第五幕

宇宙の涯(はて)。
涯の涯。
はて、ここはどこ? と誰もが惑う涯。

円筒型宇宙船『ウーム』がその涯を航行する。
艦橋コックピット内。
警報音がけたたましく鳴り響く中――。

操縦席で操縦桿を握るタカ。

なぜだ!? なぜ機体の出力が落ち続ける!?

そこに船員ルーシーが、あわてて入ってくる。

キャプテン!

報告を! いったいなにが起きたんだ!?

レーダーにも映らず、クルーの誰ひとり気づかなかったんです。

それは本当に突然で、目視できたときにはもう…………もう回避不可能で――

だからなにが起きたって言うんだ!?

メインモニターを!

コックピット内メインモニターに、宇宙船『ウーム』周囲の宇宙空間が映し出される。

!?

その広大な領域を横断するように、黄色い大河が生じている。

あれはなんだ? まるで宇宙を流れる黄色い河じゃないか?

我が船はすでに周囲350度を、この黄色い粉末流星物質に呑みこまれています

残り10度。その希望の“10”が“自由”の突破口か

粉末流星に突入してから、船体のあちこちがめまいを起こし、レーダーはまるで千鳥足。

予定航路も大幅に逸脱してるはずです

エンジン系統の異常は?

今、ボーリが

そのボーリが、血相を変えて飛び込んでくる。

第一、第二エンジン停止!
第三、第四エンジン瀕死!
第五、第六エンジンまぼろし!
どれも火を噴きだし、大火事寸前だ!

この船に第五、第六エンジンなんてないじゃない!

知ってるさ!
幻にすがりたいほど深刻だということだ!

ボーリ、瀕死の第三、第四の停止までの猶予は?

猶予を言うよ。
永遠と刹那の間だ

なによそれ!? 答えになっていないわ!
マザーコンピューターの推測値を報告してって言ってるの!

それなら、今持ってくる

そう言うと、ボーリはコックピットをあとにする。

首をかしげるルーシー。

持ってくる?

すぐに戻ってくるボーリ。
その腕に、身長の半分ほどもある砂時計を抱えている。

??????

よっこらしょっと、砂時計を床に置く。

さすが、マザーコンピューターの出した答えは重みがある

そうね、こんな大きいんだもの…………

――じゃなくてなによこれ!? なんでマザーコンピューターの答えが、こんなアナログになっちゃうのよ!?

いつの世も、マザーは機械に弱いと相場が決まっている。テレビの録画とかできないじゃん

あたしはコンピューターの話をしてるの!

落ち着け、ルーシー

でもキャプテン、このバカが――

この砂時計がマザーコンピューターの出した答えなら、きっと重要な意味があるはずだ。

よく見てみよう

砂時計をじっと見つめるタカとルーシー。

いやこれ、俺が趣味で作っただけなんだが

持って帰れよ!

そしてあんたがこの中の砂になれ!

きびきびと厳しいツッコミありがとう。
……――でもルーシー!

な、なによ?

おまえはいいところに気がついた。
俺が言いたいのは、まさにそこなんだ

底なしのバカのそこってどこよ?

ボーリは、さらさらと砂が落ちてく砂時計を指さす。

見てくれ。
砂時計を満たし、重力に従順な――黄色い砂を

黄色い砂?…………黄色?

砂時計内の砂に目を凝らすタカ。
流れ落ちる砂の色は、よどんだ黄だ。

この砂時計、器はたしかに俺が作った。宇宙航行の際はいつもそうしてるんだ

無重力に毒され、
上か下か、右か左か、正気か狂気か見失わないよう、いくつもいくつも作るんだ

そして行く先々の星で入手した砂をつめ、地球帰還後、知人に配る。
宇宙土産として大好評さ。

でも…………

眉をひそめるボーリ。

今度ばかりは砂が手に入らなかった。
どの星のどこを探しても、星の時間を刻む砂は見当たらなかった

まるで宇宙の涯は、無地なる無時間。
俺たちは進んでるようで、止まってるだけだと言われてるみたいに

そ、そんなことないわ。
あたしたちはこうやって宇宙を巡り、やがて地球に帰るんだもの

ああ、俺もそう思った。
そしてそう思った矢先――。
宇宙船『ウーム』は黄色い大河に呑まれ、この砂時計に黄色い砂が満ちた

まさかこの砂が…………?

