたは、私に死を寄越して
それが条件よ
ここで、あんたは私をゲームの中で死なせるの、絶対に

ゲームマスター

……つまり、キミはただ死ぬことだけが望みなのか?
それでは僕には何の損もない、むしろ得しかないじゃないか
何を考えているんだ、キミは?

真澄

だからさぁ、私は死ねればいいのよ
それだけが目的
そのためなら、いいよ
人だってなんだって殺してあげる
死人に口なしで、最期は死んで清算するしね
理由はいらない、理屈は知らない、私はただ死にたいだけ
あんたはこの話、乗るの? 乗らないの?

ゲームマスターに苛立ったように私は問うと、逡巡したのち、答えた。

ゲームマスター

……いいだろう
キミを僕はゲームの中で殺す
キミはゲームをしっかりとプレイする
成程、利害の一致は完璧だね
ならば……僕と手を結ぼうか、18番
吉住真澄……いや、共犯者君

真澄

取り引き成立ね、ゲームマスター
あんたこそ、裏切るんじゃないわよ
私はしっかりとルールに則って人も殺すし、躊躇いもしない
そもそも私は失うことが目的であって、得ることに興味ないから、安心してあんたは進めて

私は、ゲームマスターの仲間だ。
私は彼らとは違う。だから、彼らと同じ方法ではゲームができない。
だから、あっち側に歩み寄る。そうして得られるものがあったから。
私は内密に、ゲームマスターと契約を交わしたのだった。

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