ミューリエが小屋を出ていったあと、
ウェンディさんは穏やかな表情に戻った。

そしてシーラさんへ視線を向ける。
 

ウェンディ

シーラ、勇者様に試練の説明を。

シーラ

はいっ!
えっと、
勇者様には試練の洞窟に入り、
勇者の証を探していただきます。

アレス

えっ? 勇者の証って
ウェンディさん自身じゃ
ないんですか?

ウェンディ

ははは、
勇者の証は審判者によって
全て違うのです。
たまたまタックは
自分自身を証としているだけ。

タック

そういうこと~☆

シーラ

洞窟の中には
宝箱が置いてあります。
中には様々なものが入っていたり、
カラのものもあったりします。
その中から勇者様が
『勇者の証』だと思ったものを
ウェンディ様のところへ
持ってきてください。

アレス

分かった。

シーラ

ただし、宝箱は無数に存在し、
ワナが仕掛けられているものも
あります。
どうかご注意ください。

アレス

えっ?

シーラ

試練には
何度チャレンジしていただいても
構いません。
ハズレだった時は、
もう一度探しに行けば
よいわけです。

アレス

念のために聞くけど、
それは僕だけでやるんだよね?

シーラ

はい。
ただし、サポート役として
私も同行します。
お仲間の皆様は
洞窟の外でお待ちください。

タック

分かってるって~☆

アレス

タック、
ミューリエにも
伝えておいてくれる?

タック

あいよ~♪

 
戦わなければならなかったタックの試練と
比べれば、
僕にとっては助かったかもしれない。

探し物なら筋力や魔法力はいらないから、
僕にだってできそうだ。



……ワナが仕掛けられているものもある
っていうのが、ちょっと不安だけどね。
 

アレス

じゃ、シーラさん。
洞窟へ行こう。

シーラ

かしこまりました。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
洞窟の中はきれいに整備されていて、
どちらかといえば遺跡に近いものだった。
なんとなく神聖な雰囲気も漂っている。

通路は上下左右が比較的広くて、
僕たちの足音が遠くまで反響している感じ。

僕は紙切れにペンで
洞窟のマッピングをしながら
ゆっくりと進んでいく。
タックのいた洞窟で
ミューリエに言われたように、
今回こそこれは僕自身でやらなきゃ!
 

アレス

ねぇ、
ここってモンスターは出るの?

シーラ

結界が張られているので、
いないはずです。
ですが、勝手に住み着いた動物は
いるかもしれません。

アレス

そっかぁ。
――あれ?

 
前方には早速、宝箱が見えてきた。

さらにその陰にはもう1つ見え――
 

アレス

ちょっ!?

 
なんとその先のフロアには、
おびただしい数の宝箱が置いてあった。

ざっと見ただけで数十個はある。
 

アレス

ねぇ、あれって全部宝箱だよね?

シーラ

はい。私にはそう見えますが。

アレス

あの中から勇者の証を探すの?

シーラ

はい。
この洞窟にはこうしたフロアが
たくさんあります。

アレス

……え?
つまり宝箱は数百個あるとか?

シーラ

もっとあるかもしれません。

アレス

…………。

 
思わず唖然としてしまった。


それだけたくさんの中から
どうやって探せというのだろう?

片っ端から開けようにも、
ワナが仕掛けられているものもあるっていうし。
 

アレス

何か手がかりとか
ヒントとかないの?

シーラ

ありません。

アレス

そんなぁ……。

 
シーラさんの無情な言葉が突き刺さる。

こんなにたくさんあったら、
一生かかっても
見つからないんじゃないだろうか?


とりあえず、
一番手前の宝箱を開けてみるか……。
 

アレス

んしょ……っと。

アレス

んんっ!? がはっ!
ゲホッゲホッ!
がぁあああぁっ!

 
喉の奥が痛い!
目に染みて涙も勝手に出てくる!
それに息苦しいっ!

――な、なんだよ、これっ!?
 

シーラ

それは催涙ガスのトラップですね。
そうしたものが
たくさんあるようです。

アレス

……え?
こういうのが……ケホッ……
たくさんあるの?
ケホケホッ!

シーラ

はい。
私も詳しくは知りませんが……。

 
そんなぁ……。今のガス、結構キツイよ……。

あれ?
シーラさんはどうして
平気そうな顔をしてるんだ?
 

アレス

シーラさんは……ケホ……
平気なの……?

シーラ

私は防御魔法をかけていますので、
多少のことでは影響を受けません。

アレス

あ……そうなんだ……
ケホケホ……。

 
うう、ズルイや……。

僕にもかけてほしいけど、
それじゃ試練にならないから
ダメなんだろうなぁ……。

それにしても、最初からこんな調子じゃ、
どれだけ酷い目に遭うか分からないよ、これ。


――でも、ここでやめるわけにはいかない!


