血。
あの巨体から振り下ろされた腕は、トマトを潰すように私をペシャンコにするだろう。
そして、残るのは赤い水たまり。
――そう、私の血だ。
リストラされた私の最期が、自ら命を絶つことによってではなく、他者によって、それも異形のモンスターによって迎えることになろうとは思いもしていなかった……。
「……殿」
勇者殿! 気をしっかり持つでござる!
……?
痛みは……全くない。
恐る恐る目を開くと、首と膝の裏にあてがわれている手。
華奢な金髪の美少女によって、いわゆる「お姫様だっこ」されている状態であった。
しかも宙に浮いている……!?
ケガはないでござるか?
毛がないだけに大丈夫です
? よく聞こえなかったでござるが?
どうもすいません。気にしないでください
少女とは思えない、恐ろしい殺気だ。
いや、それにしてもすごい。異世界の方は宙に浮くことが出来るのですな
拙者は精霊と契約を結んでいるゆえ、風の精霊のご加護により、宙に浮くことが出来るでござる
ゆえに、異世界の住人の全てが飛べるわけではござらんよ
そうでござったか……
まずい、思わず口癖がうつってしまった!?
ほう……
このままゴーレムの上に、落とされたいようでござるな?
どうもすいません……反省しています……
どうにも居たたまれなくなり、慌てて首をひねって下を見る。
当のゴーレムは突然いなくなった私を探しているようであった……が、見つからないと分かると、標的を女戦士に変えたようだった。
おっ! あたいと勝負するってか!?
いいぞ、かかってこい!
余裕の笑みを浮かべたまま、両手を広げている。
まるで、「抱きしめてあげる」と言わんばかりだ。
ビリビリと大地が咆哮によって揺れた。
ゴーレムは一直線に女戦士へと走っていく。
一歩進むごとに、石畳は崩れ、大きな足跡が残る。
女戦士は相変わらず、ニコニコと笑みを浮かべている。
ゴーレムは女戦士の前までたどり着き、立ち止まると、重たげな腕を一気に振り下ろした。
ああ、なんてことだ……。
んー? 図体の割には大したことねぇな
私の脳内イメージでは血だまりが出来ていた……が、そうなることもなく、女戦士はゴーレムの拳を片手で受け止めていた。
ただ、彼女の顔と腕が見えるだけまで地面に埋没してしまっていることが、その拳の重さと衝撃の強さを物語っている。
言うまでもないことだが、普通の人間ならこうはいかない。
一体、彼女は何者なんですか? あれも精霊のご加護なんでしょうか?
彼女は竜戦士でござるよ
竜戦士……?
「竜の力」を身体に宿した戦士のことでござる
しかも、この世界にはドラゴンは7体しかいないと言う……。
そのうち、最も強いと言われるレッドドラゴンの力を身に宿しているのが竜戦士らしい。
……ちなみに彼女の父親はそのレッドドラゴンで、母親は人間。
つまり、彼女はハーフとのことだった。
攻撃力と防御力において、この世界に右に出る者はおらぬでござろう……
はあ……そう、ですか……
むしろ、彼女の方が勇者にふさわしいんではないだろうか……?
やーめた!
魔法士、頼むわ
ええ~!? 面倒臭い~!
そう言うなって。ほらよっ!
ゴーレムの体が魔法士と呼ばれた少女に向けて、冗談のように宙を舞う。
もう!
へっ?
気付けば、大気圏の外だった。
どういう原理かは分からないが、呼吸も出来ている。
そして、足場がないのに我々だけはその場に留まっていた。
一方、ゴーレムは……。
ゴーレムだけ、地上に向けて落下していった。
行く末は大気圏で燃え尽きるか、よしんば生き延びても、地上に叩き付けられて粉みじんであろう。
ふぁ~☆
呑気にあくびをしている。
紫髪の子、なんて恐ろしい子……。
金髪美少女のお姫様だっこを解いてもらい、謝辞を述べる。
私が紫髪の女の子の素性を問うより早く、騎士殿は教えてくれた。
彼女は魔術士よりさらに高位の「魔法士」。「天下一魔術会」で5年連続で優勝しないと認定されないでござる
今のところ、38年連続で優勝しているので、ああ見えても年齢は……
ひっ……!
いつの間にか、紫色の髪の女子……もとい、紫色の髪の女性は金髪美少女の目の前に瞬間移動していた。
聖騎士さんよぉ……それ以上そのスウィートなお口から何かを言ってみろ……筆舌に尽くしがたい永遠の快楽を……心を込めてプレゼント・フォー・ユーしてやんよ? ああん?
承知した
物分かりのいい雌豚ちゃんはラビン・ユーだぜぇ! へっへ~☆
……
目を合わすと……やられる……!!
しかし、好奇心に負けて見てしまった……!!
チラリ
勇者様~、今、何かご覧になられましたかぁ~?
え? 何かありました? 全然気付きませんでしたけど……
これぞ、「秘技・知らんぷり」!!!
ところでぇ……
なんでしょう?
私ってばぁ、何歳に見えますぅ?
そうですな……17歳、ですか?
や~ん! どうして分かっちゃうのぉ?
勇者様、すごぉい~☆
んなわけねーだろ
茶番でござる
今日は勘が冴えてますなぁ……ははは……
その場は和やかに終わるはずだった。
蒼い髪の女性が口を開かなければ……。
50歳です
え?
だから……魔法士さんは17歳じゃなくて、50歳なんですよ
……あ……う
この蒼い髪の女性、空気を読めないことに関しては称賛に値する。
案の定、紫髪の女性は満面の笑みで言い放った。
召喚士、てめーわオレを怒らせた☆
―次回を待てっ!―