第六幕

暴力的に降り注ぐ陽光。熱波の津波。

渇きの川が流れるのは、人々の頭蓋骨の中だけで、誰もが妄想に浸かりながら、頭蓋骨は遺骨へと削られていく。

そんな星の一角。とある小さな町。

ランの家に背を向けて立つタカ。

…………

ドアの前にたたずむランが、タカに声をかける。

……――本当に行くの?

タカは力強くうなずく。

行きます。
過剰な“まどろみ”は、いつしか絶望の“どろ”に“まみ”えることにもなりかねないから

まだ傷も治りきっていないのに

ランさんの傷薬が効いて、もうすっかり痛みがないんです

でも……

痛みが消え、代わりに渇くんです。喉と心が

ここは渇きの飢餓星だもの。当然だわ。
そしてそれを潤すすべがない。絶望だわ

俺には故郷――地球に帰るという希望があります。
それで心を潤しながら、帰還する手段を探すつもりです

十月十日(とつきとおか)で戻ると、大切なひとと約束したから

でも、あてはあるの?

傷を癒した夢の中、ひとりの少年が告げたんです

少年?

運命を心臓に持つ少年です

その子は……

ランさん?

いいえ、なんでもないわ。

それでその子……。
運命という期間限定の生を走る少年は、なんて言っていたの?

――水伝(すいでん)の塔へ向かえ、と

そんな風の噂を信じるの?

噂を信じるんじゃなく、夢の中の運命少年を信じるんです。

あの少年とはつながっている気がするから

今でも目を閉じれば、彼の見ているもの、感じていることが伝わってくる。

この星に吹く風ではなく、ひた走る少年の起こす疾風に乗って

そう……。
その子は走っているのね、今も

きっと少年が道標になってくれる。
そのあとを追えば、水伝の塔へたどり着ける気がするんです

それでもひとりでは危険だわ。
水伝の塔は、転がるサテンの砂漠を越えなくてはいけないらしいもの

それでも行かなくては。

少年が舞台を整えたなら、そこが大人の正念場。
命を懸けて応える義務がある

だから行きます。
この想いが、砂塵に散る前に

歩き出すタカ。

それを呼び止めるラン。

待って。
あなたは信じ続けられるの?
大切なひとと再会する運命を

もちろんです

運命なんて、きっと儚い。
あっという間に寿命が尽きるわ

消え入りそうな呟きを洩らす。

きっとあの子の命だって……

空を見上げるタカ。黄色い雲が重くたゆたう。

運命が尽きる……尽きたら、それは月の光が途絶えるようなもの

寂しいけれど、暗いけれど

夜空には、宇宙には、無数の星が輝いています。

同じように、運命も無数だと思うんです

運命が……無数?

だからたとえひとつの運命が尽きても、
星を渡り、運を渡り、
新たな命を選んだ先に……――

大切なひとの姿があることを、俺は信じています

ハッとするラン。

ねえ、どうか……どうかお願いだから、
そのことをあなたの運命少年にも教えてあげてほしい!

その子の運命が尽きるまえに

目を瞬かせたタカは、けれどすぐにうなずく。

必ず

サテンの砂漠を歩くにはガイドが必要よ。
捜したらいいわ。
妄想の手引きに長(た)けたガイドを

ありがとう

歩き去るタカ。

それを見送ったランは、静かに胸の前で手を組み、頭を垂れる。

リミ、愛するリミ。

あなたの父と母は、唯一の運命を呪縛にし、その傲慢な檻に我が子を閉じ込めようとしているのかもしれない

運命は無数……。
どうして気づかなかったのかしら?
あなたは気づくかしら?

“ソラ”を見上げればわかるのに、
私たちはそのあとに奏でられる“シ”を怖れ、正気の目をつぶしていたのかもしれない

願わくばあのひとが……、
リミにとっての天使が、その檻を開ける鍵にならんことを

母さんは祈る。無責任に、無節操に祈り続けるわ。

祈り、祈り、祈りの理(り)が血となって、祈りが命へ変わるその日まで

両膝をつき、祈り続けるラン。

その祈りすらも、黄色い風が運んでいく。

☆ ☆ ☆

潮騒が聞こえるナミの家。

窓から差し込む星明りの中、ナミとサキが夜空を見上げている。

…………

サキの腹は子を宿し、大きくなっている。

夢を見たんだって?

