高天原を追い出された上に、衝撃的なトラウマを抱えるハメになったスサノオは、葦原の中つ国(あしわらのなかつくに)をフラフラとさまよっていた。

スサノオ

あ"ぁ ・ ・ ・ ・ ・ あの事件以来、ここ何日も人に会ってねぇ。

お陰であの映像がエンドレスリピートだ ・ ・ ・ いいかげん頭おかしくなりそう ・ ・ ・ ・ ・

スサノオ

つぅか腹減った。
そろそろ餓死するんじゃねぇか?俺。

行き先も決めずに歩き続け、やがて辿り着いたのは出雲の国、斐伊川(ひいかわ)のほとりだった。

夕暮れになり歩き疲れたスサノオは、誰もいない川辺であぐらをかいてボーッと川を眺めた。

スサノオ

はぁ ・ ・ ・ ネェちゃん ・ ・ みんな ・ ・ ・ 迷惑かけちまったな ・ ・ ・

あぁ ・ ・ ・ ・ ・ あぁ ・ ・ ・ ・ ・

スサノオ

んがあぁーーっ!!
考えても無駄だぁー!!!

スサノオ

なんか人恋しいなぁ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ぐすっ

スサノオ

・ ・ ・ いや、泣かねぇけど。

スサノオが体育座りに体制を変え、引き続き川をボーッと眺めていると、上流から何かが流れてくるのが見えた。

よく見るとそれは箸だった。

スサノオ

つーことは、上流に行けば
人が住んでるってことか!?

孤独に耐えられなくなったスサノオは、川から流れてきた箸に一筋の希望を託し、上流へ上流へと歩いた。

気がつけばもう、日はとっくに沈んでいた。

スサノオ

もう、民家を見つけても、
寝ちまってるよなぁ。

なんて考えながら歩いていると、誰かがすすり泣く声が聞こえて来た。

スサノオ

なんだ?あっちからか?

スサノオ

おぉっ!灯りが見える!
家だっ!!!

そこにはこじんまりとしていながらも、立派な造りの家があった。周りには水田が広がり、いくつかの小さな家からは灯りが漏れている。ってことは、これは村長か誰かの家だろう。


スサノオは早速その家を覗き込んだ。まぁ、平たく言えば不法侵入だ。


するとそこには若い娘を囲んで、老夫婦がすすり泣いている姿があった。


スサノオにも暗い空気なのはわかったが、久しぶりに会った人間が嬉し過ぎて、つい声をかけてしまう。

スサノオ

なぁ、お前ら誰だ??

突然の来客な上に、イキナリすぎる問いにビビりながら、老父は恐る恐る答えた。

シオツチ

へっ ・ ・ ・ 私は山の神、オオヤマツミの子で ・ ・ ・ 国つ神のアシナヅチと申します。
妻はテナヅチ ・ ・ ・

話によると、彼はどうやらここらの土地神らしい。


ちなみに『国つ神(くにつかみ)』とは、地上に住んでいる神様の事だ。ミナカヌシや、アマテラスは天界に住んでいるので『天つ神(あまつかみ)』と呼ばれている。

スサノオに関しては、元々天つ神だったのだが、高天原を追放されてしまったので、今は国つ神ってことになる。

シオツチ

そして、こちらが娘のクシナダヒメでございます。

老夫婦の間からぺこりと頭を下げ、不安そうに顔を上げたクシナダヒメと目が合うと、スサノオは心臓を砲弾で撃ち抜かれたかのような衝撃を受けた。


いや、別に敵の襲撃を受けたわけではない。


単純に一目惚れしたのだ。

スサノオ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ クシナダヒメ ・ ・ ・ ・ ・

クシナダヒメ

はじめまして。

スサノオ

お ・ ・ ・ おぅ ・ ・ ・ ・

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ んっと。

あぁ、それで、なんでお前ら泣いてたんだっけか??

