少女の表情が、一気に暗くなる。指摘されたことを驚いたと言うより、その話題自体が影を落としているような、そんな表情。
お主は、まさか……混血か?
……わかるの?
少女の表情が、一気に暗くなる。指摘されたことを驚いたと言うより、その話題自体が影を落としているような、そんな表情。
匂いがするのでな。我は、他の生物より鋭敏だ
……何世代か前に、魔族の血があったみたい
ささやくような彼女の言葉で、我は事情を察した。
人間にしろ魔族にしろ、知恵ある者達が混じると、そこには新たな関わりが生まれてくる。
混血もその一つだ。異種同士の交わりにより生まれた、新たな生命の形。
だが、彼らは往々にして不幸になることが多い。どちらの形質を引くにしろ、半々の身を外見に表すことがとても多い。
我が知る限りでは、問題があるのはやはり人間との混血が圧倒的に多かった。彼らは、人間でも、魔族でも、受け入れられずに去ってゆく。
ゆえに、眼の前の少女が人間の代表として、我の前に現れたことは驚くべきことでもあった。
わたしは、人間の姿をして生まれた。でも、不思議な力を、とても強く使えた
彼女の姿は、我ですら混血であると一見で気づかなかったほどに人間のフォルムを残していた。
混血は、多少なりとも外見へ影響を及ぼす。ローブの下の身体はわからないが、確かに彼女の姿はそれとは気づきにくいものだ。
……学舎では、いろいろあった。避けられて、嘘をつかれて、罵倒されて、先生にも睨まれた
どこか自虐的にそう語る少女の瞳は、うつろで生気が感じられない。
過去を想い出し、心が陰っているのだろうか。
――『人間じゃないくせに、なぜここにいるの?』って笑いながら言われたこともある
持てすぎた力は、他者との隔絶をまねく。
彼女は、なまじ人間に似すぎていたからこそ、周囲の者との軋轢が大きかったのかもしれない。
だから、わたしはあなたを倒しにきた――それしか、わたしの力の使い道……存在意義が、ないから……
話を聞きながら、我はずっと彼女の顔と眼を見ていた。
言葉と口元はきゅっとひきしまり、まさしく勇者の一団であろうとする決意を語る。
だが、なにかを耐えているような眼元と、表情全体の印象は、むしろ彼女の方こそ追いつめられた獲物のような悲壮感を感じさせた。
すまぬな……
……え?
我は、ためらいながらも謝りの言葉を告げた。
我も人間との混血はないよう、下々の管理や徹底は行っていたが、完全とはいかなかった。今も、こちらで気づいたの者を受け入れたりはしているのだが……
彼女のように、ほとんど人間体のままで魔族の能力に覚醒する者はとても稀(まれ)だ。
我も、完全とはいかないことは承知しながらも、旅先で彼らを受け入れる努力はしてきたつもりだ。
人間との混血――人間のなかには、彼女の能力をていよく使おうとする輩がいたのだろう。許せぬ事だが、そうした考えがあることは想像がつく。
受け、いれ……?
うむ。魔族の中にも、人間との混血を受け入れにくい者はいる……であれば、お前のような存在の場所を造るのは……当たり前のことだろう?
……!
その言葉に、彼女の表情が揺れているのが見てとれる。
――もっとも、人間との混血は、我らともなじめずにいずこかへ消えてしまうことばかりなのだが。
合わせたわけでもないだろうが、勇者が、彼女に続けて言葉を継いだ。
俺たちは、わからなくなってしまったんだ。なんのために戦うのか
人間達のため、ではないのか?
あなたがそれを言ってくれるのか?
――勇者の言葉は、明るく笑いながら、しかし乾いていた。
ごめんなさい、できるだけ戦いたくはなかったのですが
あなたの部下達、とても優秀……
俺たちはあなたと戦えるようになるまで、ここに近寄ることが出来なかった
その言葉で、我が気になっていた不審な点も一つ想いだす。
なるほどな。我が軍の被害が想ったよりも少ないことが、気にかかってはいたのだが……そういうことか
手にかけた者には……申し訳なく想っている
勇者パーティーによる死傷者の報告は、だんだんと減っていったことが気になってはいた。
それも、戦いが激しくなるこの城に近いほど、である。
報告のあった者の理由にしても、勇者パーティーによるものと言うより、その後の人間達との諍いや、ちょっとした気の緩みなどによるものだ。
彼らはどうやら意図的に、我らを倒さずにここへたどり着こうとしていたような節がある――そしてそれは、正しかったというわけか。
俺たちは、あなたの造りだしたであろう手順を踏み、力をつけてここまでやってきた
どうやら、そのようだな。ただ、戦う意義を見失っているとは想わなかったが
人間達の思惑は、やっぱり、あなたの意志ではないのね?
敵であるはずの我を信じるような言葉を、美しき巫女はすらっと言う。
ああ……我は、人間が愚かと走っていたが、同胞にまで愚かだとは考えていなかったのだ……
……残念なこと、だがな
勇者は、本当に無念そうに、そうして我の言葉にうなずいた。
その勇者達のたたずまいに、我は――我の目的のために、彼らを犠牲にしたのではないかと、そう感じ始めていた。
だから、教えてもらえないか
勇者は、息をのみ、我に問うた。
――魔王テラー殿。あなたの目的は、なんなんだ?
……
……
三人とも、息をのんで我の言葉を待っている。
我は、その言葉を継げることなく、彼らに討たれるはずだったのだが――。
まさしく、現実は奇なりということか。
ゆっくりと、我は彼らに目的を告げた。