―ソーリヨイの街・中央街区―

胸中。

それは、胸のうちを表す言葉。

心に思っていること。

心中。気持ち。


つまり、「胸中を確かめろ」と言うことは――。

「心の中に生まれた気持ちを確かめろ」ということ。

この場に限って言うと――。

「貴方に忠誠を誓います。この気持ちに嘘は無く、疑うなら確認してみてはいかがでしょう?」

という形になるだろう。

確認する方法は様々である。

例えば、儀礼の剣の腹を両肩に当てる。

例えば、瞳を反らさずにずっと見続ける。

例えば、差し出された手の甲にキスをする。

不定形ではあるが、大体がそんな感じである。

ソートク

では、確かめる!!

パッフ

え?

だから、目の前の勇者が十本の指を全開に広げるのを見て、少しおかしいとは思った。

しかし不定形であるが故、止めることも躊躇われる。

ひょっとしたら両手をこちらの肩に当て、瞳を見ようとしているのかもしれないのだ。

相手は命の恩人でもあり、勇者だ。

忠誠を誓うべき相手である。

そして相手は、その忠義を確かめようとしているのだ。

黙して受け入れ、仕えることを証明しなくてはならない。



しかし――

パッフ

胸を触られるとはどういうことだろうか?

触られる。

いや、むしろ掴まれている。

わりとがっしりと。

おかしい。

かつてこんな「胸中の確かめ方」があったであろうか。

いや、無い。聞いたことすら、無い。

パッフ

パッフは思う。

傍から見れば、今自分は。

「胸を触られている」のではないかと。

そして問題なのは。

当事者であるパッフ自身も。

「胸を触られている」としか思えないことだ。

胸を触られている――。

どんな経緯であれ、現状はそれに尽きた。

ソートク

む?
想像以上に弾力と抵抗が無い……

ソートク

未だ、頂きにあらずといったところだな

勇者は何かを呟いている。

こちらの胸に対する言及であり、耳にするのも怖い。



というか、いつまで触っているのですか?


そんな気持ちが、悲鳴となって喉から出た。

パッフ

いやああああああ!!

ソートク

ど、どうした?

パッフ

ななな、何をしているのですか!?

パッフ

離れなさい!!

ソートク

おっと……

ソートク

危ないではないか

ソートク

殺気を込める相手を間違えていないか?

パッフ

い、今は御身で間違いありません!!

ソートク

不可解な……

ソートク

胸を触れと言ったのはお前ではないか?

パッフ

言・っ・て・い・ま・せ・ん!!

ソートク

何?
違うのか……

ソートク

胸を触らして、忠誠を誓う。
どこぞの娼婦かと思ったが――

ソートク

言葉の綾のたぐいであったか……

パッフ

娼婦……?

パッフ

娼婦って何でしょうか?

パッフ

と、とにかくです!!

パッフ

むやみやたらに女性の胸を触らないでください!!

パッフ

なんで児童に言うようなことを言わなければならないのです!!

ソートク

何故、小童が言われるようなことを言われなければならない……?

ソートク

むやみやたらではない。
誠心誠意をもってだな――

パッフ

――!!

ソートク

そう睨むな。
そう凄むな。

ゼリィ

おいパッフ?
何、自分の救世主に刃物向けてんだ?

シュー

命の恩人さんがぁ〜。
ものの数秒で目の敵にされちゃってますねぇ

パッフ

なんであのお二方は苛烈に戦いながらも、視線をこちらに向けられるのでしょう?

パッフ

む、胸を触られたのです!

パッフ

というよりも、掴んだのです!!
私の胸を!!

シュー

まぁまぁ……

シュー

パッフさんのお胸ってぇ。
掴めるほどありましたっけぇ?

シュー

物理的に『平面』は掴めませんよぅ?

ゼリィ

ぶっ!!

パッフ

あ・り・ま・す!!

ゼリィ

ま、命の恩人であることには変わりねぇんだ。

ゼリィ

助けて貰った礼を返したと思えばいいじゃねぇか――

ゼリィ

――よっ!!

パッフ

むぅ……

パッフ

それは……そうですが

パッフ

確かに、今こうして怒れることも、勇者殿がいてくれたおかげ……

パッフ

「あやまち」の一言で済ますには、いささか度が過ぎる問題ではありますが……

パッフ

左腕を犠牲にしてまで助けてくれたのは変わりようのない事実

パッフ

水に流すことも、私の努めでしょう

ソートク

そうだ。
お前らも俺と共に行かんか?

