例の癒しの泉の一件、あのドワーフのおじいさんに会ったときから、一ヶ月ほど後のこと。
あれからしばらくして、あたしたちは再びあの洞窟に挑み、見事皇龍を打ち倒していた。レベル上げや装備の強化もしたけれど、やはりドワーフにもらった魔導書のおかげ、という側面が大きい。あの魔導書がなかったら、攻略はもっと遅れただろう。
例の癒しの泉の一件、あのドワーフのおじいさんに会ったときから、一ヶ月ほど後のこと。
あれからしばらくして、あたしたちは再びあの洞窟に挑み、見事皇龍を打ち倒していた。レベル上げや装備の強化もしたけれど、やはりドワーフにもらった魔導書のおかげ、という側面が大きい。あの魔導書がなかったら、攻略はもっと遅れただろう。
で、首領のいなくなった洞窟から魔物が逃げ去り、一般人でも泉の水を汲みに来れるようになったところで、あたし達は魔王城を目指してさらに北上中なのだ。
もうすぐ次の村に着くな
……しかし、北へ行けば行くほど蛮族の数が増えていくな
この辺りは、昔から私たちミタン人の住んでいた地域ですからね。
私の住んでいた村も、この辺りなんですよ
自分の民族を蛮族呼ばわりされてもさして気にした風でもなく、エリザは言う。
そうこうしているうちに、村が見えてきた。村は魔物などの侵入を防ぐため、木の柵に囲まれ、厳重に閉じられた門には、武器を持った門番が立っている。
おーい、門を開けてくれ。
俺達は、魔王討伐隊だ
ヴァルターが門番に声をかける。
魔王討伐隊? お前が勇者か。
ダメだダメだ。村へ入れるわけにはいかん
その門番の返答に、あたし達は少々面食らった。
今までどこの村を訪れても、入れてくれないことなんてなかったからだ。
国内の村は魔王討伐隊の宿泊や物資補給について、なるべく協力するようにグラマーニャ王の御名で勅命が出ているはずだぞ
とにかくダメだ。
わが村は勇者一行を歓迎しない
遭遇したことのない事態に、あたし達はどう対処してよいか分からなかった。
いでたちからメレクの信徒とお見受けいたします。
私たちは天上教の立場から魔王を討伐しようとしているのではなく、人間の生息域に魔物が出没することによる危険を排除するために行動しているのです
天上教徒とメレクの信徒とか、そういう問題じゃないんだ。
わが村は勇者一行を歓迎しない。
かたくなに、「勇者一行を歓迎しない」を繰り返す門番に、エリザは食い下がる。
私たちは南にあるミュゼの村から、人食いトラの出るアルスラ平原を越えてきました。狩人の矢は尽き、私も魔力を使い果たしています。
この村で休憩と物資の補給が出来ないと、次の村まで旅を続けることが出来ません。
窮地におちいっている人間は誰であろうと助けよというのが、メレクの教えであるはずです。
エリザから「メレクの教え」という言葉が出たとき、門番がぴくりと反応した。
そしてしばらくの逡巡の後、「村長と相談してくる」と言って、門の向こうへ消えた。
なんだこの村は!
魔王討伐隊への協力を拒むという事は、
グラマーニャ王の勅命に背くという事だぞ!
どういうことなんだろ?
他の村ではこんなことなかったのに
このあたりにくると、メレクの信徒の方が多くて天上教徒が少数派という村も珍しくなく、今までもあたし達はそういう村を通過してきた。
しかしそういう村でも、あたし達を入れてくれなかったり、宿屋に泊めてくれなかったり、物資を売ってくれないなんてことは一回もなかった。
メレクの信徒だろうが天上教徒だろうが、人間である限り魔物はやっかいな敵なのだ。魔物の中には人間を喰うものもいるし、畑を荒らすものも毒を持ったものもいる。
だからこそ魔物を倒してくれる魔王討伐隊には、みんな協力してくれるのが普通なんだけど……
そんな風に考えていると門番が帰ってきた。
彼は格下相手にチェスで負けたような、苦々しげな表情で「入れ」と言って、あたし達を村内に入れてくれた。
でも……
なーんか、様子がおかしい
村内の人々も、あたし達を警戒している。ジロジロとこっちを見ては、なにやらひそひそとささやきあう。
こんなにいたたまれない村初めてだ。
宿に泊まるのさえ、ひと悶着あった。
宿の主が満室だとか、改装工事中だとか見え透いた嘘を言って、宿泊を断ろうとしてきたのだ。
魔物の少ない南方ならともかくこの辺の宿が満室になるほど旅人がいるわけがないし、平屋のさして広くない宿屋はざっと見渡せば工事などしていないことがバレバレだ。
嘘をついてまであたし達を泊めたくないということなのだろう。
この村はどこかおかしい。ということで、エリザが村の人々に事情を聞いて回ることにした。四人で行動するより、メレクの巫術師であるエリザ一人の方が警戒されにくいだろうということで、エリザ自ら名乗り出たのである。
宿の部屋で、あたし達はエリザが調査を終えるのを待っていた。
ちなみに、あたし達にあてがわれた部屋は、四人部屋の中でももっとも小さい、共同トイレのすぐ隣の部屋だった。他にいくらでもいい部屋空いてるのに。
戻りました
ほどなくエリザが戻ってきた。すぐに報告しようと走ってきたのだろう。少し息が上がっている。
で、どうだった?
