―ソーリヨイの街・西街区―
―ソーリヨイの街・西街区―
ソーリヨイの街を襲う、冷酷非情な魔物。
その侵略行為は至極単純である。
まず、目に付く人間を殺し、行く手を阻む建物を壊する。
それは主に機動力の高い魔物を集めた第一陣が行う。
魔獣に跨り、街の隅から隅まで駆け抜ける。
その過程でつがえた火矢を民家に放ち、家屋を燃やす。
もちろん、殺戮も呼吸のように行われる。
魔物が放った矢は、農夫の額を射抜く。
即死した農夫になお、無数の矢が射られる。
中枢麻痺を引き起こす毒矢を肩に受け、一人の女性が窒息に喘いでいた。
その女性の体をすれ違いざまに、手に持った刃物で斬りつける。
楽にしてやろうという慈悲ではない。
嗜虐心を満たすための、酷薄たる外道の戯れだった。
現に女性は腹を裂かれても、即死という形で楽になれなかった。
救いを求めることも忘れ、ただただ、苦痛に恐怖して死んでいった。
満足したのか、魔獣の腹を蹴り、第一陣の魔物は先へと進む。
それで終わりではない。終わるわけがない。
そして次になだれ込んできた第二陣が人を掃討する。
第二陣の人選は無差別だ。
しいて言うなら、第一陣よりも、人を殺すことに長けた者や、抜け目なく盗みを働くものが多い。
人に与える被害は圧倒的にこちらの方が得手としている。
つまり、本格的な侵略は第二陣が行うのだ。
第二陣は、第一陣が起こした火事の明かりを頼りに進む。
また、火元には逃げ遅れた人間も多いと知っているため活気付き、人間に更なる恐怖を与えんと喉を振るわせる。
だから、街全体に火の手が上がっては、その街はもはや手遅れに近い。
だが、僥倖なことに魔獣たちはソーリヨイの街の一部にしか到達していない。
この街が入り組んでおり、曲線を走り慣れていない魔獣たちの足を自然とめていたからだ。
迷路のような街に悪態をつく魔物たち。
その隙に、まだ襲われていない街区の人々は、まだ燃えていない居宅から最低限の荷物を持ち出し、避難する。
に、逃げろおぉ!!
く、クソ!!
軍は何をしているんだ!!
そんなスグ来る連中じゃないよ!
国軍も、連合軍も!!
討伐行為に躍起になっているのに、肝心のところで役に立たないと、軍を揶揄する言葉を上げて逃げる。
避難場所などない。
ただ、向かう先は皆一様だ。
攻め込まれた西門から最も遠い東門であり、東門から街を出て、夜陰に乗じて逃げ延びようとする。
故に人々の流れは、西から東へ。
入り組んだ街を縫うようにして、避難民が濁流を造っていく。
しかし一人だけ、皆と違う方向に疾走する者がいた。
その動きは、なぜか北へ南へ。
何を目的としているか全くもってわからなかった。
無秩序な方向へと奔走するのは一人の女性。
鈍色の鎧に身を包みながらも軽快に走る騎士然の女性。
彼女は到着しない軍を恨みはしない。
彼女の恨み相手は入り組んだこの街であった。
ま
ま……
迷ってしまったぁ!!
脇目も振らず走ったのがまずかった!!
現在位置が確認できないではないですか!?
ま、魔物はどこに!?
西門はどちらに!?
!?
そういえば――
コンパスを持っているのでした
急がば回れとはこのことですね。
回るのはコンパスの針ですが……
さあ、コンパス!!
西はどちらです!?
……
あ、とっても甘いです
間違えましたぅああぁあ!!!
『コンパス』と『ドーナツ』ってなんですか!?
形状以外で類似点探す方が難しいですよ!!
酒場で間違えましたよね絶対……
仕方ありません!!
その分、早く駆ければいいのです!!
ああもう、滞在していた五日間で街の順路を詮索しとけば良かったです!!
というか、私はやりましょうって言ったはずです!!
なのにあのお二方が、酒場の食べ歩きを決行するとか言い出すから!!
結束力向上のためと、付き合わなければよかったです!!
きっと、あのお二方に見られでもしたら――
あれ、迷子になっちゃったかなぁ?
かわいいですねぇー。
『ミルク飲みの迷子騎士』さん
言いそう!!
絶っっ対言いますよね!?
早く魔物の下へと行かねば!!
おい、早く進め!
追いつかれちまうぞ!!
くそっ!!
急ぐんだ!!
は!?
まだあんなに人が逃げ遅れている!!
急がねばなりません!!
あ、そうか!
逃げる人に向かって逆走すればいいんです!!
す、すみません、通してください!!
おお、騎士様じゃ
い、いえ『元』騎士です
逃げろお!助けてくれぇ!
た、助けますから!
安心してくださいっ!
