それから僕は毎日、
朝から晩まで試練の洞窟へ入って
片っ端から宝箱を開けていった。

ただし、シーラさんがウェンディさんに
薬を飲ませたり面倒を看たりする
必要があるので、
昼には一度小屋へ戻るという形。
そしてまた試練に挑戦して、夕食前に終了する。

だから往復する時間をのぞけば、
実際には1日当たり5時間くらいの
探索となっていた。



それを繰り返して7日が経ち、
ようやく洞窟のほぼ全域を調べ終わった。
あとはわずかに残っている宝箱の中を
確認するだけ。

今のところ、
勇者の証らしきものは見つかっていない。


ちなみに宝箱の9割は空っぽで、
ワナの仕掛けられたものと
ガラクタの入ったものが
残りの半々という感じだったかな……。


今日の探索で、
今度こそ勇者の証が見つかるはず!
 

タック

アレス、おはよ~。
今日もお仕事に行くのか?

 
小屋の前では
タックとミューリエが朝食の用意をしていた。

ミューリエはウェンディさんに拒絶されて以来、
頑なに小屋には入ろうとしない。
だから僕とタックも一緒に
小屋の前で野宿している。

彼女は気にせず小屋で休めと言ってくれるけど、
1人だけ放っておいて
そんなことはできないもん。

タックも口ではなんだかんだ言いつつも
それに付き合ってくれているんだから、
根はやっぱりいいヤツだ。
 

アレス

まぁね。
でも残っている
宝箱の数を考えると、
今日で全て確認し終えると思うよ。

タック

まだ見つからないなんて、
アレスもよっぽど
運が悪いんだなぁ~☆

ミューリエ

いや、そうとも限らないぞ?

タック

どういうことだ?

ミューリエ

宝箱には色々なワナが
仕掛けられていたのだろう?
すぐには見つからないような
仕組みに
なっているのかもしれん。
例えば、
定められた個数を開けないと
当たりが出ないとか、
探索開始から一定の時間が
経たないと現れないとか。

タック

あー、なるほどねぇ。

ミューリエ

それにしてもアレス、
よく続いているな。
これだけハズレばかりだと、
普通は嫌気が差して
やめたくなるぞ。
お前の頑固さというか
意志の強さというか、
それの良い面が出たな。

アレス

うぅ、なんとなくヒドイことを
言われてる気がするよぉ……。

ミューリエ

はっはっは。
これでも褒めているのだ。
許せ。

タック

でもさぁ、
本心では終わってほしくないって
思ってたりして。

アレス

なんで?

タック

シーラと2人っきりで
洞窟探検の日々っ♪
いい雰囲気に
なってるんじゃないのぉ?
すでにチューとか
してたりしてぇ~?

ミューリエ

ほぉ?
そういうことか……。

アレス

バババ、
バカなこと言わないでよっ!
僕は真面目に洞窟の探索を――

タック

はいはい~。
そういうことに
しておいてやるよ~♪

アレス

タックったらぁっ!

 
まったく、タックはすぐにああやって
人をからかうんだから。

まだケタケタ笑ってるよ。


もう、あんなことを言われたら、
シーラさんと会う時に
意識しちゃうじゃないか……。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
朝食が済んだあと、
僕とシーラさんは洞窟に入り、
一番奥のフロアで宝箱を確認していた。

相変わらずカラが多く、あとはガラクタが少し。
ワナの仕掛けられているものは、
爆発系のものが1個だけだった。

設置に手間がかかるからなのか、
探索が進めば進むほど
ワナの宝箱は減っている気がする。


――さて、次はどうかな?
 
 
 

アレス

うー、またハズレか……。

アレス

よしっ、次だ。

シーラ

あの、勇者様。
お聞きしてもよろしいですか?

 
僕が隣の宝箱に手をかけようとした時、
後ろにいたシーラが声をかけてきた。

振り返って彼女と視線を合わせる。
  

アレス

どうしたの?

シーラ

これだけハズレばかりなのに、
なぜ途中でやめようという気に
ならないのですか?

アレス

もちろん、
やめたいなって思った時はあるよ。

アレス

でもそれだと勇者の証は
手に入らないじゃないか。
避けて通れない道なら、
なんとしてでも進むしかないもん。
たとえ1歩ずつでもね。
だって僕は勇者なんだから。

シーラ

あ……。

アレス

僕は剣も魔法も使えないけど、
できることはある。
それに全力を傾けるだけさ。
この勇者の証探しは、
僕にでもできることのひとつ。
だから見つけるまで、
諦めたりしないさ。

シーラ

なるほど。
あなたが伝説の勇者様の
血をひいているということ、
なんとなく分かるような
気がします。

アレス

そうかな? 僕なんて、
ミューリエやタックがいなかったら
何もできない人間だよ。
でもね……

シーラ

っ?

アレス

あの2人のためなら
命を賭けられる。
その気持ちは誰にも負けないさ!

アレス

あまりにお人好しすぎて、
人に裏切られた経験も
たくさんあるけどね……。

シーラ

うふふっ♪
それもなんとなく分かるような
気がします。
私もこの数日、
勇者様とずっと一緒にいて
見させていただいてますから。

シーラ

でも――

アレス

うん?

シーラ

そこまで勇者様に
信頼されているなんて、
ちょっとミューリエ様やタック様が
羨ましいな……。

アレス

それはどういう――

アレス

――っ!?

