驚くべきことに勇者は一度死んでいた。
 だが、そんな奇怪な事実を捻じ曲げるようにその後も彼の英雄譚は語られている。
 異質な光景、徐々に先攻しつつある王国は猛威を振るい始めながらも、徐々に魔王たちの抵抗は強まっていく。
 その最中に魔王軍と名乗る魔物たちは、一つの街を襲撃した。

Gael

あいつは俺の恩人さ!

Gael

街を救ってくれたんだ

Gael

灰色の街の英雄さ

 灰色の街の義賊Gaelは語る。

 魔王軍が襲いかかってきた時は流石に驚いたさ。
 さて何が目的だったか、確か街の薬だったか。
 どうにしろ沢山の人が魔物に殺され、あっという間に占領されてしまった。
 紫陽花の間引きだとかを鼻で笑っていたから、罰でも当たったかと思ったよ。
 だが街の人々も負けっぱなしではいてはられない、俺も含めて意欲のある連中でレジスタンスを組んでその日ぐらししていたわけさ。

Gael

まあ、流石に魔物相手にして死にかけたんだけどな!

Gael

そん時さ、黒いマントを被ったあいつが出てきて助けてくれたのは

 凄まじい勢いで魔物をなぎ倒していくその姿に、皆目を奪われた。
 たった一人で状況をひっくり返してしまったあいつのことを、仲間の一人が鬼神だとも呼んでいたか。
 人間ってあそこまで強くなれるのか、純粋に感心したさ。

Gael

あいつは名乗らなかったよ、勇者だったとは思ってなかったさ

Gael

いやあの時の勇者って評判悪かったし

 やたら悪評判が流れてて妙だなと感じてはいたが、それだけだ。
 灰色の街としては海が近いこともあっていつも外の大陸とばかり話してるようなもんだから、戦争なんて遠くの出来事だってそればかりで目を向けてさえいなかったのさ。
 だからあの街がどういう立ち位置にいたかとか、そういうのもよく分かっていない。

Gael

ま、そん時は目の前のことで手一杯でさ。手段は問わない魔族は殺せ状態だったわけだ

Gael

俺は殆どダメ元であいつに協力を頼んだんだぜ

Gael

びっくりなことにあいつ、魔王軍に占領された街を取り戻す大規模作戦に参加してくれることになったんだ

 名のない街を取り戻すための一発逆転を狙った作戦に、彼は二つ返事で乗ってきた。
 彼が加わってくれたこともあって計画は大成功、街は平和になったとさで終わるわけがないんだなこれが。
 最後の最後でダメ押しだ、魔王ご本人出てきちゃったんだよ。お前なんでここにいんだよ! って総ツッコミさ。
 流石の魔王相手じゃ俺たちも消し炭だ、だがそれでもあいつが最前線に立ってくれたんだ。

Gael

ただあいつはずっと辛そうな顔をしてたんだ、それはよく覚えている

 魔王も何とか押しのけて、それでようやくめでたしめでたし。
 街の皆で宴会騒ぎだよ、戦争がはじまってからあまり派手なことが出来なかった分、たまってたんだろうな。
 あいつも勿論ひきずりこまれてた、何せ一番の英雄だったからな。正体はまぁその時誰かなんて気にしなかったし。

Gael

思えば、あいつは一言も喋らなかったな

Gael

応か、否か、そんだけだった


 ローブの中に素顔をかくして、あまり視線が集まるようなことは好きじゃないように見えた。
魔王と戦ったあとなんだから疲れてるんだろって周りを説得して、さっさと寝ればいいんじゃねって提案もしたっけ。
それで朝に名手、

Gael

あ、待て。一つだけ喋ったことあったや

Gael

旅の目的

Gael

旅立つ前にすこしだけな、まあまともに喋んなかったんだけど

Gael

なんで旅してるんだ?って聞いたんだ

00

母を探していた

Gael

つってあとはだんまり

 過去形だったのが気に掛かったけれど、本当にそれっきりあいつは喋らなくてそのまま船に乗って行ってしまった。
 そこで俺と勇者の話はおしまい。っと待った、もう一個だけ。

Gael

魔王の姿の話なんだけどよ

Gael

それがビックリなんだな

Gael

俺はあいつのとなりで戦ってたから気がついたんだけどな

Gael

そいつ、すっげえ美人だったんだ! 女の魔王だったんだよ!

Line

ちょ、ちょっと待ってください!


 がたりと身を乗り出した女性は、はっとしたように目を逸らした。
 話す順番、間違えただろうか。女性は困惑していると顔に書いたような表情をしていた。

Line

おかしいじゃないですか

Claus

勇者が殺されていたことですか?

Line

えぇ、勇者だって人間のはずです。もしも本当に殺されていたのなら、その義賊さんが出会った勇者は、一体

Claus

私も、最初は戸惑いましたよ

Claus

ですが、勇者は一人なのは確かです

Claus

……最後に彼女の話をしましょうか

 ──雨は、一層強くなるばかりだった。

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