今度はその隣にある宝箱を開ける。
 

アレス

んぎゃぁああああぁっ!

 
僕は慌てて宝箱のフタから手を離した。

び、びっくりした……。
開けた途端、
僕の全身がビリビリと痺れるんだもん。

うあ、手がまだピクピクと震えてる。
それに痛いし。


これは電撃のワナか。
もし心臓が悪かったらショック死しちゃうよ。
 

シーラ

大丈夫ですか、勇者様?

アレス

あ……あはは……
今のところは……。

 
なんか宝箱を開けるのが怖くなってきた。
次の宝箱はどんなワナが……。




――っ!?

い、いやっ、違うよっ!
次こそは正解だと思わないとっ!

ワナがある前提だなんて考えちゃダメだ!


次は当たり、次は当たり……。

そう念じながら次の宝箱を開ける。
 

アレス

……あれ?

 
今度は中に何も入っていなかった。
とりあえず、ワナじゃなくてよかったぁ。


――いやいや、空っぽでホッとしちゃうなんて
そんなんじゃダメじゃないか!

もっと悔しがらないと!
 

アレス

シーラさん、何も入っていないのは
ハズレってことなんだよね?

シーラ

…………。

 
シーラさんは口を噤んだまま答えてくれない。
つまり自分で考えろってことなんだろうな。


よしっ、次だっ!
 

アレス

えっ?

アレス

な……なにこれ……?
スプーン?

 
まさかこれが勇者の証……のワケがないよね?
 

アレス

くそーっ! 今度はどうだっ!

アレス

あちちちちっ! 

 
熱いし痛い……。
髪の毛も少しチリヂリになっちゃったよぉ。


もうやだ、こんなの……。

戦わなくていいから
少しは楽な試練かと思ったけど、
やっぱりそんなに甘くなかった。
 

シーラ

勇者様、大丈夫ですかっ?
すぐに治療を……。

アレス

えっ?

シーラ

…………。

 
シーラさんは僕に手のひらを向け、
何かを呟いた。

するとその手が柔らかく輝き、
温かくて心地いい気分になってくる。

それとともに僕の怪我が治っていった。



……髪の毛はダメだったみたいだけど。
 

シーラ

これで大丈夫なはずです。

アレス

ありがとう。
今のって回復魔法?

シーラ

はい。
私、攻撃系の魔法は
使えませんけど、
回復や防御の魔法は
得意なんです。

アレス

そうなんだ?
じゃ、
ウェンディさんの病気の治療も?

シーラ

あ……いえ……。

 
シーラさんは顔を曇らせ、シュンとしてしまった。
聞いちゃマズイことだったかな……? 
 

シーラ

ウェンディ様は
寿命が迫っているせいで
弱っておいでなのです。
だから魔法で回復させるにも
限界があって……。
今はお薬や体力のつくものを
採っていただく方が
効果が高いのです。

アレス

そっか、それで僕の魔法薬を?

シーラ

はい。あの薬には大地の生命力が
詰まっています。
身体にも優しくて、
今のウェンディ様には
すごく効果があるんですっ!

アレス

シーラさんって、
ウェンディさんが大好きなんだね?
話をしている時、
すごくいい顔してるもん。

シーラ

あの御方には幼いころから
可愛がってもらいましたし、
集落の守り神的な
存在でもありますし。

アレス

そうなんだ。

シーラ

あっ!?

アレス

どうしたの?

シーラ

そういえば、
もうすぐお薬の時間で……。

 
そこまで言ったところで、
シーラさんはハッと息を呑んで俯いてしまった。


どうしたんだろう?

それになんだかソワソワして、
落ち着かない様子だ。
 

シーラ

いえ、なんでもありません。
お気になさらずに
試練をお続けください。

アレス

あっ!

 
そうか、
ウェンディさんのことが気になってるんだ。

タックが面倒を見てくれているはずだけど、
やっぱり放っておけないんだろうなぁ。


よし、それなら僕の選択は――
 

アレス

さーて、
一旦小屋まで戻ろっかな。

シーラ

えっ?

アレス

いくつもワナにかかって、
なんか疲れちゃった。
お腹も空いたし。
続きは食事でもしてからに
しようっと。

アレス

それでいいかな?

シーラ

……あ。

シーラ

はいっ!

 
シーラさんのホッとした表情。
うん、よかった。笑顔に戻ってくれて。

実際、
僕が疲れてきたのもお腹が空いてきたのも
本当のことだしね。


こうして最初の挑戦はひとまず中断し、
僕たちは小屋へと戻ったのだった。

 




次回へ続く!
 

第25幕 こんなにあるのっ!?

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