父親のアシナヅチは何かに怯えるように、肩をすくめながら語り出した。

シオツチ

もともと私達家族は、8人の娘と幸せに暮らしておりました。

親バカですが、皆、美しく心の優しい娘たちで ・ ・ ・ ・

スサノオ

8人??
1人しかいねーじゃんか。

シオツチ

えぇ ・ ・ ・ 実はある日、古史郷に八岐大蛇が住みはじめまして。

それからと言うもの、その幸せな生活は崩れ去ってしまったのです。

シオツチ

八岐大蛇は村人全員の命と引き換えに、娘を生贄にささげるよう要求してきたのです。

それからと言うもの毎年1人づつ娘がうばわれ続け・・・・・

スサノオ

ヤマタノオロチ?
なんじゃそりゃ??

シオツチ

八岐大蛇は、目は赤く鬼灯のようにギラギラと光り、ひとつの体に頭が8つあるヘビの怪物です。尾だって8つもついている。

あまりの大きさで、体には苔と木が繁っていて、8つの谷と丘をまたぐほどの大きさがあります。

シオツチ

腹には自分のものなのか、誰のものかもわからない血がベットリとついて常に赤くただれているのです ・ ・ ・

私たちはそんな怪物と戦える術など持っておらず ・ ・ ・ ・ 自分の娘を差し出すしかありませんでした ・ ・ ・ ・

シオツチ

末の子のクシナダヒメは最後の1人として大事に育てましたが、この子ももう年頃です。

今年はこの子が連れて行かれるでしょう ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ くぅ ・ ・ ・ ・

クシナダヒメ

父さん ・ ・ ・ お客様の前よ。
泣かないで ・ ・ ・ ・

アシナヅチが涙を流すと、クシナダヒメは父の肩を抱いた。

その場に合わない軽快な音が響いた。

何かひらめいたスサノオが手を叩いたのだ。

スサノオ

そうか、話はわかったぞっ!!

つまり、そのヤマタノオロチっつーの倒せば、俺がクシナダヒメと結婚できるってゆうことだな!!!

突然のプロポーズらしきセリフに、クシナダヒメは冷たい眼差しを返した。

クシナダヒメ

は? ?

・ ・ ・ ・ 今の流れのどこでそうなった?

スサノオは笑顔で続けた。

スサノオ

だって、俺、お前のことが好きなんだ。

ヤマタノオロチは俺が倒してやるから、結婚してくれっっ!!!

クシナダヒメ

いや、まだ出会って数分なんすけど。

すると、ローテンションの娘の横から、アシナヅチがフォローの声を上げた。

シオツチ

あ、あのっ、八岐大蛇を倒してくださるのは大変嬉しいお話しなのですが ・ ・ ・

私たちはまだあなた様のお名前も知らず ・ ・ ・ ・

スサノオ

あぁ、そっか。

俺は高天原の最高神サマサマ、
アマテラスの弟のスサノオだっっ!!

今さっき天から降りてきて『シャキーン』ってココに参上したっ!!!

彼の正体を聞くと、アシナヅチはパァーっと瞳を輝かせ、声を上げた。

シオツチ

おぉぉ!!!

まさかスサノオ様がこんなところにいらっしゃるなんてっ!!それは願ってもいないっっ!!!

どうぞ、喜んで娘を差し上げましょう!!!

スサノオ

よっしゃ!決まりだなっ!!

っつーわけだ。いいだろ??
クシナダヒメ!!!!

クシナダヒメ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 嫌だ。

スサノオ

へ??

即答で断られるなんて思ってもいなかったスサノオは笑顔のまま固まった。

クシナダヒメ

バッカじゃないの???
オロチがそんな簡単に倒せるわけ無いじゃない!!

スサノオ

いやいや、俺、超つぇーよ??

クシナダヒメ

はぁ ・ ・ ・ これだから、よそモンは。

スサノオ

??

