第四幕
第四幕
廃墟と化した村の一角。
バックたちが根城にしている一軒家の周囲は、常に黄色い風が渦を巻く。
そのドアが開き、カシュウがゴロゴロと転がり出てくる。
嘘じゃないよ、信じておくれ。本当にあそこにいたんだ。死神ダンゼツが現れたんだ
地面に這いつくばって訴えるカシュウ。
ドアから、のっしのっしと出てくるバックと、その背後に仕えるジン。
バックの手には、刀がギラリ。
だが誰に訊いても、どこを探しても証拠がねえ!
証拠?
真実の料理に欠かせない、胡椒のことさ
よくわからないよ、おいらの頭、元から故障気味だから
こしょうがねえなら、こうしよう
どうしよう?
本物バカのカシュウは、大好きなリミを逃がすために嘘をついた。
俺たちをだましたってことにしよう
そ、そんなぁ…………違う……違うのに
おいら、こういうのなんて言うか知ってる。たしか……濡れ……――濡れ衣ってんだ
バカめ、この乾ききった星にはもう、濡れるものなんてねえんだよ!
刀をカシュウの鼻先に突きつけるバック。
誰かが流す血、以外はな
本当においら、嘘なんてついてないんだ。
だって大バカカシュウは嘘が嫌い。
ひとの想いを踏みにじる嘘が嫌い。大っ嫌いなんだから
ほう、“キライ”の中に、lie(ライ)を隠すとは。
大バカカシュウは、根っからの大嘘つきかもしれません
へ? なんのことだい?
羊みてえに無害のふりして、中身は嘘つき狼ってわけか
狼? 誰が? おいらが?
おいら大バカ、本物バカのカシュウだよ。
ほら、心臓の鼓動までうすのろだ
そう言って、胸に手をあてるカシュウ。
ドクッ…………ドクッ…………ドクッ……
こいつ、嘘だけじゃなく、“毒”までまき散らすつもりか!
ち、違――
カシュウの開いた口に、刀の切っ先を突き入れるバック。
今ここで、嘘を産む舌をちょん切ってやってもいいんだぜ
はわ……わわわわ
まあいい、俺も冷血じゃねえ。
――期限は六泊と七日
ほふはふほ、はほは?
六泊と七日。それまでに死神ダンゼツを連れてこい
ほへ?
ジンに視線を向けるバック。
それでいいんだろ、ジン?
ええ。
伝説は伝説へ伝染します。
死神ダンゼツを捕え、水伝(すいでん)の塔への鍵にするのです
ほへほへ?
鍵はガキのてめえがどうにかしやがれ。
だがもし期限の六泊と七日までに、死神ダンゼツを見つけだせなかったら……
ほへほへほへ?
俺の機嫌がいいのもそこまで。
てめえの命は期限切れ
カシュウの口に入れたままの刀がギラッと光る。
嘘八百のてめえは、八つ裂き重ねて、八百裂きの刑だ!
刀を無造作に引っこ抜くバック。
その拍子に、カシュウの口の端を切る。
ひっ、き、き、切れたっ……唇がピリッていった。きっと血が出てる!
嘘つきバカの口も、これで少しは回らなくなるだろ
口元を押さえながら、涙目でバックに許しを請うカシュウ。
勘弁しておくれ。おいら、なあんも悪さしてないんだ。
ただ見ちまっただけなんだ。
この大バカの目に映っただけなんだよ
カシュウ、なぜおまえだけに死神ダンゼツが見えたのだろうな?
それは……よくわからないよ。
…………好きだからかな?
好き? 愛しているのか?
うん
リミのことか?
うん……え? リミ?…………いいや、リミのことじゃなくって、死神ダンゼツがおいらのことを――
愛する幼なじみを追うのはイヤか?
昔っから、リミはおいらに優しかったんだ。だからおいら、リミの嫌がることはしたくない、本当は
つまり、死神ダンゼツを追うのはイヤだと?
え?