そうだ、キャプテン・タカ。
この黄色い砂が、宇宙を流れる黄色い大河の正体だ

それってつまり、この砂のせいで船が故障したってこと?

砂が舵をくるわせ、エンジンを火事にしたってこと?

くるわせたんじゃない

え?

黄色い砂は船を眠らせたんだ。
俺たちを黄色い夢へ取り込もうとしてるんだ

じょ、冗談じゃないわ!
宇宙で夢なんて見るわけないじゃない!

ああ、無重力の夢は浮足立って、前後不覚に陥る。気づけばそのままブラックホールだ。

闇の絶望に喰われてしまう

あたしはイヤ! そんなのまっぴらよ!

落ち着くんだ、ルーシー!

…………キャプテン……

大丈夫だ。
君の瞳にも、俺やボーリの瞳にも、まだ星は輝いている。
この星の光、眠るには明るすぎるだろ?

うなずくルーシー。

キャプテン、絶対に…………絶対に帰りましょうね、地球に

もちろんだ

キャプテン、俺たちに指示を。
黄色い濁流を泳ぎ切る、正気のすべを

第三、第四エンジンを延命させてくれ!
死神を遠ざけ、少しでも時を稼ぐんだ!

了解!

コックピットから出ていくボーリとルーシー。

タカは操縦桿を握りながら、メインモニターに映る黄色い大河を見つめる。

河が流れる。黄色い河が

目をつぶるタカ。

明け方の夢のようなその色に目をつぶれば、たしかに大河のうねりが聞こえてくる

聞こえるはずのない水音が、ざざっ、ざざっとタカの耳に寄せては返す。

まがいものの音は、まがまがしく。
けれど水の和音となって、いつしか潮騒の衣をまとう。
あの日の大海原の色をよみがえらせる

海は青かった。
地球は今、どんな色をしているだろうか。
愛するひとは今、なにをしているだろうか

目を開けるタカ。

前を見よう。絶望するな。

どんなときだって、愛するひとをこの目に写せば、闇には呑まれない。
まだ船は、きっと飛べる

操縦桿を操り、懸命に突破口を見いだそうとする。

心配ない。
流れるように産まれた俺なら、黄色い大河だって乗り越えられる

黄色い奔流が押し寄せてくる。

しかしタカは怯まない。

必ず戻るんだ!
遥か彼方…………――あのひとの元へ!

コックピットに戻ってくるボーリ。

メインエンジンが停止したぞ!

そのあとから姿を現すルーシー。

そしてサブエンジンが遺書を書きだしたわ!

同時多発的にあちこちのシステムがダウンしている!
高熱にうなされ、うわごとで別れを告げてるんだ!

なんなのこれ!? 船の各部が次々伝染病にでもかかったみたいだわ!

ここは無重力だ!
“戦艦”が引っくり返って“感染”した例は枚挙にいとまがない!

まさかこの船、未知の病原菌にでもやられたというの!?

ああ、宇宙の涯じゃ、ウィルスだって居留守を使う! だまされ、気づいたときには――

船内が混迷を極める中――。

砂時計だけが静かに黄色い砂を落とし、時を刻み続ける。

☆ ☆ ☆

すぐそこに荒地が広がる、町の外れ。
疲れた様子で、足元をふらつかせているカシュウ。

自分の背丈ほどもある砂時計を肩に担いでいる。

ん……しょ……よいしょ…………お、重い…………もうダメだぁ……

道端にドンッと砂時計を置く。
中の黄色い砂が、さらさらと落ちだす。

地面にぺたんと座り込み、その砂時計に語りかけるカシュウ。

砂時計よ、答えておくれ。
おいらの命の期限はあとどのくらい?

