―ソーリヨイの街・西門―


夜のソーリヨイは、二つの色に彩られていた。

た、助けてくれぇ!!

ひいぃ!!



――闇と影の黒

――炎と血の赤

そこに人々の悲鳴が混じれば地獄絵図がたやすく出来上がる。

闇の世界からの侵犯。

魔物が、その暴威を持って侵食して来たのである。

魔物は襲来の報せと、絶対的な恐怖を植え付けるためにまず火を放つ。

炙られるのを避け、建物から逃げ出してきた人々をその暴力の餌食とする。

禍々しい剣で裂き、

髑髏を象った棍棒で薙ぎ、

膂力だけで吹き飛ばす。

今もまた逃げ遅れた男が、その心の臓を刺突される。

そんな魔物の目の前に、もう一人建物から出てきた青年がいた。

青年は額に浮き出た汗を拭う。

何故か、その表情に焦りや恐怖は見られなかった。

ソートク

暑い!!

ソートク

それに酒場『仔羊の額』が見つからんではないか!?

魔物

げへへ!!
生き残りだぁ!!

ソートク

ん?
何だ貴様は?

ソートク

人にしては、いささか不細工だが……

魔物

逃げ遅れたようだな!!

ソートク

なんだ魔界語か

ソートク

そういえば人の姿が見えん

ソートク

あちこちで火事も起きてる

ソートク

そういうことか……

魔物

死ねぇ!!

魔物の刃がソートクを狙う。

ソートク

断る

腰の剣を抜き――

大地を蹴って跳躍――

空中で身を翻し――

魔物の首を一気に刺す。

これら全ての動作を刹那に近い速度で完遂した。

魔物

グフ!

刃に貫かれ、魔物から血が噴き出る。

流血の勢いとは反対に、魔物の動きは鈍くなる。

傷口を癒せぬまま、ただ断末魔の声を上げた。

死に際の魔物が、青の色を孕んだ特有の白炎に包まれた。

白炎が収まると、そこには焼尽された肉塊があるだけだ

ソートク

熱帯夜にしては度が過ぎると思ったが――

ソートク

まだ風呂に入らなくて正解だった

ソートク

当分汗を止められそうにない

キャー!!

ソートク

!?

ソートク

今の叫び声は!?

ソートク

悲鳴を媒体に、顔面逆探知開始!!

ソートク

カタカタカタ……

ソートク

キュピーン!!

ソートク

間違いない――

ソートク

美少女だ!!

魔物

ゲハハ!!
見ろ! 上物の女だ!!

だ、だれか助けて!

魔物

へへへ!! 逃げろ逃げろ!

魔物

馬ってのもなかなか速ぇじゃねぇか

魔物

ほらほら追いついちまうぜ!?

あ、あ……

ソートク

魔物が馬を駆るか!!

ソートク

ただちに下馬せよ!!

馬に向かって走り、ぶつかるように跳ぶ。

交差する過程で跨がる魔物を一閃した。

魔物

グゲッ!!

魔物

な、なに!?

ソートク

何人もの英傑が人馬一体という言葉を、己の目処とすることから分かるように――

ソートク

馬とは尊ぶべき相手である!!

ソートク

たとえどんな駄馬であろうと、貴様らが手綱を握って良い相手ではない!!

ソートク

そして何よりも――

ソートク

美少女を泣かすことは誰であっても許さぬ!!

え? わ、私ですか?

魔物

く、意外につえぇ……
おめぇら集まれ!!

ソートク

……(ジー)

あ、あの、ありがとうございます!

ソートク

……(ジー)

な、なにか……?

魔物

ゲヘッ、どうした?

魔物

おう、待ってたぜ兄弟たち!

魔物

この人数だ!
一気にたたみかけてやれ!!

は、早く逃げないと!?

ソートク

美しい

は、はい!?

魔物

死ねぇ!!

ソートク

魔物ども!

魔物

グブォッ……

ソートク

貴様らの皮膚は腐敗しているが、目だけは確かなようだ!!

周囲に展開された魔物の陣。

数に物を言わして敷かれた、強固な魔物の壁にソートクは切込みを入れる。

魔物

ウゲッ……!!

全身を投げ出すように踏み出し、軌道上の魔物を一閃。

接近するために躍り出て、屠るために踊る

ソートク

この美少女は追いかける価値がある!!

ソートク

確かな、美貌を持っている!!

魔物

グ…!!

魔物

ぐわああ……

ソートク

貴様らは力づくで、美少女をモノにしようとしているのだろう!