伝説の死神を、嘘の陣痛で産み落とし、
はばかり、バカのかりそめで、
現(うつつ)へと養育する
すべて、嘘つき少年がやりくりした、からくりか
わからない、わからないよ。
おいら、ジンの話がさっぱりだ
これは死神ダンゼツの話かい? リミの話かい?
今はどっちなんだい?
冷たい笑みを浮かべ、カシュウの頭をなでるジン。
今は、今際(いまわ)が迫るおまえの話さ、カシュウ
おいら、こんな恐ろしいことはじめてなんだ。
自分で自分がわからなくて、ぼ~っとして曖昧で……
それはてめえがバカだからだろ?
かしこい俺は自分のことがはっきりわかる。
俺の名は――バッカ!…………間違えた、バックだ
でもバカなおいらだけど、やっぱりまだ生きたい。
愛しいリミと、また遊びたいんだ
へっ、安心しな。
もし死神を見つけだせなかったら、俺はてめえのバカだけを、うまいこと斬ってやるからよ
それって、おいら助かるってことかい?
ああ。
バカ以外のてめえはな
バカ以外のおいら?………………あ、ないや
じゃあ、八百裂きカシュウのできあがり
や、やだああああー!
期限は六泊と七日。
その折り目正しき時間の中で、せいぜい探してみればいい
バカ以外のおいらを?
死神ダンゼツと、
おまえの“曖昧さ”に潜んだ、“愛”という幻想をだ
よくわかんないけどわかった!
おいら行くよ! 死にたくないもん!
そう言い残して、カシュウは走り去る。
それを不服そうな顔で見送るバック。
ジンよ、六泊七日は長すぎんじゃねえのか?
気になりますか? その折り目正しさが
死神ダンゼツなんていやしねえよ。
あの本物バカが垂れ流した妄想だ
カシュウは囮(おとり)にすぎません。
か弱き鳥を飛ばし、獲物が食いつくのを待つのです
リミのことか?
でもよ、うすのろカシュウが、逃げ足だけはいっちょまえのリミに追いつけんのか?
いいえ、カシュウがリミに追いつくのではありません。
伝説を妄信し、運命を猛進するリミが、カシュウの無知に引き寄せられるのです
なるほど!…………ってさっぱりわからねえ!
良いのですよ、バック。
あなたは上に立つ人間だ。無知の尻を権力のムチで叩いてさえいればいい
なるほど! 俺はむちむちの巨乳女が大好きだ!
………………
ん? どうかしたかジン?
いえ、なんでもありません。
ところで知ってますか?
我々は、カシュウを大バカや無知とあざけりますが、リミはカシュウをこう呼ぶそうです
……――純粋、と
純……粋?
枯れきった星を潤そうとする、正気の水のこと、かと
へっ、んなわけあるか!
カシュウはただの大バカだ。正気とは違う!
しかし、喉を枯らした星が、純粋という水を欲しないとも限りません
冗談じゃねえ!
伝説を手に入れ、星に君臨するのは、この俺様だ!
そんな水、黄色い砂で吸い尽くしてやらあ!
どうやら、今は風向きがよくないようです。
ご覧ください、カシュウが走り去ったあとを
地面を指さすジンと、目を凝らすバック。
すぐにバックがハッとする。
なんだありゃ!? 黄色い地面に染みが点々と!
カシュウの純粋が零れ落ちたものかと
そんなことがあってたまるか!
あれは…………そうだ、さっき俺が切ったヤツの口から垂れた血だ!
無知の血だ!
地面にしゃがみ、あらためて染みを確認するバック。
この染み、全然赤くねえ。
無色透明、嫌味なくらい澄み切ってやがる
指で染みに触れ、それからその指をぺろりとなめる。
嫌味なくらい嫌な味だ
でも今はこのほうが都合がいい
なぜだ!? おまえの言葉は、たまにめまいがするほどわからねえ
カシュウが走れば、純粋の水が零れます。
伝説を蔓延させようとひた走るリミは、きっと喉の渇きをおぼえるでしょう
それを癒すために、正気の水が必要になる。
必ずカシュウに会いに来る
ああ、わかったぞ。
俺たちは大バカカシュウを……いや、ヤツの染みを追えばいいんだな?