ええ、あのひとの夢を。
六泊七日の、未来の想い出のような

あの子、今頃どこの宇宙を飛んでいるのかねえ

星空を仰げば、彼の言葉が星座の光を結ぶんです

あの子の言葉がかい?

銀河の河を渡る鳥みたいに

タカ、だものねえ

それがきっと彼からの便り。宇宙から、きっとこの子にも届いてると思うんです

そう言って、子を宿した腹に手をあてる。

音楽とか聞かせたりしてるのかい?

音楽?

胎教だよ。生まれてくる子にいい影響があるそうじゃないか

音楽はまだ。でも毎日いろんな物語を聞かせているんですよ

そう、それならお腹の子は、今頃旅をしてるんだろうね。

羊水という、水を巡る物語の中を

水を巡る……物語?

そんな物語があったら聞かせてあげな。
そして導いてあげるんだよ、その子を。
母の想いと、へその緒で

へその緒で伝える、羊水の物語……。

水を産んだ羊が、
純粋な羊が、
…………――狼に食べられる物語……?

さあ、聞かせてあげな、子守話を

傍らの椅子に、サキをそっと座らせるナミ。

今夜は流星の夜だ。
きっと宇宙にだって物語が流れていくさ

ナミが部屋から出ていき、窓辺にはサキだけが残される。

懐から手紙を取りだす。

あのひととの文通。
これはたしか、五月雨(さみだれ)の夕べに交わした手紙

そう、名もなき羊飼いの、嘘つき少年……。

その子が食われる、
大嘘の物語――。

手紙を開くサキ。

☆ ☆ ☆

廃墟と化した村の広場。

黄色い風が強い。あちこちで小さな竜巻が生じては消えている。

バックとジン、その一味に連れて来られるカシュウ。
広場の真ん中に投げ捨てられる。

ねえ、考え直しておくれ。

今ならまだ死を、シッシッって野良犬を追っ払うみたいに遠ざけられると思うんだ

けっ、残念ながらてめえはドッグ以下だ

逆立ちするから、ドッグをグッドにしておくれよ

どこの世界に、大バカにgoodをやるマヌケがいるんだよ

大バカ、嘘つきカシュウは、もう命の落第が決まったんだ!

まだちょっぴり時間が残ってないかい?

誰か、砂時計を持ってきやがれ!

へい、ここに!

子分のひとりが、一メートルほどもある大きな砂時計を持ってきて、広場の地面に置く。

いつかカシュウが荒地で拾ってきた、黄色い粉薬が入った砂時計だ。

死神ダンゼツは見つけられず、ついに六泊と七日が過ぎた。
見やがれ、砂時計の砂もすっかり落ち――

刀を抜くバック。

てめえの命も地獄に堕ちる

おいら、嘘なんてついていないのに。

六泊と七日間、何度も何度も訴えたのに、誰も信じてくれないんだもの

たりめえだ! 大バカの大嘘に耳を貸して、俺たちは大損こいたんだ!

その罪、てめえの命で償ってもらうぜ

死神ダンゼツはホントにいたのに。大バカの目が純粋に見ちまっただけなのに……

ねえ、誰か……誰か、死神ダンゼツを見なかったかい?
ほんのちらっとでもいいんだ。
その瞳に、黒い影がよぎったことはなかったかい?

大バカで、しかも大嘘つき。
そんな野郎に付き合うヤツなんかいねえんだよ

そんな……

てめえはひとりだ、ひとりぼっちだ。

へっ、純粋だとか言って、笑わせやがる。
んなもん、周りに誰もいねえから特別に見えるだけじゃねえか!

本当のことを捻じ曲げるくらいなら、
おいら、ひとりぼっちでかまわない。

やっぱり嘘は嫌いだから。鼻が曲がりそうなくらい臭いから

だから最後にもう一度、お願いするよ。

死神ダンゼツを見かけたひとがいたら、答えておくれ

大バカ本物バカの……、
人生最期の……、
――頼みだよ

周囲を見渡すカシュウ。

しかし名乗り出る者はいない。ふと、ジンと目が合う。

ジン……

…………カシュウ、この間、おまえは言ったな?