だ、だからですね、できれば道を――
うわああ!!
痛っ!
あ、足を踏まないでくださ――
ひえええ!!
か、髪、髪!
引っ掛かってま――
こ、ころされるぅ
イッタ……!!
に、荷物に、顔面が……
と、通りますよ!!
ぷはぁ!!
何とか抜けれましたね……
はっ!?
何も突っ切る必要はなかったのでは!?
つ、次に活かしましょう。ええ
ヒャアハハハ!!
殺せ!
盗め!!
殺して盗め!!
見つけました!!
お、何だ?
命知らずな奴がいたもんだなぁ
外道ども!
貴様らの悪行の贖罪、命でしか償えんと知りなさい!!
へへ、こりゃ驚いた!!
上物の女だぁ!!
堪能しちまおうかなぁ!!
おいおい、いつものようにヤリすぎんなよ?魔王様に殺されるぜ?
へっ、こんな田舎の街までは見ちゃいねぇよ、あんなエリート気取りのお嬢ちゃんは
それにさっきから歯向かってきた奴が、皆むさ苦しい男ばっかりだったからな。
こりゃあいい収穫だぜ
汚らしい魔界語だ……耳が腐る
歯向かうと言っていましたね……。
酒場に登録していた戦士たちのことでしょうか……
……無念は私が晴らします
貴様ら!!
魔界のどこの軍の者か!?
名乗りなさい!!
あぁ?なんの話をしているんだ?
どこの軍勢かと聞いているのです!
よもや、貴様らの魔界語が通じないわけではあるまい!!
ぁあ?
俺たちを魔王軍だと思ってやがるのか
へっ!
あんな腰抜け集団に与する必要がどこにある
強いて言うなら、金品掠奪軍ってところかぁ。へっへっへっ
賊。ですか……
魔王軍にしては、おかしいと思ったのです
暴力一辺倒の拙い攻め方
怒りを禁じえない無用な殺戮
理にかなわない侵略行為を魔王軍は嫌う筈でしたが、これで合点がいきました。
……
私利私欲のために、この街を襲ったというのですね!!
それがどうしたってんだぁ
逃げなくていいのかぁ!!
もう辛抱たまんねーぜぇ!!
忠告は無用です
か……ハッ
な、このアマぁ!!
ある意味では安心しました
ただでさえ最近の魔王軍は、妙に礼儀正しいものですから、扱いに困っていたのです
ですが――
賊であれば無礼で構わんのでしょう?
ひっ……
女だと侮ってみろ!
その瞬間、貴様らの首は飛んでいるぞ!!
ほ、ほざけぇ!!
遅いっ!
ぐはぁ!!
民の報いを――
戦士たちの無念を――
背負う私を止められますか!!
ギャアー!!
こ、コイツ……
慌てるな!
数は圧倒的にこっちが上だ!!
見ろ!!
援軍も来ている!!
扇に広がり、一気に潰してしまえ!!
数が勝敗を左右すると思うな!!
だが、警戒心を与えすぎましたか……
敵が集まりすぎています……
どうも魔物を一気に引き寄せてしまう体質みたいですね……私は
私一人だとあるいは……
ていうか、あのお二方は何をしているんですか!?
うおおおおお!!
ふんっ!!
なっ!?
俺のハンマーが!!
天高く弾き飛ばしました!!
届くならば、取っても構いません!!
ただし、骸は置いていきなさい!!
ググゥ……っ
フン。
慌てることは無い
この数にいつまでも強気でいられるものか。
いい見ものだったが、もう終わらせてやろう
数の安心を得て、姿勢を高くしましたか。
滑稽ですね
ですが、一理あるんですよね……
……
決して侮るな!!
九死において、心は一層澄んでいます!!
勝機は見えない――
だが背も見せまい!!
乾坤一擲、修羅となれ!!
賭するは我が身、いざ行きます!!
殺せぇ!!
無謀。
しかし、やらねば。
元騎士、パッフはその美麗を返り血で濡らすことを厭わず、斬り込む。
――筈だった。
え?
進行方向にあるものが落ちて来た。
ハンマー!?
さっき、私が飛ばしたやつ!?
↓↓
避けれない!?
こ、こける――
不覚ッ、むしろ不慮!?
転倒した。
地面に顔から行った。
突拍子の無い、大地への全力の接吻。
周囲の時間が一瞬止まった。
嘘、でしょう……
……
残念だったな!!
死ねぇ!!
無念です――!!
……
な、な……
まったく――
自分で打ち上げた相手の武器に、足を取られ転倒とは、変わった芸を持っているな
あ、あ……
貴様も、無防備だが遺言でも考えていたのか?
え……グギャアア
怪我が無くて何よりだったな
あ……えっと、
さて、魔物どもよ
貴様ら――
いったい何をしているかあああ!!
――……