まず、これを見てください
エリザはあたし達の前に、一枚の紙を広げて見せた。
村で配られていたチラシか何からしいが、そこにはなにやら、あたしの読めない文字が書かれている。
ここに書かれているのは、文字自体は私達が普段使っているミタン文字ですが、書かれている内容を読むと……
「グレアツィア・ドゥ・メレキウス」
多くの人型モンスターが使う言語で、メレキウス神に栄光あれ、です。
先日出逢ったドワーフの様にグラマーニャ語を話せる魔物も珍しくはないが、もちろん彼らにとってグラマーニャ語は母国語ではない。
人語を解する魔物たちは、普段はどの人間の言語とも違う彼ら独自の言語を使っているのだ。
魔物たちの言語で書かれていること自体も変だが、メレキウス神という呼称も変だ。魔物たちの信仰するメレキウス神と、エリザ達の信仰するメレク神は多くの神話、教義などが共通しているが、細かい部分において差異もある。
メレク神ではなく、魔物たちの信仰するメレキウス神を言祝ぐ言葉が、しかも魔物の使う言語で書かれている。人間の村でそんなものに遭遇するとは、どういうことなんだろう。
事情を聴いたところ、少しこみいった事情がありました。
そもそもの発端は三百年前、先代の勇者が魔王を倒した時に、魔都オズィアから傷ついたドラゴンプリーストが一体、この付近に落ちのびてきました。
先代の勇者の魔王討伐については、演劇や物語になっているのであたしも知っている。
三百年前、今と同じように強力な魔王が現れ、その影響で魔物たちはその数を増やしてグラマーニャ領内にも多数出没するようになり、魔王討伐隊が結成された。
魔都オズィアまで侵攻した魔王討伐隊を迎え撃ったのは、魔王を守る三体の腹心達だった。
ギガントスカル・ケルベロス・そして、ドラゴンプリースト。
三体はどれも勇者たちをひどく苦しめたそうだが、とうとう討ち果たされ、程なくして魔王も討伐された。
ただし、ドラゴンプリーストだけは深い傷を負いながらも生き残り、命からがら南方へ落ちのびたと言われている。
ドラゴンプリーストはこの村のすぐ東に見える山、現在ドラッヘンベルクと呼ばれている山に住み着いたそうですが、人間に姿を変えてしばしば村を訪れ、メレク神の僧院で神官に教えを請うたそうです。
魔王の腹心など、魔物の中でも最高クラスに強力なものたちは、人間に変身する能力を持っている。
ドラゴンプリーストはその名のとおり神官でもあったから、自分達のメレキウス信仰と似ていながら異なるところもあるメレク信仰に興味を持ち、話を聞きに来たのかもしれない。
ドラゴンプリーストはこの地に棲みついてから十数年後に死にましたが、彼の死後、ドラッヘンベルクを訪れた村人が、彼の書いたらしい膨大な書籍群を見つけました。
全二十巻百章にわたる大著であったその本は、メレキウス信仰とメレク信仰を比較し、メレキウス信仰の優位性を解いた教学研究の本だったそうです。
どうやらドラゴンプリーストは、メレクの僧院で学んだメルク信仰と、自分たちのメレキウス信仰との相違点や共通点についての研究書を遺していたらしい。この書籍群はこの村の僧院に納められることになり、大切に保管された。
とはいえ、この時点ではまだ、そういう書籍群が僧院にある、というだけで、僧院の僧侶達がたまに読むことはあっても、この村のメレク神信仰になんらの影響も及ぼすことはなかった。
ところが、三年前にこのあたりの領主が代替わりしてから、状況が変わったといいます
このあたりの領主と言うと、ノイエスラント辺境伯か
この村を含む地域は、代々ノイエスラント辺境伯の家系が治めている。
三年前にノイエスラント辺境伯の家を継いだヴィルヘルム様は、城館のあるノイエスブルクの町に、大聖堂の建設を始めました
熱心な天上教徒であったヴィルヘルムは、その信仰を示すためと、己の権勢を誇るため、王都の聖堂にも匹敵するほどの豪華な聖堂を計画した。
その建設に必要な労働力を確保するため、領内の村々から若い男をたくさん徴用したらしい。
元々あまり豊かでないこの村は、若い労働力を徴用されたことで困窮した。
領主による聖堂建設への村人の恨みは、いつしか王国と天上教への呪詛へと変わっていったという。
そんな折、村の僧院の僧達の中に、かつて王国を苦しめたドラゴンプリーストを神格化するものたちが現れたのです
彼らはドラゴンプリーストが残した書籍群を元に、メレキウス信仰の布教を始めました。
メレキウス信仰は王国に不満を持つ村人達に瞬く間に広がり、いまでは村のほとんどの人がメレキウス神を信仰しているそうです
つまりは、王国への不満がきっかけで魔物にシンパシーを感じ、魔物と同じメレキウス神を信仰するようになってしまった、という事らしい。
魔王を倒すために王国によって召集された魔王討伐隊が歓迎されないのも当然といったところか。
そんな村なら長居は無用だ。一泊して最低限の補給だけしたら、すぐに次の村を目指そう
そうですね。
補給物資の買出しは私一人で行います。
私も討伐隊の一員とバレていますが、天上教徒よりは警戒されていないようですので
……
グレーテルだけは、なにか言いたそうだ。
グレーテルなにか不満なの?
