第3話

上を向いて歩く。

日差しは相変わらず強いけれど、
夏の空は高くて青くてとても綺麗だから。

わたしはお屋敷を離れた後、
歩いて来た道を戻っていた。

緑の多い住宅地を進むと、
電信柱に絡まるように伸びた大きな朝顔があった。
ぐるぐると巻きついて、
まるで朝顔が電信柱を食べているみたいだ。

青い空を見ながら公園を歩く。
空へと向かうヒマワリの列が力強い。
わたしよりも背が高い。
たくさんの大人達に見守られているような感じ。
居心地の悪さを覚えながら、早足で通り抜けた。

広々とした家の間の路。
上を向いていると、空しか見えなくなった。
どのお家も庭が広いから建物が見えない。
また新しい世界を発見したような気分になれた。

飛行機が飛んでいくのを見送った。
白い線が空を伸びていく。

そう言えば、
ひこうき雲を見たのは久々かもしんない。
昔はもっとたくさん見ていたと思う。
ひこうき雲を作らないような技術とか、
なにかそんなものが発明されているんだろーか。

いや、たぶん違うんだろーな。
ひこうき雲を見ても、気づかないんだ。
日常の小さな不思議に慣れてしまう。
そうやって、わたしも少しずつ大人になっている。

すこしだけ、残念な気持ちになった。






商店街まで降りてきた。
少し時間が経ったせいか、
商店街のお店はさっきよりもお客が少ない。
喧騒も落ち着いていた。

喉が渇いたので、
自動販売機に硬貨を2枚投入。
缶に入ったお茶を買う。

クッキーは喉がかわいたりしないのかな。
でも、プレートを水に浸けても意味はないと思う。

堅いスチール缶を咥えながら、
商店街の道をぷらぷらと歩く。

クッキーは道行く人やいろんな匂いが気になって、
ふんふんきょろきょろ忙しい。
ような気がする。

たぶん、
こんなとこを散歩したことはないんだと思う。

数分歩くと商店街は終わって、
川沿いの道まで戻ってきた。

右、左と確認をしてから車道を渡る。
今度は河川敷には下りずに、
車の走る路を歩くことにした。

川全体を上から見渡す。
これもまた通の楽しみ方なのです。









交番に行ったことないなぁ

そんなことを唐突に思う午後1時半。
川沿いに発展した町だから、
川沿いに交番とお役所があるのです。

こっちも一人で行ったことないね

レンガ造りのお役所を見て更に思う。
あっちの少し汚れた白い建物が交番で、
こっちの大きなレンガ造りが役所なのは知ってる。

知ってるけれど、知らない部分がたくさんある。
じゃあわたしは本当に知っているのだろーか。

クッキーは知ってる?

……

クッキーは何も言わない。
ただ、わたしの手に鼻を押し付けている。
ような気がする。

アスファルトで出来た路がずっと遠くまで続く。
突き当りまで歩いていくと何時間かかるだろう。
自転車なら何十分かかるんだろう。
自動車なら何分だろう。

道はどこまでも続いていく。
そんな歌を聞いたことがある。
ような気がする。

歩こうと思えば、
どこでも、どんな場所でも道になる。

逆に言えば、
この道をどこまでも進もうと思うから、
どこまでも道が続いていくんだってこと。

そうして刻まれた道を
誰かのために加工したものが路になる。

路はどこまでも続いていくのかもしれない。
いつまでも続いていくのかもしれない。

未知に道を作り、路を築いて、街を作る。

そんな感じでどうですか

くぅーん

戸惑ったような返事をするクッキーの背中を撫でた。
そんな気分。

路を歩く。

自動車の何十倍もの時間をかけて。
何十倍もの愛をこめて。









川に沿う様に歩いていくと、駅がある。
駅に用事はないので、そのまま進んだ。

駅を越えると辺りは田んぼだらけ。

田んぼの真ん中をずどんと道が貫いて、
その道沿いには幾つか家がある。

それ以外の風景は空と川と田んぼだけ。

でもね、
こーいう風景は結構好きなんだ

歩道もないような道が好き。
道端に小さな雑草が花開く道が好き。

春にはつくしが伸びるような
夏にはツタがうじゃうじゃ茂るような
秋には少し落ち着いた色の葉っぱが並ぶような
そして冬には霜が降りるような

毎日そんな道を通っていた小学生でした。

あっついけどね……

木陰がないのですごく暑い。
でも、止まっていても暑いので進むしかない。

とぼとぼと歩いた。

あ、みてみて
お花だよクッキー!

田んぼの中にお花畑があった。
それほど大きくない区画だけど、
青と紫色のお花がたっぷりやまもり伸びている。
見たことあるよーな気もするけど、
残念ながら種類まではわからない。

この辺りはですねー
実はお花の産地として有名なんだよー

ゆびをくるくると回して、
クッキーに説明してあげる。
やっぱりお花の種類はわからないけど。

……

聞いてるのか聞いてないのか。
クッキーは風に漂う匂いを嗅ぐのに忙しい。
ような気がした。

有名なお寺の前に差し掛かる。
黒ずんだ立派な門の間をくぐって、
路はまだまだ伸びている。

持っていたお茶の空き缶をゴミ箱へ。
ベンチがあったので座った。
立派な松の木が日陰を作ってくれてて、
すこしだけ涼しい。

でも、松って葉っぱが細いから
あんまり日除けにならないよね……

すこしだけ、涼しい。
結構、熱い。








天気 いいなぁ

ベンチに座って空を仰ぐ。
空が ほんと 青い。

あれ
向こうの方は雲が出てきたかな

西の空に雲が出てきた。
夏の雲。
人をおどかすオバケみたいな形の雲だ。

なんだっけ
にゅうどう? くも?

こっちに来なければいいんだけど。

スンスン

何かを感じ取っているのだろーか。
クッキーが鼻を鳴らしている。
ような気がする。

わたしはベンチから立ち上がると、
おおきく背伸びをした。
ぐぐぐっと力を入れて両手を伸ばす。

よし!

目的地はもうすぐだ。
わたしは拳をにぎって歩き出した。

握りしめたプレートの暖かさが、
目的地が近いことを教えてくれる。
この散歩が終わる時間も近い。

目的地の目星はついていた。
それが意味することもなんとなくわかる。

だけど、だからこそ、
早くクッキーちゃんを届けてあげたいと思う。

雨が降る前にね

プレートを指で優しく撫でる。
変わらずゴツゴツとしているけれど、
ひんやりとした感じはもうしない。











路は山の中へと伸びていく。
緩やかな傾斜を描いた路はなかなか大変だ。

ほかに歩いている人は見当たらない。

一歩一歩を確実に、前へすすむ。
クッキーちゃんと一緒に。

山の中に鳥居があった。
石で出来た大きな鳥居、
この先に神社があると教えてくれている。

とはいえ、今から寄り道をする体力はないので。

鳥居の前でてんてんと手を合わせる。
目をつぶる。
簡単に拝んだ。

さあ、行こう。
もう少しだからね。

神社を通り過ぎるとすぐに分かれ道に。
わたしはその道を右へ曲がる。
開いたままの門をくぐって、立派な道路が続く。

看板が目に留まる。
「大井川大霊場」
そう、ここがわたし達の目的地だった。

第3話 おわり

おとしもの   ~ 3番目の話 ~

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