おとしもの 第2話
おとしもの 第2話
あっつい……
家と家の間へ伸びるだらだらと長い坂道。
カンカンガンガン陽が射してくるので、
下を向き、一歩ずつ歩いていく。
ひかげぇ…
右へ
左へ
道に落ちる影を求めて、ふらふらと歩く。
くぅん
クッキーの声も少しへばっている。
ような気がする。
やっぱり暑いのは苦手なんだろう。
クッキー、頑張って
クッキーを励ますことで、自分に言い聞かす。
ひとりじゃないから頑張れる。
クッキーのために、頑張れる。
坂を上りきると、
夏の匂いに包まれた公園にぶつかった。
休憩!
藤棚に覆われたベンチに腰かけた。
藤の花はもうないけれど、
緑の葉っぱは元気一杯に並んでる。
さぁぁぁ……
青臭いような、
少し湿り気のあるような、
熱をもったような、
そんな感じの夏の風が公園を吹き抜けた。
涼しいね
クッキーちゃんはスンスンと鼻を鳴らして、
夏の匂いを嗅いでいる。
ような気がする。
のんびり。
風を感じる。
クーラーのそれとは違う。
自然に吹く風は、自然と身体を冷ましてくれる。
さぁーて
そろそろ行きますかー
ベンチに手をついて立ち上がる。
座るときは気づかなかったけど、
木のベンチはでこぼことささくれていて
表面は砂でざらざらしていた。
おしりをはたく。
そんなに汚れてはいない、といいな。
細かい石とセメントで作られた路。
綺麗にきっちり敷きつめられた石の上を歩くと、
やさしく包み込まれるような感じがする。
硬いもので作られた柔らかい路。
軽く跳んでみる。
路はしっかりと受け止めてくれる。
目的地は公園を越えたその向こう。
階段を登り、
日陰で休み、
涼しい風に感謝しながら歩いて行った。
銀色ステンレスのアーチの間を抜ける。
公園は終わって、アスファルトの路に戻った。
ふたたび住宅地の中を歩く。
さっき歩いていた地区よりも、おっきな家が多い。
道路の幅もゆったりと作られていて、
なんだか全体的に緩やかな感じがする。
この辺はね
お金持ちの人がたくさん住んでいるんだって
なんだか空気が違うよねー
右手に声をかけながら歩く。
?
たぶんクッキーには
意味が通じていないだろうな。
そんな風に思いながら。
綺麗に整備された並木。
その中で黄色い葉っぱの木が目立っていて、
静かな街並みの中で
そこだけ大きなお花が咲いているみたい。
なんの木なんだろうね
くーん
気になる木~♪
すんすん
足は止めずに歩いてく。
昔、この辺りに住んでいる友達がいた。
と思う。
よく覚えていないのは、
その子とはその程度の仲のよさだったから。
その瞬間は『仲の良さ』なんて考えてないのに、
後で振り返った時に、
明確なランク付をしている自分に気づく。
なんだか不思議で、
なんとも気分がよくないなぁ。
右手でクッキーのプレートをにぎにぎする。
クッキーが嫌がる様に身をよじった。
ような気がする。
だんだんと、
道の両側に緑色が目立つようになってきた。
青々とした色味を見ていると、
緑の匂いを鼻に感じるような気がする。
朝顔があちこちの家に置いてあるのが見えた。
お昼なので花には元気がないけれど。
ここの家の子が観察日記でもつけているのかなぁ。
犬を散歩している人とすれ違った。
真っ黒な大きなわんこ。
元気そうなくりくりおめめが印象的。
飼い主さんが会釈をして手綱を引く。
……
わたしも頭を下げて、その横を通り抜けた。
……
わんことクッキーの間に会話はない。
クッキーは何を思っているんだろうな。
わんことわんこが出会ったとき、
どんなことを考えるんだろう。
気になる……。
閑静な住宅街の端っこ。
お庭には木登りが出来そうな立派な木がある。
白い壁がキレイな洋風のおうち。
ここがひとつめの目的地だった。
柵越しにおうちを眺めてみる。
おうちというよりもお屋敷と言っていいかもしれない。
しっかりと手入れされたお庭は、
綺麗な芝生に覆われていて寝転がりたくなる。
人型の像が幾つか立ってて不思議な感じ。
さっきから見えていた大きな木を包むように、
名前もわからない花があざやかーに咲いている。
お屋敷には大きな窓が付いている。
たぶん、中には立派なホールとかあるんだと思う。
そこに繋がるテラス、
パラソルの下に椅子が置いてあるのが見える。
優雅に読書でもするんだろーか。
テレビで見たことある感じ。
こんな世界を直接見るのは初めてだなあ。
……
お家を見ても、クッキーは何も言わない。
黙ったままでスンスンと鼻を鳴らしていた。
クッキーと書かれたプレートを握る。
クッキーの体温を感じる。
でも、クッキーの想いまでは感じられない。
それがただただもどかしい。
いつまでも人様の家の前で
きょろきょろしているわけにはいかない。
お屋敷と呼ぶにふさわしい外観の大きなお家。
綺麗に手入れされているけれど、
生き物の空気を感じられない庭園。
立派な門に掲げられた表札をチラリと見て、
私はお屋敷を離れた。
さってと
いっきましょうか
来た道を戻りながら、
わたしはクッキーと書かれたプレートを指で撫でた。
くぅーん
クッキーはいつも通りの薄い声で、
いつもより少し長めに鳴いた。
第2話 おわり