しばらくして戻ってきた埴谷は現場で死んでいた高良の姿に言葉を失った。彼とて極端に時間をかけたわけではないというのに、思いもよらない人間の死体が増えていたのだから当然である。
しばらくして戻ってきた埴谷は現場で死んでいた高良の姿に言葉を失った。彼とて極端に時間をかけたわけではないというのに、思いもよらない人間の死体が増えていたのだから当然である。
お、おい、これは……
すみません、私のミスでした……
頭を垂れ、体を震わす音耶。言葉を発しない彼の代わりにと恵司が状況を説明する。
若干卑怯な手は使ったと思うが、説得したらこの様だ。……悪事を公表すると明言して、自首するよう促した。さっきお前に見せたあの画像を証拠にな
さっきの画像、それは現場の改変を行ったという証拠だ。“アーティスト”本人から渡された画像故に、それを明かせずとも画像の改変などは行われていない信憑性の高い画像である。高良の犯行の証拠だと説明され、実際その通りであると信じている埴谷には恵司の言い分が真実だと思わせる十分な証拠でもあった。
自首するくらいなら自分で自分を裁く、と……。腐っても刑事だったようですが、こんなの間違ってますよね……!
涙まで零す音耶の姿に、恵司は内心で弟の演技力に感服する。これがもし下らないドラマであれば、彼は相当な演技力だと評されたことだろう。だが、生憎犯罪者の演技力はただの悪だとしか取られない。それを知ってて黙っている自分も悪だろうな、と恵司は心の中だけで悪態をついた。
駿河兄弟による“高良の自殺と自分達正義の非力さ”の演目は埴谷に十分なほどの嘘の真実を植え付けた。そして、その嘘は警察内に持ち込まれても暴かれることは無かった。
結局、高良警視が俺の装飾を台無しにしたのはあれだけだったみたいだな
お前、まだ階級呼びか? 犯罪者だろあれも
だったら俺も駿河“警部”じゃないさ
事件後、恵司の自室で改めて着替え、事件の話をする双子。恵司は堅苦しかったスーツから解放されたと肩をぐるぐるまわし、音耶は疲れたとばかりにソファに座り込む。
にしてもわざわざ凶器まで用意してくれちゃって……確実に“アーティスト”の犯行にして、最初から自分が担当するために仕向けたって感じか
そうだろうな。万一別の誰かに解決されでもしたら困るとでも思ったんだろう。こっちは証拠を残す気も無ければ“アーティスト”の犯行だと明示するつもりもないというのに……。ただ作品が出来ればいいだけだ
音耶の言葉に、恵司は少し目を伏せた。想うのは空の事である。だからといって音耶を恨む気も恵司にはなかった。実の弟だからというのも勿論一因ではあるが、それ以上に、これは全て空が望んだことであると知っているからだ。それを事細かに語ることは今の恵司には容易ではない。複雑な感情に、気を狂わせてしまいそうになるからである。
恵司、お前には何度も言っていると思うが、俺はしばらく作品を作る気はない。気休めにしかならないだろうが、そう言って欲しいだろう?
まぁな……。だが、ここ最近お前は人を殺しすぎた。今日の高良に、この前の引場もお前がやったんだろう
あいつらは俺の家族に手を出した。これは“アーティスト”としてじゃなく、俺としてだ。家族を守るのはおかしいことか?
やり方が間違ってんだよ。お前は何だ? 警察だろ? もっと方法が――
それじゃあアンタはどうして、俺が空以外の女を殺したときに……ただの猟奇殺人鬼である“アーティスト”になったときに止めなかったんだ! おかげで俺は……二度とあの快楽を忘れられなくなったんだ! 人間を肉の塊に変えるあの快楽を!
その言葉に、恵司は黙り込んだ。確かに恵司は彼を止めはしなかった。自首を勧めることも、通報することも出来たのに、恵司は音耶を庇ったのだ。証拠を残さない犯罪者を唯一摘発できる存在であったのにも拘らず、だ。
しかし、そんな恵司を見た音耶も同様に黙り込む。彼が何を思ったのかは恵司には分かりかねた。しかし、確かにその時の音耶も恵司と同様に空の事を考えていた。二人の違いは、空想の中の彼女が生きているか死んでいるかという事だったが。
……悪い。ただ、これだけは言わせてくれ。高良を殺したことに、罪悪感は無い。もう真実も書き換わった。だから、お前も忘れてくれ、恵司
音耶の言葉に、恵司は黙って頷く。彼らは空を殺された被害者と空を殺した加害者の関係であるというのに、ある意味では共犯者でもあった。だからこそ、恵司は黙って頷いたのだ。
よし。もう終わりだ。音耶、たまには泊まっていくか? 部屋なら余りに余ってる
……そうだな。その言葉に甘えるよ。どうせ、またお前の服を借りたって何の問題もないんだからな。サイズだって丁度だった訳だし
んじゃ決まりだ! 母さんからこの家の管理をする代わりに住んでもいいって言われても、広いから掃除とか面倒なんだよ! 頼んだ音耶!
そのためかよ。……まいいさ。元は祖父さんの家なんだから、祖父さんの持ってた面白いもんがあるかもしれんしな。見つけたら俺が貰っていくぞ
あっ、それはずるいぞ! 仕方ない俺も掃除する!
今はお前の家じゃなかったのかよ。真面目に掃除くらいしとけ
明るく話す双子の姿はまるで幼い兄弟のようにも見える。しかし、彼らの抱えた闇は、彼らの生きた年数よりも明らかに深く、濃くその姿を落としていた。故に、今の明るさを対比的に輝かせてしまっているのだろう。
探偵と刑事、被害者と加害者、兄と弟。複数の異なる姿を持ちながら、全く共通の容姿を持った双子。彼らは未だ互いが背を向けたままであるということに気が付きながら、ただただそれから目を背けていた。
――第三話 了