男の声が聞こえてくる。

おまえの命の砂、その最後の一粒が落ち切るまで……――残り千四百四十分

なあんだ、まだたっぷり――

あと一日きっかりだな

い、一日!? たった一日!?

たった一日で、おまえの“死”のフラグが立ったな

おいら、“シ”の音は苦手だよ。
どうせなら“ソ”と“ラ”で、澄み渡った“空”の歌を歌いたい

澄み渡った?
それは純粋のようなものか?

純粋?

いや、なんでもない。

それより歌なんて歌っていたら、一日なんてあっという間だぞ

おいらの命の期限切れ

そうだ。
おまえは八百裂きに咲き乱れ、血肉は崩れ、散り散り、じりじり、風に撒かれるんだ

時間を止めておくれよ、砂時計

それは無理な話だ、カシュウ

どうして?

その時計、見たところ、おまえにはもっともふさわしくないからさ

え?

くっくっと笑いながら、物陰から現れるジン。
カシュウとやりとりしていたのは彼だったようだ。

なあんだ、ジンだったのかい?

カシュウ、その砂時計の中身、砂ではなく黄色い粉薬だ

ジンの右目は光を失っているが、カシュウは気づかない。

砂時計の中身をまじまじと見つめ、顔色を変える。

ホントだ! おいらの大っ嫌いな薬だ!

憎悪するものに命乞いとは、ついに純粋を濁らせたか、カシュウ

死神ダンゼツを捜してたら、荒地にこれが落ちてたんだ。
バックにあげれば、おいらのこと許してくれるかなって

そんなガラクタでバックは喜ばんよ

でも死神ダンゼツが見つからないんだ。
たくさんのひとに訊いて回って、東西南北三百六十度中、三百五十度まで捜索したんだ

そうさく……か。
ふん、さすが嘘つきカシュウ

ジン?

残り十度の逃げ道を、都合のいい創作の嘘でこしらえるつもりか?

おいら、そんなつもりはないよ。
ホントに必死に捜してるんだ。でも見つからない。
死神ダンゼツなんて、誰も見たことないって

誰も……か

自らつぶした右目を、そっと手で押さえるジン。

どうかしたかい、ジン?
顔色が悪いようだけど

なんでもない。
それよりリミの方はどうなんだ?

リミ?

リミはおまえの前に、姿を現さないのか?

リミとは会えていないよ。
きっとこのあたりにはいないんだ

本当か? また嘘をついてるんじゃないだろうな?

嘘じゃないさ。おいら、嘘は薬と同じくらい嫌いだから

どちらも、使えば大切な自分を忘れちまいそうだもの

結構じゃないか。
大バカでうすのろで、まもなく殺されそうな自分がそんなに大事なものか?

俺がお前なら、黄色い薬をしこたま飲んで、妄想の楽園にでも逃げ込むがな

おいら、バカだからよくわかんないけど

なんだ?

バカだし、まだ死にたくもないけど……

こんなおいらでも、おいら、おいらのことが好きなんだ

呆れ顔で肩をすくめるジン。

大バカの思考は理解しがたいな。
まあいい。とにかくあと一日。おまえの命の一日だ

カシュウに背中を向け、歩き出す。

おまえが希望のソラを歌うか、シの葬送曲を奏でるか……。

“ド”し難い世界の片隅で、おまえの純粋の調べを最後まで聞いてやろう

その背に声をかけるカシュウ。

ねえ、ジン。
ジンは自分のことが好きじゃないのかい?

立ち止まるジン。
口の端が、わずかにゆがむ。

大バカのくせに、生意気な息を吐くな!

振り返ろうとした瞬間――。

…………

視界の端で影がよぎり、瞬く間に消え去る。

――くそっ……

右目を押さえ、舌打ちするジン。

ジン、目に埃でも入ったかい?

払いのけた“埃”が、理(り)を失い、矛(ほこ)となって俺を貫くか……

ジン?

