それから数日後。
あたし達は司祭様を連れて、再びあの村に向かっていた。
司祭様を守りながらアルスラ平原を越えるのはきついので、教会が護衛をつけてくれている。
オットー・フォーゲルワイデという修道士で、ノイエスラント辺境伯配下の騎士フォーゲルワイデ家の一族でもある。修道士の回復魔法と騎士の物理攻撃どちらも得意な頼もしい味方だ。
それから数日後。
あたし達は司祭様を連れて、再びあの村に向かっていた。
司祭様を守りながらアルスラ平原を越えるのはきついので、教会が護衛をつけてくれている。
オットー・フォーゲルワイデという修道士で、ノイエスラント辺境伯配下の騎士フォーゲルワイデ家の一族でもある。修道士の回復魔法と騎士の物理攻撃どちらも得意な頼もしい味方だ。
余談だがこういう騎士兼修道士は「聖騎士」と呼ばれる。グラマーニャ王国は建国以来、魔物の生息範囲がグラマーニャ領内まで広がるたびに魔王討伐隊を編成してきたが、歴代の討伐隊に共通しているメンバーは勇者・僧侶・魔法使いの三人で、四人目のメンバーは必ずしもあたしのような狩人ではなく、聖騎士である場合もあったり、また他の職能を持つ人であったりすることもある。
つまり、あたしの代わりにこのオットー氏が討伐隊に入っても、討伐隊としての体裁は整うのだ。
まあ、物理攻撃は勇者とモロかぶり、回復系の奇跡は僧侶とモロかぶりの聖騎士さまより、遠距離攻撃と四大精霊の力をつかえる狩人の方が旅の役に立つと自負しているが。
村に着く前に、村内での司祭様警備の計画を話し合っておこう。
村内で、警戒すべき人物や場所について、エリザは心当たりがないか?
まず警戒すべきは巫術師です。
巫術師は世襲制で、この規模の村なら通常一人です
巫術師は攻撃魔法を使えるので、敵に回ると厄介だ。
僧院の僧たちは攻撃魔法は仕えないはずですが、メレクの僧院は通常、外敵と戦う砦にもなるように設計されていますので、武装したテロリストが立てこもる可能性があります
ふむ。
それならいっそ、敵の懐に飛び込もう。
村長・僧院長・巫術師らとの会談を申し込み、場所としてメレクの僧院を希望する
その会談で、この村での司祭様の活動許可をもらい、安全に活動できるように協力してくれるよう、約束を取り付ける
司祭の活動が始まったら、領主も司祭を護衛する兵を派遣してくれることになっているから、一番危険なのは活動許可をもらうための話し合いの間にテロが起こることだ。
それを防ぐためには、敵になりそうな僧院や巫術師も話し合いに同席させ、監視してしまうことだ。ということらしい。
それはいいんだけど、さっきからグレーテルが司祭様や聖騎士のオットーとなにやら異国語で話している。
あたしにはかろうじてそれが、天上教の教主庁があるグレーへ王国の言葉だということがわかるだけで、内容まではわからない。
ね、エリザ。
グレーへ語わかる?
いえ、私もグレーテル達が話しているのがどうやらグレーへ語らしいと判別するのがやっとで、内容までは……
エリザはかぶりを振る。
博識なエリザならもしかしたらわかるかと思ったけど、さすがに無理だったか。
ただ何か神学上の専門的なことでも話しているならいいんだけど……
なんか、嫌な予感がした。
再び村に着いた後は、主にエリザが交渉役となって村長らとの会談の約束を取り付けた。会談場所として僧院を使う件も了承された。エリザは自分がグレーテルに約束させた三つの条件、改宗を強要しない、天上教以外への改宗も認める、書籍を焼き捨てない、ということを、司祭にもダメ押しで了承させていた。
万事順調に事は進み、ついに、会談が開かれることになった。
会談は僧院の一室、中央に方形のテーブルが置かれただだっ広い部屋で行われた。入り口から見て右側の席に村長・僧院長・巫術師らが座り、左側の席に司祭様・聖騎士・あたし達が座る。全員が入室すると、武装した村の自警団が入り口の両脇を固める。
部屋の隅に控えている術師風の二人は何なのか判らなかったが、エリザに訊いた所によると、引退した元巫術師と若い巫術師見習いではないかとのことだった。彼らも攻撃魔法が使えるので、護衛として控えているのだ。
勇者も聖騎士も僧院に入る前に剣を僧達に預けているし、あたしの弓もエリザの魔道具もすべて置いてきている。
ここであたし達が変な気を起こせば、武装した自警団達や巫術師たちにフルボッコにされる。そんな緊迫した空気の中、会談が始まった。
そちらの巫術師のお嬢さんが熱心なので話し合いの席は設けましたが、我々は一切譲歩するつもりはありませんからな
口火を切ったのは村長だった。早速会議の意義自体を根本から揺るがす発言、かなり前途多難だ。
グラマーニャ王国および天上教グラマーニャ教会は、国内でのモロクの信徒の生活をある程度認めている。
しかし、魔物とおなじ神を崇めるとなれば話は別だ。一体何を考えている?
