―――何か、声が聞こえた気がした。
…………
……んあ?
―――何か、声が聞こえた気がした。
……来たれ……
何だ……誰だ……?
……来たれ……異界の子よ……
我が世界に蔓延る災いを討ち祓いたまえ……
洞窟から聞こえてるのか……?
……
……行ってみるか
―――夢だ。
洞窟に向かって走りながら、隼士はそう感づいていた。
夢だとわかっている夢は明晰夢といってある程度行動が制御できるらしいが、今隼士の脚は、何故か目の前の洞窟を目指そうと動いていた。
そして隼士は、ぽっかりと口を開ける仄暗い洞窟の中に一歩足を踏み入れ―――
……!?
―――目が覚めた。
どうやらやはりあの洞窟や声は夢の中のものだったようだ。目の前に広がるのは柔らかな風に揺れる草が広がる草原で―――
……はぁっ!?
眠気が一気に吹っ飛んだ。
隼士はばっと立ち上がり、せわしなく首を動かして辺りを見回す。
辺りは最初に見た通り一面に背の低い草が広がる草原で、周囲にはどうやら森もあるらしかった。
少し冷静な思考を取り戻した隼士は、深い溜め息と共に額に手を当てる。
全く……また夢かよ……
夢を見てて目が覚めてまた夢でって、ノンレム睡眠皆無じゃないか……脳が休まらんな
何故か知っている睡眠についての知識を誰にともなく口に出しつつ、隼士は現実に戻るために頬を指でつまんで思い切り引っ張った。
……痛い……
何だよ……夢じゃねぇのかよ……
最悪だった。
身一つで草原に放り出されているこの状況が現実とは、正直言って本当にヤバかった。
食料はない、水だってない、武器もなければ道具もないし、更に町も人もいない……
最悪のないないづくしじゃねぇかよ
頭を抱える隼士は、ふと何者かが自分に近づいてきていることに気が付く。
何かを草の上で引き摺っているような音が後方から聞こえてきて、隼士は条件反射的にその方向を見た。
!?
(ズル……ズル……)
―――草の上をずりずりと這ってくる、“ナニカ”。
粘液質で、草の上に嫌な光沢の粘液の跡を残しながら隼士に近づいてくる、不定形のソレは、まさしく。
―――スライム!?
マジか、と隼士は絶句する。
妙な夢。起きるとどこかわからない場所。そして突如姿を現すモンスター……または魔物。
完璧なまでの典型的な異世界転生的な―――
(―――バッ!!)
やば―――ッ!?
突如スライムが激しく脈動し、隼士目掛けて突進を放つ。至近距離からの完全な不意打ち。
あくまでも人よりちょっとだけ運動神経がいい程度のただの男である隼士が、避けられるはずもなく。
ぬぐ……っ
―――直撃。
辛うじて条件反射で両腕を交差させて防御するも、数十cm後方に押しやられる。
痺れる腕をぶんぶんと振りつつ、隼士は眉間に皺を寄せて表情を険しくする。
異世界転生とはそういうのはどうでもいい。ぶっちゃけある意味OKだ
だがまず今は、逃げることを―――
(ズズ……ズズズ……)
(ビチャ、ベチャン、バチャン)
おいおいおい……マジかよ!?
……奥に見える森から、更に数体のスライムが姿を現した。しかも、色違いの個体もいる。
最悪の状況が更に悪くなった。最悪とは最も悪いと書くが、今回ばかりは更に悪い状況が待ち受けていたということか。ふざけんな。
(ズズ……)
(ベチャ、ビチャン)
チッ……こいつは……
……まずい。こりゃ本気で逃げるしか―――
にじり寄ってくるスライム。
隼士もそれに合わせて後ずさりし、一触即発の空気が両者の間に流れて―――
はぁぁぁああ!!!
!!??
スライムを追う様に森から飛び出してきた少女だ、振りかぶった長剣でスライムの一匹を両断した。
声なき断末魔を上げ、スライムが息絶える。
剣を振りぬいた姿勢で残心していた少女は、隼士がいることに気付いたようで、凛々しく鋭かった目を驚きで見開いた。
大丈夫!? ごめん、このスライム私が連れてきちゃったの!
あ? あぁ、大丈夫だ。それよりお前―――
話は後。こいつらは私が始末するから、君は早く逃げて
はぁ!? いや、そんなことできるわけないだろ!?
何言ってるの、君は武器も何も―――
だからって俺が―――!?
おい、後ろだ!避けろ!
(―――シュバッ!!)
あ―――
隼士と言い合っていて後ろから跳びかかってきたスライムに気付かなかったらしい、少女は背に思いきり突進を食らって前のめりに倒れこんだ。
何とか受け身を取ってそこまでダメージはなかったようだが―――
(ビチャビチャッ、バッ!!)
(ズズズ……シュバ!)
―――っ!!
スライムらの容赦ない追撃。少女は咄嗟に両腕で顔をかばう。
そして少女の小柄な体が影に覆われ―――
やらせるかぁっ!!
咆哮し、隼士は素早く腰を落として両脚にあらん限りの力を籠めた。
力を籠める両足から骨が軋むような感覚を感じながら速人は地面を蹴り出し―――
―――地面と空気が爆発した。
否、違う。爆発したのではない。
地面は速人が尋常ではない力で蹴ったことで土がめくれあがり、空気は砲弾の如く撃ち出された隼士の体で押しやられて破裂したのだ。
砲弾の如くスライム目掛けて突撃する中、隼士は拳を腰に溜めて硬く握り締め―――
まず、一匹!!!
―――!?
隼士の拳は、スライムの体を確実に捉え、貫き―――その猛烈な勢いと威力で、粉々に吹き飛ばした。
隼士は宙でくるりと方向を変え、両脚と片手をついて数m地面に跡をつけながら隼士は停止した。
う、うそ……何この威力……!!
さぁ―――全部始末してやる!!!
~続く~