バカには死んでもわからない理(ことわり)だ

理(ことわり)、バカお断り?

ああ、せいぜいその命、現世から断られないよう、あがいてみることだ。

大バカの命の期限は、すでにカウントダウンがはじまっているのだから

そう言うと、ジンは歩き去る。

深いため息をつき、砂時計を見つめるカシュウ。

砂が落ちてく。おいらの命が崩れてく。
さらさら、さらさら、命は軽く、ちっこくて。
一粒、二粒、なくなったって、きっと誰も気づかない

どうしておいら、死神なんて見ちまったんだろう?
どうしておいら、それを正直に話しちまったんだろう?

ねえ、リミ。大好きなリミ。
おいら、あと一日で死ぬみたいだよ。
この身体もこの心も散り散りになって、崩れ、風に撒かれるみたいだよ

怖いよ、嫌だよ、逃げ出したいよ。

でもおいら大バカ、本物バカだから、どうしたらいいかわからないんだ。

ああ、バカって不自由なんだね

だからリミ、愛しのリミ。
おいら、願うことにするよ。ただ祈ることにするよ

砂みたいに崩れたおいらが風に舞い、
空に踊り、
さらさら、さらさら流され、流され、また流されて、
そうして最後に、大好きな君の元へたどり着けますようにって

あと一日だけ待っていておくれ。

明日の朝陽が昇るころ――。
きっとおいら、君の横で目覚めると思うんだ

黄色い粉薬の砂時計に背を向け、とぼとぼと当てもなく歩き出すカシュウ。

☆ ☆ ☆

木造一階建ての、小さなあばら家。

あちこちの隙間から吹き込んでくる風には、潮の匂い。
タカとナミの自宅だ。

寝床から起き上がるタカ。

また夢か……

……夢?

声に驚いたタカが横を向くと、そこにはサキが寝ている。

うわあ!

どうしたの? 寝ぼけたのかしら?

笑顔で起き上がるサキ。
タカと顔を合わせ、ほんのちょっと伸びをして――。

(ちゅっ)

短く触れるようなキスをする。

目をぱちくりさせるタカ。

目、覚めた?

……――幸福に驚いた

着慣れていないのね、幸福を

君は着慣れてるの?

私もはじめて幸福に袖を通したわ

そっか、一緒か

でも素敵ね。
服を脱いだふたりが、おそろいの幸福を着られるなんて

幸せって、海の幸じゃなかったんだ

え?

俺はそう教わったんだ。
幸せは、ウニやサザエのハーモニーだって

あなたのお母さんがそうおっしゃったの?

母さんは海女だからね。
海で採れる言葉で、俺を育ててくれたんだ

でもあなたの手紙は、それだけじゃなかった。
満天の星のような言葉で、きらきら輝いていたもの

今は宇宙時代だからね。言葉だって星座を結び、想いを光らせる

光速で、愛するひとに届く

…………ねえ

サキの顔が曇る。

どうかした?

本当に宇宙に行くの? 星々を巡るの?

――うん。子供のころからの夢だったから。
それに…………

それに?

星の海を泳ぎきれば、なにかが見つかる。

重力という重い力から自由になったとき、自分にとって大切ななにかがわかる気がするんだ

でも会えなくなる

ごめん。
でもたった一年……いや、正確に言えば十月十日(とつきとおか)だけさ

十月十日(とつきとおか)って、
たとえば新しい命が芽生え、母の胎内で育ち、そして祝福とともに誕生するほどの、
長く愛しい時間なのよ

でも永遠に比べたら、一瞬だ

それはそうだけど……

だから俺たちは十月十日(とつきとおか)を越えて育てよう。
ふたりにとっての長く愛しい時間を。

それを今ここで、永遠(とわ)に誓うんだ

それって……

うなずくタカ。

――結婚しよう

!?

ポカンとするサキ。
丸くした目を何度も瞬きしたあとで――。

……――うん

笑顔で応えた。

ありがとう。さっそく母さんにも伝えるよ。
俺たち、結婚するって

お母さんは今日も海?