我々の考えはこうです。
魔物と言っても様々な種族がある。龍族、小人族、獣人族……
我々はそんな中の一つ、人間と言う種族の魔物になりたいのです。
危険です
間髪を入れずに、エリザが反論する。
村人達が魔物に親近感を感じているとは聞いていたが、まさか魔物になりたいと考えるほどとは。たしかに危険な気がする。
魔物に親近感を覚える人間に対しては、親しくしてくれる魔物もいるでしょう。
しかし、人間を食べ物としか考えていない魔物や、激しい敵意を抱いている魔物もいるのです。不用意に魔物にすり寄っても殺されるだけです
エリザの言葉を聞いて、村長はまさに想定どおりの反論だ、と言わんばかりの微笑を浮かべた。
ならば問うが、人間は人間を殺さないのかな?
え……
わしやお嬢さんの祖先であるミタン人は、
グラマーニャ人に征服される過程で沢山の同胞を殺された。
昨今でもこの村は、辺境伯の教会建設に若者を徴用され、中には過酷な労働で死んだものもいる。
人間として生きて人間に殺されるのと、
魔物として生きて魔物に殺されるのと、
そこにどれほど違いがあるだろうね?
エリザはすぐには反論できないようだった。
実際、魔王の脅威にさらされている現在ですら、グラマーニャは南西の隣国ロマノとの関係が悪化し、お互いに武力行使をちらつかせながら牽制しあっているという。
万一戦争になれば、ノイエスラント辺境伯も派兵を要請されるだろう。そのときはこの村からも兵隊が徴用される。
魔物だって人間ばかり襲っているわけじゃなく、草木を食べるおとなしい種族や、条件次第で取引に応じる賢い種族だっているのだ。
協調しあえる種族と適切な関係を築ければ、魔物として生きていくのも存外、不幸ではないのかもしれない。
そういうわけで、我々は王国にも教会にも屈服しない。
会議は以上だ。帰ってくれたまえ
そう言って村長は、話し合いを打ち切ろうとした。
そうか。
どうしても我々に逆らうというのだな。
ならば……
グレーテルのその、意味ありげな台詞の後で起こったことを理解するのに、あたしはしばらく時間を要した。
最初は、聖騎士オットーが懐から出した何かで村の巫術師をはたいたように見えた。
はたかれた巫術師はがっくりと崩れ落ち、テーブルにしたたかに頭を打ち付ける。いや、あたしの角度からは見えにくいが、巫術師は首から血を噴き出している。
よく見ればオットーが懐から出したものは匕首だ。彼ははたいたのではない。首をかき斬ったのだ。
あたしより一瞬早く状況を把握したのは、部屋の隅に控えていた巫術師たちだった。すかさず攻撃魔法の呪文を詠唱し始めるが、それよりも司祭とグレーテルの祈りが完了するほうが早かった。
司祭とグレーテルが使ったのは、退魔の奇跡の変化形、禁呪の祈りだった。敵の一切の魔術を封じてしまう効果を持つ。この効果が発動した時点で、巫術師たちは我々に対抗するすべを失った。
入り口を固めていた村の自警団たちが、やにわにあたし達に襲い掛かる。あたしは聖騎士たちのこの狼藉を事前に全く聞いていなかったわけだけど、自警団から見ればあたし達も聖騎士らの仲間なのだから当然だ。
グレーテル、これは一体どういうことだ
そう叫んでいるあたり、ヴァルターにとっても寝耳に水の事態だったらしい。しかし自警団は容赦なくヴァルターを袈裟懸けに斬る。
しかし服の下にチェインメイルを着込んでいたので、致命傷には至らなかった。剣は預けてしまったので丸腰だが、ヴァルターも必死で応戦する。
エリザはと見ると、絶望を体現したような表情でガタガタと震えていた。あたしも自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。
自警団の一人がエリザに斬りかかる。エリザは呆然として避けようともしない。あたしはとっさにエリザを抱きとめ、彼女もろとも地面に伏せる。自警団員の剣先は、あたしの髪の毛を数本切断した。
倒れこんだあたし達に、自警団員がサーベルを振りかぶる。しかしその剣は振り下ろされることはなかった。駆けつけたオットーが、自警団員の横腹に匕首を深々と刺したのだ。
オットーのやつ、手慣れてる
自警団員たちの武器が、室内で振り回すにはやや大きすぎるサーベルで、時折刃がテーブルに刺さって抜けなくなったりしているのを尻目に、オットーは取りまわしやすい匕首で着実に一人ずつ殺害している。
あたし達を殺そうと襲ってくる自警団員と戦ってくれているのだから頼もしいといえば頼もしいが、正直なところ敵よりも恐ろしく感じる。