クシナダヒメ

だいたい、姉様達の時だってね、黙って見ていたわけじゃないの!!力自慢の男たちが何人も何人も殺されてるんだからっ!!!

クシナダヒメ

中には許婚だっていたわ。

私一人の命で事が収まるなら、それでいいじゃない。

スサノオ

なんだ、そーゆうことか!俺のこと心配してくれてたんだなっ!!

なるほど。これが世に言うツンデレってやつか!!!

スサノオ

お前、めっちゃいい奴じゃん!!

クシナダヒメ

はぁっ!?なんでそうなんのよっ??

別にあんたのためじゃないしっ!!この地域に住む皆々さまのためだしっっ!!あんた、自意識過剰なんじゃないのっ??

蔑むような目で畳み掛けられる。

スサノオ

なっ ・ ・ ・ ま ・ ・ ・ まさか、これはツンデレじゃないのか??ただのツンなのか??

胸がキウゥゥっと痛む。

スサノオ

自意識過剰??そうか?そうかな??

・ ・ ・ まさか ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あれか?俺、初対面で既に嫌われちまったのか??

クシナダヒメ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

クシナダヒメは返事をしない。無言のまま怖い顔でこっちを見ている。

スサノオ

どうしよう。心折れそう。

スサノオ

そ ・ ・ そうか ・ ・ ・ ・ まぁ、お前がそんなに無理っつーなら ・ ・ ・ ・ 助けるだけっつーのもアリだけど ・ ・ ・

スサノオ

つーか、本当に無理なのかっ!?
生理的に無理ってことなのか??

スサノオ

ヤバい。ちょっと泣きそう。
いや、泣かねぇけど!!

そう言いながらも完全に涙目のスサノオを見たクシナダヒメは戸惑い、慌ててフォローを入れた。

クシナダヒメ

あ、いや、べっ ・ ・ ・ ・ べつに、生理的に無理って話しじゃないわよ ・ ・ ・

てゆうか、個人的にはナヨイ奴よりあんたくらい、ガッシリしてる方が好きってゆうか、タイプではあるけど ・ ・ ・ ・

クシナダヒメ

って ・ ・ ・ ・ ハッッ!!

クシナダヒメ

まずい、口が滑った

クシナダヒメがチラリと彼の方を見ると、今度はへらへらしながら、こちらを向いていた。

クシナダヒメ

なんっつー単純な奴なんだ ・ ・ ・ ・

スサノオ

へへへっ!!そうかそうか。そんなら決まりだな!

大丈夫。お前のことは、絶対に俺が守ってやるからっ!!

クシナダヒメ

ハァ ・ ・ ・ ・

クシナダヒメはため息をついてから、しばらく考えた。

姉達がオロチに食われた時の映像が、まだ脳裏に鮮明に焼き付いている。出会って数分の人を巻き込みたくなかった。

クシナダヒメ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・でも ・ ・ ・ ・
この人なら ・ ・ ・ ・ ・ ・

という気持ちが勝った。

クシナダヒメ

わかったわよ ・ ・ ・ ・
本当に、倒してくれるんでしょうね?

スサノオ

あぁ!もちろんだ!!

クシナダヒメ

絶対に死なないでよね。

スサノオ

おぅっ!

クシナダヒメ

・ ・ ・ ・ ・ 死んだらブッ殺す。

スサノオ

ハハッ!大丈夫。俺、絶対勝つから。

クシナダヒメは、スサノオの自信たっぷりの笑顔に心がすっと軽くなるのを感じた。根拠は無いけど、この人なら姉達の仇を取ってくれるだろう。

なんか、そんな気がした。

クシナダヒメ

うん ・ ・ ・ ・ ・ わかった。
・ ・ ・ ・ ・ あなたのこと信じる。

クシナダヒメ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ありがと。

そう言うと、クシナダヒメはやっと笑顔になることができた。

スサノオ

あ、よかった。デレあった。

スサノオもヘラッと笑った。

012 クシナダヒメとの出会い

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