ソートク

それは良い!!

ソートク

無論、接し方には大いに問題はあるがな!!

ソートク

貴様らのように、手に入れる苦労を力で解決するのも手段の一つであるのも事実!!

ソートク

だが、このような実力で美少女をモノにできると思っているのか!?

取り囲む片方の陣が瓦解した。

地面に足を突き刺すように踏ん張りを入れて跳ぶ。

進路はもう片方の魔物の塊だ。

相手が身構える前に腕を斬り落とし、攻撃の手段を失わせる。

返した刃で首と胴を強制的に分離させた。

魔物

な、なにが起こって――ギャッ!!

魔物

カ……ゲフっ!

ソートク

美少女とは――!!

ソートク

人類の宝だ

ソートク

富だ

ソートク

財だ

ソートク

代替えのない無限の神秘だ!!

……

この人、真剣な顔して何言ってるの?

!?

ひょっとして、魔物の注意を引いて、私を逃がそうとしてくれているの!?

そ、それならあの言動も納得だわ!!

きっと、変人か狂人を演じているだけよ。
目立って自分を囮にするために!

素の性格であんなこと言えるわけない!!
有名な劇団の役者か、旅芸人なのよ!!

そ、それなら今の内に逃げないと!?

で、でもお礼の言葉も言えないなんて……

あ、ありがとうございます!!
変人に扮したお方……

いつの日か、本当の姿の貴方とお会いしたいです!!

ソートク

美少女を侍らかしたければ――

ソートク

唯一無二の命を懸けて取りに来い!!

心情を包み隠さず叫ぶ。

構える剣に、腕を通して伝える命令は単純だった。

二撃。

一撃目で腕や足を斬り、攻撃力や機動力を削いで無効化する。

二撃目で、無力化した相手を確実に殺す。

確実な方法であるが、時間はかかる。

だが、ソートクの無駄のない動きは――

洗練された舞にも似た一挙一投足は――

魔物の優れた動体視力を以ってしてなお、捉えられるものでは無かった。

陣を敷いた全ての魔物を斬り捨てるまでに要した時間はどれほどだったであろうか。

ソートク

脆弱!
それでは美少女は、なびかんぞ!!

ソートク

そうであろう! そこな美少女よ!!

ソートク

いない!!

魔物

な、何だ!
何が起こったぁ!?

ソートク

ちっ、また新手か?
どうせなら最初から雁首揃っていればいいものを

ソートク

どうやら魔物を一気に引き寄せる才は無いらしいな、俺には。

魔物

ぜ、全滅状態じゃねぇか

魔物

た、ただ者じゃねえ……

ソートク

当然だ

ソートク

俺は勇者であるからな!

魔物

な!?

魔物

勇者だと!?

魔物

狼狽えるな!!
所詮名ばかりの勇者だ!!

ソートク

その通り!
勇者は職でしかない!!

ソートク

勇者の目は三つあるか!?
勇者の口に長き牙が生えてるか!?
腕は四本か!?
足は浮いているか!?

ソートク

刮目しても目を細めても、勇者は人間でしかない

ソートク

勇者という職名だけでは貴様らに傷一つ付けられん

ソートク

だが!!

ソートク

勇者の務めを忘れたわけではあるまい?

ソートク

そして、勇者が生きること自体が貴様らにとっての恐怖たるゆえんを教えてやろう

魔物

ほざけぇ!!
この数相手にどうする気だ!?

ソートク

殲滅する気でいる

魔物

!?

ソートク

とはいえ、この人数はさすがに骨が折れる……

ソートク

その程度で済んでくれれば良いが

魔物

へ!
大きな口を叩きやがって!!

魔物

逃げられると思うなよ!!

ソートク

ハハハハ!!

ソートク

ここは戦場だ!!
戦場における成り行きは、二つのみ!!

ソートク

殺すか死ぬかで五分と五分!!

ソートク

そこに『逃げる』などありはせん!!

ソートク

悪逆無道の魔物どもよ!
勇者の恐怖に、とことん付き合え!!

魔物

囲め!囲め!
これ以上、口を動かせるな!!

魔物

殺せ!!
殺しちまえ!!

魔物

こんだけいりゃあ、絶対負けやしねぇ!!

ソートク

来るといい!!
あるいは俺を殺せるかもしれんぞ!!

ソートク

だが忘れるな!!

ソートク

絶体絶命の中にあって、勇者はますます精強だ!!


ソートクを囲む魔物の輪が、一気に収束した

――……

6、 勇者 助けた少女に逃げられる

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