この村に留まってもいいことないと思うけど
……
このままでいいのか?
?
このままで、とは、どういう事だろう。
こともあろうに魔物どもの神を信じている堕落した民をほうっておいて良いのかと訊いているんだ。
私は天上教のシスターとして、彼らに正しき教えを授けるべきだと思う
職務に忠実なのも結構だけどさー。
その天上教に不満があるから村人達はメレキウス信仰にはしっちゃったんじゃん
連中が憎んでいるのは教会建設のための領主の徴用だ。この教区の司教様に来ていただいて、正しい天上教の教えのすばらしい面を説けば、必ずや説得できる
説明しよう。
グレーテルことシスターマルガレーテは、とても面倒くさい性格なのだ。
説得も何も、村人が司祭なんて村に入れないと思うんですけど
グラマーニャの国内法で、司祭がその教区の村を訪れたとき、その入村を拒んではいけない。
これは、魔王討伐隊への協力義務のような努力義務とは違い罰則規定もある
明日、来た道を戻ってミュゼの村へ行って、西へ半日も歩けば司祭様のいるノイエスブルクへ着く。
司祭様をつれて再びこの村を訪れ、村人に改宗を促す
えぇ~っ、
またアルスラ平原越えて戻るの?
今日越えてきたアルスラ平原に逆戻りしてまた人食いトラと戦わなきゃいけないなんて。
しかもノイエスブルクについた後、今度は司祭様を連れて、司祭様を守りながらもう一度アルスラ平原を越えてこの村へ戻ってくるなんて。
読者諸君ももうお分かりだろう。
グレーテルことシスターマルガレーテは、ものすごく面倒くさい性格なのだ。
俺はグレーテルの意見に賛成だ。
魔王討伐は、人の住む地域から魔物を追い払う目的で行われるものだ。
このまま魔王討伐に成功したとしても、人の住む地域に魔物の眷属みたいなやつらがいるんじゃ、のちのち面倒なことになりかねない
そりゃまあ……
そうだけどさ
エリザはどう思う?
エリザはしばらく悩んだ後に、ゆっくりと言葉を紡いだ。
信仰は自由であるべきですが、問題はむしろ、村人が魔物に対して親近感を持っていることにあります
三百年前にこの地に現れたドラゴンプリーストは、村人に危害を加えなかったのでしょう。先日であったドワーフのおじいさんも、かつて人間と親しくしていたようです
個人個人でなら人間と魔物は仲良く出来ますが、ひとくくりに「魔物」全般に対して人間が親近感を持つのは危険です。
人間と魔物は、種族も生態も利害関係も違いすぎるからです
というわけで、エリザもグレーテルの案に賛成のようだった。
ただし……。
条件が三つあります。
まず一つ、メレキウス信仰をやめるよう説得するのは良いですが、強要はやめてください。
頑なに信仰を変えない人を牢に入れたり、拷問したりしないでください
二つ目、メレキウス信仰から他の宗教に改宗さえすれば、必ずしも天上教への改宗でなくてもよい、という形にしてください。
メレク信仰や四大精霊信仰など、普通に人間たちの間で信じられている宗教であればどんな宗教への改宗も認めてください
最後に、ドラゴンプリーストが著したという、メレク信仰・メレキウス信仰に関する研究書の原本を焼き捨てないでください。
おそらくメレク信仰の教学上、重要な研究だと思います。この村の僧院にそのまま保存してください
わかった。約束しよう
エリザの出した条件を、グレーテルはすぐに承諾した。
……ということは、つまり村人達を説得するために司祭様を連れてくる作戦を、あたし以外の三人が支持したわけで。
そうなるとやっぱり、人食いトラが跳梁跋扈するアルスラ平原を一往復する必要があるわけで。
明日以降の旅の困難を想像して、あたしはげんなりした。
(続く)