ええ、正気を保ちながら
心配いらねえ。
薬師を脅して作らせた新薬、その効き目は抜群だ
濃度は?
どいつもこいつも、“NOだNOだ”とわめくほどに濃い
なるほど、自身をも否定するNO度…………素晴らしい
こうしちゃいられねえ! さっそくカシュウの染みを追うぞ!
建物の中に向かって怒鳴るバック。
今すぐ出るぞ! 準備しろてめえら! ぐずぐずすんな!
声を荒げながら、室内に戻るバック。
ジンがそのあとに続こうとしたとき――。
吹き抜けた風が砂埃を舞わせ、一瞬、目がくらんだジンは顔を背ける。
――!?
その視界の端に影がよぎる。
………………
死神ダンゼツの姿は、すぐに黄色い風と共に、街角の向こうに消え去ってしまう。
刹那の幻のような遭遇に、ジンはやがて、くっくっと笑いだす。
これは傑作だ。ゆえに滑稽だ。
カシュウから私になにか伝染したらしい。
バカか純粋か? どちらも私には必要ないぞ
懐から黄色い錠剤を幾粒も取りだし、口中に放り込む。
……ああ、痺れていく。
即効性のあるこの痺れこそが、私の密やかな夢を呼び覚ます
なあに、だいそれたものではない。ただ甘美なだけ
理不尽な飢えと病で、我々からすべてを奪っていくこの星……。
滅亡寸前の黄色い星の最期を、この目で愛(め)でたい…………――それが夢
腰に差した小刀を抜くジン。
ようやくその夢が叶いそうなのだ。
この星の最期の希望……――リミの伝説を絶望に変え、星に蔓延させれば、必ずこの星は断末魔の叫びを上げる
そう、必要なのは断末魔という悪魔なのだよ、カシュウ。
けっして安らかな死を与える、死の神などではない
だってそうだろう?
こんな星の最期が安らかだったら興醒めだ。興をそぐな。器用な死はゴミだ
だからカシュウ、私は……。
私は私を邪魔するものは排除するぞ。否定するぞ
バカも、希望も、純粋も、
運命も、真実も、己自身も、
そして大バカが宿す、曖昧な愛も――
血走った目をカッと見開く。
――なにもかもを!!
小刀で自分の右目を突き刺すジン。
血があふれ、地面に落ち、染みを作っていく。
ジンは身体を震わせ、凄絶な笑みを浮かべる。
くっ……くくっ…………くははっ。
黄色い薬が分かつ現実と虚構。
その二分の一がこれでなくなった
許せカシュウ、大バカカシュウ。
私はなにも見ていない。死神なんて見ていない。
金輪際、見たいものしか見ないと決めたのだ
自身の血で生じた地面の染みを、荒々しく踏みにじる。
さらば幻、
さらば右目――“ライト・アイ”。
これでちっぽけな、“正しき愛”も消え失せた
満足気な表情で、建物の中へ入っていくジン。
その建物を、黄色い風がざわざわと覆っている。
☆ ☆ ☆
古ぼけた小さな平屋造りの民家。
その室内のベッドで眠っているタカ。
zzzzzzzz
部屋にひとりの女性が入ってくる。
洗濯物の入ったカゴを抱えた彼女の名は――ランという。
…………
壁と壁の間に吊るした紐に、洗濯物をかけていくラン。
タカが寝返りをうつ。
……ん……うぅ……
あら、気がついた?
こ…………ここは?……――っ!
起き上がろうとするが、全身の痛みと、いまだ曖昧な意識のせいで、それもままならない。
ダメよ、まだ寝てなきゃ。
ひどい怪我だったのよ、あなた
こ、ここはどこ……です……か?
私の家よ。私は薬師のラン。
心配しないで、私の薬で怪我は必ず治るから
俺は…………タカ
タカ、あなた道端で倒れていたの。砂に埋もれそうになっていたの。
見つけるのがもう少し遅かったら、きっと心も身体も黄色い砂に侵されていたわ
み、みんなは……?
