―ソーリヨイの街・西街区―
―ソーリヨイの街・西街区―
ソーリヨイの街全体で見れば、被害は少ないのかもしれない。
西の門を破って侵入してきた魔物たちは、その付近で侵攻を止めていた。
入り組んだ街がそうさせたのだ。
だが、逆を言えば襲撃された西門付近の西街区は惨憺たるものであった。
惨いな。
なかには屈強な男も何人かいる
筋骨隆々の男だけニャ
あの酒場の登録者だったのかもな
行く価値はあると思うニャ!!
あの美少女は生きているだろうか。
死体は見ていないが、希望にはならん
酷い有様だ。魔物の襲撃とは こうもなるものなのか
生存者を数えるなら片手で足り、十の両手を持ってしても死者を数え切れない。
未だ敵がいる以上、生存者を探すことよりも、被害を抑えるために魔物を見つけた方が賢明であった。
あの数は相手に出来るのだな、俺は
幸い自分は無事だった。
五十を超える敵に囲まれたが、目立った傷はない。
身体を汚す血は、全て魔物の返り血だ。
そんなに時間も体力も費やすこともなかった。
だから、その足で残存する魔物を探した。
頼るのは戦火の明かりだ。
家屋を蝕み続ける炎は、魔物によって放たれた。
ならばそれを追えばいいだけだ。
走り出して五分と掛からなかった。
百を超える魔物が西街区の端に集まっていたのだ。
西街区の端。
それは中央街区への入り口であり、街の中心でもある。
土色のレンガが敷き詰められた広場に魔物が蠢いていた。
作戦会議をしているように見える。
扇状に広がった子分たちが、離れて立つ親分格の命令を待つ。
そんな光景だった。
国軍や連合軍が駐在していないこの街が、魔王軍の標的になるとは思えない。
つまり野盗のたぐいであることは、わかっていた。
このまま扇に広がった子分の群れに突っ込むのが得策か
ある程度の数を屠れば子分は麻痺する
その間に親分格を斬り、首を掲げれば野盗は自ずと瓦解するだろう
忠義のない相手はそれで事足り、俺ならばそれは可能だ
だが、ゆっくりと近づいてみると、その作戦は決行出来ないものだと気付かされた。
作戦会議ではない。
親分格だと思っていたのは人間で、つまり一人の人間が、百の魔物に対面していたのだ。
しかもそれが女性で且つ美少女であるのだ。
決して侮るな!!
九死において、心は一層澄んでいます!!
どこかで聞いたことのあるような台詞だな
そんな些細な問題はどうだっていい。
俺よ、あれが美少女だと言うことに着眼せよ!!
なら、身命を賭して守るかない!!
そして、彼女を侍らす!!
乾坤一擲、修羅となれ!!
賭するは我が身、いざ行きます!!
今にも美少女は駆け出そうとしていた。
丁度いい。
彼女が斬り込むより早く、横から扇を浸食し、彼女の負担を軽減するとしよう。
美少女の足元には白炎に焦がされた魔物の死体が何体もある。
相当の手練れのようだな。
ますます味方に欲しい人材であり――
侍らすに相応しい美少女だ!!
ならば支援に徹するのがいい。
彼女なりの呼吸やリズムを阻害するわけにはいかん
美少女よ、脇目も振らず戦え!!
この俺がお前をもっと引き立ててみせる!!
だが、問題が起きた。
え?
駆け出した美少女のすぐ手前にハンマーが落ちてきたのだ。
!?
……どういうことだ?
投擲されたのではない。
真上から落ちてきたしな
ならば何故だ?
恐らく……恐らくではあるが――
美少女が敵の武器を弾いて、それが今になって地面に落下した、とかか?
「え? なんで今これが」という顔をしているが、俺の推測はまさか事実か?
だが、やるべきことは定まった!!
美少女が地面に伏してしまった。
推理もそこそこに飛び出す。
行き先は当初の目的地であった扇に広がる魔物の群れではない。
美少女に向かっていった一匹の魔物。
さらに言えば、その魔物が構える鋭く突き出された剣だ。
無傷でなければ救ったことにはならない
なら方法は一つしかない!!