ソートク

俺は勇者でな。
ゆえあって、旅の仲間を探している

ソートク

このパッフの仲間なのであろう?

ゼリィ

へぇ……

シュー

勇者さんだったんですねぇ

パッフ

そう。この方は勇者――

パッフ

エルエット大教会の認定書もこの目で見たではありませんか

パッフ

この方は魔を払い、この世に平和をもたらすことのできる人物です

パッフ

それは、私が今一番欲している方ではなかったのですか?

パッフ

世界が平和になるなら、私の胸が「触られた」のは――

パッフ

……

パッフ

「掴まれた」のは大事の前の小事――

パッフ

小事ではありますが、小さくないですからね私の胸は!!

パッフ

と、ともかく一度のミスで大事を棒に振る私ではない――

パッフ

警戒はしておくべきですけどね!!

パッフ

勇者殿!!

ソートク

どうした?

パッフ

取り乱しました。失礼を

パッフ

重ね重ね申し上げます

パッフ

この身は元より、今、悠然と魔物に対峙しているゼリィとシューも腕に覚えがあります!!

パッフ

我ら三人!!
勇者殿の矛となり盾となること御認可頂きたい!!

ゼリィ

なぁ、いつの間にかオレ達も含まれてるぜ?
全然かまわねぇんだけどよ

シュー

パッフさんってぇ、そこらへんがぁ、
妙にしたたかですよねぇ

ソートク

……

ソートク

お前らの武力、気概。どれをとっても俺には余りある……

ソートク

本来であれば、俺が頭を下げるべきだろう

ソートク

……

ソートク

そこな勇ましく猛き二人!!
名は!?

ゼリィ

ゼリィ!!

シュー

シューですよぉ

ソートク

ゼリィ!
シュー!!
パッフ!!

ソートク

お前ら三人!!
この勇者ソートクの仲間とする!!

パッフ

は!

ソートク

一蓮托生!!
四人の力を礎として、天を覆う魔の雲を穿ち晴らす!!

パッフ

は!!

ソートク

そして、築く!!
絶世の美少女によるハーレムを!!

パッフ

は!!

パッフ

……

パッフ

は?

ゼリィ

ほう……

シュー

これはこれは〜

ソートク

この世のすべての絶世の美少女を手元に置き、ハーレムに想いを馳せる。

ソートク

成し遂げるべき男の本懐がそこにある!!

パッフ

ちょ、ちょっ……

パッフ

お待ちください!
勇者殿!!

パッフ

一つ質問がございます!!

ゼリィ

一つでいいのか?

パッフ

随時増えます!!

パッフ

ですが、まずこの質問に答えて頂きたい!!

パッフ

正気ですか!?
勇者殿!!

ソートク

無論!!

パッフ

しょ、正気だというのですね……

パッフ

で、では改めて!!

パッフ

ハーレムとはいったい何のことですか!?

ソートク

ハーレムを知らんのか?

シュー

もともとぉ、とある異国の宗教におけるぅ、婦人の部屋を意味していますー

シュー

その部屋に対するぅ、男性の入室権限を女性側が持っていたんですがー――

シュー

敵対する宗教国家がぁ、「一人の男性が女性を侍らせるところだろ」と揶揄の対象にしたところ〜

シュー

そちらの意味合いが強くなったんですねぇ

ソートク

模範的な解答、痛み入る

シュー

いえいえー

ソートク

――と、言うことだ

パッフ

知っ・て・い・ま・す!!

パッフ

私が言っているのは、どうして勇者殿がハーレムを目指しているのかを聞いているのです!!

ソートク

美少女が好きだからだ!!

ゼリィ

だよなぁ!!
男色な奴はハーレム目指さないよなぁ

パッフ

言葉遊びはしていません!!

パッフ

何故ですか!?
勇者とは、魔を打ち破る神聖で尊ぶべき存在である筈です!!

パッフ

でなければ、エルエット大教会が認めるはずがありません!!

パッフ

ハーレム……すなわち御身の私利私欲!!

パッフ

そんなもののために、仲間になるのは願い下げです!!

ソートク

何を言うか、美少女よ!!

ソートク

お前たちのような勇猛果敢にして、絶世の美少女は初めて見た!!

パッフ

び、美少女……

パッフ

ま、またそうやって誑かそうとするつもりですか!!

ソートク

俺は外見的特徴に嘘はつけん!!