今は稼ぎ時らしくてね。
それでちょっと困ってる

どうして?

なかなか帰って来なくて、不在の六泊七日を繰り返すんだ。
だから俺たちのことを話すには、俺が海に行かなきゃならない

窓の外を見つめるタカ。
空をカモメが飛び、かすかに潮騒が聞こえてくる。

じつは俺、一度も海に行ったことがないんだ

海女さんの息子なのに?

幼いころから、母さんにきつく言われてるんだ。
海に来てはいけない。私が海に潜ってる姿を見てはダメだって

それなら言いつけは守ったほうがいいわ。
タブーをたぶらかす真似はやめましょ

でもホントにいつ帰ってくるかわからないんだ。
ぐずぐずしてたら、あっという間に宇宙出発の日だ

私は、お母さんの帰りを待った方がいいと思うな

おとぎ話や昔話だってそうじゃない?
見てはダメって言われたものを見て、幸せになったひとはいないわ

そうかな

ごくりと喉を鳴らし、顔を強張らせるサキ。

とても怖い昔話があるわ。
怖すぎて、百物語から飛躍して、百八十番目の物語になったほどよ

それ、怖いのか怖くないのかよくわからないけど

タイトル、聞きたい?

き、聞きたい

…………――夕鶴

…………

ゆ~う~づ~る

いや、言い方変えても……。

というより、夕鶴ってそんな怖い話だったかな

海から戻ったお母さん、痩せてない?

疲れてはいる

枯れているほど痩せてるの?

枯れてるんじゃなくて、疲れてるだけさ

自分の羽根をムシムシむしって、はたを織ってるんだわ

はたなんて織らないよ。ハタハタって魚はたまに捕まえてくるけど

二度もはたを織ったら、痩せ細るに決まってるわ

そもそも、鶴は海に潜らないよ

鶴じゃないなら、なに? 昆布?

その息子の俺は、なんになるんだい?

子持ち昆布の子よ! 辻褄が――

合わないから!

ふたりは顔を見合わせ、やがて笑い合う。

こういう会話のやりとりも、この先のあなたとの人生で、いくつも重ねられるのね

ああ。
貝殻に耳を当てると潮騒が聞こえるように、
会話の貝からは、俺たちの笑い声がいつだって聞こえてくる

そんな家庭を作ろう、ふたりで

愛してるわ

悪戯っぽく笑って。

たとえあなたが昆布でも

勘弁してくれ。

でも…………。

顔から笑みが消えるタカ。

どうかした?

知りたいんだ。
俺が何者なのか。誰の子なのか

あなたは海女さんのお母さんの子でしょ?

ああ、たぶん……いや、きっと。
でも風の噂で聞いたことがあるんだ

風の噂なんて、そよそよとよそよそしい妄想を運んでくるだけよ

けれどその噂は、俺にこう囁いたんだ。

産まれたばかりの俺は、疑惑の産衣(うぶぎ)にくるまっていたって

疑惑の産衣?

そんな産衣なんて、サイズが合わずにとっくの昔に捨てたのに、
それでもときには、幻みたいな乳臭さと不安の温もりがよみがえる

もし……もし海原(うなばら)に行くことで、その不安が晴れるなら……。
その禁断の波打ち際に、真実の実が流れついているのなら……

見えない海を探すように、窓外に目を凝らすタカ。

俺は宇宙に旅立つまえに、海に行くべきだと思うんだ

そんなタカを優しく見守るサキ。

そこまで言うなら、私は止めないわ。

行ってらっしゃい――海へ

ありがとう。

行ってくるよ――海へ

でもこれだけは覚えていてね。

私たちが着るのは疑惑の産衣なんかじゃない。
オーダーメイドの幸福の服だということを

忘れない

どちらからともなく顔を寄せ、キスを交わすふたり。

窓から差し込む陽光がふたりを照らす。
床に描いた影は、優しく溶け合い、ひとつに重なっている。

つづく

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