音耶の言葉に、銃を手にした高良がのそりと姿を現す。にやついた顔は明らかに音耶に向いており、音耶はその不快感に背筋を震わせる。
どうして、鬱田を撃ったんですか。――高良警視
音耶の言葉に、銃を手にした高良がのそりと姿を現す。にやついた顔は明らかに音耶に向いており、音耶はその不快感に背筋を震わせる。
お前が駿河恵司か? こりゃあ現行犯逮捕だな。そこの女を殺そうとしていたんだろう
真実は彼女に聞けばわかるでしょうね。……高良警視、どうしてこんな行動に出たのです。犯人を撃つならまだしも、彼は一般人だ
少し手が狂ってな。……そこの女を殺すつもりだったんだが
その言葉に少女が体をびくりと震わせる。そんな彼女を庇うように鬱田が少し前に体をやった。
こいつが音耶の上司か? 人間のクズだな
おっと、口の聞き方は気を付けたほうが良い。飛び道具というアドバンテージを持つのは私だけだぞ
そう言って銃口を鬱田に向けた高良。鬱田は怯むことなくただ高良の目を見据えている。
これは警察として、いいえ……人として間違った行為です。どうか銃を下ろしてください
それはお前の主観的観測だ。仮にここに居る皆を私が殺し、お前が真犯人であると私が突出せばどうなると思う? 全ての犯人はお前で、私はただ仕事を全うした警察官だ。容疑者が何と言おうと、誰も信じないからな
その言葉にいち早く反応したのは誰でもない長岡だった。ようやくダメージから復帰したらしい彼はまだふらつく足を無理矢理に動かしながら逃げ出そうとしている。しまった、と音耶が彼を確保しようとすると、再び乾いた銃声が響いた。そして、長岡の頭がどさりと沈む。
困るんだよ。シナリオ通りの事をしてもらわないと……。一応私の予定では駿河恵司もそこの君の友人だという男もここにはいないはずだから、新たにシナリオを組む必要があるがね
下種め……
小さく音耶が言葉を零すと、高良は不機嫌そうに眉をひそめる。そして、ゆっくりと銃口を音耶へと向ける。ほぼ同時に、音耶は隠し持っていた折り畳みナイフに手を掛けた。
そして、再びの銃声。しかし、血を流したのは音耶ではなかった。
何が起こったか分からないという顔の高良の手からは銃が失われ、代わりにとばかりに赤い血がボタボタと滴り落ちている。
くっ……何が、起こった……?
警察の発砲許可ってのは後で出せばいいんだよな? ……投降しろ、高良侘助! 埴谷、あの子はえーっと……升久可憐の保護と鬱田の手当てを頼む!
え、あ、ああ!
埴谷が戸惑ったのは彼が音耶と思っていた人物が自分の事を埴谷、と呼んだからだ。状況が状況のために深く考える余裕が無く、とりあえず頷いてしまった埴谷は少女――升久可憐と鬱田の元に駆け寄り、肩を貸してやる。救急車は此処に来るまでに予め恵司が呼んでおいたため、彼の仕事は二人を救急車の停まれる場所まで運んでやることだった。既に事切れていた長岡に関しては一度二人を保護してからもう一度戻ることになる。埴谷は相手が犯罪者とわかっていても、小さく手を合わせた。
駿河音耶! 貴様、上司に逆らうとは……分かっているだろうな!
高良のその言葉に、恵司は笑いが隠せないとばかりに小さく肩を震わせる。次第に声も我慢できなくなり、高らかに笑った恵司は埴谷の姿が既に無い事を確認してから笑顔のまま言った。
ざーんねんでした。本物の駿河音耶はアンタが駿河恵司だと思ってた方だよ。俺が恵司。アンタが“アーティスト”として仕立て上げようとした、な
そ、そんなことになってたのか!?
まぁな。……当たらずとも遠からず、って感じで腹立つが、無実の罪で捕まるわけにはいかないな。さて、鬱田も埴谷もいない。どうする音耶?
恵司の言葉に、音耶はにやりと笑った。その笑みは先の高良のものとある意味では似ている。即ち、酷く自己中心的な笑みだ。
ねぇ、高良警視。死人に口は無いって言いますよね。だから物事は常に勝者の歴史で紡がれる……。貴方ならお分かりですよね
き、貴様、何が言いたい
先程貴方は、鬱田や埴谷警部に思い切り悪人らしさを見せつけてくださいました。この直後、席を外していた彼らが戻ってきた時に貴方が死んでいたとしましょう。この場合、私達は有罪でしょうか?
あ、当たり前だ! 警察官の風上にも置けんな! 人殺しなど犯罪に決まっているだろう!
ええ、“殺人”ならね。でも、これは自殺だったんです。我々の説得で罪の意識に苛まれた高良警視は自分の罪を償うために自殺してしまう。我々の説得も虚しく……。流石、最後はご立派でいらっしゃいます
な、何を言うんだ? お前、さっき人を撃った私に人として間違っていると言ったよな? お前はそんなこと出来やしない、そうだろう?
ああ、初めてじゃないのでご心配なく。そうだ、改めて自己紹介して差し上げましょうか。冥途の土産になるかもしれませんよ?
そう言って、音耶は綺麗にほほ笑む。それは女性であれば、いや、女性でなくても一瞬ときめいてしまいそうな“キラー・スマイル”であった。恵司はそんな弟に苦笑しながら、先程自身が弾いた高良の銃を、指紋が付かぬように音耶へと差し出す。音耶はそれを受け取りながら一礼すると、震える高良のこめかみに銃を押し付ける。もがく高良の体は、恵司によって固定されていた。
や、やめろ! 離せ!
悪いな。でもアンタは踏み込んじゃいけない領域に踏み込んだ。“アーティスト”は自分の作品を汚されることを酷く嫌うんだよ
だ、だが、“アーティスト”なんてこの場に居るわけないだろう? そんな簡単に姿を現すはずが――
高良の言葉に、音耶がふふっ、と小さく笑う。そうして、ゆっくりと引き金に手を掛けた。
改めて。初めまして、高良侘助警視。
――“アーティスト”と申します。以後、お見知りおきを。
……まぁ、貴方に以後なんて無いですけどね
そうして、最後の銃声が公園に鳴り響いた。