大バカ本物バカでも、おまえはおまえのことが好きだと

うん、言った。
それも嘘じゃないよ

今でもそれに変わりはないか?

誰にも信じてもらえず、ひとりぼっちで殺されようとしている自分を、
おまえは今でも好きなのか?

好きだよ。
だって、昔、大好きなリミが言ってくれたんだ

リミが?

おいらのことを好きだって。

だからおいら、リミに好かれてるおいらが好きなんだ

…………そうか

自分の右目を押さえるジン。

ならば、そんな純粋な大バカに免じて、俺はここに告白しよう。
断言しよう

ジン?

ジン、まさかおめえ、死神ダンゼツを――

俺はここに断言しよう。
黄色い風に乗せて、どこまでもどこまでも飛んで行けと、声高らかに告げよう

左目を不穏に光らせ、ジンは冷笑を浮かべる。

大バカの好きは、我々の求める伝説に隙を作らせ、思惑をほころばせ、我々を転ばせる

ゆえに!
今ここで、嘘つきカシュウの命を、息の根を、
根付き、芽吹き、花開く前に斬るべきだ!

ジ、ジン!?

嘘つきカシュウを殺しつくせ!!

処刑をはじめる!!

一斉に刀を抜く子分たち。

☆ ☆ ☆

ナミの家の窓辺。

………………

椅子に腰かけているサキが、窓から差し込む星明りの中、手紙を読む。

「――名もなき羊飼いの少年は、嘘をつきました」

その声は、星明りに伝染し、夜空へ立ち昇り、

流星のきらめきに弾かれ、

ほうき星のしっぽに引っ掛かり、

どこまでも、どこまでも飛んでいく。

やがて、宇宙の涯(はて)の、名もなき黄色い星にさえ、届くほどに――。

まずは嘘を見つける、その両目を斬れ!!

嘘つきカシュウの左右の瞳を、刀で突き刺す子分たち。

「狼が来たぞ、狼が来たぞ……。牧草の風に乗せ、少年は何度も何度も、嘘をつきました」

嘘を嗅ぎ付ける、その鼻を斬れ!!

カシュウの鼻を、刀でそぎ落とす子分たち。

「はじめは騙されていた村人たち。けれど人食い狼が、少年の生んだまやかしだと気づき、今ではもう、誰も少年の声に耳を貸しません」

嘘を垂れ流す、その舌を斬れ!!

カシュウの舌を切り落とす子分たち。

「しかしある日、少年の前に本当に人食い狼が現れました」

嘘を描く、その両手を斬れ!!

カシュウの両手を斬りおとす子分たち。

「狼が来たぞ、狼が来たぞ……。少年は必死に叫びました。が、それを信じて、駆けつけてくる者はひとりもいませんでした」

嘘を走らせる、その両足を斬れ!!

カシュウの両足を斬りおとす子分たち。

「少年はひとりぼっちでした。そう、それが、嘘で現(うつつ)をたぶらかした罰。嘘から現への復讐でした」

嘘の詰まった、その腹を斬れ!!

カシュウの腹を切り刻む子分たち。

「嘘だった狼の爪が、自身の皮を引き裂きます。嘘だった狼の牙が、自身の肉を喰いちぎります。そして血が、重力に逆らえず流れ落ちていきます」

嘘を考える、その頭を斬れ!!

カシュウの頭を斬る子分たち。

「この声は、この想いは、この自分は本当なのに。ああ、嘘ってヤツは、妄想ってヤツは、案外手強い……。そう呟きながら、少年は狼に喰われてしまいました」

嘘つきを宿すその心臓を、心もろとも斬り刻め!!

カシュウの胸を、一斉に突き刺す子分たち。

「皮肉を切り裂いた血だまりを残し、嘘の腹に収まった嘘つき少年は、背中を丸め、手足を小さく折りたたみ、はかなき大嘘となって――おやすみ、おやすみ――……眠りにつきました」

☆ ☆ ☆

ナミの家。

………………

かすかな潮騒と、星明りの中、
窓辺の椅子に座って手紙を読んでいたサキは、そっと手紙を閉じる。

………………

窓の外、夜空を見上げれば、
誰かの涙のような流れ星が落ちていく。

つづく

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