ほかの……クルーたち……は?
なんのことかしら?
宇宙の涯(はて)……飛んでいて……異変が…………不時着を……ボーリや……ルーシーは……宇宙船……ウームの……みんなは……
よくわからないけど、倒れていたのはあなたひとりだったわ
そんな…………そ、そんな……――くっ!
身体の痛みに苦悶するタカ。朦朧とする意識。
もう少し眠りなさい。
今は怪我を直すことだけ考えて……いいえ、それすらも考えず、心をからっぽにして眠るの
からっ……ぽ?
からっぽの殻に閉じこもるようにして……。
そうね、夢くらいなら見てもいいんじゃないかしら。
とびっきり楽しい夢を。
さあ……――おやすみ
優しくなだめられ、タカは再び眠りにつく。
その寝顔を見つめながら、ランは吐息をつく。
大変な目にあったみたいね。
でもどうか…………どうか心だけは正気でいて。
この星ではどんな病気や怪我の治療より、正気の特効薬の調合が難しいのだから
物憂げな顔で、洗濯物をかけはじめるラン。
不意に、窓の外を誰かが風のように通り過ぎる。
?
カタカタと、風が窓を打ち叩く。
…………――!!
なにかに気づくラン。
リミ?…………ねえ、リミなの!?
その声に反応するようにドアが開き、リミが姿を見せる。
母さん!
リミ!
互いに駆け寄り、抱き合うふたり。
これは夢じゃないのね?
夢のように優しいね。
でも母さんの声は、僕の心の目覚ましアラームだ。寝坊なんてするもんか
本当に無事でよかった。正気でよかった
うれしそうに、リミにほおずりするラン。
けれどすぐに表情を引き締める。
でもリミ。愛しい我が子。
ここに戻ってきてはいけないわ。あなたの運命を刈り取ろうと、薬臭い大人たちが嗅ぎまわっているもの
うん、わかってる
自分の胸をポンッと叩くリミ。
この心臓は、運命で動く希望のポンプ。
ドック、ドックと星の未来を放出する
決意を宿したまなざしは、まっすぐだ。
だからこの星を救う伝説のため、鼓動は絶対に止めやしない
ええ、そうね。
あなたは希望。
この町の、この国の、この星の最後の希望だわ
それが僕の運命。それ以上でも以下でもない存在理由、なんでしょ?
亡くなった父さんも、そう言っていたわ
……母さん
なあに?
父さんは僕を愛してくれてたよね?
あたりまえじゃない。
物心つく前に亡くなったから、覚えてないのも無理ないけど。
父さんはあなたに、ありったけの愛情を注いだわ
そっか。よかった。
それだけ聞きたかったんだ
リミ?
運命を全力で走ってると、周りには誰もいなくなる。
気づけば、孤独の毒にむしばまれそうになるんだ
…………
でももう大丈夫。
僕は伝説のゴールまで走り続けるよ。
運命の心臓をフル稼働させて、はやてのように
わかったの? 水伝の塔の場所が
西の涯(はて)の老人が教えてくれた。
――転がるサテンの砂漠、夢見る獏のまどろみに
西?……“西”は風で反転する、“死に”ゆく墓所のはず。
そんな危険なところまで行ったの?
心配ないさ。
僕は伝説にすべてを捧げる、生贄(いけにえ)の運命少年。
伝説以外の場所では死ぬもんか
生贄だなんて、そんな…………でも…………ううん、そうね。そうだったわね
僕は走り続けるよ。
この背中にしょった水神(みずかみ)の角を、水伝の塔に収めるまで。
伝説の雨を降らし、この星を希望で潤すまで
くれぐれも無茶はしないで。身体にだけは気をつけて
うん。
じゃあ、行くね
踵を返し、ドアから出ていこうとしたとき――。
ん…………うぅ……
ベッドで眠っているタカが、わずかにうめく。
――!?