 
その時だった。
不意に洞窟内の空気に禍々しい気配が混じり、
それが一気に膨れあがったような気がした。


しかもどんどんこちらに近付いてきている!
 
 

シーラ

どうなさったのですか?

アレス

シーラさん、
僕のそばから離れないで!

シーラ

は、はい……。

 
僕は思わず剣を抜き、
シーラさんを庇うように前へ出た。
そして神経を敏感に張り巡らせつつ
周囲を警戒する。


なんだろ、この空気が震える感じは?
気分が落ち着かなくて、
この場から
すぐにでも逃げ出したくなるような恐怖感。

勝手に手足が震えだして、心臓の鼓動は急加速。
全身に鳥肌がたってゾクゾクする。


それから程なく――
 
 
 
 
 

 

――通路の先。 
見たこともないモンスターが、
僕たちのいる方へ歩み寄ってくるのが見えた。


身体がライオン、背中にはコウモリの翼、
尻尾はヘビ。

見るからに凶暴そうで、
口からヨダレを垂らしながら
鋭いキバを光らせている。
さらに隆々とした筋肉や鋭いツメ、
あんなので一撃を食らったらタダじゃ済まない。


 

シーラ

ひっ!

アレス

なんだ、コイツっ!?

シーラ

なぜ洞窟内にモンスターがっ?
ここには結界が張ってあって、
邪悪な存在は
入り込めないはずなのにっ!

アレス

今は理由を考えている
場合じゃないよ。
なんとかしなきゃっ!

 
どうしよう?

――と言っても、
僕にできることなんて、
あの力を使うくらいしかない。
ただ、今はシーラさんがいるから、
よく考えて行動しないと。

もし僕だけなら、
捨て身の作戦も取れるんだけど。


こんな時にミューリエやタックがいれば……。


――いや、それじゃダメだ。
いつも2人に頼れるとは限らないんだから。
今後もこういう状況に遭遇する可能性は
充分あり得る。

この場は僕の力だけで
切り抜けないといけない!


考えろ、何かいい手立てはないものかっ?
  

アレス

っ!
そうだ、
あれが使えるかもしれない!

 
僕は視線の先にある、
開いた宝箱に目が留まった。
確かあの中には『テレポーター(空間転移)』の
ワナが仕掛けられているものがあったはず。

あれで洞窟の入口まで瞬間移動できる!


ただ、位置関係を考えると
不用意にそこへは近付けない……。
 

アレス

シーラさん、
宝箱に仕掛けられていた
『テレポーター』のワナを
使って逃げて。
僕がヤツを引きつけている間に。

シーラ

ダメです。
ワナの発動は開けた際の1回のみ。
もう使えません。

アレス

そっか……。


くそ、いいアイデアだと思ったんだけどなぁ。

だとすると、もう残された手段はただひとつ。
 

アレス

それならこの場は僕に任せて
逃げて。
それで外にいる
ミューリエとタックを
呼んできてくれないか?

シーラ

無理ですっ!
出入口まで最短距離で
走ったとしても
十数分はかかります。
その間に勇者様がっ!

アレス

大丈夫、僕はやられないよ。

 
今のは嘘――をついたつもりじゃないけど、
自信はないに等しい。

でもシーラさんに
逃げる意思を持ってもらうためには
堂々としてハッタリくらいは見せないとね。

2人ともやられちゃうよりはマシだから。

 
だけどシーラさんは
目をつり上げて僕を見つめてくる。
 

シーラ

できません。
それなら私も一緒に戦います!
例え攻撃魔法は使えなくても、
防御魔法や回復魔法で勇者様を
サポートすることくらいは
できます。

アレス

でも……。

シーラ

勇者様を置いて逃げるなんて、
ウェンディ様に
顔向けができません。
それに――

シーラ

それに私個人としても、
アレス様と離れるのは
絶対に嫌ですっ!

シーラ

――あっ!
いえ……その……。

アレス

シーラさん……。

 
そっか、今の僕はひとりじゃない。
シーラさんもいる。
彼女も彼女なりの意志を持って、
ウェンディさんの代役を
務めようとしていたんだ。

そして今はそれを抜きにして、
僕を置いて逃げられないと言ってくれた。



――もう彼女は僕の仲間だ!

だったら、
彼女の意思を無視するわけにはいかない。
一緒にこの場を切り抜ける!

絶対に守るんだっ!!
 

アレス

ねぇ、シーラ。
僕に協力してくれるかい?

シーラ

っ!?

シーラ

はいっ! もちろんですっ!

アレス

もし失敗したら、
僕たち2人とも
死んじゃうかもしれない。
それでも力を貸してくれるかな?

シーラ

何を今さら。
私はアレス様に
命をお預けしております。
そうじゃなかったら、
さっさと逃げていますよ。

アレス

ありがとう。

アレス

じゃ、
僕に物理攻撃に対する防御魔法を。
もし攻撃を食らったら、
回復魔法を。
それ以外の時、
シーラはなるべく
安全な場所にいて。

シーラ

何をなさるおつもりですか?

アレス

特殊な力を使って
あのモンスターの戦意を
喪失させる。
それが僕なりの戦い方なんだ。

シーラ

よく分かりませんが、
アレス様の言うとおりにします。

 
想定外の試練に遭遇してしまった僕たち。

なぜモンスターが現れたのか?
理由は分からないけど、
今は切り抜けるしかない!
 

 
 
 
次回へ続く!
 

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