もっと恐ろしいのは司祭だ。
テロを起こす可能性のある主要人物全員を一度に会談の席に呼んだのは、会談中に襲われないように一箇所に集めて見張るためではなく、最初からこうして殺すためとしか思えない。そうでなければ、オットーほどの手錬れをわざわざ連れてくる必要もなかったはずだし、オットーが巫術師を殺害してから司祭たちが他の二人の巫術師を無力化するまでがスムーズすぎる。事前に綿密な打ち合わせがあった証拠だ。
ともあれ、自警団員たちは残らずオットーによって斬り伏せられ、村長や魔術を封じられた巫術師たちは捕縛された。
この村の悪魔崇拝者どもよ。
我ら天上教は貴様らに正しい教えを授けてやる
もうじき、領主がこの村に新たな村長を派遣してくれる。司祭様と新村長が、貴様らを正しい道に導くだろう。
……不要となった元村長は、処刑する
手足の自由を奪われた村長の首に、オットーが匕首をあてがう。
エリザはボロボロと泣きながら震える声で「やめて……もうやめて」と繰り返しているが、グレーテルたちは聞く耳を持たない。
ぐぬぬ……貴様ら……
呪われよ! 教会の者と勇者一行は呪われよ!
特に、同じミタン人の同胞でありながら、そして表面上は味方のふりをして教会との仲介役のような顔をしながら、我々をだまし討ちにしたそこの女巫術師には、ひと際強力な呪いが降りかかるように!
偉大なるメレキウス神よ!
彼奴らの非道をご照覧あそばされていたのなら、必ずや彼奴らを呪いの力で責めさいなんで下さいますように!
その台詞が言い終わるか言い終わらないかのうちに、村長の頚動脈は切断され、血しぶきが壁まで届いた。
村長の最期の祈りは、聞き届けられたのだろう。彼が殺された直後、あたしを生まれてこの方経験したことのない違和感が襲った。
物心ついた頃から常に感じていた、四大精霊の加護。昼夜を問わずいつも、目に見えぬ何かに優しく包まれているような感覚。それが消失したのだ。
父親の元で狩の修行をしていて、うっかり崖から足を踏み外した時も、モンスターの出るダンジョンでコーボルトに囲まれたときも、どんなピンチの時にも精霊の加護はそこに確かに感じられて、そしてその故に、危機を切り抜けてこられたというのに。
四大精霊の加護が消失したという事は、もちろん四大精霊への祈りによって発動するスキルは全て使えない。のみならず、風の精霊シルフの助力が得られないとなると、弓の命中率も相当落ちるはずだ。
あたしが呪われる分にはまだいい。村長の祈りが聞き入れられたのだとすると、エリザはもっと酷い呪いがかけられているはずだ。あたしはおそるおそる、エリザの方を見た。すると――
エリザの右の頬が、火傷のように焼けただれていた。
とまあ、そんなことがあって。
エリザは顔の爛れだけでなく、魔術が一切使えない呪いもかけられていた。グレーテルや司祭、オットーも奇跡を発動させることが出来なくなっていた。
そして物理攻撃の命中率が下がったのもあたしだけではなくて、ヴァルターとオットーの剣も全くモンスターに当たらなくなっていた。
こんな状態ではとても魔物と戦えない。なるべく安全な道だけを歩き続けること五日間。ようやく教会のある町にたどり着き、そこの神父さまに解呪してもらって、ようやくあたしは人心地ついた。
ヴァルターもグレーテルも、司祭やオットーも無事解呪できたんだけど……
さて、問題はエリザだな
?
解呪できないの?
ちょっと強めの呪いだと解呪できないとか、天上教の奇跡(笑)とやらはその程度なの?
精一杯つんけんした態度を作ろうとつとめながら、あたしは言った。
なぜつんけんしているかというと、もちろん僧院でのあの惨劇が原因だ。グレーテルと司祭に対するあたしの信用は、どん底まで落ちている。
馬鹿にするな。エリザにかけられている呪い程度なら、解呪の奇跡レベル5以上で解呪可能だ。
……ただ、異教徒にはレベル3までしか効かないんだ
……そうだった。
天上教の神は心が狭いところがあって、異教徒に対する加護は信者に対するそれよりもかなり限定的になる。解呪の奇跡に関しても例外ではなく、異教徒にはレベル3までの奇跡しか効かないのだ。
エリザが解呪を望むなら天上教に改宗してもらうしかないと思うが、そうなるとエリザは「メレクの巫術師」ではなくなる。
一切の魔術が使えなくなってしまうんだ
つまりエリザは、呪われたままでも天上教の解呪を受けても、どちらにしても魔術を使えなくなるということだ。
あの、
私、改宗はしません
気持ちはわかるけど……
それだと呪いにかかったままだよ?