そこではじめてタカに気づくリミ。
驚いた様子でベッドに駆け寄る。
どうして、彼がここに?
ひどい怪我で倒れていたの。
リミ、あなた、知ってるの?
リミはタカの寝顔を見つめながら、ポツリと答える。
…………天使だ
え?
運命に溺れかけた僕を、神話の船で助けてくれたんだ
う…………んぅ……お……俺……は……
なにか話したがってる
タカの口元に耳を近づけるリミ。
うなされてるだけよ。
そろそろ傷薬を塗りなおしたほうがよさそうね。薬室から取ってくるわ
そう言って、いそいそと部屋から出ていくラン。
寝言を呟くタカ。
……俺……は……
寝言…………いや、これは夢から零れた言葉。天使のスペル
無意識が統べるスペルなら、きっと狂気から身を守ってくれる
俺は…………俺は……
リミは、タカの唇に触れるくらい耳を近づける。
聞かせてください、天使の無意識一式を
俺は…………誰の……子だ?
天使は神話の愛児(まなご)です
……戻り……たい……
どこに?
愛する……ひとの…………もとへ
それが神話の中心なら――
あなたは、この星の神話の入り口に向かうことです
……神話の…………入口?
伝説が産声を上げる地――水伝の塔へ
……それは…………どこ?……
僕を追いかけてきてください。
運命で生きる少年が、あなたをご案内しますから
タカの口元から耳を離し、けれど息がかかる距離で、その顔を見つめるリミ。
僕はこれから、あなたの無意識に想いをつなげます。
あなたが迷わないように。
夢の中で出会えるように
そして孤独の毒に侵されないように
頬を染めるリミ。
…………
目を閉じ、深呼吸を一度。
それからおずおずと――。
(ちゅっ)
タカの唇にキスをする。
やがて真っ赤な顔を離し、はずかしげにタカに背を向ける。
それじゃあ、先に行ってるよ、天使さん。
水伝の塔で――いずれ!
戸外へ飛び出していくリミ。
家の前で、薬室から戻ってきたランと鉢合わせ。
心配顔でリミに声をかけるラン。
もう行くの?
あ、うん、行くよ。走るよ。
これ以上、運命の足踏みは許されない
気をつけて
うん
そして、生き続けて
必ず。
僕を愛してくれる母さんと、愛してくれた父さんのために
溌剌とした様子で、元気よく走り去るリミ。
…………
ランの瞳から涙が零れ落ちる。
その雫は足元に小さな染みを産むが、すぐに黄色い風が運んできた黄色い砂に隠されてしまう。
リミ……愛しいリミ……私がお腹を痛めて産んだ我が子……。
その痛みが、私を今、むしばんでいく
懐からなにかを取りだす。
手の中にかろうじて納まる大きさの、黄色い鉱石だ。
…………そう、あなたの父さんは、あなたを愛していた。
でもそれ以上にこの町を、この国を、この星を溺愛していた。溺れていた
黄色い鉱石を地面に叩きつけるラン。
粉々に砕け散った鉱石は、黄色い粉末となって周囲に色濃く漂いはじめる。
あのひとはただ一心に、絶望の闇がこの星に陰らないことを願っていた。祈っていた。
その妄信的な心にこそ、闇がひとすじ、差していたことに気づかずに
黄色い濃霧の向こうに、黒い影が立つ。
…………
死神ダンゼツだ。
愛するリミ。
母さんはむごい。そしてあなたの儚い残り香が、くるおしいほどにむごい
その香りが鼻孔に詰まり、心を詰まらせ、行き場を失った涙があふれていく
とめどなく涙を流すラン。
それに溺れ、窒息し、いつしかあなたの姿が暗転したとき――
私もまたその闇の中で、救いを請うように…………。
――あなたの行方を指さしたのです
リミが走っていった方を指さす。
……――そうです。
死神に、あなたを追わせました
…………
ランの指し示した方へ去っていく死神ダンゼツ。
ああ……あ…………あぁっ
泣き崩れ、嗚咽が黄色い風に運ばれていく。
つづく