行動は単純。
後は行き着くだけだ!!
残念だったな!!
死ねぇ!!
させるか!!
させたら、俺は俺を殺す!!
魔物の持つ刃に向かって左腕を差し出した。
ありったけの力を入れて受け止める。
人の腕は脆い。
これがもし、ゴーレムの腕だったら?
これがもし、暗黒巨像の腕だったら?
しかし、勇者の腕は人の腕だ。
流石に折れたりはしないか……。
そこまで鍛え上げていないし当然か
すぐに刃は皮膚を破り、肉をえぐり、骨を穿って、貫通した。
貫通した切っ先が三十センチほどで止まる。
銀の刃に赤き線が広がっていく。
ソートクは、己の左腕を刺した下手人を屠る。
驚いたままだったので、斬り捨てても問題ないだろう。
美少女は無事……だな
……
怪我が無くて何よりだったな
あ……えっと、
さて、魔物どもよ
貴様ら――
いったい、何をしているかあああ!!
!?
あ、あの!!
どうした?
どこかに傷を負ったか?
わ、我が身は無事です!!
し、しかし――!!
お、御身は無事ではありませぬ!!
も、申し訳ございません!!
私が未熟だったばっかりに!!
そんなにスグに頭を垂れるな。別に未熟では無いだろう?
むしろ、今まで一人で戦っていたんだ。
まずはそれを誇ったらどうだ?
い、いえ、御身に助けられなければ私は――
!?
危ない!!
グヘッ!!
か、囲まれております!!
ほらな、未熟ではあるまい?
俺はお前に助けられたぞ?
これで貸しも借りも、無しになった
そ、そういう問題では――
それに、その傷では――
傷?
ああ、これか
ず、随分と平然としていますが――。
痛覚遮断の護符などをお使いに?
いや想像以上に痛みがある
左腕に剣が刺さっているんだ。
痛くないわけあるまい?
傷口にフタをしているから、刺さった剣も抜けない。破傷風が怖いし、何より見た目がえぐい
であれば、なおさら――
だが、それ以上に怒りがある
頭に血がのぼると、存外気にならないものだ
い、怒り……?
ああ。
痛み以上に、激する怒気がある。
こいつらにな!!
ぐふっ!!
手負いなのに、何て速さ……。
このお方……強い
貴様ら――!!
よく聞け!!
貴様らは今、この美少女の殺害を目論んでいる!!
これに相違ないな!!
び、美少女……?
うるせぇ!!
貴様もついでに殺してやる!!
手負いの奴に負けるかよぉ!!
わからぬ!!
わからぬぞ魔物ども!!
確かに、この美少女は高水準である!!
こ、高水準?
なにゆえ、殺そうとするのか!!
例えば、その美しさに心惑い、過ちを犯すこともあるだろう!!
例えば、その無垢さに心打たれ、独占欲が暴走するときもあるだろう!!
そこまでは許す!!
ゆ、許す?
だから、その手に持つ武器を、美少女を脅す道具に使うなら認めよう!!
だが、武器本来として使い、彼女を害することは断じて許さん!!
ガッはぁ……
魔物たちよ!!
斬撃とともに、その身に刻め!!
貴様らの武器はおろか、手も指も、俺がいる限り――
彼女には一切届かせん!!
……
え?
……
え、ええ――!?
あああ、あの、えと……
ん、どうした?
何を慌てている?
その、美少女とかって……
その発言の意図を汲み取れないと言いますか……
言葉通りだ
よもや自分の美しさに気付いていないわけではあるまい?
……
え、わ、私が?
――〜〜!!??
黙して照れてんじゃねぇ!!
!?
美少女追加!?
ゼリィ殿!?
女冥利に尽きる言葉を貰ったんだ!!
素直に返事してやりな!!
ですよぉ
!?
美少女増加!!
シュー殿!?
遅れちゃいましたぁ
その分働きますんでぇ――
イマハ……ヤスメ……!!
お前さんも、ウチの仲間が世話になった
あとは休んでくれよ、な?
援軍に任せっきりでは格好がつかん
うはっ!