ソートク

万言を尽くしたところで言い表すことのできない美少女だ!!

パッフ

な……

ゼリィ

アイツすげぇな……

シュー

惜しげなく言うセリフでは無いですよねぇ

ソートク

それにだ――!!

ソートク

俺は救うべき民がそこにいれば、全身全霊で助け出す!!

ソートク

業火の海で溺れていたら迷わず飛び込み――

ソートク

絶対零度の火山で遭難すれば躊躇なく登る!!

ソートク

これまさしく、勇者の所業なり!!

パッフ

ぐっ……

ゼリィ

それがもし美少女だったら?

ソートク

侍らす!!

ソートク

俺の野望を第一に!!

ソートク

世界平和を第二に!!

パッフ

!!

パッフ

み……がまっ……

ソートク

どうした?

ゼリィ

あれは……

シュー

葛藤始まっちゃいましたねぇ……

パッフ

第三回 パッフ緊急葛藤会議を始めます。
パッフの天使っぽい心です

パッフ

パッフの悪魔っぽい心だ。悪魔っぽいってだけで別に悪いことは考えてないぞ

パッフ

わ、私はこの勇者殿をいかにすべきなのですか!?

パッフ

なんてこたぁねぇ。殺せばいいんだよ殺せば

パッフ

いいえ、許すのです。許した上で旅の同伴を断ればよろしいのです

パッフ

な、なるほど……

パッフ

へっ、そんな甘っちょろいこと言ってんじゃねぇよ。
そいつは見て分かる通り極度の変態だ。後顧の憂いは断つべきだぜ!

パッフ

いいえ。極度の変態といえど人は人。
変態だからといって無碍に扱う必要はありません

パッフ

変態も愛する寛容な心を忘れてしまったのですか?

パッフ

なんか天使っぽい方が言ってること滅茶苦茶な気がしますが……

パッフ

だが勇者なんだぜ? こんな勇者が世を練り歩くのは許せねぇだろ? 今すぐここで殺しちまった方がいい

パッフ

なりません。 どうしても変態が許せないならば、救ってくれた事の礼だけを丁寧に述べ、あとは総シカトしてしまいなさい。

パッフ

これぞWin-Winの関係です

パッフ

違うと思いますが……

パッフ

ですがこの御仁は、私の胸を掴んだのですよ!?

パッフ

掴めるほど大きくないだろ?

パッフ

掴めるほど大きくないでしょう

パッフ

ぐっ、自分に嘘は付けないとはこういうことですか……

パッフ

だが、お前の(つーか俺の)胸を触るとは不届きな奴だ。やはり斬ってしまえ!!

パッフ

なりません。胸を触られたところで精神的実害以外に、不利益は出ていません。むしろ、触らせてナンボな心意気でいるのです

パッフ

で、ですが……

パッフ

むしろ貴方の(というか私の)貧しい平原と見紛う寂しい胸が、勇者の心に一滴の喜びを与えてやれたのです。誇るのです

パッフ

いえ、喜んでなかったのですけど……

パッフ

何ですと?

パッフ

私の胸に落胆していましたが……

パッフ

私の(というか貴方の)胸を触ったのに落胆したのですか……

パッフ

……

パッフ

だからあいつを殺してしまえ!!

パッフ

その通り、殺してしまいなさい

パッフ

胸を触った報酬として、無残な屍を晒していただくのです

パッフ

これぞDeath-Deathの関係Death

パッフ

え?

パッフ

……

ソートク

どうした? 身が震えているぞ?

シュー

ワナワナしてますねぇ

ゼリィ

プルプルしてんなぁ

パッフ

こ、この方は勇者ではない。いや、エルエット大教会の認定書を貰っているので間違いは無い筈だし勇者なんでしょうけど、認められません。し、しかし命は助けられましたけどハーレムを目指してて でも私は助けられて でも美少女を侍らしたいとか言ってまして でもでもっ私のこと美少女とか言ってくれた初めての人ですし あーでもっ胸を触りましたよね子の人っ あろうことか弾力が無いとまで言いましたよね 勇者なのに 私は ああああ――!!

喜と――

怒と――

哀と――

楽と――。

様々な感情が入り混じった結果、爆弾が出来た。

そこに元来の真面目な性格と――

胸を触られた衝撃が起爆剤となり――

パッフ

パッフの顔面は――

快音とともに爆ぜた。

――……

9、 騎士 胸を触られ激昂する

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