それ、痛いんでしょ?
それ、というのはエリザの焼け爛れた頬のことだ。しかも、あれから五日経って、その範囲は一層拡大してきているような気がする。
解呪できるあてがあるんです
エリザが言うには、ここから遥か北西の彼方の「暗闇の森」の奥に、鏡のように透き通った大きな湖があるという。
その湖を船で越えて、さらに奥地へ行くと、伝令の女神イーリスが住む神殿があるという。
メレクの信徒たちの間では、イーリスはメレクの眷属の一柱とされ、人間が直接会うことができる唯一の神と信じられている。
古来よりメレクの信徒はメレクの怒りに触れて呪いをかけられると、伝令神であるイーリスに会いに行き、メレクへの謝罪と解呪の請願を取りついでもらうのだという。
実際につい十年ほど前にも、悪戯好きの若者がメレクの祟りにあって口がきけなくなる呪いをかけられ、イーリスに頼んで解呪をしてもらったという。
ふーん。
それって、どれぐらい時間がかかるんだ?
まず暗闇の森にたどり着くのに、片道五日かかります。森を抜けて女神様の神殿へ行くのに丸一日。
解呪自体にどのくらいの時間がかかるかは、人によるとしか……
過去には三日程度で解呪してもらえた人もいるようです。女神様に逢った次の瞬間には呪いが解けていた、などというケースも伝承に残されています。
ただ、先ほど例に挙げた、十年前に呪いを解いてもらいに行った若者は、よほどメレク神を怒らせたのか、八年間毎日イーリス神の神殿を掃除することで、ようやく許してもらえたそうです
行程だけで往復十二日、さらに解呪自体にかかる時間は不確定。
となると、エリザを討伐隊から外して他の巫術師を入れた方がいいな
はあ? 何言ってんだこの女。
ちょっと待ってよ。
今まで一緒に命がけの冒険をしてきた仲間を、そんなあっさり外すってどういうこと?
だってそうだろう。解呪に何年もかかるかもしれないんだろう? 魔王討伐を何年も遅らせるわけには行かない。その間も魔物の犠牲者は出るんだぞ
仮に女神とやらに逢ってすぐ呪いが解けたとしてもだ。往復だけで十二日かかる。
欠員の補充なら、ノイエスブルクに戻って巫術師を募集して、応募者の中から一番適正のあるものを選定。十日程度で出来てしまう。
確かに、王国から魔王討伐を拝命している身としては討伐が数年間も遅れる可能性があるとなれば躊躇するのは理解できる。
でも、最短で解呪できた場合と比べても欠員補充の方が手っ取り早いというような言い方は納得できない。二日やそこらの時間短縮のために、共に死線を潜り抜けてきた仲間をあっさり捨てるってこと?
ふーん。じゃ、ヴァルターとグレーテルとはここでお別れだね。
今までどうもありがとうね
ちょ、ちょっと待てよ。
エリザはしょうがないにしても、何でお前とお別れなんだよ
荒野の狩人の教えで、「複数人で狩りをするなら、全幅の信頼を置ける相手だけを連れて行きなさい」というのがある。
いざという時に裏切るかもしれない人間と組むくらいなら、いっそ一人で狩りに出たほうがまだしも危険が少ないというのだ。
司祭らと共謀して一般の村人たちをだまし討ちで殺害したり、長く苦楽を共にしてきた仲間をあっさり捨てるような奴を信頼は出来ない。故にあたしはあなた達と一緒に旅を続けることはできない。Quad Erat Demonstrandum.
というようなことを、あたしは感情に任せて一気にまくし立てた。
そもそも、暗闇の森って魔物が出るじゃん。
魔法が使えないエリザが一人でどうやって森を越えるのよ。
つーわけで、あたしはエリザと行くから
ヴァルターたちにとって好都合なことに、狩人は魔王討伐隊に必須のメンバーではない。あたしの代わりはオットーのような聖騎士でもいいし、歴代の討伐隊の中には、守備力の高い防具で身を固めてパーティ全体の盾となって戦う「重装兵」という職能のメンバーがいたケースもある。あたしの代わりは、エリザの後任より簡単に見つかるだろう。
ヴァルターはあたしに討伐隊に残って欲しそうだったけど、あたしはエリザを守ると決めた。
そういうわけで、あたしとエリザは、魔王討伐隊とは別行動をすることになった。
(続く)