その傷で、そこまで言えれば大したもんだ
だけどよ――
本業ぐらいさせてくれよ?
……この美少女、相当な手練れか
餅は餅屋か……
アンタが無傷だったなら、餅載せた荷車くらいは押させてやったさ
わかった。大人しくしていよう
とりあえず簡単な止血だけしておきますねぇ
精霊ちゃん、お願いですぅ
ガッテン……マカセロ!!
マズ……刺サッテイル……剣ヲヌク!!
フン!!
痛っ!!
想像以上に荒治療だな……。
手の平サイズの精霊なのにパワーがある……
麻酔もしてないのに「痛っ」で済ましますかぁ普通?
パッフさん、変わった人に助けられましたねぇ
イタイノ……イタイノ……トンデイケ!!
コレデ……止血ハ……オワッタ!!
ありがとうですぅ、精霊ちゃん
完治はしていないのでぇ、安静にしててくださいー
痛みが引いた……
この美少女もまた、相当な実力者だな
ちぃっ!!
また増えやがったか!!
安心しろ、魔物ども
もう増えねぇよ
ぐぇ……!!
精霊ちゃん、雷が見たいですぅ
ガッテン!!
アブァ……!!
奮う斧は、大地を裂き――!!
放つ魔法は天を衝くぅ――!!
我らが、戦場に身を置けば――
敵の悲鳴が高らかに〜
気持ちは楽にしてから来い!!
如何にしてても、結果は死のみ!!
行くぞ!シュー!!
ハイですぅ
……行ってしまった
頼もしい二人だな。
遊戯のように敵を屠っている……
え、ええ
聞いた方がいいのでしょうか、私を美少女と評したことを……
い、言われたことなど無かったので、どう反応したら良いのでしょうか……
否!!
まずは、命を助けて貰った礼をしなければなりません!!
そ、そこの殿方!!
殿方?
ああ、そういえば何も教えてなかったな
説明しておくか……
その方がスムーズに行きそうだ
この身を助けて頂き、誠に感謝いたします!!
身を挺した御身のお働きにより、今の私は生きております!!
恩を返すためならば、どんな苦労も惜しみません!!
そういえば言っていなかったが、俺は勇者だ
今は職無き身ですが、私は騎士でした!!
故に、人に仕えることに心血を注ぐことに抵抗はありません!!
全力を以って恩を返させて……
……え?
勇者だ勇者。
昨日今日なったばかりだがな
一応、エルエット大教会の認定証もある
……なんと
ついに……
ついに……
ついに見つかったのですね!!
それでだ、お願いがあるん――
お願いがございます!!
お、おう?
我が名はパッフ!!
剣技、槍技に自信があり、精霊とは未契約ながら魔法の心得もございます!!
私を、貴方に仕えさせてください!!
む、向こう側から来てくれるとは……
何卒!!
と、言うことはつまり……
気の毒だったな!!
オレの斧は腐った血肉に餓えてるぜ!!
あの美少女も――
さあさあ〜、シューが手伝いますよぅ。
思うが儘に、悲鳴を奏でてごらんなさい〜
あの美少女も――
侍らすことが叶うのか――!!
何卒です!!
パッフよ……
は!!
俺の道中は予断を許さない
それでも来ると言うのだな?
……も、
もちろんです!!
火の中、水の中、草の中、森の中、土の中、雲の中――
骸になるまで侍ります!!
しかと聞いたぞ!!
その言葉に偽りは無いのだな!!
はい!!
この機会を逃せば、次いつ勇者殿と出会えるか分かりません
それにこの方ならば、世界を平和に出来るでしょう!
私はここに忠誠を誓います!!
欺き、虚偽は微塵もありません!!
胸中を確かめて頂いても構いません!!
!?
胸中を確かめよ……と?
胸中……
『胸』当ての『中』身……
つまり……
乳房か!!
乳房を触らせて、忠義を示すと言うのだな!!
では確かめる!!
え?
む?
想像以上に弾力および抵抗が無い……
未だ、頂きにあらずといったところだな
い――
いやああああああ!!!
――……